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第12話 最高の英雄は最高の混乱をもたらす 3


 帝都の地下迷宮はユイトエルブ大陸でも最も深く、第五階層まで確認されている。


 最深の第五階層『餓竜がりゅう迷宮』は探索がほとんど進んでいない。

 大型の合成魔獣『竜』が多く出没し、上級勇士でも危険な難所だった。


 第四階層『香霊こうれい迷宮』も出入り口から徒歩数時間の範囲しか地図がない。

 魔物は危険性が不安定で『中級殺し』の別名もあり、上級勇士も好まなかった。


 第三階層『睨鬼げいき迷宮』は人型の魔物『鬼』が多い。

 下級勇士は一攫千金と腕試しに飛びこみ、中級勇士は功績を競うべく通いつめ、上級勇士も調整などに立ち寄ることがあった。


 第二階層『咆獣ほうじゅう迷宮』は人間より大きな魔獣も多く、見習い勇士には無謀な戦場となる。



 巨大縦穴を降下する鉄檻から最初に見える鉄扉は第一階層『接獄せつごく迷宮』の深さだが、その中は地下工事の一時資材置き場があるだけで、さらに奥も上下水道などの金属管が地下貧民街の処理場まで通じているだけだった。


 ふたつ目の鉄扉が『咆獣ほうじゅう迷宮』になるが、開けて最初に広がる光景は商店街だった。

 大広間に勇士が利用できる診療所、装備工房、食堂、銭湯、雑貨店などの補給施設が並ぶ。

 いずれも質はともかく割高で、平民出身の勇士は地上まで我慢する者も多い。

 騎士団衛兵の詰所も併設されている。

 王城は地下の一部がこの深さまで届き、騎士団の地下基地にもつながり、それを囲むように主力兵器『騎馬』の格納庫である『厩舎』と、訓練用の放牧場も併設されていた。

 そのため第二階層は、迷宮に出るまでもかなりの距離がある。


 補給所を抜けても四車線の広いトンネル道路が長く続き、専用車線では乗り合いの有料客車も往来しているが、それを利用しても数分かかった。

 トンネルを抜けて広大な空間に出ても、騎馬牧場の高い鉄柵に挟まれた道路がしばらく続く。

 牧場を抜けてからも主要道路は迷宮の八方へ伸びているが、奥ではだんだんと舗装が荒れて狭くなり、対応できる強度の車輪を装備した乗り合い自転車も少なくなり、料金も跳ね上がった。


「急ぎなのだが、どこまでいける?」


「いえっ、ウェイストリーム様ならばどこへでも……お忘れかもしれませんが、私はまだ下級勇士をやっていた昨年、命を助けていただいたのです」


「それならば話が早い。『狂風勇士隊』を探している」


「やつらが来ているのですか!? そういえば、妙に騒がしくて……最近やたら魔獣が増えた区域のほうです。また横取りでもしているのでしょう。私も何度やられたことか……抗議をしたら、いつの間にか武器を折られていて、あの時に『蒼天勇士隊』の皆様に助けていただけなかったら、今ごろは……今ごろは!」


