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第16話 最強の闘士は困った道を極めだした 1


 帝都の早朝は荷車も速度を制限され、車輪の出す音も湿っぽい。

 勇士団宿舎が並ぶ路上からは、酒や博打が消えつつある。

 それらは店の中へおさまり、路地のゴミは見かけるなり片づける者が増えていた。


「オレ、道流みちるさんに風紀委員が似合うって言われちゃってよ」


 両手に長い鉄爪をつけたモヒカン大男がそっと酔っぱらいをゴミ箱へ放りこむ。


「でもそのスカート丈は校則ぎりぎりじゃねえか?」


 弁髪の中年男が斧で指したモヒカン男の革鎧は、腰部分が半分ほど魔獣にかみちぎられ、ほとんど用を成してない。


「ち、ちげーし、これ別に太腿で誘ってるわけじゃねーし。ほら……衣替えで夏服とかあるだろ?」


 モヒカン男は心臓部の防具補強を兼ねた文庫本を取り出して開き、『黒い長袖』と『白い半袖』の少年少女が描かれた挿絵を見せる。


「お、もう新刊が出ているのか? 俺も読まねえと、上級部隊の話題に乗り遅れちまうかな……」


「オレはもう『幻想奇書』でかなり字を読めるようになったから、聞かせてやるよ。もう初見でも半分くらいはわかるようになったんだ」


「じゃあ、おごってやるからファミレス行こうぜ!」


 ふたりはキャッキャウフフと駆け出す。



 石積みの古めかしい大食堂は店主が『ファミレス』を自称しはじめてから客足が増え、軒先には多くの安物自転車が繋がれていた。

 おかわり自由で人気のドリンクバーは麦茶と真水と塩水を選べる。

 とりわけ屋外席が『狂風勇士隊』と『蒼天勇士隊』の行きつけになってからは、こそこそと様子を見にくる貴族や大商人まで日ごとに増えていた。


恵太けいたが部長をしている『運動部』とは、どんな競技をしているのだ? やはり球技か?」


 ウェイストリームが『幻想奇書』を片手にギブファットへ講義を仰ぐ食事風景は遠巻きに羨望を集めている。


「あ、ああ。パチンコとかボウガンとか……いろいろだな」


「どうも僕はまだ、いろいろと不勉強のようだな? この生徒会選挙という継承権争いも、家格に関する取り決めが見当たらないのだが、なにか当然のように知られているのだろうか?」


「そりゃ、生徒はみんな平等で、貴族も平民も違いはないから……」


「え。中級勇士以上になれる確率で貴族は数倍、平均の魔力でも見習い勇士と下級勇士くらいには差があるだろう? 学校防衛の適性に向き不向きが出るのではないか?」


「あ、ああ。えーと……?」


 ギブファットが首をかしげると、隣のテーブルから栗色ツインテールのダブデミが身を乗り出してくる。


「もう道流、魔物がいない世界なんだから、戦闘力は重要じゃないんだってば」


「なるほど。統一された装備で描かれているから、資産の差が少ない感覚には慣れてきたが、どうも能力に関してはまだ……ふうむ。魔力や血筋によらない基準で指導者を評価できたら、政策も興味深い広がりを得られそうだな」


「そ、そういうことだ。でも道流だって、ただのエースストライカーじゃなくて、人気も抜群じゃねえか。俺だって応援してるぜ」


「やめてくれ。僕はそんなつもりでは……気持ちはうれしいが」


 ウェイストリームはギブファットの笑顔から目をそむけて頬を赤らめる。

 ダブデミが密かにガッツポーズを握った拳の甲へ、ローシーの杖の尖端がグリグリとめりこんだ。


「痛いってば法見のりみ、なにすん……」


 ダブデミは席へもどって抗議しかけて、メガネ少女が暗い眼光も突き刺していることに気がつき、声を低める。


「……わかっているけど、とりあえずは合わせないと、話が余計にこじれるでしょ?」


「そのわりには楽しそうでしたが……いまや王子たちだけでなく、カメリア様まで道流様の継承意志を警戒しはじめています。このままでは最悪、私たちにまでどんな指示を出されるか……」


