第2話 最強剣士の新たなる冒険が冒険すぎた 2
「おや? 正気がもどったかのう?」
リルベルは不似合いに大きな杖でぽくぽくとギブファットの後頭部をつつく。
「小鈴マネージャー! 今日の試合はどこの高校が相手だよ!?」
「こすず? こーこー?」
ウィンシーが首をひねり、ワラレアはギブファットの頬をねじる。
「大声を出すなと言ったはずだ」
『王立地下迷宮』の巨大縦穴には内壁へ埋め込まれた巨石の螺旋階段が設置され、固形燃料ランプがまばらに灯り、十階分の深さごとに鉄扉と衛兵隊が見えた。
「う~む。ギブファットどのはどうやら、小説に書かれた架空の世界にいるつもりのようじゃのう?」
リルベルは杖でぽくぽくと自分のこめかみをたたきながら、ワラレアの横顔を探る。
「小説だと? 風紀を乱す闇出版の書物が広まっているとは聞いていたが……架空というたてまえで、いかがわしい表現に終始する内容ではないのか?」
「そのような面も無きにしもあらずじゃが、闇小説でも『幻想奇書』と呼ばれる人気ジャンルは、舞台となる異世界への憧れで売れているようじゃ」
「ばかな。ギブファットは妄想へ逃げこむような男ではない。夢や理想といったきれいごとを踏みにじり続けてこその強さだ。まして今は首位部隊になったばかりで、こいつの念願である貴族の仲間入りも目の前ではないか!」
ギブファットの手がすっと割って入る。
「待ってくれ。たしかに俺は勝ちたい。だけどそれは俺たちが、俺たちらしいままで成し遂げなくちゃ、意味がないんだ」
「貴様が『俺たち』などと言い出すことが最も貴様らしくないのだ! ……とにかく、もう私たち以外とは話すな。それも守れんようなら……」
「わかってるって委員長! 電車のマナーくらい、俺だって守れるよ!」
「でんしゃ? いや、もうどうでもいい……が、私のことは『副部長』と呼んでいなかったか?」
「水希さんは副部長でクラス委員長でお隣さんだろ」
「たしかに勇士隊宿舎では隣の部屋だが」
「それと、たった半年早く生まれただけで、いつまでも姉さん気どりの幼なじみってわけさ」
ギブファットがやれやれと手を広げて首をふり、その黒髪をワラレアがわしづかみにする。
「貴様と会ったのは二年前だ! それに貴様は捨て子で誕生日が無いことを自慢に……」
「ワラレアどの、そなたが視線を集めておるぞ?」
リルベルが通過階の見張りへ会釈すると、衛兵たちは矢を避ける勢いで顔をそらした。
ウィンシーは黙々とスイカを丸かじりしている。
「やはり早く、人目につかない場所まで連れこもう。最も深い『餓竜迷宮』ならば上級勇士しか入ってこない。帰りが三人では少し不安だが、入り口の近くでどうにか……」
ワラレアは鎖鉄球の棘を入念に研ぐ。
ギブファットは床に寝そべって背を向けていた。
「ちぇ、人と話すなとか人目につかない場所とか、本当は委員長が俺をひとりじめしたいだけじゃないの?」
鎖鉄球がふり上げられる。
あぐらをかくウィンシーのくちびるから一粒の種が高速射出され、ワラレアの頬で爆竹のような音を上げて破裂した。
ワラレアは黒髪褐色肌の大柄少女をにらむが、すぐに視線をそらす。
「私としたことが……ここで始末しては、口封じに手間がかかるところだった」
「いや、ウィンシーどのはスイカへ血が飛ぶのを嫌がっただけでは?」
リルベルがへらへらと口をはさんでいる間に、ウィンシーはスイカの残り半分をまとめて口へ押しこんでいた。
空が豆粒ほどに小さくなって、鉄檻は五つ目の鉄扉の前で止まる。
さらに下は縦穴の底が見え、壁沿いの階段だけがさらに深く潜りこみ、掘削の作業員が出入りしていた。
最下層の鉄扉は衛兵の数が特に多く、十数人が重武装で並んでいる。
