人類は滅びない
「た、助けて、誰か」
若者は走った。迫りくる大型の竜巻から逃げるために。
「きゃー」
「うわあああ」
逃げ遅れた人々の断末魔が、若者の恐怖心をあおる。
「し、死にたくない。死にたくね……」
彼の叫びは、竜巻が奏でる轟音に飲み込まれた。
「放水開始!」
「隊長、火の勢いが弱まりません」
「ヘリが来るまで持ちこたえるんだ」
火の勢いは衰えることを知らず、木々を飲み込んでいく。空が真っ赤に染まるほどの火の手が、山全体を包み込んでいた。
「た、大変です。他の場所でも山火事が」
「なんだって?」
遠方で上がる火柱に、隊長は目の前が真っ暗になったような気がした。
「建物に入るんだ! 早く!」
異変に気付いた男性が叫ぶ。次の瞬間、ドンと鈍い音が響き、男性は地面に倒れた。
「きゃー」
「な、なんだ?」
人々は上を見上げる。拳よりも一回り大きなサイズのひょうが、空を覆いつくしていた。
「に、逃げろー!」
ひょうが降り注ぐ。建物の窓は割れ、道路には穴が空き、人々はパニックに陥った。
『――世界各地で異常気象が相次いでいます。死者の数は数万人を……』
半年後。
「瓦礫もずいぶん片付いたな」
「えぇ、ほんと」
竜巻の被害に遭った都市は少しずつではあるが、かつての姿を取り戻しつつあった。
「もうひと踏ん張りするか」
「飲み物を用意するわ」
住民たちは復興に向けての準備を着々と進めていた。
「隊長、山に動物が戻って来てます!」
「本当か?」
部下からの報告に、隊長は歓喜の声を上げる。山火事の後、姿を消した動物のことが頭から離れなかった。いてもたってもいられず、隊長は火事のあった山に向かう。
「おぉ……!」
木々の間から小鳥のさえずりが漏れている。動物の鳴き声もどこからともなく聞こえていた。
「よ、良かった」
山全体から生命の息吹を感じ、隊長はぽろりと涙を流した。
「あなた」
女は手を合わせる――遺影に向かって。彼女の夫は犠牲者の一人だった。
「名前はのぞみにしたわ。あなたが残してくれた……大切な子だから」
生まれたばかりの娘を腕に抱き、女は晴れ渡る空を見上げた。
「――なんで滅びないんだ! 異常気象を引き起こしてるのに」
それは雲の上にいた。はるか高みから地球を見下ろし、世界各地で勃発している異常気象の元凶。人はそれを神と呼んでいる。
「いつもいつもいつもいつもあいつらは生き残りやがる。地球規模の洪水を引き起こした時だって乗り越えた」
神話上で語り継がれる大洪水、それは神が人類を滅ぼすために引き起こしたもの。それだけではない。歴史に残る大災害はすべて、神が人類を滅ぼす目的でもたらしたものだった。
「どうやったらいなくなる」
太古の昔から争い続ける人類に、神はうんざりしていた。このままでは人間以外の動物の生命も脅かされる。地球のために、神は人類を滅ぼす決断を下した……はずだった。
「地球から人類を消し去るにはどうすればいいんだ! どうすれば……」
神は頭を抱える。人類を滅亡させる、そう決めてから数万年の月日が流れた。いまだ人類は繁栄を続けている。
「なんてしぶとい生き物なんだ、人間は」
人類の生存能力は神の采配を軽く凌駕していた。全知全能の神であっても、人間はどうにもならない。
「人間の分際で……神を煩わせるなぁあああ!」
「さっきまで天気良かったのに、急に雷なんてサイアクゥー」
成長したのぞみは学生鞄を傘代わりに、雨の中を駆け抜けていった。




