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僕の先祖はフラミンゴ

 僕は両足で立つのが苦手だ。理由は単純。疲れるからだ。両足を地面につけている体勢は僕にとっては不自然極まりなく、体に疲労が溜まって仕方がない。

 だから僕は常々片足立ちで生活している。周りからは『足を上げていて疲れない?』とよく言われるが、むしろ僕はこう問いたい。――両足立ちで疲れないのかと。

 そう言うと決まって『何言ってるんだこいつ?』みたいな顔をされる。甚だ不愉快だ。僕は足を上げないからこそ疲れるというのに。彼らはまったく分かっていない。――片足立ちの素晴らしさを。




 階段を片足で飛び跳ねながら、校舎の屋上へと進む。すれ違う人は一様に『なんだこいつは?』という顔をしている。最初はイライラしたものだが、今では慣れたものだ。

 両足、両足、両足、両親も先生も生徒も誰も彼もが両足に縛られている。僕にとっては自然な片足スタイルを不自然だとのたまう。十人十色、千差万別、彼らは何一つ分かっちゃいない。僕が両足立ちにどれほど苦痛を感じているのか。


 ようやく辿り着いた屋上の扉を開ける。人の気配は一切しない。誰もいないようだ。落ち着いて弁当を食えるぞ。

 取り出した弁当を、上げた片足の上に置く。左手で落ちないように支えながら、バクバクと貪り食う。僕にとっては当たり前の食事スタイルも周囲に言わせれば、不自然極まりないらしい。確かに上げた片足を机代わりにしている奴は見たことがない。僕独自の食事スタイルと言えよう。

 夢中になって食事をしていると、唐突に人の気配を感じた。左右に揺れ動く足音、こんな歩き方をする人物は彼女しかいない。

「常々思うが、君の食事は変極まりないね」

 彼女――ヤコが僕に話しかけてくる。

「変人の君にだけは言われたくない」

 ヤコは首を直角に曲げて僕を見つめている。首が曲がってないと落ち着かないらしい。そんな彼女は僕の最大の理解者であり、同志だ。

「確かに『フクロウ』の私には言われたくないだろうね『フラミンゴ君』」

 フラミンゴ、それが僕のあだ名だ。片足で生活を送っているうちにいつの間にかそう呼ばれるようになった。元々フラミンゴという生物にはシンパシーを感じていたから、同類扱いは僕にとっては最高の賛辞だ。けれど……。

「僕は『フラミンゴ』と呼ばれて嬉しいけど、女子に『フクロウ』は酷すぎる」

「ちっち、分かってないなぁ。フクロウは縁起の良いものの象徴として知られているんだよ。どういうことかというとね。フクロウには不苦労や福来郎、つまり苦労知らずで福がやってくるという意味合いがあるんだ。他にも首が回る習性から金回りがいいと連想して、商売繁盛のご利益があると言われているね」

「知らなかった。ヤコは物知りだなぁ」

「まぁ『フクロウ』だからね」

 ヤコはふふんと胸を張った。僕には言っている意味がよく分からなかった。

「分かるように説明してあげるよ。フクロウは『森の賢者』や『物知り博士』と呼ばれるくらい知恵の象徴として有名でね。ローマ神話では知恵の女神ミネルヴァの使い、ギリシャ神話でも知恵と工芸の女神アテネの従者であったほどなんだ。古来よりフクロウは様々なところで知恵の象徴として崇めたてられてきたというわけだ」

「女神の使いか。なるほど、まさにヤコにピッタリだ」

「だろう? 『フクロウ』は私にピッタリなあだ名なんだよ」

 嫌がっていると思っていたが、ヤコは『フクロウ』と呼ばれることを気に入っているようだ。まぁ、縁起が良いうえに知恵の象徴でもあるんだから、当然かもしれない。フクロウについて知れば、嫌がる方がどうかしているとさえ思える。

「フラミンゴは?」

 フクロウの話を聞いて、僕は親愛なるフラミンゴのことが知りたくなってきた。如何な素晴らしい理由で片足立ちをしているのだろうか。

「うーん、そうだね。君はフラミンゴに対してどんなイメージを持っている?」

「僕と同じで片足立ちを愛してる生物」

「確かに片足立ちのイメージがあるね。ではなぜ片足立ちなんだろうか?」

「もちろん。片足立ちがラクだからさ」

 ヤコは突然、逆方向に首をかしげた。まるでホラー映画のようだ。怖い。何度も何度も首を左右に振り動かす。段々メトロノームに見えてきた。一体どうしたんだろう?

