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おとなしあたー  作者: 音無威人


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21/50

Uとの戦い

「――お兄ちゃん。早く出てきなよ。遅刻しちゃうよ」

 扉が激しく叩かれた。びっくりした。

「妹よ。俺はまだ戦いの真っ最中だ」

 男の戦いを邪魔するとはなんて無礼な女だ。我が妹ながら、悲しく思うぞ。

「でもお兄ちゃん、今日、日直でしょ」

 そういえばそうだった。すっかり忘れていた。だが俺には関係ない。日直なんて気にしている暇は俺にはない。

「すまんな妹よ、男には避けて通れぬ戦いがあるんだ」

「……お兄ちゃん」

「先に行け。お前まで遅刻するぞ」

「いや! お兄ちゃんと一緒に行きたい!」

「わがままを言うな!」

「で、でも」

「みなまで言うな。後で追いつく。必ずな。だから行くんだ。早く。俺の決意が鈍らぬうちにな」

 妹の気配が静まった。あぁ、手に取るように分かるぞ。俺を心配している顔が目に浮かぶ。我が妹ながら、なんて可愛い奴だ。悲しませるわけには行かない。

「……うん、分かったお兄ちゃん」

「分かってくれたか」

「お兄ちゃん、これだけは言わせて。幸運を祈ってる。――グッドラック」

「あぁ、お前もな。グッドラック」

 どたどたと走る音が聞こえる。すまんな妹よ。

「ぐっ」

 腹部にキリキリとした痛みが走る。汗が止まらない。今度の相手はなかなかに手ごわい。

 妹よ、どうやらお前との約束、守れそうにない。だが――。

「俺は負けない。絶対に」




 戦いは終わった。そのはずだ。なぜ俺はまだここにいる。

 奴は本当にいなくなったのか。奴はまだいるんじゃないのか。

 孤独さがよりいっそう不安を掻き立てる。まだだ。まだ終わっちゃいない。奴はまだここにいる。

 力を振り絞れ。お前ならできる。

「ぬああああああ!」

 来た。奴だ。やはり戦いは終わっていなかった。決着をつけよう。




「うるさい」

 怒号と共に扉が開いた。仁王立ちの鬼がいた。人間とは思えない形相をしている。

「あんたね、いつまでやってんの」

 鬼、もとい姉さんは呆れたような表情でトイレに入ってきた。

「ね、姉さん、なぜ入ってくる?」

「うるさい。さっさと終わらせるわよ」

 姉さんは足を振り上げた。嫌な、とてつもなく嫌な予感がする。逃げたい、ものすごく逃げたい。だが姉さんは許してくれないだろう。鬼と化した姉さんを止める術はどこにもないのだから。

「歯ァ、食いしばんな」

「きゃあああー!」

「げりっ!」

 姉さんの強烈なキックが俺の腹部と――()()()()()()()()()()()()()。脳漿がトイレの壁に散る。

 ついでに俺の尻からも何かが飛び散った。ヤダ、恥ずかしい。姉さんに見られてしまった。

「……げりって、ぷぷっ。あんた、シャレのつもり。全然笑えないわよ」

 姉さんは腹を抱えて、笑い転げている。我が姉ながら、弟の不幸を喜ぶとはなんて野郎だ。

「花子さんと戦ってたから出てこないと思ってたけど。まさかお腹の調子、崩してたなんて。薬、上げようか?」

 姉さんはニヤニヤしている。楽しそうだ。他人の不幸は蜜の味、姉さんにとって俺の苦しみは極上の楽しみ。まさに鬼よ。というか……。

「早く出てけ」

 いつまでトイレにいるつもりだ。俺は今、下半身丸出し状態なんだぞ。

「ってかあんた。花子さんと戦いながら、下半身丸出しって、ただの変態じゃない」

「ぐはっ」

 た、確かに。花子さんも最初、嫌そうな顔してたもんな。うげって言ってたもんな。

「ちっちゃ」

「う、うるさい」

「ってか早く隠しなさいよ。姉に見せるなんて、変態の極みね」

「うう」

 俺は光すら超越するであろう速さで尻を拭くことに成功した。ズボンを素早く上げる。嫌な記憶は水に流そう。

「さっさと学校、行きなさいよ」

 姉さんは俺が出た後、すぐにトイレに立てこもった。ホワイ?

「姉さん、花子さんはもういないぞ」

「分かってるわよ。私は今から大をします」

 あぁ、目に浮かぶ。ブイサインを掲げ、ドヤ顔をしている姉さんの姿が。

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