時に囚われたゴースト
「ひ、ひいい。た、助けて。だ、誰か……」
男は気を失った。この光景を何度見たことだろう。楽しかったのは最初だけ。今はただただむなしい。
『はぁ』
どうして私は地縛霊なのだろう。この部屋から出ることさえできれば、私の人生、いや霊生も充実するはずなのに。引っ越してきた住人を驚かすしかやることがないなんて、幽霊は退屈だ。
成仏したい。解放されたい。こんな霊生はもう嫌だ。霊媒師でも何でもいい。誰か私を祓ってくれ。この部屋から解き放ってくれ。
誰でもいい。誰か、誰か、私を。
『助けて』
「こちらです」
管理人が入ってきた。新しい住人を連れてきたのだろうか。どうでもいいことだけど。誰が来ようが来まいが、私はどこにも行けないのだから。
「邪悪な気を感じます。今すぐ祓わないと災いをもたらすかもしれません」
「なんとかしてください。このままじゃ商売あがったりです」
「分かりました。祓いましょう」
祓う? 今、確かに祓うと言った。まさか、管理人が連れてきたのは霊媒師?
「カッ!」
な、何、体が熱い。燃えるように熱い。
「安らかに成仏なさい」
体が消えていく。あぁ、そうか。ようやく解放されるのか、この退屈な霊生から。
『ありがとう』
そう言うと霊媒師が驚いたような顔をした。礼を言われると思ってなかったんだろう。
ようやくようやく成仏でき――。
「こちらです」
『え?』
なんでまだこの部屋に。成仏できたはずじゃ。
「邪悪な気を感じます。今すぐ祓わないと災いをもたらすかもしれません」
どうしてさっきと同じことを?
「なんとかしてください。このままじゃ商売あがったりです」
これもさっき聞いた。
「分かりました。祓いましょう」
いったい何が起きてるの?
「カッ!」
あ、熱い。
「安らかに成仏なさい」
体が消え――。
「こちらです」
管理人が霊媒師を招き入れてる。さっきと同じように。
「邪悪な気を感じます」
言っていることも一緒。これは繰り返している……ということなのだろうか?
「なんとかしてください」
なんとかしてほしいのはこっちだ。成仏したいのに。できないなんて。
「分かりました。祓いましょう。カッ!」
うっ、熱い。
「安らかに成仏なさい」
あれ? 私を見てな――。
「こちらです」
また戻ってきた。霊媒師はどこを見ていたのだろう。
「邪悪な気を感じます」
やっぱり私を見ていない。違うところを見ている。
「なんとかしてください」
管理人の視線を追う。何かおかしい。部屋の隅に黒い影が見える。なんだあれは?
いつからあんなものが。全然気が付かなかった。
まさか、霊媒師が言った邪悪な気はあの黒い影のこと?
「祓いましょう。カッ!」
黒い影がこっちに――。
「こちらです」
また戻ってる。あの黒い影はいったい……。
「邪悪な気を感じます」
いる。部屋の隅に。なんなんだあれは。いったいいつからいたんだあれは。
私と一緒でずっとこの部屋にいたんだろうか。地縛霊として。
「なんとかしてください」
どうして私は気づけなかったんだろう。なぜ時間が元に戻るのだろう。
分からない。何も。私は何に巻き込まれたんだ?
「祓いましょう。カッ!」
うっ、体が消える。黒い影――。
「こちらです」
消えてなかった。黒い影は。私と違って。
幽霊じゃないってこと? じゃあなんなのあれは。
「邪悪な気を」
あれはいったいな――。
「こちらです」
え、どうしてもう時間が戻ってるの? まだお祓いされてないのに。
体が消えたら戻る、そう思ってたけど、間違いだったというの。
じゃあ何がきっかけで……まさか。
「邪悪な気を感じます」
黒い影に触ったから? でも触ったのは前回だけ……いや、前々回は黒い影が突っ込んで来た。もしかして気づかない間に触れられていた?
「なんとかしてください」
じゃあ触れられないように気をつければ。
「祓いましょう」
ダメだ。消えかけてる体じゃ動けない。これじゃ避けるのはむ――。
「こちらです」
避けられなかった。私一人じゃどうにもできない。こうなったら仕方ないか。
「邪悪な気を」
『霊媒師さん』
「もう一人いたのか?」
霊媒師は驚いている。やっぱり黒い影を祓いに来たんだ。
『お願いします。助けてください』
私は霊媒師を頼ることに決めた。困ったときは専門家に頼るのが一番。
『……というわけなんです』
私は今までに起こったことをすべて説明した。
「……信じられない話だ。時間を繰り返してるなんて」
懐疑的な目をしている。祓われる側の言うことを、祓う側が信じるわけないか。
「確かめてみるか」
『ダメ! 黒い影に触れ――』
「こちらです」
避けられなかった。私一人じゃどうにもできない。こうなったら仕方ないか。
『霊媒師さん』
「なるほど。時間を繰り返すというのは本当のようだな」
『えっ? どうしてそれを』
霊媒師が知っている?
「実は……」
そうか。前回、私が話したのか。でもその記憶はない。ということは。
「黒い影に触れた者しか時間の繰り返しは認識できないみたいだな」
どうやらそのようだ。分かったからってどうしようもないけど。
「同時に触れたらどうなるか試してみよう」
霊媒師に言われるがまま、私は黒い影に触った。
「こちらです」
霊媒師と目が合った。彼も記憶を保持している。直感的にそう思った。
「なんとかしてください。このままじゃ商売あがったりです」
二人で力を合わせればなんとかなるかも。
「こちらです」
あれから何度時間を繰り返しただろう。
「どうして祓えないんだ!」
どうにもならなかった。
「俺の力が通用しないなんて、そんな」
どんな策を講じても触られたら時間が戻ってしまう。それは何をしてもリセットされるということに他ならない。
「こんなとこ、いられるか」
絶望した霊媒師は部屋から逃げ出した。でも……。
「こんなとこ、いられるか」
逃げることなんてできやしないのに。私が黒い影に捕まった瞬間に時間は戻る。そう管理人と霊媒師が部屋に入って来たあの時間まで――。
「こちらです」
「こんなとこ、いられるか」
もう、もう。
『あぁあああ!』
うんざりだ。何も考えたくない。記憶を保持し続けたくない。
来る。黒い影が。また繰り返すの?
助けて。誰でも良いから私を。
『助けて』
「こちらです、こちらです、こちらです……」