 隊長ふたりを挟んで反対側のテーブルに、神官少女ワラレアも座っていた。

 疲れた顔で何冊もの『幻想奇書』を流し読み、時おりギブファットの横顔を盗み見る。

 隣の赤毛少女デューリーフは心配そうな顔でオープンサンドをがっついていた。


「姉御。食べる時くらいは……」


「そうも言ってられん。日ごとにうっとうしい客が増えている。今さら知り合いづらをするアホや、理解者のふりをしたクズどもが……昨日から尾行させた中級勇士は?」


「姉御のいうとおり、怪しいやつと会っていたよ。格好は隠していたけど、神官くさい感じの。でも闇市の摘発を警告してくれたんだろ?」


「親切づらした探り入れだ。私たちは継承争いで最悪の時機に目立ちすぎている。『蒼天』のやつらとの馴れ合いも使いようだが……いくらなんでも道流のへばりつきかたは常軌を逸している。法見でも止めきれないのか? 鳩亜はとあの頭もさらにひどくなっているようだし……このままでは最悪、もっとめんどうな敵を釣り上げかねん」


 いっぽうウィンシーは『幻想奇書』の挿絵にあるファッションを取り入れていた。

 上半身の白い半袖シャツはともかく、紺色のショートパンツは裾丈がなくて太腿をめいっぱいにさらし、下着も同然の形状……異世界物語では『ブルマ』と称される前衛的な訓練装備だったが、ウィンシーに限っては普段の露出ぶりとさしたる差がない。