 ペダルが力強く踏まれ、悪路でもなお加速する。



『咆獣迷宮』は深緑の階層でもあった。

 奥へ進むほど、根か幹かもわからない巨木が繁茂し、自ら燐光を放っている。

 樹皮は石のように硬く乾いているが、かじり跡があちこちに残っていた。


 物陰から不意に、カバのような巨体が自転車へ跳びかかる。

 運転士は片手で自転車のハンドルを握ったまま、背から長い戦鎚を引き抜き、魔力の光をみなぎらせてたたきつけた。

 はじかれた魔物はブルドッグのような顔で、いびつに伸びた手足で着地するが、倒れることもなくふたたび跳びかかろうとする。


「そのまま走らせてくれ」


 ウェイストリームは運転士を守ってかまえるが、魔法の光を放つ様子はない。

 ダブデミのふるった槍先が魔獣の首をもぐように粉砕し、その飛沫だけを大剣がはじいた。

 ローシーはそれらの状況を一瞥するだけで、あとは前方を見つめて考え込んでいる。


 第一階層の『接獄迷宮』であれば、一部は地上ともつながり、魔物ではない虫やネズミやヘビなどもよく見かける。

 しかし『咆獣迷宮』からはほとんど魔物だけになり、魔力なしには説明のつかない生態系が中心になった。

 日照のない地下でも骨格や色素が発達し、エサや栄養価の乏しさに釣り合わない体格まで育ち、地上における突然変異の発生率を無視した頻度で襲ってくる。

 上級勇士であれば庭のごとく歩ける階層だが、下級勇士に成り立ての部隊が、あるいは油断した中級勇士が大群に囲まれ、無残な最期をさらす事故は多発した。



「すみませーん、ボールがこっちへ転がりませんでしたかー?」


 不意に車道の真ん中へ、明るい笑顔の少年が飛び出し、運転士は急ブレーキをかける。


「ばかやろう! どこの三流……勇……士?」


 運転士は少年の傷だらけの顔に、どこか見覚えを感じる。


「犬の魔獣を追っていたのか? そっちに転がっているが、牙はくれてやる。死骸を道路からどけておいてくれ」


 運転士は道の後方を指し、とどめを刺した乗客の同意もいちおう確認しておく。

 しかしウェイストリームたちが少年の顔を凝視していたので、運転士もようやく、黒髪の少年は目のくまがないし頬もこけていないが、探していた『狂風勇士隊』の隊長ギブファットであると気がつく。


「よう、道流たちも中等部に胸を貸してやりに来たのか? またな!」


 ギブファットが駆け去ってから、運転士は小声を出す。


「ど、どうするんです? ここで始末をつけるなら、私でも見張りくらいは……」


「待て。そうと決めたわけではない。行動の確認に来ただけで……恵太けいたはあの方向から来ていたな?」


 地下樹林の奥から話し声が聞こえ、ウェイストリームたちは客車を降りて踏みこむ。

 ダブデミは運転士の疑問を先回りして、名前と愛称の対照表を見せておいた。



 先に進むと十数人の革鎧姿が見え、下級勇士たちが魔獣を囲って仕留める『巻き狩り』を行っていたことがわかる。

 しかし全員が呆然と、十数匹の魔獣の死骸を見下ろしていた。


「む。これは間違いなく恵太の斬り口……」


 ウェイストリームが確認した鋭い傷は一匹に一本ずつ、巻きつくように急所へ達していた。

 ついてきた運転士は顔見知りらしき下級勇士へ近づく。


「『狂風』のやつらに横取りされたのか!? 今日こそは『蒼天』の皆様が駆除してくださるから、お前らも協力を……」


「ま、待ってくれ。違うんだ。見てのとおり、囲いこんだ数が多すぎて、逆にやられそうだったところを助けてもらって……」


「へ? 誰に?」


「ギブファッ……恵太さんに」


 ダブデミが名前一覧を見せてまわっていた。

 ほかの下級勇士たちもうなずく。


「牙くらい、お礼に譲るつもりだったのに、見向きもしなかった」


「こんな者たちまで買収を……?」


 ローシーは眉をしかめてメガネをおさえるが、ウェイストリームは首をかしげた。


「どうも法見のりみは深読みしすぎていないか? いや、これが仮に人気取りだとしても、それのなにが悪いと言うのだ?」


「え……」


 会話に割りこみ、遠くから悲鳴が届く。



 さらに奥の森では、ワラレアが中級勇士の胸ぐらを絞めつけてゆさぶっていた。


「ひあああああ!? こ、こんなのもう、ゆすりじゃなくて、ただの強盗じゃないか!?」


 隊長らしき中年女は全身に光をめぐらせて抵抗したが、その何倍も輝く『冷酷残忍』の両腕が樹木へ強引に埋めこんでゆく。


「持っている牙をすべて自主的に譲れと言っているだけだ。なんならもっと手っ取り早い手段にしてもいいが、その不様な声で十分に歌ってから……おいリルベル、恵太はどこにいる? 私が誰のために、こんなザコを相手にすごんでいると思って……」


 中級勇士はほかに四人いたが『帝都最強の破壊力』とされる杖を向けるまでもなく、かの『狂風』副官の鬼気迫る凶行に震えてへたりこんでいた。


「というかウィンシーどのまで消えたのう? 階層が浅いせいか、あくびばかりしておったが」


 代わりに現れたのが『蒼天勇士隊』の一行だった。


「君たちはなにをしているんだ!? 恵太はあれほど更生に努めているのに!」


 ウェイストリームが大剣を抜くと、ワラレアも暗く鋭い笑顔を向けて盾と鉄球をかまえる。


「それはいったい、なんのたわごとだ? 私たちがいつ……」


 しかしふたりの間へ、無謀にも下級勇士のひとりが割りこんでいた。


「待ってください! こいつら『轟雷ごうらい勇士隊』の連中は今日、俺たちが囲いこんだ魔獣を何度も横取りして……そのくせ、さっきの大群を見たら逃げだしやがったんです!」


