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DORAGON創世記譚 邪黒の剣

作者: 陸王壱式

 その年、ある時期(とき)、この世に生きる全ての者が、奇妙な体験をした。

 夢を見たのだ。

 夢は、一つとして同じものは無いようにみえた。

 けれど、何の関連も、脈絡さえないように思えた全ての夢は、絶望と救済が共通項としてあった。そして、目覚めると、胸には何とも言えぬ幸福感と期待が宿った。

 夢は日を分けて、皆一様に三度ほど見、最後には神託が下された。

 不遇の時は去り、浄化と調和が施され、新たな世界の幕が開く、と。

 人々は歓喜し、平和と豊穣を約束した(セレニア)を讃えた。信仰心の篤い者は一層祈りを重ね、無神論者も(セレニア)に縋った。

 しかし、思うほど、神とは慈悲深いモノではない。それを知る極少数の者達だけが、夢の真意に気付いていた。

 これは、この世界――天上の大樹の内に生きる万物に向けられた神からの挑戦であり、宣戦布告なのだ。



 序章


 レスナード大陸北部を統べる国・クルカティス。その国の最北端に、セレニア教信者が集う聖地、レ・スタが在り、聖地を守護するが如く、永久凍土の山脈テオが鎮座していた。

 テオ山脈の南方の裾野には、フェロールの森と名付けられた、広大な森林地帯が広がっていた。

 樹々は枯れて散り、幹の隙間を縫うように吹く夜の風は凍てつく冷気を纏い、極寒の冬が間近に迫っていることを告げていた。

 雪の便りが届けば、この一帯は瞬く間に銀世界へと様相を改め、あらゆる者を寄せ付けぬ閉ざされた地へと変貌を遂げる。

 二年余り前、神託の夢が人々に去来した、あの頃に遡れば、僅かではあったが、それでも人の往来はあった。

 しかし、何の変化ももたらさぬまま月日が過ぎ、関心が薄れた昨今では、敬虔なるセレニア教信者が巡礼を終え、帰途につくばかりになった。

 それも、数日前、最後の一人が聖地を去り、森を南下して、一帯は暫しの間、無人となる筈だった。

 けれど、その森を駆ける人影があった。

 緩やかな斜面を上っては下り、出鱈目に走る人影の正体は、齢が十になるかどうかの少年だった。

 凍える夜を渡るには無謀とも云える程、粗末な恰好をしており、靴さえ履いていなかった。手足は泥で汚れ、剥き出しの肌には幾つもの裂傷があった。その傷口は、塞がっているものがあれば、鮮血が滲んでいるものもある。左の瞼など、転んだくらいでは出来ぬ程、痛々しく腫れ上がっていた。

 少年は振り返り、激しく肩を上下させながら背後を見た。樹々の合間に、ちらちらと松明の灯りが見え隠れし、何かを探している様子が双眸に映る。少年は、大きく息を吐き、流れる汗にも構わず、疲れ切った身体に鞭を打って地を蹴った。

 脚が鉛のように重い。心臓は破れるのではないかと思うほど激しく収縮し、関節の節々も異様に痛む。目はかすみ、何処に向かっているのか方角さえ掴めない。空腹で、時折 意識が遠のきかけることもあった。

 それでも、尚、少年は走るのをやめなかった。

 ―――生きて。

 そう告げて亡くなった母の願いが、辛うじて少年の気力を支えていたのだ。

 少年は貪るように息を吸い込み、斜面を上り始めた。が、その時、夜露を含んだ樹の根に蔓延る苔に足を取られ、小さな悲鳴と共に、どっと倒れ込んだ。幸い、降り積もった落葉のお蔭で、擦り傷はできたものの、全身に刻まれた虐待の証に比べれば痛みなど苦になることはなかった。少年は腕に力を籠め、すぐさま立ち上がろうとした。

 けれど、細く痩せた腕はガクガクと震え、なかなか起き上がることが出来ない。

「居たぞ! あの木の陰だ!」

 不意に聞こえた声に、少年は舌打ちし、再び気力を振り絞った。

「……見つけた。」

 やっとの思いで上体を起こした瞬間、すぐ近くから届いた、呟くような低く重い声に、少年はギクリとなった。鼓動が早鐘を打ち、全身から血の気が引いた。

 いつの間に、という思いと共に、あの母の死に様が脳裏をよぎった。惨い暴行を受け、生きたまま火あぶりにされて絶命した、あの光景。

 少年は震えながら、声がした方へ、首を巡らせようとした。 

 それよりも早く動いたのは、声の主の方だった。

 声の主は少年の眼前に片膝を付き、月明かりだけを頼りに、少年の顔にそっと触れた。

「酷い傷だな。あいつらにやられたのか?」

 少年は怯えながらも、声の主を見た。逆光の中に居て、表情は掴めないが、明らかに奴らとは雰囲気が異なる。長身で逞しく、声音には優しさが感じられた。ロングローブの裾は傷んで綻び、置かれた荷物の大きさや漂う体臭から、かなり長い旅をしていただろう事が窺い知れた。

