とうとう走らなきゃいけないのか……
それからは週に三回ある体育を二回も抜け出すようになった。
本当は全部抜け出したかった。
けど、バレーボールの実技テストやそれの練習をするために少しは授業を出る必要があった。
言い訳を毎回先生に言うのは辛かった。
咄嗟の嘘は何回もついたことはあるけど、自分の為に自発的に嘘をついたことはあまりなかった。
そのせいか先生に抜け出す理由を伝える時は、心臓がバクバクした。
足をひきずるようにして「足をくじいた」とか、フラフラしながら「体の調子が悪いです」と言って保健室に行くフリをしていた。
……最後の方はもう芝居をするのが面倒になってきて適当にやってしまった。
それがマラソンの時間に響いてしまって後悔している。
においを嗅ぐのは、相変わらず気分が良かった。
竹本君のにおいを嗅いで彼を身近に感じて脈が速くなったり、誰かに見つかったらどうしようということで心臓の音が早くなったりして高揚感があった。
Tシャツ、ワイシャツ、そして制服のズボンと一通りかいでみたが、飽きることはなかった。
こんな日々が続けばいいのにと思っていた。
が今現在、この寒空の下、冬は一人凍えそうに身を震わせている。
(そういえばもうにおいを嗅げないとなってくると、また新しいことを探さなきゃいけないなぁ~)
どうしよう。何も思いつかない。
まあ、考えた末にあれしか出てこなかったんだから、仕方ないか。
それに、今考えても風邪のせいで頭が働かないんだし、そのことを考えるのはいったん止めよう。
ハアと一つ息をついた時、背中をバンと叩かれた。
「こら、あんたまた一人で何やってるのよ?」
明がいつの間にか男子の集団から戻ってきてた。
「別に、なんでもないよ」
「しょんぼりしないの。可愛らしい顔にますます愛おしさが加わるじゃない」
「いきなりどうしたの」
「いや、向こうで冬はかわいいねぇ~って話をしてた」
「ジャージ借りに行くとか言ってなんでそんな話になったの?」
「ああ、そういえばそうだったね」
明はチロリと舌を出した。
いや、別にジャージが欲しかったわけじゃないけど。
「なんか竹本に言ったら、えっ? って顔してオタオタしてた」
「それは、自分の履いているものを他の人に、しかも女の子に貸す男子なんていないでしょ?」
「いやぁ~分かんないよ。もしかしたらあんたを意識していたのかもしれないよ」
「な、な、なんでそうなるの!?」
また不意打ちを喰らってしまった。
動揺していると、
「あら? 意識していたのはあんたの方だったの? そういえば、私が竹本の所へ行くときなんか慌ててたし」
明が意地の悪い笑みを浮かべて冬を見ている。
「べ、別にそんなんじゃないよぉ~」
冬が指をもじもじしていると、笛の音が聞こえてきた。
「はい。全員集まって!」
保坂先生が集合をかけた。
明が切り替えて「行こう」とまた背中を軽く叩いた。
ああ、とうとう始まってしまうのか。
冬にとっては地獄でしかないマラソンの時間だ。