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第17話 最強の闘士は困った道を極めだした 2


 かつて最強の『甲術』使いだった神官少年フラットエイドは、鼻もあごも長く鋭く、キザな皮肉屋だったが、『蒼天勇士隊』においてはその冷静さがほかのメンバーには(かなり)不足している資質だったため、頼りにされていた。

 しかし今や常にどこかをにらみつけ、不意に歯ぎしりさえ響かせる。


「純粋すぎるウェイストリームは、私が守ってやらねばならなかったのだ。私が……!」


 一ヶ月ほど前。

 ギブファットは急に詫びてきて、話し合いたいなどと誘ってきた。


「あんなやつらを信じてしまい、貧民街の安っぽい肉団子を山ほど食わされ……」


 しかも屋台の裏は人通りのない倉庫街で、やにわに「腹ごなしの演習」などと称して引きずりこまれてしまった。

 フラットエイドは腹がもたれてろくに動けず、ウィンシーに殴り飛ばされて腕を骨折する。


 上級勇士は魔力が高く、その多くは回復も早い。

 リハビリに努め、使えない腕の代わりに、足腰をとことん鍛えた。

 やりすぎた。

 腕は全快したにも関わらず、膝と腰をいじめすぎ、回復しにくい後遺症を残してしまい、地下探索には向かない体になってしまった。


「すまないウェイストリーム。俺が油断したばかりに」


 フラットエイドは貴族だが下流の家格で、高い魔力を持つ親族は減り続けていた。

 周囲には落ち目の血筋と思われていたが、ウェイストリームだけはフラットエイドの鍛錬を支え、装備や飛び級の資金まで融資した。


「誰よりも早く私を認め、部隊にも誘ってくれたというのに……!」


 膨大な恩を期待はずれで終らせる気はない。

 復帰を断念しようとも、別の手段で支えとなるべく手を尽くしていた。


「ウェイストリームが政局にどう関わろうとも、援護できる立場へ入り込む。そして『狂風勇士隊』も、この手でつぶす機会を仕込む!」


 騎士団のエリート部隊である騎馬隊から、隊長待遇で勧誘されていた。

 しかしフラットエイドはあえて、弓兵隊を率いる第一王子フェアパインと交渉する。


「フラットエイド君の提案は興味深いですね。さっそく開発にとりかかりましょう。そして運用のためにも、君にはそれなりの役職を引き受けていただきますよ?」


 部隊仲間のローシーから聞いたことがある『射撃武器のさらなる可能性』に賭けた。



 療養しながら密かに計画を急いでいたところへ、奇妙な噂を耳にする。

『蒼天』と『狂風』の衝突が止んだという。

 フラットエイドの穴埋めに入隊した新人ベアラックまでつぶされ、決闘になりかけたという噂も聞いていた。

 王宮からなにか厳重な注意でも受けてしまったものかと危ぶんだ。

 ……それがどうなれば、あのような事態へ発展するのか。


 建国記念の祝賀式典でウェイストリームを驚かせるつもりだった新兵器の披露は中止された。

 ひそかに噂を探ると、信じがたい情報が集まった。

 そしてついに闇出版の存在へ行き当たり、暗い決意を固める。


「許せん。断じて認められん……ギブファットが私を超える売り上げのカップリングなど、あってはならない!」


 フェアパイン王子も理解を示してくれた。


「勇士団の最強部隊とはいえ、今やカメリアの面目までおびやかす『出すぎた杭』だ。苦肉の統制として、妹にも承諾させたよ」


 勇士団を率いる第一王女カメリアへの根回しもしてもらえた。

 勇士団を探る手駒だった『深淵勇士隊』にも話を通してもらえた。



