第1話 最強剣士の新たなる冒険が冒険すぎた 1
かたや竜巻、かたや大蛇。うねりが火花をまき散らす。
幅広の大剣が光を発すれば円舞は急加速し、長身の金髪少年を何重にも包む。
ところが、やせた黒髪少年がふるう細身の曲刃は怪しくのたうち、隙を縫う雷光となるや鮮血をかすめとってゆく。
「情けねえなあ。貴族様っていうのは、高い魔力を生み出す血筋じゃねえのかよ? ギャヒヒヒヒヒ!」
「おのれギブファット……これのどこが演習だ!? こんな手段で僕ら『蒼天勇士隊』を追い落として、恥ずかしいとは思わないのか!?」
栗色髪の少女が金髪少年の助太刀に入り、光を発しながら突き出した槍先は、爆音と共に光の障壁にはじき返される。
逆巻く白煙に包まれ、長い灰色髪の少女神官が小盾をかまえてあざ笑っていた。
「恥ずかしい、だと? 手段を選ばぬことこそ我ら『狂風勇士隊』の誇りと知るがいい! フフフフフフ!」
ユイトエルブ大陸は魔物であふれ、魔力に優れた人材が頼りの対抗手段だった。
大陸を統一した聖神帝国は、実力次第で莫大な報酬を得られる王立傭兵部隊『勇士団』を設立する。
しかし報酬評価の高い部隊は、多くが貴族階級で占められていた。
『狂風勇士隊』は例外中の例外である。
あごと鼻の長い神官少年が大きな盾から輝く障壁を広げる。
褐色肌の薄着少女が手甲で殴りかかっていた。
「逃げろフラットエイド! 君の魔力では……」
金髪の少年剣士は叫ぶが、褐色少女の光に包まれた拳は障壁を突き抜けて大盾を曲げ折り、神官少年を砲弾のように打ち飛ばす。
「えい」
遠ざかる悲鳴はレンガ倉庫のひとつへ突き刺さり、それきり静かになった。
「なぜ誰も来ない!? 衛兵を呼びにやったはずが……うぐっ!?」
金髪の少年は不意をつかれ、黒髪の少年に蹴り倒される。
地をつたう視線の先に、ローブを着た銀髪褐色肌の少女が倒れていた。
メガネをかけて目を開けたまま、恐怖にひきつった顔でうわごとをつぶやいている。
それをもうひとりのローブ少女がニヤニヤと見下ろしていた。
「すまんのう。急に飛び出してきおったから、魔物とまちがえて撃ってしもうた。わしなりに介抱してあげたのじゃが、少し刺激が強すぎたかのう。にひひひひひっ」
金髪の少年剣士は歯ぎしりして起き上がるが、すでに黒髪少年とその仲間たちは遠ざかっていた。
「なぜだギブファット……なぜ君は、僕らをここまで!?」
「マヌケが! 演習ごときでムキになってんじゃねえよ! だがフラットエイドのやつは、その『演習ごとき』で骨をやっちまったようだな~あ!? ギャハハハハハ!」
『狂風勇士隊』の四人は帝都最強の戦闘部隊と畏怖されながら、魔物以上に忌み嫌われていた。
『蒼天勇士隊』の副官フラットエイドが腕の骨折で部隊を離れ、『狂風勇士隊』が首位部隊の座を奪った数日後。
帝都を未曾有の混乱へたたきこむ事件は密かにはじまる。
聖神帝国の首都は数階建ての集合住宅が密集し、その倍以上も高い城壁に囲まれていた。
城壁の上には貯水槽と煙突が並び、鎖かたびらの衛兵が弩弓を載せた自転車で見回る。
頭上を渡るハトの群れにおかしな動きがあれば、矢をつがえて待ち受けた。
群れをみだす一羽はけいれんしながら蛇行し、兵士の十数歩先へ無様に墜落する。
その顔は狂暴にゆがみ、ばたつきもがく体はみるみる膨れて倍以上になった。
羽毛がまばらになった醜い胸を射抜かれてなお、血まみれの羽根をばたつかせて兵士へ飛びかかる。
兵士は持ちかえた手斧で首をはねると、死骸を荷台の麻袋へつめて縛った。
