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第18話 最強の闘士は困った道を極めだした 3


『人型魔獣』とも呼ばれるウィンシーは普段、特に表情も変えないまま、人も魔獣も殴り飛ばす。

 服に泥がはねたとか、サンドイッチに砂がついたとか、眉をしかめてにらむような事態になれば、相手が竜であろうと、牙まで回収困難になるほど解体される恐れがあり、周囲の者は即座に逃げて巻きぞえを避けるべきだった。

 それもできない状況となると、ワラレアとリルベルは青ざめて事態を見守るしかない。


 ワラレアは考える。

 ウィンシーはこれほど話の通じない人間だったか?

 それはまちがいいない。というか人間かどうかも怪しい。

 しかし意志を曲げることはないにしても、話の内容は理解しており、損得くらいはわきまえているように思えた。

 気にくわない人間がいても、いきなり殴り殺すことはない。

 いきなり屋根まで殴り飛ばして入院させる程度であって、リルベルに被害者の口封じを任せればどうにかなっていた。

 少なくとも『狂風勇士隊』の仲間三人で補助すれば、街中でもかくまえる程度には自制しているはずだった。


 気のせいだったのか? 一年以上も、偶然が続いただけなのか? しかしどうせ罪人になるなら、せめて騎士団長(しかも国王の弟)はやめてほしかった。隊長格をひとりふたり闇討ちするくらいでは気がおさまらないのか? 止めようがないのに、同じ部隊というだけで連帯責任など勘弁してほしい。

 この窮地をどうにかできるとしたら、リルベルの奇怪な情報網と人脈と発想くらいだが、帽子を普段より深くして顔を隠しているということは……ウィンシーが騎士団と正面衝突するどさくさに、自分だけ辺境都市まで逃げる気か!? その似合わない厚化粧も、こういう事態に備えて手配されにくくする布石だったのか!?


 最強勇士隊の副官は数秒とかからず、ここまでの(わりと無駄な)思索を終える。

 そしてウィンシーは露骨に闘術の光を全身へみなぎらせて『帝都の守護神』ウェイブライト将軍へ詰め寄っていた。

 熟年騎士の筋肉質な大柄もひくことなく、かなりの光量を充満させている。



 ワラレアは予測する。

 ウィンシーは控えめに言っても帝都最強だった。

 なにも意識しないまま、平均的な上級勇士の『甲術』なみの防御を全身にまとい、なにげなく殴れば平均的な上級勇士の『槍術』なみの攻撃になる。

 しかもそれらは強化された運動力と動体視力によって異常な連打速度や回避性能も合わさり、常時発動という常軌を逸した持久性まである。

 ギブファット、ワラレア、リルベルの実力は、平均的な上級勇士の『ふたまわり上』と言われているが、その三人がかりでようやく抑えが効き、ふたりではぎりぎり逃げまわれるだけ。

 ただの最強ではなく、ひとつふたつ頭が抜きん出ている。


 さらに言えば『闘術』は、全身を総合的に強化する戦闘魔法の基本技術でしかない。

 それを土台に『剣術』『槍術』『甲術』『杖術』といった専門技術を鍛える。

 つまり見た目どおりに『素手』のまま、剣や槍の使い手に混じってもなお『最強』と呼ばれている。

 そしていまだに、本気の底は見た気がしない。

 ウィンシーの不機嫌が長続きすること自体、かなり珍しい……というか今も今までも、怒りの琴線がどこにあるのか理解しがたいが。


 しかし相手の波照なみてる教頭ことウェイブライト将軍も、怪物らしさでは負けていない。

 ウィンシーが『狂風勇士隊』で活用されて猛威を知られる前は、騎士団長の彼こそが不動にしてダントツの『帝都最強』として有名だった。

 息子のウェイストリームも『剣術最強』と『勇士団最強』の呼び名を半年でつかむ天才だったが、父の『帝都最強』ばかりは一段も二段も上の別格だった。

 ワラレアも直接に見たが、騎馬を片手で制した腕力はウィンシーにも負けていない。

 魔力そのものはやや劣るかもしれないが、強化の元になる体格では大きく上回り、豪放な性格に見えて趣味は学習鍛錬という自己開発マニアでもあり、魔法なしの戦闘技術でもトップクラスだった。