「全然違う。だから君はダメなんだよ」

 あぁ、否定のポーズだったのか。分かりにくい。というか僕はダメなのか。結構傷つくぞ。

「フラミンゴが片足立ちをしているのはね、体温調節のためなんだよ」

「体温調節? 片足立ちと結びつかないんだけど」

「フラミンゴは水辺に住んでいるイメージがないかい?」

「確かにそんなイメージがある」

「でもその割には寒がりな生き物でね。片足を羽毛に埋めることによって、体を暖めているんだ。だから片足で立っているというよりは、片足を暖めていると言うべきなのさ」

 まさかフラミンゴが寒がりだったとは……。片足立ちにはそんな意味があったのか。

「でね。ここからが面白いところなんだけど、実は動物園にいるフラミンゴは両足立ちであることが多いんだ」

「……なぜ?」

「フラミンゴが片足を上げているのは寒いから。つまり暖かい場所では片足を上げる必要はない。温度の管理が出来ている動物園では両足立ちなのさ。まぁ、すべてのフラミンゴが両足で立っているわけではないけどね」

「暖かい場所では両足なのか。……だったらなんで水辺にいるんだろうか。わざわざ寒い環境に身を置くなんて矛盾してる」

「エサは水辺にあるからね。そうせざるを得ないのさ」

「それでも変だ。水辺でエサを取る生き物なのに、体が適応していないなんて。全然進化できていないじゃないか」

「仕方ないよ。『名は体を現す』、その縛りには誰も逆らえない。水に負けるのも致し方ないのさ」

 何を言ってるかさっぱり分からない。どういうことだろうか?

「不思議そうな顔だね。知らないのかい? フラミンゴの名前の意味」

「知っているわけがない。片足立ちの理由も知らなかったのに」

「それもそうだね。実はフラミンゴはあるラテン語が名前の由来なんだ。そのラテン語というのが"flamma"つまり"炎"というわけ」

「寒がりなのに炎とは。知れば知るほど興味深い生き物だ」

「フラミンゴに対する認識も変わったんじゃないかい」

「大分変わった」

 片足立ちにもいろいろな理由があったみたいだ。

「ところでフラミンゴ君。食べないのかい弁当? もう冷めてるんじゃないか」

「あっ」

 話に夢中で食べるのをすっかり忘れていた。僕は急いで残りをかきこむ。冷たくなっていてあまりおいしくなかった。寒さに弱いのはフラミンゴだけではなかったということか。

「済まないね、食事の邪魔をしてしまって」

「別にいい。有意義な時間だった」

「そう言ってくれて助かるよ」

 ヤコはくつくつと笑った。






 嫌なものを見た。心が黒く歪む。醜い嫉妬心。ぶちこわしたいと思った。

 ヤコはどうしてあいつと……。僕たちは最大の理解者のはずだ。僕以外の男に笑顔を向けている。僕以外の男と楽しそうに喋っている。

 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。彼女は僕のものだ。


 僕は扉の影にそっと隠れた。足音が近づいてくる。扉が開く。最初に現れたのはヤコだった。彼女が降りるのを見守り、あいつが来るのを待った。

 もう一度扉が開く。あいつは僕に気づいた様子もない。気配を消して近づく。僕は……背をそっと押した。たったそれだけのことで、あいつはバランスを崩して階段を転げ落ちていった。無様な格好で倒れて動かない。愉悦を抑えられない。僕のヤコに近づくのが悪いんだ。これで分かったろう。人のものに手を出す愚かさが。


「フラミンゴ君!」

 立ち去ったはずのヤコが戻ってきた。あいつが落ちたときに大きな音がしたからだろう。

 彼女は驚いた様子で僕を見ている。

「誰か来てくれ、早く!」

 ぞろぞろと人が集まってくる。耳障りだ。携帯電話を手にしている者がいる。泣いている奴もいる。

「私を置いていかないでくれ。頼む、死なないで」

 ヤコはなぜかあいつに縋って泣いている。なぜだ。彼女は僕のものなのに。

 なぜ彼女は僕のところにやってこない。なぜ彼女はあんなに悲しそうにしている。なぜ僕は大人共に取り押さえられている。

「貴様、いったい何をしているんだ!」

 大人の怒号が鼓膜に響く。彼女の泣き声が鼓膜を振るわせる。周囲のざわめきが鼓膜を揺らす。

 僕が何をしたって言うんだ? 僕はただ彼女を渡したくなかっただけなのに。僕は間違っていたのだろうか?





