【少女少年】
神秘工学、と呼ばれる学術並びに技術がある。
それは境界を破棄する概念であり、それまでの人類の歴史を一変させる程度の革新。
既存の文化に一種の停滞を既知としていた一部の人々はその革新を進化のひとつと受け入れ、【まじない】と【科学論理】を程よく『食い合わせ』たそれは神秘崇拝と政治思想に並び得る第三の社会信仰として成立されつつあった。
――そんな事情は一般には然程知られることもなく、この日もこの国では変わらない日常が続く。
そのはずだった。
以上、前前書き
恰好付けすぎですね。年頃の男の子たちがにゃんにゃんする話だとでも思ってください
少女遊正義は夜の街を走っていた。
中学二年の男子が新宿の片道で暇を潰すには不適切な時間帯であり、時計の短針は既に天辺を越えている。
日常ならば彼もまた同級生らと同じように自宅へ戻り、真綿の安らぎに優しく挟まれてグンナイと睡魔に誘われていても可笑しくない時刻だ。
それとも年頃を自嘲する男子ならば、深夜帯程度は遊び呆けているのが常道であろうか。
はたまた年代によっては、深夜枠の公共放送に日頃晴らせぬ情動を沿えて、腫れた劣情を宥めて弄ぶ程度の慰みに耽るかも知れないが。
残念ながら、セイギ少年の選択肢はそのどれとも違うし、選択と呼べるほど自由が利いたわけでもない。
彼が駆け抜けて逝くのは逃げるためだ。
命を救う、そのために。
『Gurrrrroooooooonn!!!!』
「チクショウ! なんで街中にTレックスが居るんだよ!?」
――他でもない、己の命と言う絶対的に貴重なモノを救うそのために。
わき目も振らずに息を切らせて、夜気を伐るように前へと進む
名前はセイギだが、上手い事【精義】には至れなかったようである。余計ですか。そうですか。
パニック映画の安易な一幕の様だ、と他でもないセイギ少年が思っていた。
思っていたが、こうなっては逃げる以外に選択肢はない。
意識の片隅ではいっそ諦めて脚を止める選択が脳裡を翳めるが、それに委ねてしまえば本当に終わる。
幸いにも死にたいと日々を憂うほど擦れた感性で生きているわけではないセイギ少年にそれを選択する気概は亡く、四の五の言わずに路地を駆けていた。
「っていうかひとがいねぇ! こんな大都会のど真ん中で真夜中とはいえ可笑しくない!? 封絶的なアレか!? 心霊事件的な異界に差し掛かった別位相に紛れ込んだか!? 助かる見込みが微塵もねぇぞ!」
四の五の言っていた。意外と余裕そうでもある。
小説ならばその思考と行動とを交わえつつ文字数稼ぎに滅多矢鱈と彼の半生が走馬灯宜しく共に駆けても可笑しくないのだが、幾度目かの曲がり角を峠越えも真っ青なコーナリングでドリフト仕掛けたところでその方向性は露と消えた。
「だぁああああ!?」
「――ぇ、ちょ」
居ないと思っていた誰かに出会えたのも束の間。
第一接触はセイギ少年の勢いの在りすぎる突貫。
少年に気付いて翻るスカートの端。
少年は急には停まれない。
曲がり角にて出会った『誰か』を押すように、もんどりうってふたりは倒れ込んでしまった。
「ぉっ、ごぉぉぉ……! わ、わるぃ……!」
「いったぁ……、なんだよ、急に……」
その『声』が耳に届いたところで、それが誰なのかを少年は漸く理解した。
思わず慌てて潰して悶えていた鼻先を腕立てのような姿勢で離し、自分の『下』に居る『誰か』を見下ろす。
「………………シイナ?」
「あ? タカナシじゃん。どしたの、あわてて」
クラスメイトの詩奈鶯。
セーラー服姿のそれを押し倒し平たい胸に手を乗せたtoLoveるな姿勢のまま、セイギ少年は人形のように美少女然とした容姿を見下ろして固まった。
そういえばぶつかる直前、特徴的な真白い髪が視界の端に映った気がしたなぁ、と益体も無い思考が反省より先に回顧を促す。
平らだが、何処か柔らかみを帯びた気のする胸元にも、その神経は偏っていた。
「おい、とりあえず退けよ」
「ッ!? ぉ、おう! 悪い!」
名残惜しい気分をあらゆる葛藤が押し殺し、言われるがまま動こうとしたところで、
『――ugurrrrrrrrr……!』
「あ」
意訳的に『何やっとんじゃワレ、そんなバアイちゃうやろ、オォン?』とでも言いたげな唸り声が背後から聴こえた。
そういえば自分は今、命を賭けたデスレースの真っ最中であった、という事実を少年は思い出す。
姿勢と体勢からして死生を賭けた別な意味でのデスゲームに挑んでも可笑しくない状況でもあるが、そんな別口は逝ったん置いて、恐る恐ると後方の確認。
――空気を読んでいた肉食の獣が、大口を開けてハローと控えていた。
『Gurooooooooonn!!!』
「ぎゃあああああ! ダメだあ死ぬうううううう!!!」
一秒で起死回生を諦めたセイギ少年が涙目で悲鳴を上げた直後、
――少年の頬を、風が掠め抜けた。
――肉食の獣は咆哮と共に開けた大口へを『それ』によって引き裂かれ、跳ねるように後ろへと吹き飛ばされた。
――『それ』をし掛けたのは、他でもない少年の『下に』居る『美少女』。
「ターゲットみぃーっけ」
ギギギ、と何処か愉悦交じりの声音に振り返れば、手を何かを抛ったような形で突き出して、ニタリと笑顔を浮かべるシイナウグイスが目に映る。
少年的には、あまり見たくなかった笑顔であった。
