終わりの業(カルマ)
「私は罪を犯しました。でも信じてください。悪気はなかったんです。私は誰も殺す気はなかった」
ぼろきれを身にまとった女は、眼前に立つ男に向かって許しを請うた。
「本当に許して欲しいと思っていますか?」
男は穏やかな口調で女に問いかけた。
「はい、もちろんですとも」
女は男の足にすがりつき、必死の形相で懇願している。男は穏やかな表情を浮かべたまま、女を殴った。何度も何度も両手を女の顔に向かって振り下ろす。
「や、やめてください」
女の懇願にも男は手を休めることはなかった。
「許して欲しいのでしょう。ならば受け入れなさい。あなたは罪を犯したのです。罪には罰を与えなければなりません。あなたは知るべきだ。人の痛みを。あなたは味わうべきだ。人の苦しみを」
男はニコニコと表情を変えることなく、女を殴り続けた。女の顔は腫れ上がり、元の顔が分からない状態になっている。
「も、もうやめて」
「まだまだです。あなたの罪は終わらない。永遠に」
男はポケットから包丁を取り出し、女の胸に突き立てた。女の体はびくりと痙攣する。
「あぁあああ!」
ぐりぐりと男が包丁を動かすたびに、女は手足をじたばたと動かした。
「まだですよ。あなたは何百人もの人を死なせているんですからね。彼らがあなたを許さない限り、終わりはやってきませんよ」
「いやあああ!」
男は何度も包丁を突き立てる。女は叫び続けた。
「……死なせて」
「無理です。あなたは罪深い人間ですから。何百人もの人を殺しておきながら、平気な顔でのうのうとあなたは生き続けた。これは罰です。あなたは永遠に私に殺され続ける。終わりはありません。なぜなら死ぬことができないんですから」
「もう許して。反省していますから」
「罪に罰を与えることはいけませんか? あなたが罪を犯さなければ、こんなことにはならなかったのですよ。自業自得です。いまさら後悔しても遅い。失った命は戻ってこない。私の……私の妹はもう死んでしまった」
男は包丁を突き立てる手を止め、空を見上げた。空は薄黒く染まっており、雷鳴が鳴り響いている。
「わざとじゃないんです」
「あなたが私の妹を殺したことに変わりはありませんよ。どうして私の妹を殺したのですか?」
「知りませんよ。私は夢遊病でしたから。寝てる間に犯した殺人のことなんて分からないんです」
「私の妹は何の理由もなく殺されたんですね」
「あがぁ」
女の腕はぽきりと折れた。
「私はね。禁忌を犯した。悪魔に魂を売ったんです。その結果が今の状況です。あなたに死ねない呪いをかけたのは私です。この空間には死という概念は存在しない。私とあなたはこの世界で永遠に生き続けるしかないんです」
男の言葉に女は戦慄した。目の前が真っ暗になったような気分に女は陥った。絶望の二文字が脳裏に浮かぶ。
「今、この世界には私とあなたしかいない。ですから助けを求めても無駄ですよ。何百年も何千年も何万年も何億年も先まであなたを苦しめて差し上げます。私の妹を殺したあなたの罪は絶対に消えない。私の憎しみも消えることはない」
「あああああ!」
――お願い、誰か殺して――。女の声は誰にも届かない。――永遠に。