 第三階層『睨鬼げいき迷宮』を引き返していた『深淵勇士隊』の隊長は足を止め、地図を広げた。

 ギブファットたちに回りこめるルートの先を指す。


「フラットエイドどの。一射だけなら……ここの壁を見たことは?」


「そこにはたしか、人は通れない亀裂が……天然の狙撃口か! ゴルドエイトどの、恩に着る!」


「私も新兵器の性能は見てみたい。同じ下流貴族である貴殿の意地もな」


 ゴルドエイトは隊名の通りに陰の濃い中年男で、声は低すぎ、ニコリともしない。



 厚い岩壁の前に着くと、奇妙な自転車が組み立てられる。

 メインフレームが大型弩弓の台座を兼ね、ギアチェンジの一部が弓の巻上げ機構に連結されていた。

 矢には魔力をこめられない。

 大型の魔物にも有効な弩弓は、個人では運搬できない重さと大きさになり、地下での実用性は低い……それが常識とされていた。


「威力そのものは有効ということだ。装填時間を稼げる『甲術』は、もともと弩弓との相性がいい」


 そして近年、自転車は強度と軽量化を両立させた構造材などが飛躍的に発展し、それらの技術は弩弓にも応用できた。


「王族のお家芸である『杖術』が射撃の主力として重視されすぎ、ろくに開発予算がつかなかっただけだ。この試作『弩砲自転車』は高くついたが、量産できれば騎馬よりも費用を抑えて、大型魔獣に対抗しうる!」


「むう。フェアパイン王子の主張する『魔力によらない安定した戦力』となりうる兵器か。だがこの距離では……」


「本来なら射程外だ。弓の強度がそこまで足りていない」


 フラットエイドは双眼鏡でギブファットの姿を確認し、目標地点に近づくまでは巻き上げ機構のペダルを回さなかった。

 不意に、一気に踏み込む。


「だが『神の啓示』で示された技術は、しばしば応用研究に空白がある。特に『神の楽園』には魔物がいないせいか、魔法との併用は想定が皆無という……すべてローシーという博学な友人の受け売りだがな」


 弓が引きしぼられ、車体は悲鳴のようなきしみを上げはじめるが、フラットエイドが握るハンドルから光が広がり、破裂を押さえこむ。


「魔力で強度を補って……つまり『弓術』か!? しかし、自身に危険が迫っている緊張感もないのに、魔法に必要な集中力はどうやってそこまで高めている?」


「鍛えたのだ。あえて『甲術』を封じ、弓矢だけで魔獣と戦い、一射ずつが生死を分かつものと体におぼえさせて……!」


 ひきつった笑みを浮かべ、引き金をしぼった直後、驚きの声を上げる。


「なぜやつが……かなりの距離を先行していたはず!?」



 ギブファットは歩きながら、ウェイストリームと談笑していた。

 その心臓をめがけて襲いかかる飛来物には、帝都でトップクラスの斥候能力でも反応できなかった。


「え……なんだそれ?」


 いつの間にか引き返していたウィンシーに気がつき、その両手の鉄甲を貫いている棒に驚く。


「迷惑メール」


 ウィンシーは汗を噴きだし、短槍じみて大きな矢を口で引き抜く。


「お、おい、だいじょうぶかよ!? それは食うなよ!?」


 ギブファットもウェイストリームも射撃を警戒して身を隠すが、ウィンシーは発射地点をめがけて駆け出す。



 フラットエイドは驚きながらも、次の装填をはじめていた。


「巻き上げをはじめた瞬間? あるいはその前から嗅ぎつけていたのか!? さすがは『人型魔獣』だが、向かってくるならば仕留められる! やはり察知できない距離、反応できない発射速度の狙撃は有効だった! あのバケモノ女が異常な強さで常時発動している『闘術』さえ貫けたのだ! 残りのやつらもすべてここで……」


