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俺の幼馴染

作者: 沙呉

初の投稿となります。というか、はじめて恋愛もの書きました。

 名前、木下龍一(きのしたりゅういち)。歳、中二。成績、身長、顔、中の上。

 そんな俺の話。


 

 俺の幼馴染


 

 秋である。制服は冬服へ変わり、行事が目白押しになる季節がやってきた。ジャケットのボタンをキチンと締めるのが面倒だ。

「なあ、龍一っておい、聞いてんのか?」

「ん? あーごめん何?」

「ったくだから――」

 文化祭、体育祭、合唱祭、それぞれ得意なやつがみんなを引っ張って、それなりの結果を出して。クラスの絆が深まったり、逆に険悪になったり。所詮青春というのをやるのだ。

 役に立つやつは重宝されるし、目立つ。逆の奴は不遇だ。

「もう閉門近いから作業終わりってさ」

 今は文化祭の準備中。まだ二週間後だというのに、放課後に居残って作業をしていた。

「柴山サンが?」

「うんにゃ竹ちゃんが。あいつならギリギリまでやらせんだろ」

「そうだな。竹ちゃんに感謝だぜほんと」

 柴山サンとは、文化祭の実行委員をやっている柴山奈々のことだ。少々を熱を入れ過ぎている感が一部から快く思われていない。

 今日も遅くまで帰してくれなかった。

 で、そこを助けてくれたのが竹ちゃん。竹村よしき二十七歳独身、一人暮らし、うちの担任。大半の生徒に人気のいい先生。

「じゃあ俺山口と帰るからお先に」

「おーリア充め、仲良く手ぇ繋いで帰りやがれ」

「うっせえ! じゃあな」

「おう」

 さて、俺も帰ろう。ふと時計を見ると時刻は五時五十分。周りはもう帰り支度を終えて教室を出ていくばかりだ。

 やばい作業に没頭してて出遅れた。

「最後のやつ、木下! かぎ閉めとけよ!」

 戸締りを押し付けられた。不覚。

 せっかく竹ちゃんが早めに終わらせてくれたのに、学校を出たのは遅くになってしまった。すでに夕日が眩しい時間だ。

 考え事をしながら何かするってのには気をつけなきゃなあ、とぼんやり思いながら家路につく。

 この時点で思考と歩行を同時にしているのには気づいていない。

 今日のことにしても、朝から「ぼんやりしてるけど大丈夫?」とか言われていたし。まあ、疲れているからだろう。主に文化祭で。あと新しく増やした習いごとのせいもある。

 文化祭。

 中学生だし、部活発表はともかくクラス発表では食品を扱ったりお金を取ったりはできない。というか、なぜだが「文化的発表」とやらを要求されるので、適当にテーマを決めてそれについてのレポートと体験型ゲームというのが通例だ。

 そして来場者(親と他校の知り合い)による贔屓ありまくりの投票で学年ごとに賞がある。

 そして中学生ですから? アツくなるわけですよ。そしてどういうわけか俺は「一位取るぞー!」「おー!!」みたいな空気にノリそびれてしまった。これはつらい。クラスメイトについて行けない。

「はあ~」

 ため息をつくと幸せが逃げるんだっけ? リア充の佐藤は幸せそうに見えるが、ため息はつかないのだろうか。いや、ついていた。というか世には幸せそうなため息、というのもあるだろうに。その幸せなため息によって幸せが逃げる。うん、むなしい。

 と、思考を遊ばせる。しょうもないこと限りなし。

 あっちへふらふらこっちへふらふらと、漂う思考はふっと脳裏に言葉を浮かばせる。

(死にたい……おっとっと)

 深刻な調子の言葉ではない。あーもー死にてー、みたいなノリだ。特に自殺とかは全然考えてない。ただフラッシュのように一瞬心に浮かんでは内心びっくりして、今日は早く寝よう、と思うだけだ。

 そうなるのは数か月に一回、自分ではそんなでもないのだけれど多分疲れているときに。思春期ってのは難儀なものだなあと思う。違うか。

 テストとか勉強とか将来のこととか、漠然と不安な気持ちになって。すうっと胸を冷たい風が通り抜けていくような気分になる。どうしようもないと割り切って、とりあえず目の前の宿題を片付けようと切り替えるのが常だけど。

