個性のない男
その男には個性というものがなかった。顔立ちにもこれといった特徴がない。それだけならよくある話だ。特徴がない顔立ちは裏を返せば、どこにでもいそうな顔と言い換えることもできる。
だが男の場合はそうではない。どこにでもいそうな顔では決してなかった。どこにでもいそうな顔であったなら、それは一種の個性と言ってもいいくらいの特徴だ。そんな特徴すらも持ち合わせてないからこそ、個性のない男と言える。
個性がないから印象に残らない。記憶の片隅にいつくこともない。顔を思い出そうとしてもモヤがかかる。輪郭すらあやふや。髪型だって誰もろくに覚えちゃいない。声なんかもってのほか。すべての要素が曖昧。シルエットを思い描くことすら困難を極める。
男と比べたら、道端の石ころのほうがよっぽど個性的だ。存在感だって石ころに負けているだろう。それほど希薄な存在だった。
だがそれで良かった。誰の記憶にも残らないからこそできることがあった。男は個性のない自分自身に誇りを持っていた。
「おい、どうするんだよ」
「うっせえ、今考えてんだ!」
目出し帽を被った二人の男が言い争っている。彼らは兄弟だった。
「アニキ、マジヤベえって。外には警官がうじゃうじゃいるんだ。捕まりたくなんかねえよ」
弟はぶつぶつと呟きながら歩き回る。
「うろちょろすんじゃねえ。気が散るだろうが!」
「そんなこと言われてもよぉ。捕まるんじゃねえかと思うと落ち着かねえんだよ」
二人は今、銀行に立てこもっていた。金を奪ったらすぐに逃走するつもりだったが、彼らの想定よりも警察の到着が早く、周囲を取り囲まれてしまったのだ。
「焦るんじゃねえ。こっちには人質がいるんだ」
兄は手近にいた主婦を無理やり立たせる。
「ひっ」
主婦の歯はがたがたと鳴り、目からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。
「最悪、この女を盾にして強行突破すりゃいい」
兄は右手に持っていた包丁を、主婦の首に突きつけた。
「こ、殺さないで」
「俺たちに協力してくれたら無事に返してやる」
「な、何でもしますから」
兄はニタリと笑った。
「じゃ、盾になれ」
「え?」
主婦を前に立たせ、兄は銀行の入り口に向かう。
「お前も人質を盾にし……」
「ぎゃー!」
「な、なんだ?」
突然聞こえた叫び声に驚き、兄は慌てて振り返った。
「た、助けてくれ。アニキ」
弟はもがいている。突然現れた男に、腕を後ろ手にねじり上げられたのだ。
「誰だてめえは!」
兄は弟を助けるべく、主婦を放り出し、男に向かって走る。右手に持った包丁を構え、男に振り下ろす。
「おっと危ない」
紙一重でかわした男は、人質たちの中に紛れ込んだ。
「痛えよぉ。あの野郎、いきなり現れて俺の腕を掴みやがってよ。っとーにムカつく野郎だぜぇ」
弟はねじり上げられた腕をさすり、怒りの声を上げる。
「あの野郎、どこ行った?」
「何言ってんだアニキ? 人質んとこにいるだろ」
「どいつだ。お前の腕を掴んだのは?」
「そりゃ……わ、分かんねえ。いったいどいつなんだ。俺の腕を掴みやがったのはよ」
二人は確かに男の顔を見た。にもかかわらず、どうしても思い出すことができなかった。人質の顔を全員見渡しても、男を見つけられない。
「何がどうな……」
「確保―!」
銀行の入り口側からドドドと足音が響く。兄弟は振り返った。
「しまった」
兄は男に気を取られ、主婦の存在をすっかり忘れていた。逃げだした主婦から話を聞き、警察は今が好機と捉えて突入。包囲された二人はあっけなく捕まった。
存在感がないからこそ誰に気付かれることなく突入できる。個性がないからこそ紛れ込むことができる。記憶に残らないという特性を生かし、男は立てこもり事件のプロフェッショナルとして活躍していた。
記憶に残らないゆえにヒーローとして称賛されることはない。いくら事件解決に貢献しても男の存在に目を止める者はいない。
それで良かった。人々を救えるなら。男は今日もまたひっそりと活躍し続けるのだった。