「待て。これは恵太けいたどのへの話で……いやその、勝海かつみどのも部隊仲間ではあるが……」


 しかしなぜか、その威厳ある顔はウィンシーから思いきり目をそらしていた。



 ワラレアは考える。

 ウェイブライト将軍は即座に逃げてほしい。ウィンシーは会話の途中でも、なんの前触れもなしに殴るし、ワラレアたちも何度となく、壁へ埋められていた。

 しかしその予想をはずれ、ウィンシーは会話もしないで蹴り上げていた。

 ウェイブライト将軍の防御はどうにか間に合うが、鋼鉄の腕甲はグシャリとつぶれ、鉄靴が地面に長い削り跡をつけてから止まる。

 騎馬隊は一斉に色めきたち、怪物馬の鋼線手綱を握りしめた。

 ウェイブライト将軍は手ぶりで制止するが、背からは両刃の斧を抜く。


 斧や鎚といった重量のある打撃武器は、槍とは逆に魔法の威力不足を補う意図で選ばれる。

 自転車運転士となったベアラックのように、魔力とその持久性に恵まれていても、瞬間的な出力には劣る勇士に使い手が多い。

 しかしベアラックより全体にふたまわり以上も優れたウェイブライト将軍が持つ場合、その意味は大きく異なる。

 威力は斧に任せ、絶大な魔力の多くを『闘術』へまわすことで、怪物馬にも対抗しうる攻撃・防御・機動を個人で併せ持てた。

 今もって不動とされる『斧術最強』は帝都でも唯一、ウィンシーに個人で対抗できる総合力と噂されている。



「うぬうう。やむをえん、のか? よもや、水希みずきどのと小鈴こすずどのは止めまいな?」


 ワラレアとリルベルは何度もうなずき、地下坑へ避難しようとさがる。

 代わりに前へ出たのは、いつの間にか上がってきていたウェイストリームだった。

 ワラレアは一瞬『道流みちるなら父親に話を通してくれるか?』と期待する。

 しかし金髪少年の思いつめた表情を見て『しまった。余計にめんどうなやつが加わってしまった』と気がついたが、遅かった。


「勝海さんへ刃を向けるなど、なにごとですか父上~!?」


 憤然と大剣を引き抜き、国防の最高司令官へ刃を向けてしまう。

 騎馬隊は予想外に巨大な障害の追加、そして情勢の急迫に緊張を高めた。


 ワラレアは『アホボンボン』がこうなってしまうと、下手な制止は逆効果であることを経験で学んでいる。

 リルベルに視線で『この際だから手段はかなりどうでも、なんとかできないか?』とすがった。

 せめてウィンシーひとりのうちに、将軍と三人がかりで捕縛しておくべきだったと後悔している。


「我々は魔物から国を守るために武器を握っているのでしょう!? なぜそれを国民へ……同じ人間へ向けているのですかああ!? 人ひとりの命はそんなに、軽いものではありませえええん!」


 ワラレアは自分の保身をさしおいても、ウェイストリームの耳ざわりな寝言は殴って黙らせたい気もした。

 しかし帝都最高のカリスマ親子が衝突し、動揺しきった騎士団の表情は少し楽しい気もする。


「容疑が『騎馬を暴走させた工作』とはどういうことです!? それは父上も……いえ将軍も、『狂風勇士隊』ではない犯人を想定していたではありませんか!?」


「馬鹿者! 私個人の憶測などを公の場でわめくでない! 当局で取り調べの必要があるとされた以上、捜査の手順は守らねばならぬ! 逮捕に証拠が必要ない平民から先に話を聞くだけだ!」


「なぜそれほど強引に…………そういえば勝海さんの腕の負傷は、固定砲台の弩弓によるもの。騎士団しか持たない兵器による不始末は、できれば内々に済ませたいと思っておりましたが……もしや『誤射』ではないから、そのようなことを……!?」


