開始早々ドロップアウト
マラソンの概要はこうだ。
この学校の目の前にある大学の周辺を五周しろと言うことだ。
一周一キロで、授業内で走りきってもらう必要があるということで、三十五分以内に走りきらないとペナルティを課されるらしい。
一周七分のペースで走るのは、体力のない子でもなんとかなるだろうが、今の冬はその体力のない子に該当する上に風邪をひいている。
最初の一周くらいはもつかもしれないが、二週、三週とするうちに熱が酷くなって、そもそも走りきること自体無理ではないかと思う。
「各自準備運動は済ませたな。時間は俺のストップウオッチで測っとくからな。……それじゃ、スタート」
先生の合図とともに、みんなが一斉に走り出した。
突然の始まりに、冬はオタオタしたが、なんとか後方集団になんとかついていこうとした。
前の方を見ると、明と竹本君の二人が並走して先頭にいる。
また二人で勝負事でもしているのか。
それとも仲良く一緒に走っているのだろうか。
(って、またあの二人のことをを考えてる。考えないようにしないと)
それよりも今は自分の事だ。
なんかもう始まってすぐに呼吸が荒くなって、頭に血液が一気に集まってるような感じがする。
重りを背負って走っているかのように動きが鈍くなり、みるみるうちに集団から離れていった。
これはマズイ。
そもそも走り切れるかどうかよりも、一周するのも無理だと思う。
開始早々ドロップアウトしそうになるなんて思わなかった。
ああ辛い。腕を振って走る(段々歩きに近くなっている)のすら体力をごそっと持っていかれるような気がしてならない。
この後保健室行って体温を測ったら絶対酷い数値になりそうだ。
もう歩くことすらままならない状態になってきた。
始まってまだ五分経ったかどうかすら怪しいのに、もう体が動かない。
もうこれはなんとか一周走り(歩き)きって先生に直訴しよう。
流石に死人に鞭を打つようなマネをしないだろう、おそらく。
「なんか、もう、嫌だな…」
弱気な発言。心も体も疲れにやられてしまったような感じがする。
腕をブラブラさせ、肺が酸素を求めて、自分の意思とは無関係に呼吸が荒くなる。
足をまともに上げることができず、体全体が沸騰したように熱い。
あまりにも酷い仕打ちを受けているような気がしてならない。
だから、あの時のように独り言をつぶやいてしまった。
「きっと、体育の授業を抜け出して、あんなことを、してたから、私は、罰を受けて、いるのかな……?」
突然、背中に衝撃を受け、思わず倒れそうになった。
今日これで何度目だろう。
あまりにも叩かれすぎて、もう誰だか確認する必要なんてなかった。
「あ、あき……」
「何一人でブツクサ言ってんのよ。しっかりしなさいよ」
「そ、そう言われても、もう、無理だよぉ~」
「あとほんの少しだけ耐えなさい。そうすれば、いいことがあるよ、あんたにとって」
「な、何を言ってるの……?」
「そう。じゃあね、――」
「あ、ちょっと」
明が最後の方、なんて言ったか聞き取れなかったから、もう一度きこうとしたが、待ってはくれず、早々と去ってしまった。
いいことって何?
さっきの言葉の意味を考えようとしたが、もうそんな気力すら今の冬にはなかった。
「もう、駄目だ……」
不意に、靴の先が何かに引っかかった。
石だ。大きめの石に引っかかったんだ。
体が倒れる。
もう踏ん張る力なんてどこにもなかった。
体が傾いた瞬間、誰かに肩を掴まれた。
一瞬明かと思ったけど、明はさっき冬の前を行った。
それに、掴んでいる手はかなり大きな手だった。
女の子じゃない。一体、誰だ。
「お、おい。大丈夫か?」
踵を返すと、竹本君が、心配そうな顔をして立っていた。
「えっ、た、竹本君……?」
夢みたいな光景を見て、頭が混乱している。
胸の鼓動が早くなり、体全体に緊張が走る。
それと同時になぜか安心感みたいなのもうまれて、
「あっ…………」
また体が倒れる。
今度は不注意ではなく、疲労のせいで倒れる。
ふと竹本君の足元に視線がいった。
あれ?
なんか、竹本君のジャージの裾が短い気がする……。
肩を掴まれたような感覚とともに、冬の意識はフェードアウトした。