天下布武
それからのことは正直、覚えていないことが多い。
薄暗い部屋、やたら匂うお香、苦い薬。
そこで何度も同じことを繰り返したりしている内に段々とどうでもよくなってくる。
すると、たんぽぽ――いや、お姉ちゃんの言葉がよく聞こえてくる。
その言葉も声に出して反復する。
何度も何度も。
やがて、意識が途切れ途切れになる。
頭の中で何かのスイッチが入ったような気がした。
わたくしが目覚めた時、目の前にはお姉さまがいました。
「気分はどう?」
「清々しい気分です」
「いくつか質問してもいいかしら」
「もちろんです」
「あなたの名前は?」
「嫌ですわ。二階堂翼に決まっています」
「趣味は?」
「料理です。シェフの気まぐれメニューとか得意です」
「気まぐれって、具体的には?」
「おにぎりのときもあればカップラーメンのときもあります」
「気まぐれにしても幅が少ないわね」
お姉さまが顎に手を当てて考え込む。
「おかしいわね。お嬢様キャラで洗脳したはずなのに……。設定が悪かったのかしら」
聞こえないように呟いているつもりでしょうか。
「じゃあ、次の質問よ」
「なんなりと」
「道の向こうから不良が因縁をつけてきました。さて、どうしますか?」
「ベルサイユにいらっしゃいと手袋を投げつけます」
「喧嘩は買うのね」
「もちろんです」
「どうやら基本的な人格はそのままみたいね。もうちょっと時間をかければよかったかも」
「そのまま? いえ、まさか。わたくしはあのゴリラみたいな人とは違います」
「そうなの?」
「もちろんです。わたくしはわたくしですから」
「……自己否定もするのね。性格を変えるというよりも性格を増やしたというべきね」
「それは成功でしょうか? 失敗でしょうか?」
「この成果は大成功といってもいいわ」
お姉さまが笑みを見せてくれました。
「ふふ、ますます面白くなってきたわ」
お姉さまの機嫌が良いとわたくしも嬉しいです。
「では、お姉さま参りましょう」
「そうね。今のあなたなら余裕であいつを落とせるわ」
「落とすとはどういうことでしょう?」
「……あの幼馴染を落とすのよね」
首を傾げた。
「絞め落とすという意味でしょうか?」
お姉さまは眉間に皺を寄せた。
そんなに変なことをいったのだろうか。
「……待って。目的を確認するわ。あなたは幼馴染の男の子を惚れさせることが目的よね」
まさか。
「いいえ」
そんな軟弱なことはしない。
「わたくしの目的は天下布武です」