『~攻略開始~』
『お疲れさまでした~』
「お疲れ様」
音無 雫 《おとなし しずく 》 あたしの名前。
今日も変わらないサービス残業を何とか終えて、足早に会社を出るところです。
歩き出しと共に流れる黒髪が白のブラウスにかかる。
黒のタイトスカートからすらりと伸びる脚。
コツコツとならされる音の先にはエナメル輝くヒールの靴。
普段とは違う少し高めヒールにもたつきながら、家路を急ぐ。
『今日はいつもより早く上がれたわぁ~。帰ったら新作ゲーム!』
ふぅーと口からこぼれる吐息は、疲れそのものを表しているかのようだった。
街灯に照らされすれ違う人は少ない。いないと言ってもいいだろう。
ふと地面を見ると、雨が降っていたのだろうか。
歪みのある黒く硬い地面には水たまりがいくつかできていた。
いつもなら何事もなく足を進める雫だが、今日だけは違う。
『なんだろう…これ』
目の前には大きめの水たまり。雫はしゃがみ中をのぞく。
その水面にうつるのはキラキラと輝く水晶のような石の集まり。
赤や青、緑や黄に薄紫など色とりどり。
地面に穴が開いているのかとも考えたが、このような都会ではまずありえない。
そのうえ、時折吹く風に揺れる水面が穴ではないことを示していた。
『(綺麗…)』
無意識に伸ばされた手は水たまりに触れる。
すると冷たいという感覚とともに何かに引きずり込まれた。
中は水という感覚ではなくなるでトンネルのような空間とどこまでも続く闇。
『ちょ!…誰かっ!!』
助けてと叫ぶ間もなく水たまりの中へ飲み込まれる。
それと同時に落下する衝撃から意識が遠のく。
誰もいなくなった道。
街灯からはぽたりと、水たまりを通りおちていく水滴が雫の頬を撫でた。
_______
初めに感じたのは草木の匂い。そして全身に感じる暖かな日差し。
雫は気怠い体を起こす。
『…ん。ここ…は。』
虚ろな瞳がとらえたのは確実に別世界。
はっきりと分かった。目の前に広がるのは木・草・花・昆虫など。
もともと居た場所がコンクリートジャングルであったはずなのに何故ここにいるのか。
それもすぐに分かった。
『もしかして…異世界転移?《 トリップ》 』
ここからあたしの異世界攻略は始まってしまったのです…。