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おとなしあたー  作者: 音無威人


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26/50

霧女

 旦那、今宵はちょっくら昔話でも聞いておくんなせぇ。

 昔、といっても五年前くらいの話なんですがね。とある村に一人の若い女がやってきたんでさぁ。その女は腰まで届く絹のような黒髪に、雪のように白い肌の大層な美人だったらしい。すぐに村中に女の噂が広まったそうです。

 村の長老がどうしてこんな辺鄙な村に?って聞くと、男から逃げてきたって言うじゃあないですかい? 体中に痛々しい青アザもあって、かわいそうにと思った長老の奥さんが家に住まわせたそうで。

 気立ての良い女だったらしく、たちまち村中の人気者。とはいっても元々村には若者が少なかったようで、年寄り連中から我が子のように可愛がられていたって話でさぁ。

 村にやってきた理由が理由だからか、当初はあまり笑わなかったようですがね、じきに表情に明るさが戻ってきたみたいで。半年も経たないうちにすっかり村の住人になったそうでさぁ。


 で、話がここで終わってれば良かったんですがね。女が村に馴染んだ頃、不審な事件が起きたんでさぁ。長老の奥さんが何者かに殺されるという事件がね。

 現場には手ぬぐいが落ちていたそうですが、それを見た女の様子がどうにも不自然だったらしい。不審に思った村の住人が話を聞いてみると、その手ぬぐいは"女に暴力を振るっていた男"のものだったぁそうで。女の顔は蒼白になって、恐怖に震えていたらしい。

 女を追ってやってきた男が殺人を犯したってんで村中大騒ぎ。村の男たちが村中を捜索しても男は見つからず、犯人が近くに潜んでいるかもしれない恐怖で夜も眠れず。

 自分のせいで人が死んだことに耐えられなくなった女は村を出て行ったらしい。おまけに妻を殺された長老も崖から身投げしたそうで。遺体は見つからなかったってぇ話ですが、崖には草履が揃えて置かれていたとか。この話は「霧女事件」として今でも村で語り継がれているそうです。


 あっしはこの話を聞いたとき身が震えたものです。だってあっしは――あっしは、そんな村の存在、つい最近まで知らなかったんですから。



 旦那は霧女からあっしのことを聞いてたんでしょう? だから現場に手ぬぐいなんて残したんだ。あっしがやってきたと思わせるために。本当旦那も人が悪い。霧女を独占したいからって殺人まで犯すとはねぇ。あっしも悪人ですが、旦那はそれ以上に極悪人でさぁ。

 霧女が村を出て行ったのも、旦那が唆したんでしょう。それとも無理矢理攫いましたか? まぁ、どっちにしろ、あんたが犯人ってぇことに変わりはありません。

 霧女が自分の意思で旦那と一緒にいるってんなら、身を引いても構いません。ただね、旦那が無理矢理傍に置いてるってんなら話は別です。

 旦那ぁ、霧女は今あんたと一緒にいるんでしょ? 安心してくだせぇ、あっしはただ霧女と会いたいだけです。あんたを捕まえる気なんてこれっぽちもねぇ。

 あっしに旦那を糾弾する資格なんてありませんからね。霧女を最も傷つけたのはあっしですから。だからこそ霧女にはこれ以上傷ついて欲しくないんでさぁ。虫の良い話だってぇことも分かります。あっしの身勝手さには呆れ返りまさぁ。



 旦那ぁ、ひょっとして泣いているんですかい? 犯した罪の重さに気づき……えっ? そうじゃない? 殺してない、何バカなこと言ってるんでい。それじゃ誰があんたの奥さんを殺したっていうんでさぁ。

 旦那ぁ、何を震えてるんでい。本当に旦那じゃないんですかい。……えっ? 本当に旦那じゃないんですかい? 長老じゃないんですかい?

 そいつはおかしい話でさぁ。だってあんたの名前は長老とまったく一緒ですぜ。ちゃんと周囲の連中にも確認を取ってるから間違いねぇ。それとも何かい、長老の名を借りてるだけってぇのかい。

 じゃあ、あんたは一体誰なんでい?


 ……そんなまさか、そんなことって? どうしてどうしてどうしてっ……霧女、どうしてあんたが長老の名を名乗ってるんでさぁ!

 ……あっしから逃げるためですかい。あっしから隠れるために長老の名を騙って、そうやって男の振りをしていたんですかい。……奥さんと長老を殺したのは霧女、あんたなんですかい?

 違う? 奥さんを殺したのは長老で、長老が死んだのはただの自殺。じゃあ、どうしてあっしのせいになってたんでさぁ。……じゃあ、何かい。長老は元々奥さんを殺すつもりで、あっしのせいに出来る機会が舞い込んできたから、殺人を実行に移したって言うんですかい? だったら何で自殺なんて……。

 いや、霧女、あんた殺人の現場を目撃しやしたね? それで逃げられないと思った長老は自殺を選んだ……そうなんですねい霧女。

 でもあんたはそのことは村の誰にも言わなかった。あんたが来たことを長老がチャンスだと思ったように、あんたも長老が死んだとき、チャンスだと思った。霧女、あんたはあっしの記憶がまとわりついたその名前を消したかった。だからこそ長老の名前を借りて生活してた。そうなんでしょ?

 あっしはそこまで……霧女を追い詰めていたんですねい。いや、本当に申し訳ないと思っていまさぁ。今更悔いたところで遅いんですがね。あっしの罪は消えない。消えてはいけない。

 霧女すまねぇ。本当にすまねぇ。あっしはただあんたを誰にも渡したくなかったんでい。分かってまさぁ、身勝手な言い分ってことは。

 許してくれとは言わねぇ。よりを戻してくれとも言わねぇ。あんたの今の生活を邪魔する気はこれっぽっちもありません。霧女、今まですまなかった。あっしは消えまさぁ、幸せになってくだせぇ。




 これで終わり。怖い怖い霧女の話は。

 えっ? その後どうなったかって。そうねぇ、どこかで幸せに暮らしているんじゃないかしら。桜の木と一緒に。

 どうして桜なのかって? それは彼女が怖い人だから。ねぇ、あなた。

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