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愛席

「お客様、こちらの席へどうぞ」

 男は読んでいた本から顔を上げた。店員の横には二人の女性が立っている。一人は背が高く、まるでモデルのような体型をしている。もう一人は背が低く、体は横に広がっていた。

 対照的な女性の二人組を男はじろじろと眺めた後、「どうぞ座ってください」とにこりと笑顔を浮かべた。



「やっぱり最初は肉よね」

 背の低い女性は席についた後、メニューを見ることもなく料理を注文した。

「こら太子、まずはお礼を言わなきゃ」

「そうだったね。ありがとね」

 太子と呼ばれた女性は豪快に口を開けて笑った。

「ごめんね読書の邪魔をして」

 モデルのような女性は両手を胸の前で合わせ、申し訳なさそうに片目を瞑る。

「いえいえ、本はいつでも読めますので、どうぞお気になさらずに」

「ありがとう。私、細美ほそみって言うの。君は?」

美好みよしです」

 男――美好は深々と頭を下げた。

「ご丁寧にどうも」

 細美はクスリと笑みを浮かべる。

「私は太子、よろしく」

「……あだ名ですよね?」

「よく言われるけど本名なんだよね」

 頭をがしがしとかき、太子は照れくさそうな表情を浮かべた。



「お手洗い行ってくるから、太子、先に食べてて」

「大?」

 太子は目と口角を吊り上げ、細美を見上げている。細美の頬は赤く染まっていた。

「違うわよ! お化粧直しよお化粧直し」

「あっはっは、ごめんごめん」

 細美は「んべー」と舌を出して太子を睨み付け、足早にお手洗いへと向かった。

 残された太子はステーキにフォークを突き刺し、口一杯に頬張る。

「あぁ、やっぱり肉は堪らないわ」

 体をうねうねとくねらせ、太子は恍惚の表情を浮かべた。

「気持ちのいい食べっぷりですね」

「よく言われるわ。……あれ?」

 太子は辺りを見渡した。周囲の視線が太子たちに注がれていることに気づいたからだ。

「なんか見られてない? 私たち」

 その言葉に美好は肩をすくめ、ニコリと笑った。そこへお化粧直しを終えた細美が戻ってくる。彼女はドサリと腰を下ろし、一杯の水を口に含んだ。

「意外と早かったわね」

「冷めないうちに食べたいから、急いで……モグ……直したの」

 細美の口周りはステーキのソースでべとべとになっていた。太子はナプキンを手に取り、細美の口周りを拭く。

「食事を終えてからでも良かったんじゃないの?」

「覆面レスラーはなぜマスクをしていると思っているの」

「ファッションじゃないの?」

「試合に挑むために決まってるじゃない! 私にとって食事はね戦いなのよ。化粧は戦闘モードに入るためには欠かせない儀式。食事で化粧が崩れたって構いやしないわ。要はルーティーンみたいなものよ」

