不幸な吸血鬼
人の血はマズイ。飲みたいなんて微塵も思わない。あんなものをごくごくとうまそうに飲む連中の気持ちが分からない。
だが最悪なことに俺は吸血鬼だ。血を飲まないと生きてられない。マズイと分かっているものを摂取しないと生きてけないとは、俺はなんて不幸なんだろう。
人間にさえ生まれていれば、食事のことで悩むことはなかったろうに。どうして吸血鬼になんて生まれてしまったんだ。血だけが食料なんて不自由だ。人間のようにもっと自由な食事を楽しみたい。
何を食べてもいい。そんな生き物に生まれたかった。吸血鬼以外の生き物に生まれたかった。せめて血を美味だと思える吸血鬼として生を受けたかった。
俺は吸血鬼に向いてない。
「うっ」
血を無理やり飲み込む。錆びついた味に吐きそうになる。何度味わっても慣れない。こんな味、慣れたいとも思わないが。
「くすくす」
周りの吸血鬼が俺を見て笑ってる。いつものことだ。人の首筋からではなく、パックから血液を補給するような吸血鬼は俺しかいない。半端もんだと俺をあざ笑ってる。
普通の吸血鬼は人の首に牙を突き立てる。首筋から血を吸って腹を満たす。古来より、吸血鬼はそうやって生きてきた。が、俺には真似できない生き方だ。
血をマズイと思っているからではない。見ず知らずの他人の肌に、自身の一部である牙を触れさせたくないからだ。考えるだけで虫唾が走る。潔癖というわけではないが、首筋からの吸血はできるだけ避けたい。
他の吸血鬼は気にならないのだろうか。口の中にあるものが、人の肌に触れるということに。……気にしてるわけないか。俺以外にパックを利用している奴はいないんだから。
「よっと」
空になったパックをゴミ箱に投げ捨てる。腹は満たされたが満足感はない。一度でいいから味わってみたい。おいしいという感覚を。
「生まれ変わることができたら吸血鬼以外の生物になりますように」
吸血鬼が神頼みなんて、他の奴らに知られたら大笑いされるに違いない。でも俺にはもう何かに救いを求めるしかないんだ。別に神様じゃなくてもいい。悪魔でも何でも。救いの手を差し伸べてくれるなら何だって。
「――吸血鬼風情が何を願う?」
ぞくっとした。全身が刃物に包まれたような感覚だ。背後に誰かいる。
「くっ」
「ほう避けるか」
ナイフが頬をかすめた。前に跳びながら振り返る。筋骨隆々の男が立っていた。
「なんだお前は?」
「ハンターだよ。吸血鬼専門のな」
飛びかかってくる。ナイフは銀製だ。逃げないと。
「言い忘れていた。ハンターは」
「がはっ」
「もう一人いる」
心臓が刺されっ……血が止まらない。
「吸血鬼はしぶとい。徹底的にやるぞ」
「はい、師匠」
なんでこんな目に。もう動くこともできない。目が霞んできた。死ぬのか俺は。
もし生まれ変われるなら他の……。
――はっ。俺は死んだんじゃないのか?
「はー、あっちい」
「アイスクリーム屋があるよ」
「買って食おうぜ」
なんかおかしい。人ってこんなに大きかったか。それに何なんだこの音は。さっきからブーンブーンとうるさい。
あれ。俺の手、小さくないか。というか俺、浮いてないか。どうなってるんだ一体?
『え?』
アイスクリーム屋のガラスに俺が映っている。吸血鬼の俺が映っている。神よ、吸血鬼以外の生物に生まれ変わりたいとは言ったが、なんでよりによって。
『蚊なんだよー!』
結局、血しか味わえないなんて。やっぱり俺は不幸だ。




