カッコいい馬というのも見たかったけど……
冬はその集団から反射的に視線をそらし、また一人体育座りをした。
ああ、またか。またあの二人が一緒にいるところを見たくないと体が拒絶したんだ。
竹本裕樹君。同じクラスメイトの男子生徒。明と同じ陸上部に所属していて、しかもこれまた明と同じ長距離を専門としている。
整った顔立ちはイケメンと言う他なく、さらに高身長で手足が長い。
球技大会のバレーボールで、相手のスパイクを何度も防いでいた姿は、冬の記憶に鮮明に残っている。
髪は高校球児のように短く、よく明が竹本君の頭を「チクチクしてて、なんか癖になるわぁ~」と撫でまわしていた。
……その光景を見るたびに、髪を伸ばしてくれないかな、とぼやいては別の所に目を向けた。
スポーツ万能でおまけに成績も優秀。ベン級は学年で上位10番以内をいつもキープしているらしい。
加えて、誠実さや、ジャークや軽口を言える人当たりのよさあってか、同じ学年の女子からは人気が高い。
既に告白された女子の数は、クラス一つ分の人数に迫る勢いである。
そんな完璧超人だからこそ、冬も一目惚れして、恋心を抱いてしまった。
冬は勉強もスポーツも苦手で、これといった取り柄がない。
だからこそ彼に憧れを抱いて、それが一瞬にして別なものに変わったんだろう。
しかしその気持ちが生まれた瞬間から、明に対する嫉妬が芽生え始めた。
明が放課後の部活で、毎日竹本君と一緒に走っていると想像すると、ドス黒いモヤが心の中を漂い、途中まで一緒に帰っていると聞くと、人気のない公園で叫びたくなるような衝動に駆られた。
そんな風に事あるごとに竹本君と明が絡んでいるところを、見たり、聞いたり、想像したりして黒い感情が溜まっていった。
……一ヵ月くらい前に、こんなことがあった。
いつも通り一人で黙々とお昼ご飯のお弁当を箸でつついていたら、奇妙な言葉が耳に入ってきた。
「ねぇ、竹本。あんた馬になってよ」
それが明の発言だと分かった途端、胸をしめつけられるような感覚が襲いかかってきた。
同時に、あまり聞きなれない単語も飛んできたので、思わず箸で持っていたからあげをぽろっと落としてしまった。
幸い弁当の中に落ちてくれたので、ダメにはならなかった。
冬が顔を上げると、教壇の近くで明と竹本君、そして男子生徒が数名いた。
「な、なんでだよ?」
竹本君が慌てたような口調であたふたしていた。そりゃそうだ。
突然「馬になれ」って言われたら、疑問が湧くのは当然のことだ。
「昨日罰ゲームをかけた3000メートルで私に負けたよな? そのときの罰ゲームの内容を今まで考えてたんだ。それで、これが思いついたのよ」
二人の周りにいる男子生徒をよく見ると、陸上部の人たちだった。
「何で出てきた結論が、馬になれ、なんだ?」
「それは、ごちゃごちゃと考えてた中で生まれたからよく分からないよ」
「せめて別なのにしてくれないか?」
「じゃあ、椅子になって」
「それ、同じだろ」
「四つん這い」
「…………」
竹本君はただただ苦笑していた。
「もうこれしか思い浮かばなかったんだから、あんたは甘んじて受けなさいよ! 罰ゲームってそんなものでじょ?」
「う~ん……でもなあ……」
竹本君は困ってはいるが、嫌そうな感じはしていなかった。
周りの陸上部の男子が「別にいいじゃんかよ」「女の子の、しかも伊藤さんのお尻の感触を楽しめるんだからよ」と囃し立てていた。
冬はこの発言を聞いて今更ながら気付いた。
(あれ? このままだと私、明と竹本君が身体的接触をする場面を見ることになるのかな?)
今までのやり取りとは何か雰囲気が違うような感じがして、あまり見たくないなと思いながらも、この光景を見届けていた。
でもこのままだと竹本君が明に屈服している姿を見るだけではなく、お互いにそういうことを許しているところを眺めることになるんじゃ……。
冬は食べかけのお弁当をしまい、席を立ち急いで廊下に出た。
抜け出す途中で机にぶつかって、大きな音をたててしまい周りにいた人達の注目を集めたけど、明や竹本君もこちらを見ていたのか……そんなことを気にする余裕はなかった。