あちこちに伸びる伝声管の蓋を開けてへ連絡を入れ、詰所に帰るとタイプライターで報告書を作成する。
市街地に牛馬の姿はなく、荷台や客車は自転車が引いていた。
犬猫をはじめ、愛玩用や観賞用の小動物もいない。
ネズミやトカゲですら小石を投げられ、棍棒でとどめを確認された。
城壁内には人類のみが棲み、それ以外の動物は食肉や毛皮に加工されてから運びこまれている。
市街でも城壁沿いの一角は勇士団の宿舎がひしめき、所属する荒くれ傭兵たちが酒や賭博に興じては通りにまではみ出て、騒ぎをまき散らしている乱行が常だった。
その声が不意に低まり、みすぼらしい革鎧の下級勇士が一斉に道をあける。
鎖鎧を着込んだ中級勇士たちも目をそらし、顔をこわばらせた。
通りかかった鉄鎧の少年は背がさほど高くないし、やせている。
少年は宿舎通りから奥まった勇士団の会議所へ入り、受付の前にいた熊のごとき中年男の背をたたいた。
ふりかえったヒゲだらけのいかつい顔は、少年の蛇よりひどい眼光に青ざめる。
「ひっ!? ギブファット! ……様! なんの御用でしょうか!?」
『狂風勇士隊』を率いる剣士ギブファットは卑怯陰険の悪名で突きぬけていた。
「おっす! 俺、運動部の部長やってる恵太な! いっしょにインターハイめざそうぜ!」
陽気な返答に中年男は凍える汗をふきだす。
「けえた? いんたあはい? いやその、自分はようやく上級勇士になれたので、登録に来ただけで……ベアラック、です。どうぞお手柔らかに」
かすかな皮肉をこめるだけでも、息が乱れた。
「わからないことがあったら、なんでも俺に聞けよ! オマエ体格いいんだから、レギュラーどころかエースだってねらえるぜ! よろしくな、熊吉!」
上級勇士ベアラックは視線で受付係へ助けを求めるが、同じように困った顔で首をふられた。
さらに受付係は、ギブファットのあとから入ってきた少女に気がつき、震えはじめる。
『狂風勇士隊』の副官ワラレアはすらりとした背に長い灰色髪。
色白の面長に、清楚な神官着が似合っている。
たぐいまれな美貌でありながら、それ以上の冷酷残忍で帝都に知れ渡っていた。
「おいおい水希さん。新入部員は温かく迎えてやろうぜ! 副部長のくせに、そんな怖い顔してどうしたんだよ?」
「貴様こそなんの病気だギブファット!? 私だ! ワラレアだ!」
「やれやれ。水希さんはいつまで俺を弟あつかいして……」
ワラレアの拳がギブファットの鉄鎧にめりこみ、そのまま壁へ打ちつける。
「ワラレア、だ!」
「いきなり呼び捨ては……大胆すぎないかな」
ギブファットが古傷だらけの頬を赤らめ、くまの濃い目をそらす。
ワラレアも思わず同じ仕草を見せた。
「そ、そういう意味では……」
しかしすぐ我に返り、切れ長の目を背後へ向ける。
受付係と巨体中年は息を飲んだ。
「見られた以上はやむをえん」
無慈悲な声音で、ふたりはそれぞれ別方向へ駆け逃げようとした。
数秒後、ふたりは白眼をむいて床に転がっていた。
ワラレアが目撃者を縛り上げて大きな麻袋へつめこんでいると、会議所へふたりの少女が入ってくる。
「ウィンシー、見てないで手伝え! リルベルは入り口を見張っていろ!」
「んー」
眠そうな顔で無愛想に答えた少女はボサボサの黒髪に褐色肌。
男のような長身で肉づきもよく、胸まで凶器のように大きい。
タンクトップにショートパンツ、それに金属製の手甲とブーツだけで、まともな武装をしているとは言いがたい。