「俺の名は、ハシュレイ・カートナーと言う。国主の密命を受け、保護する為、お前を捜していた。……お前の名は?」

 異臭に耐え切れず、手の甲で鼻腔を覆った少年は、事態の急変に戸惑いつつも、おずおずと応えた。

「……ディ…レイ。……ディレイ・ハーディン。」

「そうか。それでは、ディレイ。いきなり、初対面の者に信じろと言われても無理な話だろうが、ここは素直に俺を信じろ。俺は、お前に危害を加えたりはしない。絶対に。」

 ハシュレイと名乗った男はローブを外すと、それでディレイを包み、樹の幹に凭れさせた。そして、背後に一瞥を送る。

「……どうして…僕を?」

 ディレイを追う一行が迫り、ハシュレイの肩越しに松明の灯りが先刻より集まっているのが見える。

「話は後だ。このまま去るのは容易いが……、お前をここまで傷付けた輩共に、身の程をわきまえさせん訳にはいかんよな。」

 待っていろと告げて、すっくと立ち上がった彼の手に、腰から外した長剣が握られる。

 それを見て、ディレイは思わず、彼のズボンの裾に手を伸ばし、掴んだ。

「どうした? ディレイ。」

「……行けば、……殺される。」

「俺の身を気遣ってくれるのか? ありがとう、ディレイ。でも、安心しろ、俺は強い。少なくとも、奴らよりは、な。」

 傲慢ともとれる一言をぬけぬけと言い放つ彼の態度に、ディレイは呆気にとられた。

 ハシュレイはそんなディレイの手を取り、ローブの中へ押し戻すと、開いた襟元を掻き合わせた。そして、情けないほど不安気な様子を見せるディレイの頭を軽く撫で、ゆっくりと再び立ち上がる。

 そろりと見上げたディレイの青い双眸に、逆光の中で峻霊の如く聳える彼の背が映る。それを見て、ディレイは思わず息を呑んだ。広く大きな背は絶対の自信を掲げ、まるで伝説に語られる勇猛な戦士のようであった。

「……父さん…。」

 ディレイには父親という者の記憶がない。母からは流行り病でなくなったと聞かされている。以来、祖母と母とに育てられてきたのだが、もし、父がいきていたのなら、その背は彼のように雄々しく、頼もしいものなのだろうか。

「……ねぇ……。」

「うん?」

 そして、そんな背を持つ父であったなら……、否、もっと早くにハシュレイと出会えていたなら、彼は、祖母や母も救ってくれたのだろうか。そう思うと、ディレイの頬に、ずっと堪えていた涙が伝った。

「ハシュレイさんが…、本当に…強いと云うなら…、あいつらを……あいつらを懲らしめてやって。」

 ディレイは両手に拳を握り、嗚咽を漏らした。祖母の無念を晴らし、母の悲しみを思い知らしてやりたい。ふと、胸の内にどす黒い感情が芽生えた。それが鎌首をもたげ、残虐な願いを紡がせようとする。

 けれど、生きてと切望した母の、誰も怨んではならないという教訓が、少年を律した。

「でも………、命までは………、」

 本当は……、本当は、最も残虐な方法で殺してやりたい。自らが受けた拷問の全てを、祖母や母が受けた凄惨な死を味あわせてやりたい! 母の心を宿したディレイは、噴出しそうになる激しい負の感情を抱き込むように身体を丸め、血が滲むほど強く唇を噛みしめた。

 ハシュレイはディレイを一瞥し、少年の想いの全てを受け止めた。ローブの中で、痩せた小さな身体を更に小さくし、怒りと悲しみに打ち震えながらも、殺さないでと言った少年の悔しさと遣る瀬無さは幾何のものだろう。

 伏せていたハシュレイの双眸がゆっくりと開かれ、長剣を握った手に力が込められた。

「……承知した。」

 怒気に火が付いた瞬間だった。

 松明の灯りは数を増し、距離も縮まっていた。ハシュレイは、その一つ一つに、ぞっとするほどの冷たく鋭い視線を送った。そして、取り囲もうと集う一団に向かって、踏みしめるようにゆっくりと歩き始めた。

「何者だ! そいつを渡せ! それは異教徒の子だ!」

「……異教徒、だと!?」

 松明を振りかざし、一人の男が数人の仲間に向かって指示を出した。一行は二手に分かれ、一方がディレイの元へと動いた。

「それが貴様らの虐待を正当化する理由か!」

 怒りに戦慄(わなな)きながら、ハシュレイは柄に手をかけた。

「……許さん!!」

 ハシュレイは抜く気のなかった剣をすらりと鞘から放ち、月光の下に刀身を晒した。

 それは、闇の深淵を切り取ったかのように、墨よりも深い漆黒の色をしていた。ほのかに青い燐光を放ち、柄尻に埋め込まれた小さな蒼玉が、青い焔の如くゆらりと輝く。

 ―――邪黒の剣。美しくあり、禍々しくもある長剣(ロングソード)は、そう呼ばれていた。幾多の戦場を渡り、数多の血を吸ったロングソードである。

この続きは、連載形式に移行いたします。(Nコード:N6521BQ)

ご興味をお持ちになられた方は、どうぞ よろしくお願い致します。

また、ご意見・ご感想もお待ちしております。

(初投稿ですので、お手柔らかにお願い致します。(汗))

少しでも、皆様に楽しんでいただけるよう、がんばりますので、何卒、よろしくお願い致します。    陸王一式


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