ここから体育をサボり始めて、それで……
冬の気持ちが暗くなった。
衝動が湧きおこる。
今までの鬱積を少しでも外に出したくなった。
そしておもわず、
「なんかもう嫌になってきたなあ」
他人に愚痴をこぼすように独り言をつぶやいてしまった。
声は狭い空間の全体に広がっていった。
慌てて口を閉じる。
やってしまった。
心臓の脈が早くなっていき、頭が急激に熱を帯び始めた。
手のひらで顔を覆い、目を閉じる。
どのくらいに人がトイレにいるんだ?
ここに着いた時は個室は全部開いていたか?
手前の方に目もくれずに奥へ行ったからよくわからない。
では音はあったか?
扉を開け閉めする音なんて聞こえなかったし、布が擦り切れるような音もなかったはず。
……というか、これは個室から出て直接確認すればいいことだった。
今は足音が聞こえてこないから大丈夫なはずだ。
鍵を開け、恐る恐る扉を開けた、周りを見渡した。
個室の扉は全部開いていた。
よかった。誰もいない。恥ずかしい思いをせずに済んだ。
扉を閉め、再び鍵を閉めた。
安堵し胸をなでおろした。
緊張感からの解放。
それを冬は味わった。そして気付いた。
気分がスッキリしている。胸の中のモヤモヤがいつの間にかなくなっていた。
ついさっきまで二人の事を考えて、憂鬱になっていたというのに。
それが、思わぬ独り言をつぶやいてから今まで、頭の中は今この場のことだけを考えていた。
「そうだ……」
今度は小さくつぶやいた。
冬は一つの答えを導き出した。
それは、あの二人のこととは全く関係のないことを考え続ければ、そのことで嫌な思いはしない、ということだ。
われながら良いアイディアだと思う。
つまり、何か夢中になれるようなを見つければ、少なくとも精神衛生上の問題は解決できるはず。
でも、何か熱中できるものなんてあるのだろうか。
アニメやラノベ。
二次元に逃げたら、確かに嫌なことを忘れられるかもしれない。
でも、これを究めてしまったら、みんなからひかれるだろうな。
それはよくない。
ただでさえ友達が少ないのに、それを失ったら孤立してしまう。
今度は別の理由でメンタルをやられてしまう。
では、勉強はどうだろうか。
面倒だから、という理由で今まで真面目に取り組まなかったけど、究めてみたら案外楽しいのかもしれない。
しかも、これを頑張れば竹本君と話すきっかけを作れるかもしれない。
落ちこぼれの生徒がいきなりテストで満点をとれば、みんなから注目を浴びるし、彼も話しかけてくれるかもしれない。
そして進○ゼミの漫画みたいに、なんかすんなりいけるかも――。
「って、また竹本君のこと考えてた」
本末転倒。忘れるためにやろうとしていることで、思い出すなんて意味がない。
はあ、とため息をついたところでチャイムが鳴り響いた。
もう次の授業が始まる。
このことは後で考えればいいや。
何か熱中するもの、余計なことを考えずに夢中になれることを探す。
自分の指針になることを見つけられたから良しとしよう。
トイレから出て階段を下りる。
次の授業はなんだっけ、と思い出す。
中々思い出せない。
分かったのは教室に着いたときだった。
男子の制服やワイシャツが机に上に無造作に置かれている。
それで気付いた。
「…………体育でしたかぁ~」
なんだかもう授業をサボりたい気分になった。