 騎馬隊、そして地上へ野次馬にわきでていた勇士たちがざわつきはじめる。


「騎士団が? 地下で『狂風勇士隊』を狙撃したのか?」


「なんで……まさか継承権争いに巻き込まれたのか?」


 ウェイブライト将軍はひと息つき、老練な落ち着いた表情を見せた。


「なんの話だ? そんな『事故』があったなどとは……」


「いたくせに」


 途中で息を飲んだら台無しだった。

 つぶやいたウィンシーと目を合わせようとしないことは、さらなる大きな失敗だった。

 全体に驚きが広まり、騎馬隊の顔にも不安がよぎり、勇士隊の口には不満が燃えはじめる。


「なぜ『狂風』の……いや我ら勇士団で最強の勝海かつみさんが狙われたんだ?」


「なぜなにも答えないのだ? いったいどういう……」


「どういうことですか父上~!? 思えば『狂風』『蒼天』の両部隊で追ったのに、痕跡すらたどれない弩砲部隊など、この世のどこにあると言うのですかああ~!?」


 ワラレアはいろんな意味で目の前の金髪へ棘鉄球をめりこませたかったが、いまや背後に広がる勇士隊までもが不穏になりつつあった。


「やはり貴族しかいない騎士団にとって、勇士団など邪魔だったのか?」


「あれほど討伐に功績がある『狂風』さえ、このような仕打ちとは!」


「ようやく『蒼天』とも手をとり合い、国の将来へ献身していたというのに」


「俺は恵太けいたさんと道流みちるさんにどこまでもついていきますよ!」


「俺もなにがあってもついていきます! なにがあっても!」


 ワラレアは考える。

 無責任に「なにか」を期待して煽らないでほしかった。

 勝手に巻き込まないでほしかった。

 さいわいギブファットは階段の途中で囲まれ、守られているらしい。

 あの病人が余計な口出しをしてこないのは助かるが、ウェイストリームの狂気に感染している勇士の多さは脅威だった。

 虚構である『幻想奇書』の甘ったるいきれいごとなど、投獄の危険がちらつけば忘れる程度の、一時的な症状だと思っていた。

 思ったよりも重篤だった。



 ようやくリルベルが動いた。ただし放心気味の顔で。


「待たれよ道流どの。勝海どのも。これは将軍閣下のご厚意ですぞ? 平民ながら名声を高めている恵太どのへ、なにかしらの反発が強まり、一時的な逮捕拘留でそのような声を落ち着かせ、ほとぼりが収まるまで守ろうという……」


 小声でささやいたが、ウィンシーは不機嫌そうに将軍とにらみ合ったままで、ウェイストリームにいたっては大喝する。


「そのような理不尽があってたまるかああ! なぜ同じ命に、同じ権利が与えられないのです!? 勇士は騎士よりも身を張って魔物を討伐しているし、商工業の者がいなければ、装備も設備も維持できないし、農民が土地を耕さねば、食は得られません! 働くこともできないまま餓え死ぬ貧民の子供たちの中にだって、恵太のような奇跡の才能が埋まっているかもしれないというのに……なぜ!?」


 リルベルは小さく「話がずれておらんかのう?」と自分の杖へささやく。

 ワラレアは舌打ちした。


「命の価値に、差をつけられているだけだろうが。命を守る能力は、資産がなければ育てられない。その資産だって、能力がなければ稼げない。それらを生まれながらに持っている貴族の命は、平民よりはるかに重いとみなされる」


 そのつぶやきは意外に多くの者へ届いてしまい、ワラレアはあせる。

 すでに勇士たちにとって『狂風勇士隊』副官の言葉は静聴すべきものになっていた。

 しかもウェイストリームが力強くうなずいたので、ワラレアはとても嫌な予感がする。


「聞きましたか父上……いえ将軍! このように歴然と存在する『命の不平等』から目をそらし、なにが『国民のため』ですか!? まるで『貴族のため』だけではありませんか!?」