「待て! すぐに撤退だ!」


「ゴルドエイトどのは先に撤退してくれ。私はここで刺し違える! 殺人罪での投獄も覚悟している!」


 フラットエイドは制止もはねのけ、弩砲自転車の巻き上げペダルを踏む。


「勇士は魔物討伐の専門家だが、勇士からの先制攻撃には弱い……ギブファット、貴様が私の体へ教えてしまったことだ! …………え?」


 ウィンシーよりも早く、巨体の鎧姿が目の前に立ちふさがっていた。

 騎馬を連れている時よりも軽装だが、騎士団長ウェイブライト将軍である。


「なぜここに……? いえ、どうか撃たせてください! これは我が友ウェイストリームのため、そして聖神帝国の未来のため!」


 いつもは気さくな中年紳士の顔が、苦しげに弱りきる。


「バカ息子が広げている騒ぎは私が止めてみせる。今はこらえてくれんか?」


 返答を待たず『深淵勇士隊』は弩砲自転車を奪って撤退をはじめる。

 ウェイブライト将軍もフラットエイドをかつぎ上げて先導した。


「こっちだ! あの『闘術最強』を振り切るには、さっき見かけたやつらを使うしかあるまい……」



 ウィンシーが狙撃軌道となる亀裂を見つけ、大きく迂回して壁の裏側まで駆けつけると、背が倍はある大型鬼の群れが待ちかまえていた。

 褐色の全身を輝かせて二匹の間を飛び越え、もう一匹を飛び蹴りで踏みつけてさらに飛ぶが、その際の衝撃に顔をしかめる。

 弩砲に貫かれた両腕は、帝都最強の『闘術』でも血が止まったばかりで、それまでにも血が流れすぎていた。

 着地すると数匹に囲まれ、象のような蹴り足は殴り返してへし折るが、傷がまた開いてしまい、守りがちになって足を止める。

 それでもなお狙撃者たちの消えた方向をにらみ、ふてくされた顔は不機嫌さを増し続けていた。



『狂風勇士隊』の三人も駆けつけると、折り重なる大鬼の山の上で、ウィンシーは腕の手当てをしていた。


「ずいぶんな大物の大群じゃのう? さすがはウィンシーどの……」


 リルベルは討伐の報告書を記入するふりをしながら、謎の多い『凶暴野蛮』の表情を盗み見る。


「この群れに遭遇した部隊の誤射だったのか? しかし固定砲台をこんな奥地へ運ぶとは……?」


 ワラレアもいちおうはあたりさわりのない分析をつぶやくが、苦々しい視線では『狙撃された』推測をリルベルと確認し合う。

 間もなく『蒼天勇士隊』の三人も追いついた。


「地下探索用の弩砲など、そうそう台数もないから、持ち出しの確認はできそうだが……」


「でも距離がありすぎない?」


 ウェイストリームとダブデミも怪しんだが、頭のにぶさは普段どおりだった。

 しかしワラレアとリルベルは、ローシーの表情へにじむあせりを見逃さない。


小鈴こすずちゃん」


「え。な、なんじゃ勝海どの?」


 手当てを終えた腕でウィンシーが手招きしていた。不機嫌そうに。

 リルベルは『帝都最強の防御力』にしがみついて護衛を懇願しながら近づく。


「小鈴ちゃんに宿題」


 耳打ちされたリルベルは、珍しく薄笑いのポーカーフェイスを忘れ、ウィンシーの顔をまじまじと見つめる。


「ウェイブライト将軍の……?」



 そのころ『燎原りょうげん勇士隊』も大鬼の大群を発見していたが、ウィンシーが突然に失踪していたので追い回されるしかなく、どれだけ引き返しても『狂風』『蒼天』の両部隊まで消えており、半泣き半狂乱だった。

 周囲で野次馬をしていた中級部隊が次々と駆けつけ、どうにか九死に一生を得る。


「やっぱ『狂風』とからむなら、いろいろ覚悟しなけりゃな」


 隊長デューリーフは燃えつきた顔で革袋に貯まりきった牙をながめ、その半分以上を救助の謝礼に配る。


「こんなにいいのか?」


「またいつか世話になるかもしれねえし……今まで見習い連中から巻き上げてばかりだったから、オレもそろそろ恵太けいたの兄貴みたいに、まわりとうまくやることも考えねえとな」


