『異世界体験』
精霊が出ていくとまた静けさが募っていった。
しかし、暖かな日差しが背中を射す。
「この世界の事…でしたね。」
『あ、はい』
口を開いたのはユーシャ。
席を立ったかと思えば、何かを手にして戻ってきた。
そして差し出されたのは一冊の本。
『これは?』
「この世界の本です」
『この世界の?』
「まぁ、絵本のようなものですよ」
『え、絵本…』
開くと一面に街や森が描いてあり、文字が3、4行。
それが数ページ。明らかに薄い…。
この家にある本のほうが何十倍も厚いものだ。
しかも難しそうな表紙ではなくポップな感じにも見える。
『これは確かに絵本だわな』
「文字はお読みになれますか?」
そういわれて見てみるが、読めそうにない。
数字のような…記号のような…、
ぐにゃりとしたものが載っているだけだ。
「読めるわけではなさそうですね」
『う…ゴメンナサイ』
「気になさらないでください」
『でも…』
「異世界から来たのなら知らなくて当然ですよ」
『ありがたきお言葉』
するりと本を手に取ると、ユーシャは絵本の中の森の一部に人差し指を置く。
そしてゆっくりと説明を始めた。
「ここが、今いるところですよ」
『そんなアバウトな』
「絵本だからよいのです。そして、ここは一番端の国」
『一番端?』
「そのままです。この国は一番西のほうにあるんですの」
『ほー』
森の中といってもかなり広い中の一部にこの家はある。
ぺらりと次のページをめくると4人の男女が描かれていた。
そして名前が書いてある。
しかし読めない…。
『えーと?』
「雫さんから見て左からいきましょう」
『お願いします』
「この国の王子様や王女様ですの」
『青・赤・緑・黄…といったところでしょうか』
「そうですね」
『緑色…?のドレスってことは女の子なんだ』
「ええ。実は彼女…」
リンゴーン・リンゴーン
大きな鐘の音が声をかき消し、
気づけば辺りは薄暗くなっていて、
家の中の明かりが外の草木を照らす。
すると、外から声が聞こえてきた。
話を中断し、ユーシャと共に外へ出るとたくさんの精霊がいた。
水を纏っている小さな者。または炎や風。
他にも枝の生えた動物のようなものや魚のようなものもいる。
『こんなに精霊が集まるなんて…!!』
「ふふ…雫さんが来てみんなはしゃいでいるのですね」
『え…そうかな?』
あははと照れ笑いをしていると、突如消えた家の明かり。
元々光のない森の中はさらに暗くなり、
散りばめられた宝石のように輝く星に大きな月が雫を照らしていた。
『…きれい』
「雫さんは、精霊たちの声を聞き、見ることができる」
『そうみたい』
「ならきっと…貴方には魔力があるのでしょう」
『魔力?わぁ!!』
まるで宇宙の中にいるかのような浮遊感。
浮いた体を風が包み落ちないようにしてくれてる。
そして、今まで見たことのなかった景色。
働いて疲れ、何もできなかった…。
あの頃には絶対感じることのできなかった感情。
『この浮いてるのは…ユーシャ?』
「いいえ?精霊たちですの」
『こんなの…初めて…』
頬から流れ落ちたのは水。
塩辛い…しかし、少し甘いような味がした。
機械のように同じことの繰り返しだった毎日。
こんなに胸が躍るのはなぜだろう…。
「どうかなさいましたか?」
【泣いてるー】
【だいじょうぶー?】
精霊たちが近寄ってきて心配そうに見つめたり、頭を撫でてくれる。
涙が流れるのに、心は楽しいと笑っていた。
この気持ちのちぐはぐがおかしくて、泣きながら笑っていた。
『だいじょうぶ!!!!』
草木に落ちたのは幸せの雫。