「ま、待て。『まるで』ではないし、私はそれでいいと……」


 ワラレアは自身の言葉の曲解を止めようとしたが、逆効果だった。


「そう! それでいいと思いこむ『騎士道』のどこに大義があるのですか!? ようやく私もリルプラム様の意向や、異世界における社会制度の真意を悟れました! この国を守るためにはまず……ひとり一票の選挙を実現すべきだったのです!」


 リルベルは小さく「法見のりみちゃんはもっと、道流どのへ余計なことを教える危険を警戒してほしいのう」と自分の杖へささやく。

 ウェイブライト将軍は苦々しそうな顔をしていたが、はじめて激怒を浮かべた。


「このボンクラ息子がああ~! そのように浅薄な暴論が、いたずらに民衆を騒がせ、混乱を招くことくらい、なぜわからぬかあああ~!?」


 踏み出して光をみなぎらせた斧へ、ウィンシーがいつの間にか手にしていた槍をたたきつけ、力押しの競り合いになる。



 ワラレアは癖でつい、戦況を分析してしまう。

 ウィンシーが普段『めんどくさい』と無視していた武器を持てば、どれほどの戦闘力になるのか。

 しかしよほど頑丈な槍でなければ、あの両者の腕力には耐えられず、すぐに折れる……はずなのだが、やけに粘っている。よく見れば、なんとなく見覚えがある。どこかの頭の悪い『槍術最強』の愛用品に酷似している。


「珍しくまともに『鳩亜ちゃん貸して』と頼まれたから、つい雰囲気で」


 中身の乏しいツインテール頭は仲間の杖に殴打されていた。

 ワラレアとしてもかまっている場合ではない。

 それよりもリルベルの視線で、不可解なことに気がついた。


 もはや軍規違反どころではない状況で、騎士団長はいまだに騎馬の使用を制止している。

 そしてなぜか『帝都無双の凶暴野蛮』が、わざわざウェイストリームなどを守った。

 人型魔獣の意図を読めないのはいつものことだが、とても『他人のため』という発想があるとは思いがたい。

 しかし早くも実戦投入している異世界風の体操着といい、背中の通学カバンといい、もしかすると『幻想奇書』に影響されている疑惑もわく。



『帝都の守護神』は『帝都最強』の剛力に耐え続け、斧さばきで巧みに槍をゆさぶって圧力を逃がし、しのぎ続けた。


「その奇妙ないでたち……勝海どのも闇出版の異世界物語とやらに没入しておるのか? 恵太どのはさらにひどいかぶれかたと聞く。だがどれほど良い物語であろうと、それは常識が根本から異なる世界の出来事であろう? それは今そのまま、この国にあてはめていいものではあるまい?」


 落ち着いた声で、ウィンシーの背後へ広がる勇士たちにも呼びかけていた。


「少なくとも、急ぎすぎては危険な空想ではないか?」


 野次馬のとげとげしいざわつきは雨にうたれたように低まってくる。

 しかしウィンシーは眠そうな不機嫌顔のまま、力比べの気迫をゆるめない。


「恵太くんの頭がおかしいことくらい知ってる」


「で、ではなぜ……?」


 全身鎧の巨体がずるずると押されはじめる。


「今の恵太くんも好きだから」


 ワラレアは考える。

 しかしなにも思い浮かばない。心身と表情が硬直していた。


「ばかな!? 勝海どのはそれだけで、絵空事と知りながら従うというのか!? どうかそんな無茶は言わず、現実を踏まえた譲歩を考えてほしい! 互いのために!」


「でもこれ、そっちの言いがかりだよね」


 騎士団長は苦しげに顔をゆがめ、体の光まで弱まってくる。

 ウィンシーは不意に槍を捨て、国王の実弟へ拳をたたきこみ、遠く離れた怪物馬の鼻先へ命中させた。


「つまらない言いがかりつけるオッサンより、おもしろいでたらめを言える恵太くんが好き。だからわたさない」




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