「フクロウは冥界の使者と呼ばれている。僕の魂を連れ戻したのは君だヤコ。君が泣いてくれたから、僕は生きていられる。君が道しるべになってくれた。感謝する」

 ヤコは何も言わずに僕の胸で泣いている。悲しませたことに心が痛む。僕は女の涙に弱いようだ。知らなかった。

「ヤコ、僕はこうして生きている。笑ってくれよ。悲しい顔は見たくない。僕を想うなら、笑ってくれ」

 せっかく死なずに済んだんだ。泣き顔より笑顔が見たい。

「分かった。君の頼みだ。最高級の笑顔を送るよ」

 ヤコは涙を流しながら満面の笑みを浮かべた。……首が直角に曲がってなければ良かったのに。この角度はちょっと不気味だ。

「失礼な」

 僕は何も言っていない。

「顔を見れば大体分かるよ」

 エスパーか何かなのか。

「違うよ。ただの『物知り博士だ』」

 ヤコはえへんとでも言いたげに胸を張った。生きていて良かったと思う。ヤコとこうして話をできるだけで幸せだ。だからこそ……。

「"僕"のことは分かるんだヤコは」

 決着をつけなければならない。酷い言い草だと自分でも思う。ヤコは何も悪くないのに。

「皮肉かい? それは」

 ヤコの顔が歪む。ずきりと心が痛む。それでも突き進むしかない。

「違う。僕はあの男に殺されかけたんだ。一応どういう関係か聞いておこうと思って」

「ただの幼馴染だよ。私にとってはね」

「でもあの男はそう思っていなかった」

 ヤコに対する狂信的なまでの愛。それが彼を突き動かしたのだろう。嫉妬の炎に包まれた彼を止める術がなかった。僕とヤコはただの友達でしかなかったけど、あの男はそうは思わなかった。恋は盲目と言うけど、何も見えていなかったんだろう。見えてさえいれば、ヤコが自分のものではないとすぐに分かったはずだ。

「私のせいなのかな。君を危険な目に遭わせたのは」

 罪の意識に苛まれている表情を見せるヤコ。そんなわけないのに。悪いのはあの男だ。

「ヤコのせいじゃない。悪いのはあの男だ。それに僕が踏ん張ってさえいれば、階段から落ちることもなかった。僕の生き方が僕自身の命を危険にさらしたんだ。ヤコが気にする必要なんて何もないんだ。だから自分を責めるな」

「で、でも」

「ヤコ、君は光なんだ。僕にとっては。君が輝いていなければ、僕は道を見失ってしまう。……似合わないんだよ。落ち込んでいる姿なんて。――僕は生きている。それだけで十分だと思わないか?」

 周囲に理解されず、たった一人で生きてきた僕。君だけが側にいてくれた。君だけが僕の考えを理解しようとしてくれた。だから僕も君の苦しみを理解しよう。幼馴染の裏切りが君の心にどれほどの傷を与えたのか、すべてとまではいかないだろう。

 僕はあの男について何にも知らないのだから。君にとってあの男がただの幼馴染でしかなかったのか、それすらも分からない僕だけど、そんな愚かしい僕でしかないけど、君の側にいることはできるはずだ。

「うん、そうだね。君は生きている。私には十分すぎるくらいの幸福だ」

 ヤコは泣き笑いのような表情を見せた。悲しみはすぐには晴れない。それは分かっている。けれど僕を殺そうとしたあの男が、彼女の悲しみの一端を担っていると思うと、やるせない気持ちになる。