 子供に近い年齢のやせた下級勇士が苦笑し、中級部隊の大人たちは痛ましそうに見つめる。


「帰りはこの『砂塵さじん勇士隊』が出口まで引率してやろう。そっちの代金はいらない。俺たちも帰るついでだ」


「そりゃどうも……?」



 第二階層に比べれば小規模だが、第三階層の入口にも勇士向けの補給所があった。

 施設の費用はさらに割高で、食堂では水だけ注文する者も多かったが『狂風』と『蒼天』は遠慮のない大量注文をする。

 そこへデューリーフも入ってくるが、『砂塵勇士隊』の中年男につきまとわれ、困ったように苦笑していた。


「いや、本当にいいって」


「払いならもつ。なぜ遠慮などする? ……まあ、そこまで言うなら……」


 ワラレアも気がつくが、すぐに視線を本へもどしてつぶやく。


「そういえば忘れていたな」


 食堂を出ようとしていた『砂塵』の隊長は眉をひそめてふり返る。


「おい『狂風』さんよう、下級勇士だけの部隊をあんな奥地へ置き去りにして、それはいくらなんでも……」


 デューリーフがあわてて抑えに入る。


「いや、いいんだよ。姉御はあれで。むしろ恵太の兄貴やみんなは、近ごろ変に優しくて調子くるうから」


「それが普通だろう? そんな年で、まだ装備もまともに買いそろえられないのに……」


「わりい。そういう『かわいそう』って目で見ない姉御のほうが、オレは気楽なんだ」


 デューリーフは愛想笑いに努めたが『砂塵』の隊長はうなだれる。


「そうか…………すまなかった」



 ワラレアは興味のないふりをしていたが、ページをめくろうとした指は止まっていた。

 デューリーフが座ると注文表を渡し、あごで『好きに頼め』とうながす。


「やつが払うと言うなら、この両部隊の会計まで押しつけてやればいいだろうに」


「うわ。水希みずきの姉御はさすがにエグいな。勝海の姉御まで来たらスッカラカンじゃねえか……そういや、先に帰った?」


 細長いテーブルは十数台しかないが、ウィンシーをのぞいた『狂風』『蒼天』の三人ずつをのぞくと、数台に数人ずつしか座っていない。


「負傷して診療所へ寄っている。だが少し妙な事故だったから、勝海が引き返した状況をなんでもいいから教えてくれ」


「勝海の姉御が消えたのは、本当にいつの間にかだったし、その少し前から、機嫌が悪そうだったくらいしかわかんねえけど?」


「そうか……やつの嗅覚は時おり、恵太や小鈴でも気づかない妙なものを探り当てる。今回もなにかあるのか……ん? どうした?」


 眉をしかめているデューリーフの視線を追うと、ウェイストリームが肩をふるわせてうつむいていた。


「ようやくわかった……僕がどれほど君たちへ無礼な仕打ちをしてきたのか……『平民でも』『期待している』など、どれほど見下した態度だったのだ!」


 涙までぼたぼたと落としていた。

 ワラレアはうっとうしそうに背を向ける。



 ギブファットはウェイストリームの肩を抱いて励ましていた。


「俺は別に気にしてねえって……いや、連日連夜の妨害工作はがんばったけど、あれは人気のうらやましさでつい、みたいな……」


「君はまた、そんな優しいウソで僕をだまそうとするのだな。だがそれでも、僕は僕にできることをしたいのだ。まずは露葉つゆはくんのような有望な新人が育ちやすいように、装備費を無利子で融資する機構の設立……くらいなら僕の私財でもできそうだが……そもそも国のためになることだろうに、なぜここまで放置されてきたのか……?」


 ワラレアは読書を続けようとしていたが、いらついた表情で指が止まっていた。


「ふん、税金がどの貴族のふところへねじこまれているかも知らないボンボンが、そんな余計なことを考えたところで、ろくなことにならんだろうが」


 ローシーとダブデミは顔を険しくして立ち上がるが、ウェイストリームに抑えられる。


「待て。水希さんの言うことはもっともだ。僕はまずそこから学ぶべきで……」


「道流は考えすぎだってば」


「ええ、そのあたりは道流様がお気になさるようなことではなく……でも鳩亜さんはほんのわずかでもいいので知性を使ってください」


「そうやって僕が避けてきた問題が今、目の前に積まれてしまったのだ。よければ水希さんの意見をもっと……」


 ワラレアはウィンシーが入って来たことに気がつき、ギブファットとリルベルの腕を引いて逃げるように席を立った。



「なぜこんな時に限って、昇降機が止められているのだ?」


 ワラレアたちは三十階ぶんの螺旋階段を昇るはめになる。

 しかもウェイストリームたちと中級勇士たちまで十数人もぞろぞろとついてきて、余計にワラレアをうんざりさせた。

 不意に、ウィンシーが足を止めて縦穴を見上げ、不快そうに眉をしかめる。


「どうした?」


「おっさんくさい」


 ワラレアはリルベルと視線を交わし、ふたりだけで先に地上へ上がる。

 出口を囲んで騎馬十六騎を率いた騎士部隊百六十人が待ちかまえ、その中央ではウェイブライト将軍が書状を手に苦笑していた。


「逮捕状? そんなまさか……」


「そう怖がらんでいい。取り調べをしたいだけで、誤解とわかればすぐに釈放される。ものものしい出迎えになってしまったが、なにせ相手が帝都最強『狂風勇士隊』の隊長どのということで、かんべんしてもらいたい」


 穏やかだが、有無を言わせぬ態度だった。


「いや」


 ワラレアとリルベルの背後に、いつの間に褐色の長身が迫っていた。


「待て勝海。将軍閣下は別に、ケンカを売りにきたわけではない」


「そうじゃ勝海どの。事情ならわしらで聞いておくから……」


「い・や」


 帝都無双『凶暴野蛮』の怒気に、ふたりはとりあえず道をゆずってしまう。




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