「やっと餓竜高校に着いたか。やつらガラわりいから、今日の試合も荒れそうだぜ! ……おっと、大声禁止だっけ?」
ギブファットが苦笑しながらワラレアにペコペコ頭をさげ、その光景に居並ぶ兵士たちは目をむき息を飲む。
「わかっているから、そんなににらむなよ委員長……あ、ほっぺに弁当、いただき!」
ワラレアは不意をつかれ、顔についていた種のかけらを奪われる。
それはすぐさまギブファットの口へほうりこまれ、笑顔でかみしめられた。
リルベルは視線と指で背後へ指示を出す。
ワラレアは顔を真っ赤にして鎖鉄球をふり上げるが、ウィンシーに取り押さえられて鉄扉の中まで引きずりこまれた。
巨大縦穴から『餓竜迷宮』へ通じる鉄扉は四重になっている。
遠く小さく、四枚目の重厚な鉄塊も閉じる音が響くと、巨大縦穴の見張り衛兵たちはようやくかすかにうめきだす。
「今のは……なんだったのだ?」
「副官のワラレアが、ついに隊長の座を奪う気か?」
「ギブファットから挑発していたようにも見えたが?」
「帝都一の冷酷残忍と呼ばれる女が、あれほど取り乱すとはいったい……?」
「ともかく、命が惜しければ黙っていることだ。やつらに目をつけられては、家族や知り合いまで危うくなる」
四枚の鉄扉の向こうで、ウィンシーの腕から解放されたワラレアはうなだれていた。
「くっ……このような恥辱……門番どもの顔はひとり残らずおぼえたが……」
「別にあれくらいはよかろう? ギブファットどのとはもう二年のおつきあいじゃろうし」
目撃者もいなくなり、少女神官の凶器が遠慮なしにリルベルのヘラヘラ顔へふり下ろされる。
杖がちょこんと振られて光の矢を射出し、はじき返された棘鉄球をワラレアも平然と手で受け止めた。
「次に私を怒らせたら、こちらも魔力で押しこむと思え」
眼光には殺意がみなぎり、リルベルは杖に隠れる。
「じゃから、そんなに怒ることかの~?」
「照れてる?」
ウィンシーがなにくわぬ顔でつぶやくと、その腹めがけて鎖鉄球が振りまわされた。
さらにワラレアが腕の小盾から光を発して柄へ押しつけると、鉄球は砲弾のごとく加速する。
直撃したウィンシーの腹は無傷だったが、はね返された鉄球は岩壁へ半分近く埋まった。
「ん? やる?」
ウィンシーは眠そうな無表情のまま、両拳の手甲をかまえる。
「おいおい、遠征先の学校で騒ぎなんてやめようぜ。勝海、委員長」
「だからそれは、誰なのだ!?」
鎖鉄球がふたたび爆発的な加速で射出される。
しかしギブファットは常人に見えない速さで剣を抜き放ち、砲弾へかすらせて軌道をそらせた。
ワラレアは驚き、跳びすさって盾をかまえる。
ギブファットが表情をひきしめると、人相の凶悪さは何倍にも増した。
「どちらも俺のチームメイトさ。なによりも大切な……わかってんだろ?」
そのあとで見せた柔らかい笑顔はあまりにも似合わず、人相の不気味さが何倍にも増した。
ワラレアは頭を抱えてとまどう。
「まさかすべては私をからかうための芝居か? 今なら肋骨くらいで見逃してやるから……いや、もう勘弁してくれ。私がなにをしたというのだ?」
「仲間全員を撲殺しかけたのう」
リルベルは壁のくぼみへささやく。
「副部長を引き受けてくれただろ? 俺だけじゃ部員のみんなをここまで引っぱれなかったし、インターハイなんて考えられなかったよ。ここまで来れたのも、ぜんぶ委員長のおかげだって!」
ギブファットが力強くうなずき、ワラレアは肩を落としてうつむく。
「わかった……せめて苦しまない最期を贈ってやろう」
「なに言ってんだよ! 試合は最後まで全力だぜ!」
ワラレアは深いため息をついて首をふり、ただギブファットの背を押して地下迷宮の奥へ押しこむ。