 そんな感じでテンションがだだ下がったところで家に着いた。

「ただいまー」

 ……。

 三点リーダが迎えてくれた。親はまだ帰ってきていないようだ。

 特に変わったところのないうちの家。俺が生まれたときに建てた、二階建ての一軒家。疲れた体を引きずって、自分の部屋のある二階へ行く。どさりと荷物を置こうとして、だいぶ散らかっているなあ、と思った。

 着替えてからリビングに行くと、机にメモを見つけた。手に取って目を通す。


龍ちゃんへ

 ママが福引でフレンチのディナー券(二人)当てちゃったのでパパと一緒に行ってきます。

 ご飯は文香ちゃんちにお願いしときました。

 小学生じゃないんだから分かると思うけど、きちんと勉強しておいてねハート

ママより


「デートかよ!」

 思わず突っ込む。

 いや、別に夫婦円満なのはいいことですけど。ぎすぎすした両親とかいやですけども。

 いい年してこんならぶらぶ(ひらがなであってる)って……

「永遠に爆発しておけ。

 つーか夕飯文香のとこかよ。遅くなっちまったじゃねえか」

 文香、宮野文香(みやのふみか)は俺の隣の家の住人で同い年の幼馴染。家族ぐるみのお付き合いをしている。あいつは……とにかく濃いキャラをしている女子、女子と認めたくないが、女子だ。


 ピィーーンポォン

 

 とそこでやたら歪んだ玄関のチャイムが鳴った。こんな変な押し方をするのはあいつだけだ。こちらの返事も待たずにガチャリと扉が開く。

「ようっす、生きてるかい龍ー?」

「おー割と死んでるぜー」

 案の定文香だった。

「割と死んでるってなんだよ」

「いや学校でさ、色々あって。あとで話聞いてくんね」

「お安い御用だぜ龍一くん。文香さんになんでも愚痴りなさい。全部聞き流してあげよう」

「おい」

「冗談冗談。おばさんのメモ見た? 今日うちでご飯」

「ああ知ってる。今行こうと思ってた」

 いつものように茶番をしながら隣の文香の家に行く。

 小学生のころは今よりもっと頻繁に行き来していて、一緒に遊んでいた。勝手知ったる他人の家というやつだ。聞き覚えがない言葉だから、きっと俺の愉快な脳みそが生み出した造語だろう。 夕飯はカレーだった。

「あらあ龍くんいらっしゃい。遅いからって心配して文香に見に行かせたんだけど」

「すいません。学校が終わるのが遅くなってしまって」

 文香のお母さん、京香さんは人のいいおばさんだ。料理はうまいし裁縫もうまい、全体的にふっくらした印象のザ・お母さんて感じ。

「そういえば、今日って月食じゃなかったかしら? ご飯食べ終わったら、ベランダに上がって見てみる?」

「そういえばそうだ。一緒に見に行かない、龍?」

「うん……」

 俺は今京香さんの激ウマカレーを食べるのに必死なのだ。生返事になるが許せ。

 文香の家のベランダは、屋根の上に据え付けてあって、外付けの階段で上って行く。空を見るのには最適と言わないまでも部屋の中から見るよりずっとよく見える。

 月食か。そういえばこの前新聞のレポートで云年振りだとか書いてあったな。ていうかそのレポートやったの二週間前だ。時がたつのは早いなー。

 じゃなくて。

 なんだかこの二週間の記憶があいまいだ。あっという間に過ぎていったように感じる。

「龍? 大丈夫?」

「あー、ぼうっとしてた。で、月食? 見に行くの?」

「せっかくだし。久しぶりにおしゃべりしたいじゃん?」

「おっけ。もうちょいで食べ終わる」


 十月にもなると夜は寒い。俺たちはしっかり着込んで家のベランダに来ていた。

「風が寒いわ。厚着してきてよかった」

「そうだな。おお、月欠けてる」

「ただの欠けた月にしか見えねえけど、見てて分かるくらい早く変わってくらしいぜ」

「文香そのしゃべり方どうにかなんないの?」

 文香は、小学生のころから男子みたいな口調でしゃべるようになった。親にやめろと言われて、中学に入ってからはやめたはずだが、俺の前だと元に戻る。

「いいんだよ。ささやかな反抗ってやつさ。パツキンギャルにならなかっただけマシと思えよ」

「俺の知ってる反抗期と違うわ」

 そよりと吹いてきた風が頬にあたって気持ちいい。二人して月を見上げつつ静かに言葉を交わす。

 たぶん。

 中学二年にもなって同い年の女子とこんな風に話すってのは珍しいと思う。ただ俺にとって文香は文香で、なんだか他の女子とは違う関係なのだ。よく相談もするし、馬鹿な話も真剣な話もする。今回はマジなやつだ。