水希みずきちゃんおはよ。朝練いこ」


「あ、ああ……勝海かつみは意外というか、順応が早いな」


「すげえな姉御。その体操着だと、もう異世界人との違いなんか鉄甲のグローブとブーツくらいで……うわ、そのカバンもそっくり……」


 やはり小説の挿絵でよく見る、黒革の四角い手提げカバンまで持っていた。

 ウィンシーが二ヶ所のベルトと中央の金属鍵を開け、ぎっしり詰まった燻製肉を取り出す様子にデューリーフは感嘆する。

 ワラレアも感心しつつ、不思議そうにウィンシーを観察した。


「もうそんな便乗商品まで出回っているのか。貴様もそれほど異世界物語を気に入ったのか?」


「めんどくさい。ぜんぶ恵太くんに合わせとく」


「そ、そうか……」


 ウィンシーはいつものように眠そうな無表情でつぶやき、容姿の見ばえを台無しにする野生を示す。

 ワラレアが路地裏にも目をやると、小柄なリルベルは黒フードを深くかぶった怪しい集団と話しこんでいた。


「闇市の知り合いか? ずいぶん不用心な場所で……」


「さすが小鈴こすずの姉御。あいつらのひとり、たぶん闇出版の幹部格だぜ。いつも屋台の奥にいるんだ」


 ようやく引きあげて来たリルベルはふらふらと椅子にへたりこむ。


「待たせたのう。また急に『幻想奇書』の注文が増えすぎて、特に貴族区画へ流通できる売人の都合が……」


「ま、待て。それは表通りで堂々と話すことではないだろう?」


「おっと。わしも少し休まねばの……」



『狂風勇士隊』が探索先を第三階層『睨鬼げいき迷宮』に変えて数日。

 第二階層『咆獣ほうじゅう迷宮』に比べるとむきだしの地盤が多く、白っぽいツタやコケが薄く頼りなく散らばり、微細な火花を散らしている。

 それらは星空に似てなくもないが、獣臭さや生活臭じみた空気が風情を壊滅させていた。

 より深い階層に比べれば一匹あたりの討伐報酬は低いが、数を稼げば多少は補える。


「ほとんどケガもせんし、装備も傷みにくいのはけっこうじゃがのう……」


 遠巻きにいくつもの勇士部隊が注目していた。

 今や彼らは『帝都の女怪人』リルベルが視線を向けても逃げ隠れしない。

 最強の杖術と人格破綻で恐れられていた少女のほうが三角帽子を深く下げ、疲れ気味にため息をつく。


 王立地下迷宮は最深の第五階層『餓竜がりゅう迷宮』なみに第四階層『香霊こうれい迷宮』も避けられていた。

 そのため第三階層『睨鬼迷宮』は中間に位置しながら、勇士団でも下級から上級の部隊まで幅広く集まってにぎわっている。

 この階層には『鬼』と呼ばれる人型の魔物が多く巣食っていた。



 聖神教団の言い伝えでは、神に祝福された種族である人類が生まれる前、最初に創られた竜たちは神に背いて埋められ、次に創られた鬼たちは神を失望させて埋められた。

 地下深くほど魔力の影響は強まるため、単に強大な魔物ほど深い階層でないと体格を維持しがたい、とする学説もある。


 ともあれ、第三階層には討ち続けてもわき続ける鬼の群れがはびこっていた。

 運動力や耐久性などは第二階層に多い魔獣と大差ない。

 しかし粗末ながらも武器を使い、待ち伏せなどの原始的な奇襲をかけることもあり、吠え声で居場所を知らせるなどの大雑把な連携もしてくる。

 魔力が伸びただけの下級勇士たちが不用意に踏み込めば、必ず対処に苦しんだ。


「よう、掃除当番おつかれさん!」


 ギブファットが一閃した刃は波状に走り、ばらばらに飛びかかった数匹の魔物をまとめて斬り散らす。

 豚鬼と呼ばれるチビデブの鬼で、単体での危険は怪物ネズミとたいして変わらない。

 鬼の中では最弱だが、群れでの袋だたきを好む性格で、経験の浅い勇士たちには嫌われていた。


「あ、ありがとうございます!?」


 四人の下級勇士で組んだ『薄氷はくひょう勇士隊』は十匹以上の豚鬼に囲まれ、恐慌しかけていた。

 しかし片側半数を『剣術最強』の一撃が一掃し、対処を一面へ集中できるようになる。


「なんだ、わりとしっかりしているじゃねえか。余計なことしちまったかな? じゃあ、あとは任せるから通らせてもらうぜ」


 かつて帝都一の『卑怯陰険』と呼ばれた男が、討伐証拠の牙も抜かずに立ち去る。

 下級勇士たちは残党を始末しながら、その背を尊敬の目で見送った。

 さらに、追って現れた長身の金髪少年を見て驚愕する。


「恵太はまた、後輩部員の練習にただでつきあっているのか? 上級勇士の引率なら、見ているだけでも六割が相場だろうに」


「道流こそ、今日も俺たちにつきまとう気かよ?」


「そう言うな。近ごろはこのあたりに、中級部隊でも対処できない大物の大群がいると聞く。獲物……いや練習用具の奪い合いにはなるまい」


 勇士団でもトップを争う二部隊の隊長が肩を並べて談笑していた。

 どこからともなく両部隊の仲間も現れるが、やはり互いを敵視する様子はない。

 ほかにも多くの部隊がトップの異変に注目し、遠慮がちに距離をとって追いかけていた。



 ワラレアは魔物の巣窟を歩きながら、どんよりした目で闇小説を読みふける。


「水希どの。せめて地下では、お行儀が……」


「荒療治が効かない以上、ギブファットを恵太に閉じこめている不安をとりのぞくしかないのだろう? それには、やつ本来の願望を知らねば……異世界物語にもだいぶ慣れてきたが、甘ったるい人間関係の設定も、ここまでしつこいと実際には苦痛のような……ある種の束縛願望のようなものか?」


