潔癖な子供
「不妊でようやく生まれた子だったみたいよ」
「そうなの。気の毒に」
ひそひそ話をする女性たち、その視線の先には泣き崩れる夫婦の姿があった。
「たけるぅうう、どうしてぇえええ!」
我が子を亡くした母親が棺桶に縋り付いている。その背に手を置いた父親が「俺がついてるから」と慰めの言葉をかけていた。
「なんでいきなり窒息なんて」
母親はぽつりと呟いた。子供の死因は窒息だった。
「幼稚園楽しみにしてたのにな」
父親は使う日が永久に訪れないであろう手提げかばんを手に取った。子供はまだ三歳だった。
気色悪い。それがたけるの心に最初に芽生えた感情だった。両親からの愛情深いキス、それが気色悪くて仕方がなかった。でもどうすることもできない。物心ついたとき、彼はまだ一歳だった。
気持ち悪い。それが箸をつけたものを食べさせようとする父親に対して思ったことだった。他人が使っている箸ほど気持ち悪いものはない。だからといって彼には何もできない。箸をうまく扱える年齢ではなかったからだ。
汚らわしい。それが料理番組に対して感じたことだった。素手で食材を触る料理人。当たり前のようにべたべたと食材に触れ、それが正しいかとでもいうかのごとく調理して客に出す。見ず知らずのおっさんが素手で触った食材を口に入れることだけはしたくないと彼は思うのだ。
「もうすぐ幼稚園ね」
母親の何気ない言葉にたけるはぞっとした。彼にとっては血の繋がりのある両親でさえ虫唾が走る存在だった。一緒の家にいることすら苦痛で仕方がない。
そんなたけるからすれば、血の繋がりすらない見ず知らずの他人が集う幼稚園に通うなんて地獄も当然。考えるだけで反吐が出た。
「お友達たくさんできたらいいわね」
母親の吐く息がたけるの頬を撫でる。むせかえるような臭いに思わずたけるは咳き込む。
「大丈夫?」
臭い。臭すぎる。彼はそっと顔を背けた。その先には父親がいて、「いないないばぁ」と変顔をしている。アルコール交じりの息が漂い、頭がクラクラとした。
たけるはトイレに駆け込んだ。早く一人になりたかった。胃液が喉元をせりあがってくる。彼はおえっと吐いた。原因は両親の臭い息を嗅いだことにあった。
幼稚園にはもっと大勢の人間が集まる。より多くの臭い息が空気中に漂っているだろう。幼稚園に行くのが嫌になった。わざわざ気持ちの悪い思いをしてまで行く理由など彼にはなかった。
ふとたけるの中で何かが引っ掛かった。空気。彼は遅まきながら思い至った。臭い息が混じる空気を吸って生きているということに気づいてしまった。
気持ち悪い。こんな汚い空気を吸いたくない。彼はぐっと力を込めて、息を止めた。一ミリも体の中に入れたくなかった。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦し……。




