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第15話 最弱の少年は振り向くことすらできなかった 3


 リルベルの杖術が怪物イカの頭半分を吹き飛ばし、ウィンシーがなおも暴れる触手をいくつか蹴り返し、決着がつく。


「粘液池の浮力で巨体のバランスを保っていた個体とはのう? こんな『餓竜がりゅう迷宮』なみの大物が、そうとはわかりにくく混じっておるからやっかいな階層じゃ」


 しかしその後は、危険性の低い個体が続いた。

 もろい体を鈍重にひきずり、急に手足や首だけ速く動かすこともあったが、稼動範囲すべてを余分に警戒していれば、不意をつかれることもない。


「斬れ。斬りまくれ。我々とて、この階層へはじめて来た時には、しばしば窮地になりかけた……この悪臭と共に、苦闘の日々を思い出せ!」


 ワラレアは盾と鉄球で殴りまわり、抑えない爆音で周囲の獲物を引き寄せる。


「おう! でも、もっと楽しくやろうぜ委員長! みんなで準備した文化祭だろ!」


「『香霊こうれい迷宮』の殺戮競技だ」


「投票で出し物のグランプリが決まるんだっけ?」


「奪った首の数で、貴様の貴族入りが近づく」


 リルベルは援護射撃を加えながら、大雑把な計測で地形を記録しながら歩いていた。


「もう地図の外じゃ。少しペースを落とさんか? きっちり記録すれば良い稼ぎになるじゃろうに」


「ギブファットを完治させて『餓竜迷宮』で暴れるほうが早い。それくらいの勢いで差をつけなければ、誰も私たちを認めようとしない」


「ワラレアどのは、貴族たちへのあてつけに成り上がろうとしておるのか?」


「それのなにが悪い」



 ワラレアの祖父は『香霊迷宮』の初期開拓を果たした功労者だが、そのためにおびただしい犠牲者、とりわけ平民階級の死体の山を見てきた。

 ワラレアの父は平民の医者で、医務官の助手でありながら、実際にはほとんどの現場指揮を背負わされていた。

 騎士団長の祖父に気に入られ、開拓が落ち着くと娘のひとり……ワラレアの母との結婚を許された。


 しかし祖父が死ぬと、ワラレアの両親は辺境へ追いやられる。

 一族や貴族の祭事に限っては呼び出されるが、遺産配分の確執もあって嫌がらせをくり返し受け、ワラレアの父は心労の中で亡くなる。



「私は『平民の血が混じった卑しい魔力』と何百回も言われてきた」


「それで功績の鬼となったわけじゃ」


「私が、そして『狂風勇士隊』が出した結果は絶対的な事実だ。それを、血筋しかとりえのない連中につきつけてやる……貴様なら喜びそうな悪ふざけだと思ったが?」


「さてどうじゃろう? ワラレアどのからして、さほど楽しんでいるようには見えんのじゃが」


「なに?」


「壊されたものは、なにかを壊しても返ってこないじゃろう? 奪われたものも、奪い返せるものとは限らん。ワラレアどのが貴族をたたいて得られるものなど、どれほどあるかのう?」


 リルベルの瞳は『香霊迷宮』のいびつな魔物と、あせりいらだつワラレアの両方を見ていた。


「なにが言いたい? どうも最近の貴様の口ぶりは気に食わん」


「元より、わしの悪趣味に共感したことなどあったかのう?」


「どれだけ性格がねじくれていようと、見下した態度だけは感じなかった」


「けっこうなかいかぶりじゃ。それほど慕われておるとは知らなんだ」


「ちっ」



「わしには……苦労するとわかっていただろうに、それでも結ばれたワラレアどのの御両親と、それをお許しになられた祖父御どのの思いこそ興味深いが」


「今まで私がなぜ過去を話さなかったと思っている? 祖父はただ無能な指揮官で、罪滅ぼしの真似事をしたかっただけだ。そして母は、父が死んでから結婚を悔やみ続けていた。私は私の血筋だった者たちを心底から軽蔑している」


「ふむ。ギブファットどのと同じじゃな。貧民街を軽蔑しながら、あの孤児院にはやたらとこだわっていた」


「貴様……なにを知っている?」


「わしも以前、帝都孤児院について調べていただけじゃ。あの院長どのは教団の上層をうまくなだめすかしつつ、少しずつ経営を健全化させてきたなかなかのやり手じゃが……かなり以前から、孤児院とりつぶしの話は出ておったらしい。そのたびに教団の関係者が事故にあったり、土地買収を希望していた工場が事故を起こしたり……」


「意外に食えない女とは思ったが、そこまで思い切った手も使うか」


「いやいや、事故はギブファットどののしわざじゃろう。時おり悪ふざけと称して貴族区画でピクニックや、工場区画で試し射ちなどもしたじゃろう?」


「なっ!? あれは気まぐれではなく……!?」



 先行していたギブファットの刃が急に音を加速させ、ワラレアとリルベルは会話をいったん打ち切る。

 馬ほどに大きく動きも速い獣の妖魔が群れで襲来していたが、ギブファットは「コスプレ会場でもないのに、田舎くさい珍走団なんか恥ずかしくないのか!? 大人になれよ!」と元気にわめきながら解体しまくり、ウィンシーもいっしょに「この人ちかんでーす」などとつぶやきながら天井まで蹴り飛ばしていたので、任せて放置した。


