献血と灰事件
「献血お願いしまーす!」
彼は足を止める。年若い女性が、まちゆく人々に声をかけていた。立ち止まる人は少ない。それでも女性はめげずに声を出し続けている。
心優しい彼は困っている女性を助けたいと強く思った。一方で自分のようなものが献血していいものかという迷いもあった。ぐるぐると思考が回る。
意を決した彼は献血のバスに向かった。あと数歩という距離まで近づいた時、女性の声が止まった。その顔は凍り付いている。
「あ」
と彼は声を上げた。自身がどんな格好をしているか思い出したのだ。全身黒づくめのコート、しかもフルフェイスの男が来たら怖いよなと内心苦笑し、「献血を」と口を開く。
「えっあ、こちらです」
どこかホッとした様子の女性に申し訳なさを感じつつ、彼は案内されるままにバスへと乗り込んだ。
「献血ありがとうございました」
頭を下げる女性に会釈を返し、彼はバスを降りた。
「……ふぅ」
一息ついた彼は腕に視線を落とした。針の痕は服に隠れて見えない。奇妙な感覚だった。血を抜かれるというのは。
「おっと」
彼の足元がふらついた。照り付ける日差しに、気分が悪くなる。彼は日光が苦手だった。苦手だからこそ、全身を黒づくめのコートで覆い、頭もフルフェイスのヘルメットでガードしている。
「早く帰ろう」
ぼそりと呟いた彼は曇りになればいいのにと思いつつ、帰路についた。
数か月後、彼は自室で一人テレビを観ていた。昼間なのに部屋の中は暗い。日光を苦手としているがゆえに、彼は昼間でもカーテンを閉めていた。
『――続いてのニュースです。患者が灰になるという奇妙な事件が起きています』
「え?」
耳を疑った。灰になるという現象には覚えがあった。覚えがあるからこそ、彼は信じられない思いでいっぱいだった。
「まさか僕以外にも……」
彼はありえない話ではないと思った。同類がいてもおかしくはない。
「でもなんで病院になんか……」
同類なら入院するはずがないと、彼は首を傾げた。
『灰になった患者は輸血を終えたばかりで……』
「えっ?」
彼は頭を殴られたような気分になった。汗がたらたらとこめかみを流れ落ちる。
『いったいこの病院で何が起きているのでしょうか?』
「ま、まさか?」
彼は理解した。事件がなぜ起きたのかを。
「ぼ、僕のせいだ。僕が献血なんてしたから」
彼は――吸血鬼だった。