「なんかさあ……」

「うん? なあに?」

「最近うまくいってない。周りと歯車が合ってない。クラスの空気にノれてない。前は気にならなかった空気読むとか、すごく気になってきて嫌だ」

 一息に言う。こいつは俺の言うことを笑ったりはしないけど、なんか恥ずかしい。

「ふうん。

とりあえずお前さあ、すげー顔やつれてるぜ」

「……マジで?」

「うん。隈できてるし、顔色悪い。何? そんな忙しいわけ?」

 全然気づかなかった。疲れてるとは思ったけど。

「なんか、文化祭の準備とか、ドイツ語とか」

「新しく始めたって言ってた?」

「うん。ドイツ留学してみたくて。

 前にさ、義肢装具士って面白い仕事があるって言ったじゃん。その技術の最先端はドイツなんだって。まだ目指すって決まったわけじゃねえけど、専門学校ならそんなに難しくないし、なれるかもって」

 義肢装具士とは、簡単に言えば義足とかの義肢、コルセットとかの装具の二種類の医療機器を作る仕事だ。国家資格で、このご時世に就職率百パーというすごい職だ。ちょっと前に見たテレビ番組で義足の格好よさに一目ぼれした。

「へえ、いいじゃんドイツ。遊びにいくぜ。

 いいよなあ龍は。夢があって」

「お前はねえの?」

「探し中ってとこかな」

 文香が少しうつむく。おっと墓穴を掘ったか。文香は、聞き上手とか的確なアドバイスが出来るわけじゃない。俺だから、話をしてくれるだけだ。もちろん自分も相談とかは苦手だ。自分で言うのもなんだが、中学生のガキ二人が悶々と考えたところで、出る策はたかがしれている。それでも話さずにはいられないんだけど。

「あ、だいぶ欠けてきてる。もうすぐ完全に隠れるんじゃね?」

「ほんとだ」

 俺たちは、それほど高くないベランダの柵にもたれかかって月を見上げた。じいっと見ていると首が痛くなってきたので、コキコキと首を回す。

 ふっと下を見て、ここから落ちたら大怪我か下手したら死ぬな、と思った。

「うっ」

 瞬間ぐらっと視界が揺れた。まるで地震が来たかのようだ。身体のバランスが崩れる。

「あ――」

 なんだか景色がスローモーションで見える。金属の冷たさを感じる柵から離れる手。転ぶときのような地面が迫る感覚。ちらりと映った赤い月。

 ふわっと足が浮きそうになったところで、ガクンと後ろに引っ張られた。

「龍!」

 目を見開いた文香が、俺の手首を痛いくらいに握っていた。

「あっぶな! びっくりして心臓止まるかと思ったわ」

「ごめん、なんかめまいがして」

「気をつけろよ。ここの柵そんな高くないんだし」

「ああ」

 柵から十分に距離を取って、ベランダに膝を抱えて二人で座った。

 しばらく、無言が続く。

 月は、まだ赤い。

「月が、綺麗だな」

 文香が言った。

「そうだな。俺死んでもいいかもしんね」

「死ぬのはやめておけ。未来ある若者だろうが」

「未来あるって、なれないものはなれないのにな」

「消極的だな。夢に向かってドイツ語までやってるやつが」

「手が届く夢は夢じゃない。目標、達成することができる目標だ」

「かっこよさげに言っておいて、忙しさにつぶれてんじゃん」

「うっせ。自重するわ。つーか――」

「ねえ」

 流れるようなやり取りを、文香が遮る。

「ドイツ語でなんか言ってみてよ」

「いきなりだな。俺まだ曜日と数字とアイラブユーくらいしか言えないぞ」

「じゃあそれで」

 それ、とは聞かなくても分かれというのだろう。

「……Ich liebe dich」

 

 翌日、二人して風邪引いて親に怒られた。


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