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体温上昇中  作者: つばきくん
7/10

道を踏み外し始めました。

 授業に遅刻するのは嫌だ。

 一時的とはいえ、変な注目を浴びてしまう。

 遅れて参加する生徒を今まで何人も、平然と見てきた。

 が、いざ自分がそっち側の立場になると思うとぞっとする。


 それに、今から行こうと思えば着替えとかで、十分くらいかかってしまう。

 そうなれば保坂先生に怒られるのは目に見えてる。

 

 あからさまな遅刻。言い訳のしようがない。

 この二つのハードルを越えなきゃいけないのか。

 

 別に超える必要はないような気がした。

 

 それに今日は体育館で男女共にバレーボールだったはず。

 まだ十一月とはいえ、ヒンヤリとした空気が広々とした空間に充満している。

 上下ジャージを着ていても、ひとたび冷気が体の中に入り込めば、ぶるっと震えるような感覚が襲ってくる。


 バレーボール自体にも不満がある。

 楽しいけど、あの競技は痛みを伴いすぎる。


 使用するボールはバスケットボールよりも固くも大きくもないとはいえ、柔らかいという訳でも微妙なものだ。

 そんな球が上から落下してくる。腕で受け止める必要があり、それが地味に痛い。

 ジャージの袖がクッションになっているとはいえ、何回も受け止めれば腕がしびれてしまう。


 悪いことばかり考えていたら、このまま体育を休もうかなという気が本格的に出てきた。

 でもこのまま今日七で時間を潰すのはマズイ。

 誰かに見つかったら保坂先生に激しくしかられてしまう。

 

 そうだ。

 保健室で時間を潰そう。

 サボリの古典的手段を使おう。

 あわよくば、このまま早退でもしようかなぁ~。


 廊下に出ようとして、冬は踵を返し歩き始めた。

 ……邪な考えで頭の中がいっぱいになっていたせいか、足元なんて気にしてなかった。


 不意に、床を踏む固い感触が、全く別なものに変わった。

 そう気付いた瞬間、足元が滑り、体が前に倒れそうになった……というかもう倒れる。

 直前、椅子か机を掴んで勢いを殺そうとして左手を伸ばしたが、何か湿ったものを掴んだだけで、そのまま前に倒れてしまった。


「いたたたたぁ~」


 思いっきり肘を床にぶつけちゃった。しかも両腕とも。

 ぶつけたところが熱を帯び始め、痛みが走った。


 右手で左肘を押さえ、左手でも同じことをしようとしたとき、掴んでた無地のTシャツが目に入った。


 これ、誰のだろう?


 男子のものだというのは間違いがない。

 おまけにこんなに湿って……部活動の朝練をして、おそらく汗の処理をし忘れたのだろう。

 もしくは替えのシャツを忘れたか、あるいはその両方か。

 あれ、これ、まさか……。

 

 机の位置を確認した。

 陸上部の人たちがこのクラスに集まるのは、毎回彼の席を中心に集まっている。

 教壇の近く。前の方の席。


「これ、竹本君のだ……」

 左手で持っているシャツを改めてじっと見る。


 まるで一度水に浸したかのように濡れていて、それでいて重い。

 シャツのサイズを確認するとXLとかなり大きい。

 気になったので、においを嗅いでみた。


 ………………正直言って、臭い。

 鼻をツンとつくようなアンモニアみたい――って言い過ぎだとは思うけどとにかく酸っぱい感じがする――なにおい。

 でも顔をしかめる程のにおいではない。


 クンクン。


 また嗅いでみる。

 お世辞にも良いにおいとは言えないのに、妙に癖になる。

 胸が高鳴る。

 心臓の鼓動が早くなる。


 クンクン。


 もう一度だけ、と思って嗅いでみる。

 これが男臭いってものなのかな。

 男性の汗のにおいが好きっていう書き込みを見た時は、ネタだと認識していたが、案外そうでもないかも。


 クン、クン。


 ……なんだか頭がクラクラしてきたなあ。

 いったんやめよう。


 息を一つくと、次第に冷静になってきた。

「なにやってんだろう、私」


 床に倒れてうつ伏せと変わらない体勢だったのに、いつの間にか膝を折りお尻を突き出し、まるで犬が尻尾をを振るように腰を動かしていた。

 こんな姿を他の誰かに見られていたら、間違いなく変態だと思われただろう。

 そう思うと、またやってしまったと思った。

 さっきのトイレの時と同じだ。


「まず、教室のドアを閉めよう」

 手に濡れたシャツを持ったまま、前と後ろ、二つ閉めた。

「どうしようかなぁ……もう保健室に行こうかな?」


 転んだ時に打った部分は、痛みは引いたとはいえしびれていた。

 このままほっといてもいいような気がするが、保健室に行く最低限の理由ができた。

 理由ありでサボるには絶好の機会だ。

 でも、

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ、このまま」


 気が付けば、このにおいにすっかりはまっていた。

 良いにおいではない。

 けどまた嗅いでみたいという魅力があった。

 やっぱり好きな人のにおいだからかな。


「あっ、そうだ」


 これだ。これにすればいい。

 夢中になれるもの。

 余計なことを考えることなく、今この場だけに意識をむけられること。


 人に見つかるかもしれないという緊張とそれをやりきった時の解放感と達成感。

 好きな人のにおいを嗅いで感じる胸の高鳴り、高揚感。

 

 終わった後も、次はどうしようかな、と頭の中をそれだけで満たすことができるはず。


 ……やろう。


 今日のところはこのくらいにしておいて、次の体育からまでに色々と考えておこう。


 授業をサボる言い訳や、抜け出す時間やタイミング、万が一誰かが教室に入ってこようとしたときどうするか、とか――。


 冬はシャツをあった場所に丁寧に置き、肘をおさえながら保健室に向かった。


 


 

 

 

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