『Gluororrrooonn!? Ggyaaooonn!?』
「よしよし、効いてるな。ていうか受肉した時点で痛覚も一緒だとむしろ弱体化してんじゃねえかコレ」
先ほどまでの咆哮よりは、むしろ悲鳴に近しい声で暴れのた打ち回る、前時代の獣。
それをそろそろどけよと普段使いのぶっきら棒な口調のままセイギ少年を退かして、のんびりと眺めるように近づこうとするシイナウグイス。
獣がのた打ち回っているそもそもの原因は、彼奴の喉奥に突き刺さられたと思しき黒い棒のような刃物だ。
何処から取り出したのか知らないが、シイナが投げたモノがそれであろうことに変わりはなさそうだ。
黒鍵かな、とサブカルチャーにある知識からセイギ少年はうすぼんやりと連想した。
「お、おい、あんまり近寄らない方がいいんじゃないか?」
「ん? ああ、まあこれだけじゃ死なないだろうし、此れも1本しかないしな。トドメと言うにはやや心もとないか」
「いや、俺の言いたいことはそうじゃないんだけど……」
普通に危険を訴えたはずなのに、その真意は届きやしない。
言葉を扱うのって難しいな、とこの思いを伝えることの出来ないモドカシサに黄昏た気持ちを思いだす中学生。
そんな彼の気持ちなど知ったことかと、シイナウグイスは言葉を続けた。
「じゃあ解体ショーをお披露目してやるよ。チップはこの後お茶でも付き合え」
期せずしてデートのお誘いを受けてしまい再び葛藤に苛まれる少年を他所に、ウグイスが取り出したのは多少柄の長めな、しかし普通にそこらにある食器。
そういえばそれが主武器のギャグラノベもあったっけ、と手元のフォークを見て思う。
いつからこの世界はライトノベルに。
そんなツッコミをし掛けたところで、次に取った行動はそれを舐る姿だった。
短い舌が、銀に輝く先端を這う。
氷菓子を舐めるように、何処かもどかしそうにそれは蠢く。
湿った唾液が伝うさまを、なにかイケナイモノを見ている気分にさせられたセイギ少年は、セイギのセイギにお前の出番はないぞーと言い聞かせる。
前屈みにならないように必死だった。
「さぁて、お立会い」
ちゅぷん、と何かの儀式を終えたように唇から引き離し、片手に備えたままのフォークを獣へ向けた途端、それは姿を変えた。
「……! 悪魔かお前は!」
「シッツレイな、何処からどう見ても天使みたいに可憐だろーが」
手に備えられたフォークは巨大に変わり、まさに小悪魔が似姿で備えているような三叉の矛へと変貌していた。
時に性器のモチーフであったり、時によってはギリシアの海神が扱うかのような実用性としては如何わしい銀に輝くその武装は、元の食器を『そのまま大きくした』としか呼べない。
だが、それで何をするのかと問うのならば、やはり悪魔ではと少年は思う。
「さぁて、解体ショーだ。悲鳴を上げても構わないゼ」
『――ッ! ――ッ!?』
――のたうつ、とは【獣の泥浴場】を語源に持つ。
【蒐場】と呼ばれる其処で、自らの背や腹を泥で洗い汚す様を、人がすることの尊厳を汚す行為に充て付けて擬えた故事に当たる。
同時に、自らの血で汚す様、にも充てる。
それだ。
獣は、解体ショーと銘打ったウグイスの宣言通りの『有様』に、早変わりしていた。
血で血を洗うような『腑分け』を、切れ味の悪い銀食器でザグザグと捌かれていた。
シイナウグイス。
タカナシセイギのクラスメイトで、こんな美少女ホントにいるのかよ、と言われるくらいには美少女。
小柄で手足は細く、身体の線もまた薄い。
顔立ちは人形のように整っており、やや三白眼気味だがはっきりとした目元は猶更その『人形の様』という形容詞を助長する。
綿毛のような天然だと自称される野鳥の棲むが如き髪は真白く、時代と場所を選ぶような、ともすれば悪目立ちするような絶大な特徴を備えているのだが、本人の嘯いた『天使のよう』という自己表現は期せずしてもしっくりと来過ぎてしまう表現である。
なんでそのモジャ髪頭で『天使の輪』すら幻視出来るキューティクルがあるのか、というのが専らクラスの女子の話題の的だ。
………………その『天使』が、嬉々として獣の解体に手掛けているわけだが。
解体されている方はぬたうちまわりのたうちまわり、もの悲しい鳴き声をむしろ泣き声を上げて許しを請う有様。
色々と酷い話が其処に顕現していた。
何やらファンタジーな技術をさらりとお披露目された気もするが、そんなことがどうでもよくなる程度には血の気の抜ける状況である。
「……まあ、見た目通りの美少女じゃない、ってことは知っていたけどさあ」
命を助けられたことは事実だが、これが其処らのライトノベルのように容易いボーイミッツガールに繋がるとは到底思えないタカナシ少年。
獣の返り血で愉しそうにサツリクを敢行する『彼』を眺めて、改めて自校ならば大概が知り得ている事実を再確認する。
詩奈 鶯、性別 男子。
名前が可憐でも、
恰好がセーラー服でも、
背丈が小柄でも、
骨格もまた怪しくとも、
自称も他称も天使と呼んで差し支えなくとも。
物語の始まりで平凡な少年を助けに来たものがヒロインとは限らない。
むしろこれが小咄ならば主人公はあっちだろうなぁ、とセイギ少年はなおも繰り返されるサツリクに辟易するのであった。
小説ジャンルがやや行方不明ですが此処まで読んでいただき感謝
多少編集しましたが、内容は大幅換わっておりませぬ