デート
というか、よく知ってる幼馴染だ。
康則の目隠しと猿轡を取ってやる。
「た、助かった! あ、あいつら、ちょっとナンパしてたくらいでこんなことしやがって!」
「本当に『ちょっと』ですか?」
康則が目をそらした。
「……テンション上がって『僕のBボタン押して見て』とか言って女子に迫ってました」
思ったとおりだ。
いや、思っていたよりも酷いナンパのやり方だ。
「最悪ですね」
あの人はどうしてこんな人を好きになったのだろう。
「なにはともあれ、助けてくれてありがと――」
義則が言葉を止めて黙ってわたくしの顔を見る。
「なんでしょうか?」
気持ち悪い。
幼馴染の顔なんて見飽きているだろう。
「惚れた」
義則が頬を赤く染めながらぽつりと呟いた。
時が止まった。
「はぁ!?」
我に返ったとき、思わず声が出た。
「好きだ! 付き合ってくれ! こんなに気が合いそうな人は初めてだ!」
何を言ってるんだ。
幼馴染だから当たり前だろう。
……もしかして、わたくしが誰かわかっていない?
確かに身なりを整えて髪も梳かしている。
でも、変装しているわけじゃないのに。
「はぁ」
思わずため息がこぼれ出る。
本当に馬鹿の極み。
「ねぇねぇ、名前は!? 俺は義則! 人呼んで烈風のサンドバック!」
サンドバックって殴られてる……。
「わたくしの名前はつば――」
よく考えたらわたくしはあの人ではない。
あの人と一緒にしてもらっては困る。
「つば?」
義則が首を傾げた。
「つばを吐く五郎?」
「そんな妖怪みたいな名前じゃありません!」
「え、じゃあ、なんて名前!? 一生のお願いだから教えてくれ!」
「それは――」
まずい。なんて言えば――。
「その子の名前はつばめよ」
声は背後から聞こえてきた。
振り向くとそこにはにやにやと笑う女性がいた。
「お、お姉さま!?」
まさか、つけてきたなんて!
面白くなかったらいつでも消すというのは本気だったらしい。
「すげー美人! お姉さんなの!? って、あれ。なんか見たことが……」
「あなた、この子とデートしてみたくない?」
「お、お姉さま!?」
何を考えているんだろう。
そんなことを言ったら――。
「いいのか!?」
食い気味で義則が身を乗り出す。
やはりか。
「いいわよ」
「いや、待てよ。旨い話すぎる。美人局だとしても一万……二万くらいならなんとか……」
美人局だとしても話に乗るのか。
「それとも母乳出せとか要求されたらどうしよう。くそ、溢れる母性さえあれば」
「母性があっても出ないわよ。というか、誓って言うけど美人局とかじゃないわ」
「ほ、本当に? あとから火あぶりとかされない?」
「あなた苦労してるのね」
お姉さまですら呆れている。
幼馴染として情けない。
「信じなくていいけど。だとしたら、この話はなかったことに」
「信じます!」
鼻息も荒く、お姉さまに詰め寄った。
それにも動じず、お姉さまがにやりと笑った。
「じゃあ、明日の十二時に駅前でどう?」
「ああ!」
「なら、今日のところは帰りなさい。こんな掃き溜めにいつまでもいたくないでしょう?」
「で、でも、あんたたちは……」
「私たちは大丈夫」
「いや、でも」
お姉さまがにっこりと微笑んだ。
「いいから!」
途端に感じる殺気。
気が付けば、お姉さまの足元の地面に放射線状のひびがはいっていた。
嘘……。
力をいれていないように見えたのに。
「ね、大丈夫よ」
気が付けば、義則は尻餅をついていた。
背筋に嫌な汗が流れる。
本当にお姉さまは底が知れない。
でも、これだけ力の差を見せればさすがの義則も納得せざるおえないだろう。
しかし――。
「断る!」
義則はなけなしの勇気を振り絞るように胸を張った。
「へぇ」
お姉さまが始めて興味深そうに義則を見た。
「ここで断るなんて予想外ね。ちょっとだけ興味が沸いたわ」
「女の子二人だけを残して全国ライブツアーなんてできねぇぜ!」
お姉さまが眉をひそめた。
「……こいつは何言ってるの?」
お姉さまは義則を指差す。
疑問に思うのも当然だ。
「不良たちに捕まって縛られたことや今まで女の子とデートしたことがないのにデートに誘われたことなどが積み重なってキャパシティがオーバーしたんだと思います」
「あとのことは天狗に任せておけ!」
任せておけない。
「しょうがないわね」
お姉さまがため息を吐きながら義則に近づいていった。
「これくらいかしら」
そのまま義則の鳩尾を手刀を突き入れた。
「ぐえ!」
潰れたカエルのような声を出して悶絶する。
「お、お姉さま!?」
「安心しなさい。気絶させただけよ」
義則は目を閉じたまま動かない。
よく聞けばかすかな寝息を感じ取れた。
どうやらお姉さまの言うとおりのようだ。
「さて、これで二人きりね」
お姉さまがわたくしに向き直った。
もしかして、わたくしを消す気だろうか。
デートの相手だってお姉さまはわたくしではなく、あの人のことを示していたのかもしれない。
そう考えると自然と体が身構えてしまう。
「あなたを見てきたけど」
ごくりと唾を飲み込んだ。
「あなたの勝負は面白くないわ」