 言っている意味がよく分からないと美好は思った。

「ねぇ、美好君」

「その気持ちよく分かります」

 ――僕に振らないでくれますかね――美好の口は、気持ちとは裏腹な言葉を吐いていた。



「ちょっと私もトイレ」

 太子はお腹を抑えて立ち上がる。表情はニヤニヤとしていた。

「お化粧直し?」

 細美の問いかけに胸を張って、太子は答えた。

「もちろん大!」

「さっさと行ってきなさい!」

「はーい」

 軽くステップを踏んで、太子はトイレに向かった。

「あの子ったらもう」

 はぁ、と深いため息をつき、細美は額を抑える。

「仲がよろしいんですね」

「まぁね」

 細美はくすぐったそうに身をよじり、女子トイレへ一瞬だけ視線をやった。

「羨ましい限りです」

「君もいるでしょ。仲の良い子くらい」

「あぁ、いえ、そういうことではなく」

 美好は緩やかに首を振る。小首を傾げる細美の頬に手を伸ばし、乱雑な手つきで撫でた。

「あなたは僕の好みにピッタリでしてね。だから細美さんと仲の良い太子さんが羨ましいなと」

「へっ?」

 フリーズ。数秒の沈黙の後、細美はバタバタと忙しなく体を動かし、美好から視線を逸らした。首筋から頭の先に至るまで真っ赤になっている。

「か、からかわないで」

「気に障ったのなら謝ります」

「お、怒ってるわけじゃないから」

「おや、案外脈ありですか」

「変なこと言わないで」

「かわいいお人だ」

 くすくすと美好は笑った。細美は顔を真っ赤にして、女子トイレの方をちらちらと見ている。太子が現れた瞬間、細美はほっと一息ついた。

「私がいない間、何かあった?」

「えぇ、ありま……」

「別に何も」

 美好の言葉に被せるように、細美は声を出した。



「すみません。僕もちょっとお株を奪いに行ってきます」

「誰の!?」

「間違えました。お花を摘みに」

「女子?」

「僕が女子だったら困るでしょう細美さんは?」

「き、君は何を言ってるのよ」

「ははっ、愉快愉快」

 美好はスキップを踏みながら、トイレへと消えていった。細美は真一文字に口を結び、美好の後ろ姿をじっと睨み付けている。

「もうっ」

「案外満更でもない?」

 太子はニヤニヤしながら、細美の腕を突く。視線を彷徨わせながら、細美は答える。

「だ、だって……ドストライクなんだもの」

「だと思った。さすがショタコン(・・・・・・)

「誰がショタコンよ。だって彼、大人っぽいじゃない。口調だって子供とは思えないし」

「確かにね。同年代と話している感じはしたわ」

「そうでしょ! だから彼モテると思うのよ。今からでもツバつけておくのも悪くないはずよね」

「青田刈りってやつだね。親友だもん。応援するよ」

「ありがとう太子」

 細美は目を潤ませ、太子にぎゅっと抱きついた。

「やっぱり脈ありなんじゃないですか」

「えっ?」

 美好は当たり前のように席に座っていた。まるで最初からそこにいたかのように。

「聞いてたの?」

「えぇ、もちろん。でもまさか中学生の僕に惚れるなんてね。僕まだ十三歳ですよ?」

 不敵な笑みを見せながら、美好はまるで道化師のように肩をすくめた。中学生とは思えないほど妖艶な微笑みに細美は魅せられる。

「私までドキッとしちゃったよ」

 太子はほんのりと顔を赤らめながら言った。年下好きではない太子でさえ、惹きつけてしまう魅力を美好は持っていた。



「私が君の分も払ってあげる」

 細美はそう言って、レジに向かった。その後を太子と美好がついていく。

「店員さん、この子の分も私が払いますから」

「この子?」

 店員は不思議そうに首を傾げた。するとレジの奥から、一人の女性が顔を出した。

「あぁ、私が相手するから、あんたは別のお客さんの会計をしてな」

 ボサボサの短い髪をかき回し、欠伸をしながらレジに立つ女性は店員にはあるまじき態度を取っていた。

「ん。ステーキ二つ頼んだの。お姉さん方、やるねぇ。値段いくつだっけ?」

「麗子さん、いい加減覚えたらどうなんです。そんなんだから、恋人もできないんですよ」

「うるへぇ。私は計算が苦手なんだよ。それにズボラな部分は私のチャームポイントだ」

「チャームポイントって言えば許されると思ってませんか?」

 麗子は口をつぐみ、視線を逸らした。細美と太子は戸惑ったように二人のやりとりを眺めている。

「で、いくつだっけ」

「ステーキは一つ千五百円」

「合わせて三千円。お姉さん方、お会計は三千円だよ」

「えっ、でもこの子の分が」

「あぁー大丈夫、気にしなさんな。こいつ何も頼んでないから」

「そうなの?」

「えぇ、まぁ。僕は本を読んでいただけです。というか注文できませんし」

「私に頼めばいいのに」

「僕にもなけなしのプライドってもんがあるんですよ」

「ガキの癖に生意気」

「ガキねぇ」

 美好はどこか含むような笑いを見せた。

「太子、どういうことなの?」

「私に聞かれてもさっぱり」

 二人の頭の上にはハテナが浮かんでいた。美好はため息をつき、レジ近くのテーブル席に座っている女性の肩を叩いた。女性は振り向くと、キョロキョロと視線を彷徨わせる。

「あれ? 肩を叩かれたと思ったんだけど気のせいかな?」

 女性はそう言ってまた前を向いた。

 美好は細美の前に立ち、「僕はいわゆる幽霊って奴でして」と言った。



「だからさっきじろじろ見られたんだね」

 太子はようやく自分が見られていた理由を知った。

「店員は席が空いていると思ったから、案内したのね」

 細美は席に座ったときのことを思い返していた。

「そういうことです。僕が子供っぽくないのも死んでから何十年も経っているからなんですよ」

「見た目はガキ丸出しだけど」

「いちいちうるさいお人だ」

 美好はむっとしたように唇を結んだ。麗子は頭をぽんぽんと叩いた。

「そういうところがガキっぽいんだよな」

「僕はあなたと違って、モテ期到来中ですから、むしろ大人の仲間入りですよ」

「はっ?」

「ねぇ、細美さん?」

 ニコリと美好は笑いかけた。細美は顔を赤らめ、こくりと頷く。

「僕は幽霊ですが、触れることは普通にできますから。何も問題はないですよね」

「うん。最初はびっくりしたけど、タイプであることには変わりないしね。……この店から出られなかったりする?」

「あぁ、僕は自縛霊じゃないですよ。ここにいるのは話し相手がいるからです。今までは麗子さんしか僕を認識できませんでしたから。でもこれからは違う。細美さん、あなたがいる」

