宙へ
ベッドに潜り込んだ途端、体が宙に吹っ飛んだ。夢かと思った。夢であってほしかった。
けれど真実は残酷だ。僕の体は天井に激しくぶつかった。骨がぽきっと折れる音が聞こえた。体内を駆け巡る痛みが、現実だと訴えてくる。節々が割れるように痛い。
ベッド、壁、床、あちこちに衝突した。家具は見るも無残な姿になっている。まるで家全体が揺れているようだ。立つこともままならない。
助けを呼ばないと。携帯はどこだ? あった。ベッドの側に落ちている。僕は手を伸ばした。もう少しで手が届きそうだ。――あと少し。
ぐんと体が何かに引っ張られたような気がした。目の前には白いベッドが――。
「壮観だとは思わんかね。宙に浮かぶ建物は」
車椅子に座る老人は、傍らに佇む青年に語りかけた。
「さようでございますね旦那様。僕としても苦しむ人の姿を見るのは楽しいですからね」
青年はくつくつと声を上げている。車椅子の老人は呆れたように息を吐いた。
「悪趣味な男だな君は」
「旦那様にだけは言われたくありませんね。金持ちの道楽とは恐ろしいものですよ。まったく」
「私だけの道楽ではないがね」
老人はビデオカメラを宙に浮かぶ建物に向けた。
『おぉ、ようやく映像が配信されたか。待ちくたびれたぞ』
『わぁー、すごい。家が巨大クレーンで吊るされてる!』
『別の家を吊って、ぶつけてみませんか?』
『おぉ、それは面白そうな案じゃないか。ぜひともやってくれ』
「旦那様、家同士を衝突させてほしいそうです。どうします?」
青年はニタニタと不気味な笑顔をこぼしている。老人はあごに手をやり、ふむと唸った。
「視聴者の声には答えないとな」
「そうこなくちゃ」
青年は嬉々とした表情で、ポケットから携帯を取り出した。
「あぁ、運転手さん。今、吊り上げている家なんですがね。その隣の家も吊り上げちゃってください。いえね、家同士をぶつけることにしたんですよ。良い絵が撮れると思いませんか。やってみてはくれませんかね。分かっているでしょうが、逆らうと家族の無事は保障しませんよ」
青年の脅しに運転手は声を震わせながら「はい」と返事をした。クレーンが家を宙に釣り上げる。
鼓膜を震え上がらせるほどの破壊音を立てながら、家はバラバラに砕け散った。破片の中には肉片も混じっていた。夥しい量の血が地面に降り注ぐ。
暗闇にぽつぽつと光が浮かび始めた。人々の喧騒が鳴り響く。
「では立ち去るとしますか旦那様」
青年は車椅子を押しつつ、自らの手によって生じた地獄絵図に頬を緩ませていた。
『はっはっ、豪快に吹き飛んだじゃないか。実に見事なショーだった』
『きゃー、死体まで映すなんて。私、グロいの苦手なのに。まぁ、人の悲鳴は大好物なんですけどね』
『……ジジッジジッ』
『あちゃー、まさか隣の住人だったとは。なんて運の悪い人だ。目の前で家が壊れる姿を見たかったのかな? 自分の家が選ばれるとは夢にも思っていなかったのだろうね。いやぁー、ホントいいものが見れた』
ある一人の金持ちが娯楽のために動画配信サイトを作った。選ばれし者のみが入室を許される聖域。
ユーザーからはこう呼ばれている。
――『浮遊荘』と。