「休みを挟んで、落ち着いて考えることも大事じゃぞ。すごく」


 人格破綻に定評のあったリルベルも、ついまじめに心配していた。

 前方からデューリーフが独り、魔物と誤認されないように声をかけながら近づいて来る。


「まるで王族の視察みたいだな? あちこち野次馬の部隊が囲んでいるものだから、ここまで刃を抜かないで歩けちまったよ」


「どうした露葉つゆは。斥候に出てからずいぶん経つが?」


「やばそうな群れがいたら知らせるつもりだったのに、見つけるなり勝海の姉御が蹴散らしちまうんだよ」


「そういうことならかまわん……やつは意外に今日も働く気のようだな?」


「オレたちじゃ牙を抜くだけでも手一杯だし、残党狩りは近くの部隊にもくれちまっているけど……それでかまわねえのかな?」


「次席の『蒼天』が我々よりも悠長だからな。それに恵太は『狂風勇士隊』の戦術として、勝海には好き勝手を許している」


「またずいぶんと思い切った役割分担だな……それにつきあえる姉御たちもさすがだけど。わかった。じゃあ、またしばらくヒマかも」


 デューリーフは引き返しながら笑顔で腰の革袋をたたき、貯まった討伐証拠の多さを示す。

 ワラレアはどう返していいかもわからず、そそくさと本へ目をもどした。


「……そういえば、私たちが出会ったのもこの階層だったか。私も恵太もすでに中級勇士だったが、下級勇士の部隊で用心棒をしていたころだ」


「似たような境遇だったわしも勧誘され、勝海どのも……勝海どのは特殊すぎたが。当時から階層には不釣り合いに強すぎ、目をつけた部隊も多かったようじゃが」


「あの絶望的な協調性だ。誰にも扱えない怪物だと思っていたのに、まさか自分が同じ部隊でこれほど長くつきあうことになろうとは……いまだに、あれが仲間かどうかは自信ないが」


「こちらで合わせる方針にしたとはいえ、かつては魔物よりも警戒せねばならず……今もそうか。いやしかし、前よりは緊張しないで済むようになったかのう?」


「というか最近は、やたら素直に恵太のお守りを引き受けていないか? あの女に任せる以上、鼻や前歯くらいは折られる覚悟をしていたが」


「たしかに……気まますぎて、どうにも察しがたいのう? 抱えられた恵太どのがやけにおとなしい理由であれば、押しつけられた胸の大きさで説明できそうじゃが」


「…………ともかく、恵太があのような状態になったわりに、なぜか『狂風勇士隊』の地位は保たれている。それどころか持ち上げる連中が繁殖しすぎて気色悪い。だがそう長くは続くまい。現実で、これほどのご都合主義が続いてたまるか……」


 ワラレアは苦しげに自分へ言い聞かせる。



 周囲には多くの部隊がつきまとっていたが、ワラレアたちは視線の中に好奇心だけではなく、敵意も混じっていることには気がつかなかった。

 上級勇士の部隊でも『深淵しんえん勇士隊』は堅実さに定評があり、いっぽうで欲がないとも評されている。


「ここまでだな」


 隊長の中年男がぼそりとつぶやいて引き返す。


「なっ……? いや、わ、わかった」


 深くフードをかぶった少年は足を引きずって従う。


「しかしいくらなんでも、潜伏を得意する『深淵』の貴殿らがいて、これだけの距離をとっていれば……」


 壁が複雑にからんだトンネルのはるか遠く、話し声は届かず、たまに角度が合えば表情だけ確認できるかどうかの距離だった。


「その足では隠すにも限界がある。我々から見て『狂風』の斥候能力は、戦闘力なみに突出している。ここまでの我々の動きも、大雑把には気取られていると考えるべきだ」


「私を伴った動きの不自然に、気がつきかねない頃合か……」



 リルベルは首をかしげた。


「どうやら『深淵』の皆様は引き返したようじゃのう?」


 杖をかすかに輝かせ、髪のように広げた細い光を八方へ伸ばしていた。


「今回はただの野次馬か。うさんくさい連中だが、そろそろ正体はしぼれたのか?」


 ワラレアは小説の文章を追っていた視線を少しだけ上げる。


「実力がありながら、家に問題を抱えた中流以下の貴族が多い。騎士団あたりの差し金かもしれんが、今までわしらへの悪意などはなさそうじゃったがのう?」


「だが正面から来る『蒼天』とは別の危険がある。恵太の邪悪な鋭さに頼れない今は、特に注意したほうがいい」


「いつもと違い、魔物討伐をするふりもなかったのう? あちらさんも調子が悪いのじゃろうか?」


 リルベルでも『深淵勇士隊』が同伴させていた部隊外の同行者と、その意図までは察知できなかった。



 足を引きずる少年はかつて『蒼天勇士隊』の副官だった平助へいすけことフラットエイドである。


「おのれギブファットめ……我が友ウェイストリームをたぶらかした罪、地獄で悔いよ!」


 頬はやせこけ、目元には濃いくまが広がっていた。




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