彼女は怖い
「ユースケ、これは何?」
ケイコはテーブルの上にあった袋を手に取った。入っていたのは一枚のDVD。タイトルを見た瞬間、ケイコの顔は引きつった。
ユースケはニヤニヤしながら、DVDをプレーヤーにセットした。
我に返ったケイコは慌ててユースケを止める。
「ちょっと待ってよ、ユースケ。まさか今から見るつもりじゃないでしょうね」
「早く見たくてしょうがねえんだよ」
ケイコは絶望した。彼女は見たくなかったのだ。――ホラー映画なんて。
「喫茶南野に週一で通ってたらよ、仲良くなった蘭堂さんから今話題の映画だって貸してもらったんだ。『ようこそ鞍馬さん』だってよ。名前からして面白そうじゃねえか」
「い、今見なくてもいいじゃない」
「思い立ったが吉日って言うだろ。今見なくていつ見るんだよ」
「見たいなら自分の家で見なさいよ」
「一人で見るのはつまんねぇ」
ケイコはユースケを家に帰そうとしたがムリだった。彼女は知っている。彼は一度決めたらてこでも動かない男だと。
もはやケイコにはホラー映画を見る選択しか残されていない。彼女の心はすでに悲鳴を上げていた。
「ひえー!」
ケイコの声はかすれていた。もう何度叫んだか分からない。数分どころか、数秒おきに叫んでいるような気さえする。
「ははははっ」
ユースケは楽しそうに笑っていた。映画を見てではない。ケイコの怯えっぷりに大笑いしているのだ。
「ひえっ」
画面いっぱいに鞍馬さんの顔が浮かんだ。
「うー、くわばらくわばら」
ケイコは耳をふさいだ。目もぎゅっと閉じた。何も聞きたくないし、何も見たくなかった。
鞍馬さんのキツネ顔が、ぼんやりと頭の中に浮かぶ。頭を振って、映像を振り払う。
「もうムリ! なんで私が怖い目に遭わないといけないのよ」
ケイコは切れた。恐怖がマックスに達し、限界を超えたのだ。
机の上のリモコンに手を伸ばす。ケイコは停止ボタンを押した。
「あっ、何するんだよ! せっかくいいところだったのに」
ユースケはケイコからリモコンを奪い、再生ボタンを押した。
「うわーん。ユースケーのバカー」
ケイコは泣いた。めちゃくちゃ泣いた。怖くて怖くて仕方がなかった。
「お、落ち着けよ。泣くなって。俺が悪かった。ほら、テレビも消したぞ。泣き止めって」
ユースケはいたずらをして怒られた子供のような顔をして、ケイコに手を差し伸べた。
「許さないんだから」
ケイコはユースケの手を取った。力を込めて握る。人肌が恐怖を和らげる。
「どうすれば許してくれる?」
困ったように笑うユースケにぎゅっと抱きつき、ケイコは罰を口にした。
「明日、私の愛妻弁当をクラスのみんなに見せびらかしたら許してあげる」
「あ、愛妻って……」
ユースケは頭をポリポリとかき、照れている。ケイコの頬も熱かった。
「ケイコのヤロー!」
ユースケは叫んだ。――トイレの中で。
今朝、ケイコが作った弁当。それは愛妻弁当と言う名の仕返し弁当だった。
「は、腹が痛ぇ」
ユースケはクラスのみんなに冷やかされる中、ケイコの仕掛けた下剤に見事にハマり、トイレから出られなくなっていた。
「許さねぇ」
ユースケはとぐろを巻いた糞を見下ろしつつ、次は『忍は潜水中に死んだ』を借りようと固く決意した。




