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第3話 最強剣士の新たなる冒険が冒険すぎた 3


餓竜がりゅう迷宮』の石柱や岩壁は広大な暗闇へ無軌道に生えて無造作に交錯しながら、そのひとつひとつは建造物じみた直線や直角が多く混じっていた。

 素材までも節操なしに砂岩、石灰、大理石などが非合理につながって溶け合い、死角だらけの迷惑な地形へ迷彩模様まで加えている。


「こんな時に限って竜が姿を見せないとは。できれば一口で済む大物を探してやりたいが……」


 ワラレアは犯行現場を検討しながら、ギブファットとの出会いも思い出す。

 勇士団に入った当初から、ワラレアの高い素質は知られていたが、冷酷残忍のあまりに疎んじられ、実力より安く雇われていた時期があった。



『なにをあせっている? 少しは周囲にも合わせたらどうだ?』


『そこまで厳しくされては、誰も君にはついていけなくなる』


『安心して背中を預けられない。組んでいても仲間という気がしない』


『連携を乱す者に一人前の報酬は渡せない。文句があるなら今回限りだ』



 ワラレアの才能を頼りながら、ワラレアを見下す者たちを、ワラレアは軽蔑していた。

 そんなある日、それらの誰よりも目つきの悪い男に声をかけられた。


『結果も出せないくせに仲良しごっこをしたがるゴミクズといっしょに落ちぶれる気か? そうなりたくねえなら、俺と組め。実力以外に用はない。マヌケは使い捨てられて当然だ。どう出し抜こうが、踏みつけようが、おたがい勝手にやればいい』


 組んでみたギブファットは誘い文句のとおりに、仲間であろうと盾に踏み台に使いたおし、報酬を横取りしまくった。

 しかしワラレアは、はじめて実力に見合った報酬を与えられる。


『お前がいるとマヌケの後始末が楽でいい。使える内は山分けにしといてやるぜ!』


『貴様こそ、裏切ったほうが得だと思われないように気をつけることだな!』


『お? 言うようになったじゃねえか! ぎゃははははは!』


『せいぜい背中に用心するがいい! ふっふ!』


 いつでも油断ならない危険な男だったが、仕事は楽しくなった。

 それまで渡り歩いた部隊のような、蔑みの圧迫から解放されていた。



「ずっと貴様の副官でいられたら、楽だったのだがな」


 ため息をつくワラレアの頭上へ、ヤモリに似た生物が降ってくる。

 ただしワニのようなアゴと体格だった。


「あぶねえ!」


 ギブファットはワラレアを押し倒し、牙に腕を裂かれる。

 怪物ヤモリはウィンシーに蹴られて何メートルか浮き上がり、リルベルが杖から放った光の散弾で穴だらけにされて息絶えた。



「貴様……まさか今、私をかばったのか?」


 ワラレアは顔をしかめる。


「次は自分でよけろよな! 試合中にぼさっとするなんて……」


 ギブファットは自分の腕を手当てしながら、ふくれた顔をそむける。

 かつて『男は長持ちする盾、女はふりまわしやすい盾』と言い切った男のはずである。


「シロウトじみた甘い判断をするようでは、やはり危険だな」


 ワラレアは苦々しくつぶやく。


「選手としては信用しているさ。でも水希みずきさんが危ないと思ったら、ついカッとなって……わりいかよ?」


 ギブファットがすねた顔を赤らめると、ワラレアは自分の胸をおさえて驚く。


「急に発熱と不整脈が……呼吸不全も!?」


「それはよくある難病じゃのう」


 リルベルがめんどうそうに苦笑し、ワラレアは口をおさえる。


「その魔物の息に病原菌が!?」


「いやいや、年ごろにかかりまくっては、てきとーにどうにかなる病気じゃ」



 ワラレアはぶつぶつ言いながら、炎症を抑える薬を顔へ塗りこむ。


「くっ、おたふく風邪の予防接種は済ませていたつもりだったが、この顔の火照りはまさか……」


「だいじょうぶかよ委員長? 体調が悪いなら無理しないで保健室に……」


「さ、さわるな! 貴様が感染源だろう!? 私の頭まで病気にやられてしまう!」


 ウィンシーは黙々と怪物の牙を引き抜いていた。

 リルベルはそれを見ながら、書類に記録をつける。


「指も二本ばかり頼む。物音も無しに天井を動ける証拠じゃ。この階層の魔物にしては小型じゃが、危険な新種の報告として、思わぬ稼ぎになるかもしれんのう」



「そんなことをしている場合か?」


 ワラレアもようやく落ち着きをとりもどし、見張りに立つ。


「そんなもなにも……ギブファットどのはどう思うんじゃ?」


「なぜそいつに余計なことを聞いて……」


 ワラレアは口を出しかけるが、リルベルにそっと杖で止められる。


「餓竜高校のやつら、体育館の天井に隠れているなんて、やりすぎだろ。もう許せねえぜ! ……でも勝海かつみ、パトカーを呼ばれないように、そのへんで勘弁してやれよ?」


 リルベルはギブファットを観察しながら小さくうなずき、ワラレアへ耳打ちする。


「自称しとる『ケイタ』と呼ばんでも返事はするようじゃ。あの魔物が倒されたことも理解しておる。どうやら無意識には正確な状況を把握したあとで、妙な妄想の解釈を加えておるようじゃ」


