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おとなしあたー  作者: 音無威人


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42/50

時に囚われたゴースト

「ひ、ひいい。た、助けて。だ、誰か……」

 男は気を失った。この光景を何度見たことだろう。楽しかったのは最初だけ。今はただただむなしい。

『はぁ』

 どうして私は地縛霊なのだろう。この部屋から出ることさえできれば、私の人生、いや霊生も充実するはずなのに。引っ越してきた住人を驚かすしかやることがないなんて、幽霊は退屈だ。

 成仏したい。解放されたい。こんな霊生はもう嫌だ。霊媒師でも何でもいい。誰か私を祓ってくれ。この部屋から解き放ってくれ。

 誰でもいい。誰か、誰か、私を。

『助けて』




「こちらです」

 管理人が入ってきた。新しい住人を連れてきたのだろうか。どうでもいいことだけど。誰が来ようが来まいが、私はどこにも行けないのだから。

「邪悪な気を感じます。今すぐ祓わないと災いをもたらすかもしれません」

「なんとかしてください。このままじゃ商売あがったりです」

「分かりました。祓いましょう」

 祓う? 今、確かに祓うと言った。まさか、管理人が連れてきたのは霊媒師?

「カッ!」

 な、何、体が熱い。燃えるように熱い。

「安らかに成仏なさい」

 体が消えていく。あぁ、そうか。ようやく解放されるのか、この退屈な霊生から。

『ありがとう』

 そう言うと霊媒師が驚いたような顔をした。礼を言われると思ってなかったんだろう。

 ようやくようやく成仏でき――。




「こちらです」

『え?』

 なんでまだこの部屋に。成仏できたはずじゃ。

「邪悪な気を感じます。今すぐ祓わないと災いをもたらすかもしれません」

 どうしてさっきと同じことを?

「なんとかしてください。このままじゃ商売あがったりです」

 これもさっき聞いた。

「分かりました。祓いましょう」

 いったい何が起きてるの?

「カッ!」

 あ、熱い。

「安らかに成仏なさい」

 体が消え――。




「こちらです」

 管理人が霊媒師を招き入れてる。さっきと同じように。

「邪悪な気を感じます」

 言っていることも一緒。これは繰り返している……ということなのだろうか?

「なんとかしてください」

 なんとかしてほしいのはこっちだ。成仏したいのに。できないなんて。

「分かりました。祓いましょう。カッ!」

 うっ、熱い。

「安らかに成仏なさい」

 あれ? 私を見てな――。




「こちらです」

 また戻ってきた。霊媒師はどこを見ていたのだろう。

「邪悪な気を感じます」

 やっぱり私を見ていない。違うところを見ている。

「なんとかしてください」

 管理人の視線を追う。何かおかしい。部屋の隅に黒い影が見える。なんだあれは?

 いつからあんなものが。全然気が付かなかった。

 まさか、霊媒師が言った邪悪な気はあの黒い影のこと?

「祓いましょう。カッ!」

 黒い影がこっちに――。




「こちらです」

 また戻ってる。あの黒い影はいったい……。

「邪悪な気を感じます」

 いる。部屋の隅に。なんなんだあれは。いったいいつからいたんだあれは。

 私と一緒でずっとこの部屋にいたんだろうか。地縛霊として。

「なんとかしてください」

 どうして私は気づけなかったんだろう。なぜ時間が元に戻るのだろう。

 分からない。何も。私は何に巻き込まれたんだ?

「祓いましょう。カッ!」

 うっ、体が消える。黒い影――。




「こちらです」

 消えてなかった。黒い影は。私と違って。

 幽霊じゃないってこと? じゃあなんなのあれは。

「邪悪な気を」

 あれはいったいな――。




「こちらです」

 え、どうしてもう時間が戻ってるの? まだお祓いされてないのに。

 体が消えたら戻る、そう思ってたけど、間違いだったというの。

 じゃあ何がきっかけで……まさか。

「邪悪な気を感じます」

 黒い影に触ったから? でも触ったのは前回だけ……いや、前々回は黒い影が突っ込んで来た。もしかして気づかない間に触れられていた?

「なんとかしてください」

 じゃあ触れられないように気をつければ。

「祓いましょう」

 ダメだ。消えかけてる体じゃ動けない。これじゃ避けるのはむ――。




「こちらです」

 避けられなかった。私一人じゃどうにもできない。こうなったら仕方ないか。

「邪悪な気を」

『霊媒師さん』

「もう一人いたのか?」

 霊媒師は驚いている。やっぱり黒い影を祓いに来たんだ。

『お願いします。助けてください』

 私は霊媒師を頼ることに決めた。困ったときは専門家に頼るのが一番。

『……というわけなんです』

 私は今までに起こったことをすべて説明した。

「……信じられない話だ。時間を繰り返してるなんて」

 懐疑的な目をしている。祓われる側の言うことを、祓う側が信じるわけないか。

「確かめてみるか」

『ダメ! 黒い影に触れ――』




「こちらです」

 避けられなかった。私一人じゃどうにもできない。こうなったら仕方ないか。

『霊媒師さん』

「なるほど。時間を繰り返すというのは本当のようだな」

『えっ? どうしてそれを』

 霊媒師が知っている?

「実は……」

 そうか。前回、私が話したのか。でもその記憶はない。ということは。

「黒い影に触れた者しか時間の繰り返しは認識できないみたいだな」

 どうやらそのようだ。分かったからってどうしようもないけど。

「同時に触れたらどうなるか試してみよう」

 霊媒師に言われるがまま、私は黒い影に触った。




「こちらです」

 霊媒師と目が合った。彼も記憶を保持している。直感的にそう思った。

「なんとかしてください。このままじゃ商売あがったりです」

 二人で力を合わせればなんとかなるかも。




「こちらです」

 あれから何度時間を繰り返しただろう。

「どうして祓えないんだ!」

 どうにもならなかった。

「俺の力が通用しないなんて、そんな」

 どんな策を講じても触られたら時間が戻ってしまう。それは何をしてもリセットされるということに他ならない。

「こんなとこ、いられるか」

 絶望した霊媒師は部屋から逃げ出した。でも……。




「こんなとこ、いられるか」

 逃げることなんてできやしないのに。私が黒い影に捕まった瞬間に時間は戻る。そう管理人と霊媒師が部屋に入って来たあの時間まで――。




「こちらです」

「こんなとこ、いられるか」

 もう、もう。

『あぁあああ!』

 うんざりだ。何も考えたくない。記憶を保持し続けたくない。

 来る。黒い影が。また繰り返すの?

 助けて。誰でも良いから私を。

『助けて』




「こちらです、こちらです、こちらです……」

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