死望
「死相が出ているね。死にたい人間というのは君だな。初めまして。私が『終わりのプロデュース』社長の暗田暗子だ。で、君は一体どんな死に方を所望しているのかな」
「ワタシはね。芸術家なんだ。それはもう絶対的なね。ワタシほどの才能はそうそう生まれやしないだろう」
身なりの整った年若い男は、大仰に顔を抑え天を仰ぐ。自分に酔う男を興味なさげに眺めながら、暗田は紅茶を一口飲んだ。
「でも誰も分かっちゃくれないんだ。ワタシの作品がいかに素晴らしいのか。誰も理解しようとしない。ワタシの才能が埋もれるのは世界にとって大きな損失だ。ワタシはみんなに幸せになってもらいたい。だからこそ……芸術的な死をワタシは望む」
男は鼻息荒く机をバンと叩いた。暗田は紅茶を避難させ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「なるほど。君は先人に習って、死ぬことで評価を高めたいわけだ。生存中に評価を受けなかった芸術家は珍しくないからね。むしろ多くの芸術家は死後何十年と経ってから評価を受けている。時代の先を行きすぎた結果、生きている間は評価されないというのはなんと皮肉なことか」
「ワタシの才能を世に知らしめるためには普通の死に方ではダメなんだ。頼むよ社長さん」
芸術家の男は椅子から立ち上がり、事務所を出て行った。ぽつんと一人残された暗田は、唇をぎゅっと結び「……ぐすっ」泣いた。
――数日後。
「社長さん、頼まれたものを描いてきたよ。これでワタシの才能を世間に知らしめることができる!」
男は興奮した様子で、カバンから絵を取り出した。そこには天使の恰好をして座り込んでいる男の姿が描かれていた。その胸は赤い色で染まっており、周りには彼岸花が円を描くように敷き詰められている。
「さて君の死を芸術的に仕上げようか」
暗田はそう言ってニヤリと笑った。
二人は小学校のグラウンドにいた。周囲は静けさに包まれている。
「ちゃんと目立つところにあの絵を置いたかい?」
暗田はそう芸術家に問いかける。男は彼岸花をグラウンドに敷き詰めながら答えた。
「もちろんだとも。アトリエにある机に飾ってある。あの絵はワタシの最高傑作になる。あぁ、楽しみだよ。ワタシの死後にどんな反応が待ち受けているのか」
愉悦を抑えきれず、男は体をぶるぶると震わせている。
「大丈夫うまくいくよ。きっとマスコミは飛びつくだろうから。君の名は世間に知れ渡るよ」
「社長さん、あなたに依頼して良かったよ」
男は側に置いてあったスーツケースを開け、中から天使の衣装を取り出した。着ている服を躊躇なく脱ぎ去り、天使の衣装に着替え始めた。
暗田は彼岸花の円から少し離れたところにポールを置いた。真ん中の下辺りには弓が取り付けられている。弓矢の先は円の中心に向けられており、矢尻からは紐が彼岸花の方に向かって伸びていた。
着替えを終えた男は彼岸花の円の中心に座った。
「さぁ、あとは君が紐を引っ張れば終わりだ」
「ありがとう。お金はそこのかばんに用意してある。ワタシが死んだら持っていてくれ」
「あぁ、そうするよ」
「ではさらばだ。ワタシの才能は永遠に語り継がれることになるだろう」
男は紐を強く引っ張った。それに伴い、ピンと張られる弦。男が手を離すと、その反動で矢が発射された。矢は真っ直ぐに飛んでいき、男の胸をあっけなく貫く。
「がはっ」
男は口から血反吐を吐き、後ろに倒れた。白い天使の服を真っ赤な血が染める。暗田は男のもがき苦しむ姿をただ黙って見ていた。
「そろそろかな?」
暗田は腕時計の秒針を確認し、死体に向かって歩を進める。死体の前に着くと、ポケットから黒の手袋を取り出し、両手にはめた。
次に男の体を持ち上げ座らせた。――倒れないよう位置の微調整も忘れずに。
「さてと。君の死に顔をよく見せてくれ。あぁ、案外穏やかだね。望んだ死だったからかな? でも私の性には合わないな」
暗田はそう言いながら、矢尻から伸びている紐を外した。手早くポールを地面から引き抜き、金の入ったかばんを脇に抱える。
学校の敷地を足早に出ると、近くに止めてあった車のトランクに荷物を詰め込んだ。エンジンをかけると、彼女はつまんなそうに呟いた。
「私の理想とは程遠い死に方だ。苦しいのはイヤだ。痛いのはイヤだ。醜い死に方はしたくない。あぁ、一体いつになったら見つかるんだ。美しい死に方は」
舌打ち交じりに溜息をつくと、暗田は荒々しくペダルを踏んで、車を発進させた。
『今朝、○○小学校で異様な男の死体が発見されました。男は天使の格好をしており、現場にはなぜか彼岸花が敷き詰められていました。殺人か自殺かは現在調査中とのことです。……ただいま続報が入りました。男の自宅に現場の状況と酷似した絵が飾られていたそうです。なおその絵は男自身が描いたもののようで、今回の件と何か関係があるかもしれません。新しい情報が入り次第、随時伝えていきます』
「おいおい見たかよ。あのニュース。死んだ男って売れない芸術家だったらしいぜ」
「見た見た。なんでも自宅に天使が矢で殺されている絵があったそうじゃないか」
「しかも死んだ男が描いたものなんだってな。自分の絵と同じ状況で死ぬなんて、呪いかもしれないな」
芸術家の男のニュースは瞬く間に拡散され、世間を賑わせた。男の絵の価値は生前と比べると高くなり、コレクターやマニアがこぞって作品を欲しがった。
特に作者の遺品であり、死を予言したものと言える作品は絶大な人気を誇っており、贋作も多数登場した。男の望みどおり、世間は芸術家フィーバーに染まっていた。
「あぁ、こんなことになるんなら、サインぐらい貰っておけば良かったかな」
暗田はネットオークションで取引されている男の作品を閲覧しながら、がっくりと肩を落としている。傍らにはミイラが埋葬されていそうな棺が置かれていた。
「さてとそろそろ寝よう」
暗田はふわぁと欠伸をし、側に置いてあった棺の蓋を開けた。その中にはまるで生きているように見えるミイラが入っていた。
「あぁ、君はきれいだね。死んだ後もずっと生前の美しい姿を保っている。私も君のようにきれいなまま死にたい。明日は会えるといいな。理想的な死に」
暗田はそう言って深い眠りについた。