「ではその妄想さえ取り除けば、元通りになるのか?」


「手段や期間となると、もっとよく調べねばわからんが」


「ギブファットに代わる仲間を探すよりはマシだ。い、いや、あくまで能力の利用価値の話であって……」


「別になにも言っとらん」



 リルベルは杖でぽくぽくと自分の頭をたたき、考えこむ。


「しかし完治するまで、部隊評価を維持できるほど稼げるかのう? ……ん?」


 近づいてくる地響きへ目を向けると、小屋のごとき竜の姿に気がつく。

 うろこではなく長い体毛が生え、短い角と羽はあるが、全体では狼に似ていた。


「勝海ー! ロングパスいくぜー!」


 その口にはいつの間にか姿を消していたギブファットがしがみつき、振りまわされている。

 竜の長いアゴは閉じられ、上下を剣に貫かれていた。


狼竜おおかみりゅうか。しかしあれほどのサイズとは……わしもかなりの魔力を貯めねばのう」


 リルベルが杖をかざして光を発し、さらにその輝きを増幅させる。

 ワラレアも小盾をかまえて光で満たす。

 ウィンシーは腰低く両拳をかまえて深く呼吸し、全身へ光をみなぎらせる。


 狼竜が三人へ衝突する直前、ギブファットの剣が光ってのび、近くの石柱へ巻きつく。

 刃は岩肌をゴギゴギと削りながら持ちこたえ、巨体の動きをねじ曲げた。

 帝都でも最強の技量とされる『剣術』である。


 ウィンシーは狼竜の見せた横腹へ、爆音を響かせる連続拳撃をたたきこんで打ち上げた。

 帝都でも個人戦最強とされる『闘術』である。


 止まりきらない狼竜の後ろ足がリルベルへ襲いかかるが、ワラレアは盾の光を壁のように広げてはじき返した。

 帝都でも最強の防御力とされる『甲術』である。


 リルベルの杖から射出された光の巨弾は狼竜の胴を吹き飛ばし、洞窟のかなたまで血肉をまき散らした。

 帝都でも最強の破壊力とされる『杖術』である。


小鈴こすずちゃん、ナイスシュート! 水希さんもナイスアシスト!」


 ギブファットが笑顔で駆け寄り、ふたりと肩を組む。


「わしはマネージャーだった気もするがのう」


「やっぱ、このチームは最高だぜ! な、委員長!?」


「ま、まあ、貴様もまだ少しは利用価値がありそうでなによりだ」


 ワラレアは発熱症状が再悪化していた。

 ウィンシーは黙々と狼竜の牙を引き抜く。



 そのころ『蒼天勇士隊』の副官フラットエイドはうなだれ、正式な除隊手続きの署名をしていた。

 病室へ見舞いに来ていた長身の金髪少年は震える手で書類を受けとる。


「まさか、君の容態がそれほど悪かったとは……」


「すまないウェイストリーム。私が油断したばかりに」


 あごと鼻の長い神官少年はベッドで静かに目を閉じる。


「おのれ……ギブファット!」


「落ち着けウェイストリーム。やつらの態度や身分がどうあれ、実力と向上心には敬意を払うと……貴様が言ったことだろう?」


「だが彼らは、勇士たる使命をないがしろに、地位ばかり争っている!」


「だからこそ『蒼天勇士隊』は勇士団の模範として、魔物討伐で首位部隊の座を奪還すべきなのだ……去る身の私に言えたことではないがな」



 病室にふたりの少女が駆けこんでくる。


「ウェイストリーム様! ベアラックさんが見つかりました!」


「でも様子が変なの! 話しかけても震えて首をふるだけで……」


 フラットエイドは眉根を寄せる。


「ベアラックといえば、私の代わりに入隊させた男だったな?」


 ウェイストリームはうっそりと立ち上がり、大剣をつかんで退室する。


「また来る」


 フラットエイドは即座に手ぶりで追うようにうながし、少女たちも無言でうなずく。


「早まるなよウェイストリーム。やつらは強いだけでなく、ずるがしこく、ねじくれている……」


 病室で独りになると、隠していたダンベルを引きずり出し、振りまわしはじめた。


「あの悪魔どもへの復讐は、私に任せておけ。地下探索はできない体になったが、それは私に『勇士ではない手段』を与えてしまったのだ……!」



 ウェイストリームは長い渡り廊下を足早に進み、平民用の狭く暗い病棟へ移る。


「待ってよウェイストリーム! ベアラックはまだ目を覚ましたばかりで……」


 栗色ツインテールの少女が追いすがり、銀髪褐色肌の小柄な少女もどうにかついてくる。


「ええ、まだ『狂風』のしわざと決まったわけではありませんし」


 窓の狭い相部屋のベッドに、熊のような巨体中年が丸まり、中年女性が涙ながらにすがりついていた。


「あなた!? しっかりしてよお!? 誰にこんな風にされたの!?」


「すべて正しいリルベル様にまちがいなどなくリルベル様は完全であってリルベル様に従うことがリルベル様のためにリルベル様はすばらしくリルベル様へすべてを……」


 目を開けて言葉を発していたが、会話をできるとはいいがたい姿だった。


「貴族ばかりの上級勇士へ入ろうなんて無茶をしたから……このおなかには、もう子供だっているのに……あなた~!?」


 ほかにも数人の勇士が見舞いに来ていたが、肩をふるわせたウェイストリームの怒気で一斉に後ずさる。


「ベアラックは……平民といえど長年に渡って魔物討伐を続け、突出した魔力こそないが、ひたむきに功績を重ねてきた。まさにこれから、ふさわしい評価を得ようという時に!」


 大剣を握りしめ、なだめようとする少女たちの手もふりはらい、病室を飛び出す。


「なぜだギブファット。貧しい孤児だった君がなぜ……僕のような貴族だけではなく、同じ平民としてはい上がって来た者にまで、あのような仕打ちをできるのだ!?」




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