「……私の家で暮らす?」

「あなたがそれでいいとおっしゃるなら、僕は構いませんよ」

「良かったね。細美」

「ありがと太子」

 ハイタッチを交わす二人をぶすっとした表情で麗子は見つめていた。

「あんた、いいの。こんなガキと暮らして」

「細美はショタコンだからね。むしろ望むところじゃない?」

「だからショタコンじゃない!」

 細美は地団駄を踏んで太子を睨み付けた。太子はごめんごめんと笑っている。

「――私は」

 麗子はポツリと呟いた。顔は下を向いている。囁くような声に美好たちは首を傾げた。

 きっと顔を上げ、麗子は細美の胸倉を掴んだ。

「な、何?」

「私はっ!」

 麗子はチラリと美好に目を向けた。

「私はショタコンってわけじゃねえ。むしろガキは嫌いなんだ」

 麗子の言葉に美好たちは困惑の表情を浮かべた。――ただ一人、細美を除いて。

「それでも私は胸を張って言えるぜ。……美好を一人の男として愛してるってな。私はこいつがいい。こいつだからいい。ショタコンのあんたよりも私のほうがずっと本気だ」

 麗子は照れることなく、堂々と胸を張って言った。――表情は硬い。

「私だって、私だって美好君に本気なんだから!」

 細美は負けじと言い返した。麗子がたじろぐような声量で。

「う、うるさい。私のほうが好きだ」

「私のほうがずっと愛してるの」

「ちょっと落ち着いて。人前だってこと忘れてない?」

 太子の言葉に我に返ったように二人は大人しくなった。

「とりあえず場所、変えません?」

 美好は呆れたように言った。



 麗子はお店の奥にある休憩室へと三人を招きいれた。

「驚きましたよ。まさか麗子さんが僕を好きとはね」

「うるせえ、バァーカ」

 麗子はむすっとした表情でいすにどかりと座っている。

「今はあなたのほうがよっぽどガキっぽい」

「ねぇねぇねぇねぇ、どっち? どっちがタイプ?」

 太子はニヤニヤしながら、美好の肩を小突いている。野次馬根性丸出しだった。

「人事だと思って」

「私としては親友の細美を選んで欲しいけど」

「美好君は私でしょ? だって私のこと好みのタイプって言ってたし」

「えぇ、まぁ確かに言いましたけど。こんなことになるとは思っていませんでしたからね」

「えっ? 嘘だったの?」

「別に嘘ではありません。ただ初対面でここまで好きと言われるとは正直思っていませんでした」

「ドストライクの男の子に好きって言われたら、本気になるに決まってるじゃない」

「うーむ」

 美好はチラリと麗子に視線を送る。頭をぽりぽりとかき、ゆっくりと天井を見上げた。

「美好君、私を選んで。私、もう美好君じゃないとダメなの」

 細美は目をうるうるとさせ、美好に迫った。美好は顔を赤らめ、目を逸らした。

 と、そこで麗子が割って入る。力任せに二人を引き剥がし、麗子は細美をきっと睨み付けた。

「はっ、私のほうが付き合いも長いんだ。突然現れたあんたにおめおめとこいつを……美好を渡すわけねえだろ。そんなの」

 麗子は後ろから美好を羽交い絞めにし、頬を摺り寄せた。

「――死んでもごめん(・・・・・・ )だね」

 美好は顔を手で押さえた。指の隙間から覗く顔は真っ赤に染まっている。

「なんだテレてるのか?」

 麗子はニヤリと笑い、挑戦的な目つきで美好を見る。

「すごい殺し文句だなと思っただけですよ」

「伝わったか? 私の本気」

「十分すぎるくらいにね」

 ただただ美好は笑った。その顔は何の含みもない純粋な笑顔だった。


「なんか入る隙間がないなぁ」

 細美はぽつりと呟いた。

「まぁまぁ気を落とさずに。細美には私がいるじゃない」

 太子はそう言ってガハハと笑った。

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