第21話 最強の部隊は最強の苦悩と対峙する 3
ダブデミは頭を抱える。
「叔母上はさんざんおあずけくって、ようやく道流をこさえたのに、隠し子なんか仕込んでいたのがばれたら、めんどくさそ~」
「もっと品のある言葉を選んでください! それに王族となれば、先に心配するべきは……」
ローシーはダブデミをガクガクゆすりながら、すがりつくような顔になっていた。
「あ、そういえば勝海のほうが道流よりお姉さんだから、継承権の順位で上になる?」
「黙れ。いえ、うかつな言葉を確証もなしに言っては……あるわけない……あってはならないのです。わかりますね?」
ローシーの目がすわり、ひきつらせた笑みまで浮かべていたので、ダブデミは刺激しないようにうなずく。
そしてウェイストリームの虚脱した表情にも気がつく。
「勝海さんが……姉……上?」
「しっかりして道流。従姉妹の私もわりと巻きぞえだから強く生きて」
「国の心配をしてください」
混乱する『蒼天勇士隊』の三人を横目に放置して、ワラレアはリルベルと話し合っていた。
「騎士団は補給所にいる使えそうな駒へ、どうにかして協力要請を伝えたはずだ。そいつらに頼んで交渉再開を急がねば……ん? 恵太はどこだ?」
「む。補給所の交代職員たちも消えておる……嫌な予感がするのう。すごく」
補給所へもどると、数人の中級勇士が吊るされていた。
上流貴族ばかりで構成された『流星勇士隊』は容姿および鎧装飾の優美と、格づけに見合わない虚弱で知られる。
「姉御、さすが兄貴だぜ。騎士団の犬どもをいきなり探り当てちまった!」
デューリーフがちょうど最後のひとりを縛り上げたところだった。
「お前ら、修学旅行にこんなもの持ってきていいと思ってんのか~?」
ギブファットは笑顔で、この場の全員が一本以上は持ってそうな武器を回収してまわる。
リルベルとワラレアは気まずい視線をかわした。
「あのような鼻の鋭さも健在だったようじゃのう?」
かつて仲間を犠牲にし続けたギブファットは、自分へ害意を持つ相手を誰よりも早く察知できた。
「しかし騎士団の手駒も、あれだけとは限るまい。そもそも中級以上の多くは貴族出身だから……」
吊るされている者たちは、なぜか枕を投げ当てられていたが、実害はなさそうだったので救出はあとまわしにされた。
「それと姉御。あのオッサンたちが話をしたいって」
デューリーフの指した『波濤勇士隊』と『海嘯勇士隊』は熟練ぞろいの実力派で、貴族としても地位が高い上級勇士の重鎮である。
人目をはばかるように壁際へ寄り、声を低めた。
「言いにくいことであるが、我らにも椿様と正松様からの協力要請が届けられたのだ」
「そ、そうか。では脱出には協力するから、代わりに……」
ワラレアとしても仲介を頼むのに申し分ない人材だったが、カメリア王女とフェアパイン王子を『幻想奇書』の愛称で呼んでいることに一抹の不安がよぎる。
「否! 我らが隊に、道理の通らぬ側へ従う怯弱などおらぬ! 本校の健全なる学生として、道流どのの生徒会立候補へ、一命を賭した推薦に加わる所存である!」
ワラレアの表情に『だめだこいつら。こいつらもだめだった』という失望がありありと浮かぶが、幻想にとりつかれた中年たちには読めないようだった。
「騎士家系の我らとて、勇士団にて禄を食むこと十余年。必然その気概忠烈も知る身。それに対し、卑劣な裏工作で報いようなど……とても皆には言えぬが、椿どのは部活顧問でありながら、部活動の実態を知らなすぎる!」
中年の憤る肩が、がっしりとつかまれた。
いつの間にか来ていたウェイストリームが涙ぐんでいたので、ワラレアは炭でも食わされたようにひるんで距離をとる。
「僕もその期待に応え、必ず平等で希望にあふれた未来を実現してみせる!」
無駄な大声にむやみな拍手が寄せられ、ギブファットまで肩を組む悪夢の光景。
「俺も応援してるぜ! この修学旅行で生徒会長になって、PTAを進路指導してやれよ! 学校の主役は、俺たち生徒なんだ!」
「恵太……君が応援してくれるならば、この正義はもはや絵空事の夢ではない。実現すべき理想だ!」
ワラレアは恐れたとおりに胸やけするような単語の山を押しつけられ、悪化し続ける情勢への心労も重なり、壁にすがる。
リルベルも背中をさすってやり、デューリーフへ水を持ってくるように頼んだ。
「内通を察知する恵太どのと、内通する意志まで奪う道流どの……やっかいな組み合わせじゃのう?」
「しかも恵太の妄想を道流の人望が支え、道流の世間知らずを恵太の屁理屈が補ってしまう……あれではやつらが互いに『なんとかに刃物』の状態だ。組ませてはいけないふたりが組んでいる!」
しかもウェイストリームの視線は、ウィンシーにまで向けられる。
「今は新たに心強い味方として、勝海さんも……いや、姉上と呼ぶべきなのかな?」