「……育ての親であるクリアレイクどのは、まさにギブファットどのそのものじゃな」


「あの慈善ぐるいのどこが小心な外道と結びつく?」


「頑固なまじめさに包まれていたからこそ、ギブファットどのは悪ぶっていられたんじゃろ。守られている自信がなければ、飛び出たいとは思えんものじゃ。そう無意識には感じていたから、守り返せない無力も気に病む」


「ばかを言うな。『守る』や『気に病む』など、やつには……」


 ブーツを腐汁まみれにさせたギブファットが駆けて来る。


「委員長、もしかして体の調子が悪いのか? さっきから女子トークばかりだけど……」


「問題ない。というか近寄るな。臭いで本当に気分が悪くなりかねん」


「いけねっ。体操着が少し汗臭かったかな? とにかく無理はするなよ!」


「貴様こそケガだけは……」


 ワラレアは照れ顔で言い返しそうになったが、リルベルのニヤつきに気がつき、とっさに口をふさいだ。

 ギブファットはふたたび腐乱怪物の群れへ駆け込み、入れ代わりにウィンシーが引き返してくる。


「お守りを任せきりですまんのう。じゃがギブファットどのはとりあえず、剣の調子だけは良さそうじゃな?」


「よすぎる」


 ウィンシーはなにくわぬ顔でひとことだけつぶやき、またすぐギブファットを追いかけて駆け去った。


「ふむ? ウィンシーどのには無理をしているように見えるのか?」


「あの女が仲間を気づかうわけがないだろう? そもそも我々は……」


「互いに仲間の価値くらいは認めておるじゃろう?」


「自分のために利用できる価値だけな」


 ワラレアは皮肉な冷笑をこわばらせ、リルベルはさびしげに苦笑する。


「それにしては、意地になりすぎじゃ。わしも今の有様になって気がついたことじゃが、ギブファットどのは思っていた以上に無理をして、部隊をつなぎ止めていたようじゃ」


「ばかを言うな。やつがどれだけの仲間を盾や踏み台に使い捨ててきた?」


「そのようにふるまっても消えない仲間を必要としていたんじゃろ? ギブファットどのが『恵太』どのになる前、心霊相談を受けたことがある」


「心霊?」


「死んだ友人たちの霊がとりつき、枕元に出てくるから退治できないかと頼まれたんじゃ」


「それは……」


「潜在的な罪悪感じゃろ。ギブファットどのは外道すぎる裏切りやだまし討ちをすると、後でうなされて睡眠不足になる……慢性症状の体質じゃ。それでわしはまじないと称して『気をゆるめる薬』と『幻想奇書』を渡したんじゃ」


「用心のための三時間睡眠というのは、ただの見栄か。やつらしいが、どこまでも器の小さい……」


「それだけ『陽炎かげろう勇士隊』の仲間については、気負っていたんじゃろ。のぞき見や窃盗などのせこい悪事はとぼけも謝りもするのに、『仲間への仕打ち』だけはわざわざ自慢し、謝ることがない……それだけは強がって見せねば、前を向いて歩けなかったのでは?」


 ワラレアは言い返そうとするが、歯をくいしばって顔をそむける。


「わしらはそんな臆病さのおかげで引き合わされ、どれだけ我を通そうとも気楽につきあえる、この部隊を居場所にした……意地になって守る価値もありそうじゃがのう?」



 先行していた刃物の音が急に静まる。

 ギブファットが手を止めて立ちつくしていた。

 それほど息が上がっている様子はないのに、じっと見つめ続けている。

 特に遅い妖魔が数匹、のたのたと近づいているだけだった。

 しかし大きさと形状は、人間によく似ていた。


「なんかみんな、無愛想でギクシャクしてんな~。まだあの時のこと、怒ってんのかよ?」


 最初に近づいた一匹をウィンシーが蹴り倒す。


「おいおい勝海、そいつちょっとバカでヤンチャだけど、中坊だったころの友だちでさ……最後に会った時もこんな風に、やたら臭い校舎裏で……いや、男子トイレ、だったかな?」


 ギブファットのぎこちなく震える声で、ワラレアは妄想の根源に思い当たる。


「たしかこの『香霊迷宮』は三年ほど前にも……」


「『餓竜迷宮』が発掘され、人手が足りなくなった時期じゃのう。報酬は上げられたが、ほとんど強制的に派遣された下級勇士も多かったとか……最初の開拓ほどではないが、例年の何倍も犠牲が出ておる」


 リルベルは帽子のひさしを下げ、ギブファットのおびえた笑顔の直視を避ける。


「やたら強い不良にからまれて、俺ひとりだけ逃げきって……あれくらいでみんなが登校拒否になるなんて思わなかったんだ……そろそろかんべんしてくれよ」


 ウィンシーは近づいて来る一匹ずつを殴り倒すが、天井まで飛ばしたり、半身を爆砕するような威力は出さなかった。

 黒髪の少年は転がる腐乱した人型たちを見つめ、ぼそぼそとつぶやき続ける。


「たまには、また『陽炎』中学のみんなで試合やろうぜ。俺、ずっと待っているのに、お前らいつも、夜中にメールしてくるだけだから……今、どこの高校に通ってんだよ? 部活はどこに入った? 俺は……」


 ワラレアはギブファットの肩をつかみ、引き寄せていた。


「もういい……もう下校時間だ。恵太」


 抱きしめて、腕で頭を包みこむ。


「私は少し、急ぎすぎたようだ。今日はもう、休んだほうがいい。友人のみんなも……」


 ワラレア自身もしばらくは目を閉じ、転がる残骸たちへ、形ばかり習ったことのある黙祷を捧げた。




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