「え?」


 対峙していたふたりの声がそろう。



「ひいいいい! ど、どうか命だけは~!?」


 中級勇士たちは一斉に逃げ出し、持っていた牙をすべて投げ出す。

『蒼天』の三人、運転士、巻き狩りをしていた下級勇士たち十数人の後ろに、いつの間にかギブファットまで立っていた。


「おいおい、校庭へこんなに散らかしやがって……これの後始末、頼むな」


 ギブファットは自分へ集中的に投げつけられた牙をひろい集め、下級勇士のひとりへ丸ごと預けた。

 ウェイストリームは刃をおさめてうなだれる。


「まさか君が、そこまで正義感の強い女性になっていたとは……すまない水希みずきさん」


 ワラレアはあわてて棘鉄球をちらつかせた。


「ま、待て。誤解だ」


「わかっている。だが僕もとまどっているのだ。なぜ君たちは、急にこのようなことをはじめてくれたのか……」


 ウェイストリームは肩をつかまれ、振り向くとギブファットの明るい笑顔があった。


「後輩のめんどうをみるのに、なにか理由が必要かよ? 同じ学校の卒業生としてんむぐ……」


 ワラレアが口をふさいでさらい、リルベルに先導させて撤退する。


「その牙はくれてやる! もう関わるな!」


 そのころウィンシーは放置自転車を発見して勝手に入口の補給所まで乗りつけ、銭湯でうたた寝をはじめていた。



 ウェイストリームは呆然と立ちつくしていたが、牙を山分けして喜んでいる下級勇士たちへ目を向け、ゆっくりとひざを折る。


「僕はいったい、今までなにをしてきたのだ……?」


「ウェイストリーム様?」


 ローシーは驚き、あわてて支える。


「恵太は首位部隊になったとたん、あれほど献身的に下級勇士を引っぱりはじめたというのに……」


 端正な顔は、こわばった笑みを浮かべていた。


「僕は血筋に恵まれて豊かな家に生まれながら、国のためと言いつつ、自分の魔力を誇示していただけではないのか?」


 下級勇士たちが異変に気がつきはじめ、ダブデミは強引にウェイストリームを引きずって移動する。


「考えすぎ! 道流みちるだって、今までどれだけの勇士を助けたと思っているの!?」


「ちがうんだ鳩亜はとあ……僕は自分が思うよりはるかに、恵太を見下していたんだ。はじめから多くを持っていただけの僕が、彼を引っぱり上げようだなんて、なんて思い上がりだ……彼はなにも持っていなかった手につかんだものさえ、ああして分け与えるほど気高いのに……」



 その日、帝都では『蒼天勇士隊』隊長の発狂が噂された。


「母上。僕は今まで父上の言うとおり、政治には関わらないように努め、それが国のためだと思っておりましたが……」


「まあウェイストリーム! ついに継承を考えてくれるようになったのね!?」


「いえ、そういうわけでは……」


「いいのよ、私はぜんぶわかっているから! 今日のために急いであつらえた特注品が間に合ってよかったわあ! 式典には誰を同伴して行くの? やはりカメリア様? それともリルプラム様? この際どうしてもと言うなら、ダブデミさんやローシーさんでも……好きにしなさい!」


 王子や王女に次ぐ継承権を持つ名家で、騎士団長ウェイブライト将軍の一子を載せた特注自転車は、祝賀会の人々を驚愕させた。

 客車で談笑している相手に、誰もが目を疑った。


「なあ道流。急にどうしたんだよ?」


「君のことをもっとよく知りたいと思っただけさ」


「こんなすげえバイクで、俺なんかとドライブだなんて……」


「恵太が必要な時には、いつでも好きに使ってくれ」


 最新機種の安定した高速走行も目を引いたが、ひとりで運転を維持する巨体中年の呆然とした顔に気がついたのは彼の妻だけだった。




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