どよめきが起き、ワラレアとリルベルは青ざめる。
さいわいというか、ウィンシーは食パンを一斤ずつのどへ流しこんでいるだけで反応はなく、ローシーとダブデミもウェイストリームの口をふさいで押しとどめていた。
「す、少し聞いてもらってもいいか!?」
ワラレアは鎖鉄球でドガドガと壁を打ち鳴らし、こわばった笑顔で注目を集める。
「休み時間にしよう。するべきだ。そうしよう!」
強引に不自然で大規模な休憩の指示を押しつけた。
占拠した衛兵詰所にはいくつかの仮眠室がある。
勇士部隊の中には早朝から地下探索をしていた者も多い。
『狂風勇士隊』も一室に集まって食事をとったが、ギブファットが手洗いへ立ったすきに、ワラレアとリルベルはコソコソと話し合う。
「恵太の妄想を現実へつなげてしまう最大の元凶は道流だ。やつだけでも黙らせて送り返そう」
「とはいえ、どう説得したものかのう?」
気がつくとウィンシーも顔をつっこんでうなずいていた。
「か、勝海どのも協力してくださるのか? しかしどうやって……」
質問が終る前にウィンシーは部屋を出て、廊下の向かいにある扉も開ける。
「お、おい、いくら義理の姉弟とわかったとはいえ、まだお互い、冷静に話せるほどは……」
ワラレアが心配して追うまでもなく、ウィンシーは小脇に気絶したウェイストリームを抱えてもどって来る。金髪の生え際にはこぶができていた。
「容赦ないのう」
リルベルは呆れつつも、縛り上げ作業はてきぱきと手伝う。
「おっと勝海どの、あちらの布団へ身代わりの荷物を入れておいてもらえんか? 法見ちゃんがもどってきたら、わしから説明しよう」
「ふん。血縁と知って不意打ちしやすくなっていたとはな」
ワラレアたちは手慣れた職人芸でひと仕事を終え、ウィンシーも帰ってきたところで、向かいの部屋からローシーとダブデミの声が響く。
「こ、これは身代わり!?」
「ばれていたの!?」
のぞいて見ると、布団ごとカジキマグロが縛り上げられていた。
「鳩亜どの? 道流どのであればこちらに……」
栗色ツインテールは『帝都最悪の人格破綻者』の会釈にびくりと震える。
「どうしよう法見!? あいつらに道流がかくまわれているなら、もう誘拐して帰すなんて無理じゃ……」
ワラレアは新手の誘拐犯がしなくていい自白をはじめたのであわてる。
「待て話し合おう。バカでも落ち着け鳩亜。なにもあせる必要は……」
しかしローシーの杖から細かく大量の光弾が放射され、ワラレアは思わず甲術で守りを固め、リルベルも反射的にその背へ飛びこんでいた。
威力のない目くらましとすぐに気がついたが、ローシーとダブデミはすでに駆け出している。
「しかたありません! ここで私たちまで捕まるわけには……!」
「でもカメリア様に怒られちゃうよ!?」
「主犯まで口走るなマヌケ! それより手土産を忘れずに……!」
追いかけているワラレアは、国王の甥ウェイストリームという重すぎる荷物を渡すつもりだった。
しかし逃げるふたりは『狂風』副官の言う『手土産』などは『杖術最強』による追撃しかない、と誤解して速度を上げる。
互いに魔力を床へ打って加速する技術があるだけに、炸裂音で会話が届きにくい。
補給所まで出ると、異変を察した勇士隊が騒ぎはじめていた。
「手を出してはいかん! 通してやるのじゃ!」
下手に進路を妨害すれば、かつての首位部隊である『杖術』と『槍術』が暴発しかねない。
どうにか逃がしたものの、勇士たちの騒ぎは大きくなっていた。
「すみません水希さん。便乗して逃げた者がほかにも数人いたようです」
「かまわん……あ、いや、そういう報告は私にされても……」
「まさか『蒼天』を仲たがいさせる裏工作なんて……汚いまねを!」
「それすら見抜いて防ぐとは、さすが委員長と小鈴マネージャーだぜ!」
讃えられるふたりは気まずい視線をかわす。
「まずいのう。外への反感と、内側の結束が強まっとる」
「だがなぜその中心に我々がいるのだ……いや、こんな盛り上がりは、異常な緊張下における一時的な興奮だ。どうせ時間が経てば疲労でほころぶ。そしてこの地下だけで騒ぎを収束させれば、何日もしないで誰もが『あれは一時の気の迷い』と言い捨てる笑い話になるだろうさ」
帝都最強部隊の副官は、八方ふさがりの窮地でも強がってみせた。
ローシーとダブデミの脱出に同行を願い出た『薄氷勇士隊』は、王子たちへの協力を約束していた。
しかし街中へ出ると、地下で起きている事態を言いふらす。
「実力のある『狂風勇士隊』が人望まで集めはじめたから、汚い裏工作でつぶそうとしているんだ! 王子たちの横暴を許しちゃいけない! 恵太さんたちに助けられたのは、俺たちだけじゃないだろう!? 道流さんも立候補を決意した! それに勝海さんが実は……」