『狂風勇士隊』の切り札ウィンシーは帝都無双の凶暴野蛮を恐れられ、辺境においては人型魔獣として書類認定されていた。
受付の奥からチョッキにネクタイをしめた初老の男が不審がって出てくる。
「え……君たちはいったい、なにをしているのだ?」
ウィンシーはコクコクうなずき、男を片手で投げ飛ばして壁へめりこませる。
壁際にある階段からは四人の屈強な男たちが降りてきていた。
「うおっ!? 『狂風』の……待て! 俺たちはなにも見ていない! 見逃してくれ!」
ウィンシーはコクコクうなずき、全員を壁へめりこませた。
「絶好調だな勝海! 次のインターハイは全国制覇をねらおうぜ!」
ギブファットは親指を立ててウインクを贈る。
「かつみ? いんたあはい?」
ウィンシーは眠そうに首をかしげ、ワラレアは舌打ちする。
ギブファットの悪人顔はなおもさわやかで情熱的な弁舌を続けた。
「でも勝海が自主練するなら、期末試験の赤点対策のほうがよさそうだけどな!」
ウィンシーはぞんざいにうなずき、ワラレアはギブファット自身のマントをねじって猿ぐつわにする。
「よもや、ギブファットどのが発狂とはのう?」
入り口を見張る小柄な少女は着ているローブも三角帽子もぶかぶかに大きく、ゆるい襟元は平たい胸をかえって強調していた。
厚化粧の童顔とリボンだらけの金色巻毛は滑稽な客引きにも見える。
しかし入り口でニヤニヤと立っているだけで、通りの人影は急速に減っていた。
帝都においては誰もがギブファットたちを避けて歩くが、彼女に限っては視界に入ることすら避けられている。
『狂風勇士隊』の参謀リルベルは確固たる定評のある人格破綻者で、目をつけられた時の被害が最も深刻な災厄として知られていた。
そのリルベルでさえ、皮肉そうな笑みにとまどいが混じっている。
ワラレアはうなだれながら受付をあさり、追加五人分の麻袋を引っぱり出していた。
「めったなことを言うな。すぐ治る……そうでないと困る! ようやく、これからという時に、なぜ……?」
かつてギブファットと共に、競争相手の勇士隊へ不正工作を仕込んだ思い出がよぎる。
『こんなことをしなくたって、楽勝でしょ?』
『それをあえて徹底して、おちょくってやるのさ!』
『まったく、どこまでねじくれているのか! ウフフ!』
『それで喜ぶオマエこそ、たいした腐れ根性だぜ! ヒャハー!』
「貴様とだけは『用済みになれば使い捨てる』と笑い合えた仲だというのに……」
「まさに今がその時かのう?」
リルベルは苦笑するが、ワラレアは憤慨する。
「バカを言うな! 我々は四人でひとつの部隊、ひとつの報酬査定! あらゆる非難も踏みつぶし、ようやく首位部隊になれたというのに、唯一のとりえである戦闘力が減ったと知られては……」
「減ったの?」
ウィンシーが眠そうにつぶやいた。
四人は帝都の中心、さらなる城壁に囲まれた砂地の広場へ踏み入る。
中央には遠洋船すら入るであろう大穴が開き、巻き上げ鋼線で鉄檻を吊るした昇降機が設置されていた。
名高き『王立地下迷宮』の突入口には、屈強の傭兵たちが順番待ちの列を作っていたが『帝都最悪の四人』の来訪に気がつくや、駆け足で逃げ散る。
鉄檻に入った『狂風勇士隊』の四人がかんぬきを下ろすと、けたたましい音を立てて降下がはじまった。
「ふん。狂っていようが使えればよし。そうでなくとも探索中に始末したほうが保険金も下りやすい、というわけか」
奈落へ飲まれる闇の中、ワラレアはギブファットの首筋を見下ろす。
「ひさしぶりの遠征試合だな!」
ギブファットは拳を握りしめ、明るい笑顔でうなずく。