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おとなしあたー  作者: 音無威人


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48/50

個性のない男

 その男には個性というものがなかった。顔立ちにもこれといった特徴がない。それだけならよくある話だ。特徴がない顔立ちは裏を返せば、どこにでもいそうな顔と言い換えることもできる。

 だが男の場合はそうではない。どこにでもいそうな顔では決してなかった。どこにでもいそうな顔であったなら、それは一種の個性と言ってもいいくらいの特徴だ。そんな特徴すらも持ち合わせてないからこそ、個性のない男と言える。

 個性がないから印象に残らない。記憶の片隅にいつくこともない。顔を思い出そうとしてもモヤがかかる。輪郭すらあやふや。髪型だって誰もろくに覚えちゃいない。声なんかもってのほか。すべての要素が曖昧。シルエットを思い描くことすら困難を極める。

 男と比べたら、道端の石ころのほうがよっぽど個性的だ。存在感だって石ころに負けているだろう。それほど希薄な存在だった。

 だがそれで良かった。誰の記憶にも残らないからこそできることがあった。男は個性のない自分自身に誇りを持っていた。




「おい、どうするんだよ」

「うっせえ、今考えてんだ!」

 目出し帽を被った二人の男が言い争っている。彼らは兄弟だった。

「アニキ、マジヤベえって。外には警官がうじゃうじゃいるんだ。捕まりたくなんかねえよ」

 弟はぶつぶつと呟きながら歩き回る。

「うろちょろすんじゃねえ。気が散るだろうが!」

「そんなこと言われてもよぉ。捕まるんじゃねえかと思うと落ち着かねえんだよ」

 二人は今、銀行に立てこもっていた。金を奪ったらすぐに逃走するつもりだったが、彼らの想定よりも警察の到着が早く、周囲を取り囲まれてしまったのだ。

「焦るんじゃねえ。こっちには人質がいるんだ」

 兄は手近にいた主婦を無理やり立たせる。

「ひっ」

 主婦の歯はがたがたと鳴り、目からはぽろぽろと涙が零れ落ちている。

「最悪、この女を盾にして強行突破すりゃいい」

 兄は右手に持っていた包丁を、主婦の首に突きつけた。

「こ、殺さないで」

「俺たちに協力してくれたら無事に返してやる」

「な、何でもしますから」

 兄はニタリと笑った。

「じゃ、盾になれ」

「え?」

 主婦を前に立たせ、兄は銀行の入り口に向かう。

「お前も人質を盾にし……」

「ぎゃー!」

「な、なんだ?」

 突然聞こえた叫び声に驚き、兄は慌てて振り返った。


「た、助けてくれ。アニキ」

 弟はもがいている。突然現れた男に、腕を後ろ手にねじり上げられたのだ。

「誰だてめえは!」

 兄は弟を助けるべく、主婦を放り出し、男に向かって走る。右手に持った包丁を構え、男に振り下ろす。

「おっと危ない」

 紙一重でかわした男は、人質たちの中に紛れ込んだ。

「痛えよぉ。あの野郎、いきなり現れて俺の腕を掴みやがってよ。っとーにムカつく野郎だぜぇ」

 弟はねじり上げられた腕をさすり、怒りの声を上げる。

「あの野郎、どこ行った?」

「何言ってんだアニキ? 人質んとこにいるだろ」

「どいつだ。お前の腕を掴んだのは?」

「そりゃ……わ、分かんねえ。いったいどいつなんだ。俺の腕を掴みやがったのはよ」

 二人は確かに男の顔を見た。にもかかわらず、どうしても思い出すことができなかった。人質の顔を全員見渡しても、男を見つけられない。

「何がどうな……」

「確保―!」

 銀行の入り口側からドドドと足音が響く。兄弟は振り返った。

「しまった」

 兄は男に気を取られ、主婦の存在をすっかり忘れていた。逃げだした主婦から話を聞き、警察は今が好機と捉えて突入。包囲された二人はあっけなく捕まった。




 存在感がないからこそ誰に気付かれることなく突入できる。個性がないからこそ紛れ込むことができる。記憶に残らないという特性を生かし、男は立てこもり事件のプロフェッショナルとして活躍していた。

 記憶に残らないゆえにヒーローとして称賛されることはない。いくら事件解決に貢献しても男の存在に目を止める者はいない。

 それで良かった。人々を救えるなら。男は今日もまたひっそりと活躍し続けるのだった。

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