 あの男がヤコを想っていたのは明白だ。彼女を好きなら、なぜ悲しませるような真似をしたのか。僕を殺そうとしたことよりも、ヤコを悲しませたことのほうが許せない。

「どうかしたのかい?」

 ヤコは心配そうに僕を見つめている。駄目だなぁ、僕は。彼女に余計な心配をかけさせてどうする。僕が支えないといけないのに。

「僕が生きていることが幸せって言葉が嬉しくて。今、嬉しさを噛み締めていたんだ」

 まったくの嘘ではない。僕を思って涙を流してくれているんだ。嬉しくないわけがない。

「喜びを噛み締めたいのは私のほうだよ」

 ヤコはそう言ってニコリと笑った。





「話したいことがある。屋上へ行かないか?」

「病室じゃダメなのかい?」

「気分の問題」

 僕の言葉に納得したのかは不明だが、ヤコは立ち上がった。

「立つの手伝おうか?」

「いや大丈夫だ」

 僕は彼女の申し出を断り、立ち上がった。幸いにも怪我をしたのは左足だけ。落ちた衝撃で脳震盪に陥ったが、比較的症状は軽く後遺症もない。まさに不幸中の幸い。右足が怪我をしたなら松葉杖が必要だったろうが、軸足さえ無事であるなら歩行に支障はない。

「行こう」

 屋上へ向かう途中、看護士や他の入院患者が僕をじろじろと見ていた。片足でぴょんぴょん飛び跳ねるのが、そんなにおかしなことなのだろうか?

 この世には様々な人間がいる。片足で飛び跳ねる奴がいたっておかしくはないはずだ。……まぁ、首を直角に曲げている女子と片足飛びの男子の組み合わせは奇妙以外の何者でもないだろうが。


「うーん、風が気持ちいい」

「寒い」

 フラミンゴの名を頂戴する僕には、屋上に吹く風はなんとも不快なものだった。

「片足だけじゃなかったのかい?」

「存外、僕は寒がりだったらしい。新たな発見だ」

「そうかい。で、話って何だい?」

 彼女は髪を手で抑え、ニヒルな笑顔で僕を見る。ゾクリとするような妖艶な表情だった。

 喉が鳴る音が聞こえた。僕は唾を飲み込み、息を整え、言葉を一気に吐き出した。

「フラミンゴは生まれたときは白色、そんなことは物知りなヤコなら当然知っているだろう。エサの藻に含まれる色素の影響でピンク色に変化している。鮭だって本当は白身魚だし、アレもエサの色素の影響で身が赤みがかっているだけだったはず」

「その情報は知っているけど、それがどうしたんだい?」

 ヤコは首をより深く曲げ、僕を見つめた。多分首を傾げているのだろう。無理もない。唐突にフラミンゴ談義をしたのだから。ヤコほど詳しいわけじゃないけど、これでも長年フラミンゴと呼ばれ続けてきた身だ。まったく知らない仲じゃないのだフラミンゴとは。

「『名は体を現す』という話を学校の屋上でしたのは覚えているか?」

「あぁ、もちろんだとも」

「僕にもそのまま当てはまる」

「何が言いたいんだい?」

「僕の心は、灰色だったんだ。ヤコと出会わなかったら、あの男のようになっていたかもしれない。僕を変えたのは君なんだ」

 ヤコはいらいらしたように地団駄を踏む。要領を得ない僕の言葉に憤慨しているようだ。

「灰色だった僕の心は、フラミンゴのように赤く染まった。ヤコと過ごす時間が心の色を変えた。僕は君に恋をしている」

「えっ?」

 ヤコは目を見開き僕を見つめた。まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのようだ。

「僕に恋の色を教えてくれたのは君だ、ヤコ。返事を聞かせてくれないか?」

 彼女は体をくねくねと動かし、飛びついてきた。ぎゅっと強く抱きしめられる。

「好き」

 ……生きていて良かった。心の底からそう思う。

「ヤコ」

「フラミンゴ君」

「……首を曲げないでほしい。キスができない」

「デリカシーがない」

 睨まれた。怖い。

「ん」

 彼女からの口付けは存外激しく、心地の良いものであり、心が燃え上がるような熱さを伴っていた。

「感想は?」

 ニタリと笑ってみせるヤコは可愛らしい、と同時にプレッシャーを感じる。下手なことをいえば殴られそうだ。

「心がもっと赤くなりそうだ」

「私もだよ」

 二度目のキスは一瞬。僕からの口付けに彼女は頬を真っ赤に染めた。



 ――まるでフラミンゴのように。

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