07 先生だって、悩むんですよーって話
主人公咲笑ちゃんの担任の杉谷優弥先生視点の話です。
先生の不機嫌の理由と、出会いの話です。
「楠木先生が来て思ったけど、杉谷先生って顔だけだよねー」
正直見覚えのない生徒で、授業を持ったことも話した記憶さえない。
なにを根拠にそんなことを言うのか問いただしたい気持ちを抑える。
「だってねー、楠木先生!英語はもちろん、フランス語もドイツ語も、スペイン語もだいたいなら話せるらしいの!ママが言ってたの。すごいよねー。楠木先生は顔もいいけど、他もすごいのよ」
自分のことでもないのに自慢気に話す彼女。
彼女の母親は学園関係者なのだろうか?
話されている友人の方は黙っている。
そんな彼女には注意する気さえ起きなくて、俺はそのまま、その場を後にした。
気にしないと思いながら、気にしてしまう。
顔は…まあ、昔から女ウケする方ではあったが…俺の取り柄は顔だけか?顔だけなのか?!
落ち込みながら教室に戻ると、教室の中では楠木先生の話題ばかり聞こえてくる。
仕方ないのは分かる。
新任の顔の整った教師の初授業の後なのだから。
それでもイライラしてしまう。
さっきの女生徒が自分と比べながら話していたからだろう。
楠木先生はなにも関係ないのに…
落ち着け、落ち着け。
と自分に言い聞かせ深呼吸。
ーキーンコーンカーンコーン
鐘がなったのに関わらず、1つ埋まらない席がある。
坂田咲笑。
彼女とは去年からの付き合いだ。
そもそも、最初の話したのは去年の体育祭だ。
「君!なにしている?」
体育祭実行委員でもないはずの女生徒がライン引きをしていたのだ。
よっぽど集中していたのか、ワンテンポ遅れて返事が返ってくる。
「ライン引きです」
「君は、体育祭実行委員じゃないだろ?」
「友達の代理です」
「そんな話は聞いてない」
俺の言葉を聞いて少し驚いている様子の女生徒。
「一応、体育祭実行委員長さんに報告に言ったら人が足りてない、というのでお手伝いです。でも、先生のとこまで報告がいってなかったのはすいません」
謝る彼女。
「いや、大丈夫。でも、君は、観戦しなくていいのか?」
と、この礼儀正しい生徒に聞く。
「はい。委員長さんも忙しそうでしたし。イケメンの先生とも話せたので」
と笑いながら女生徒は言った。
可愛い笑顔だな、なんて不覚にも思いながら。
それからしばらく俺も彼女の隣にいて雑談をした。
俺の高校時代の体育祭の話をしたときが1番楽しそうに聞いていた気がする。
(この時、咲笑は杉谷先生が応援団をしたという話を聞いて先生の学ランを妄想して楽しんでただけ)
話している途中、前から腰の折れたご老人が歩いて来るのが見えた。
そのご老人に向かって彼女は元気よく手を振った。
ご老人は、化学の担当の山下先生だ。
「山下先生!!」
彼女の笑顔はさっきより幼く見える。
「仕事か?頑張れ、頑張れ」
と、山下先生は彼女の肩を叩いた。彼女はまた幼い笑顔で笑った。
俺も山下先生に会釈をする。優しそうな笑顔で、
「杉谷先生もお疲れ様です」
「ありがとうございます。でも、楽しんますよ」
と答えておく。
「若いというのはいいなー」
と言って、「じいさんにはこの日差しはつらいんじゃよ」と言って山下先生は校舎の方に歩いていってしまった。
彼女の方を見るとさっきの笑顔は消えていた。
俺にも山下先生に向けたような笑顔を見せて欲しい、なんて、自分でもよく分からないけど、そう思った。
そして、事件は体育祭後に起こった。
俺と彼女の近くに置いてあったライン引きの粉がバラまかれいたのだ。
体育祭の責任者である体育科主任の灰田先生は近くにいた彼女を呼んだ。
「坂田!この粉がバラまかれていたんた。お前じゃないのか?」
灰田先生の言葉で、彼女の名前を知る。
口調から坂田と、呼ばれた彼女を疑っている。
でも、彼女は俺とずっと一緒にいたのだから、やっていないのは証明できる。
体育祭の実行委員や、その他の生徒も集まってきた。
彼女はこの事態の中で無表情だった。
困惑した表情を見せない。
「私じゃ、ありません」
彼女ははっきり言ったが、周りの疑いの目は晴れない。
「すいません。それ、俺がさっき倒して、片付け忘れてました」
俺はなるべく多くの人に聞かせるように言った。
彼女からの視線を感じる。
「まったく、あなたは。早く片付けなさい」
灰田先生は怒りながら、言った。
「はーい。でもその前に、坂田さんに謝ってください」
俺は、灰田先生に言った。
灰田先生は驚きながらも
「すまんなー、坂田」
と言った。
「でも、そもそもあなたが、はやく片付けていればこんな大事には…」
とすぐに声は俺の方に飛ぶ。
「すいません。坂田さんもごめんな」
周りの目があるので、彼女にも謝った。
彼女は俺がやったわけじゃないのを、知っているので首をふる。
「みんな、騒がせてすまない。作業に戻ってくれー」
と俺が手をパンと1回大きく叩くと、人が散り散りになっていった。
残ったのは、俺と彼女、坂田だった。
「ありがとう、先生」
彼女は粉を箒で集めながら言った。
手伝ってくれるようだ。
俺も粉をかき集める。
「先生だからな」
冗談めかして言うと、山下先生に見せたような笑顔になった。
曇った視界の中で彼女の顔がはっきりと見えるのが、不思議だ。
可愛い。
いやいや、これは生徒。
「俺こそ悪かったな。うまく守れなかった」
もっといい方法があったかもしれない。
それこそ、彼女が疑われる前に気付いておけば…
「いえいえ、十分守られました。それにこんなに良い先生がいるって知ることができたので、むしろ得した気分です」
彼女は言った。笑った。幼い笑顔で。
そして、俺は、さっきより強く思った。
もっと、俺にその笑顔を見せて欲しいと。
「名前…」
気づけばそう言っていた。
それを聞き取った彼女は
「そういえば、名乗ってませんでしたね。でも、さっき名字は灰田先生が呼んでたましたよね」
「名字じゃなくて、名前も教えてくれ」
「さえ。花が咲くのさに、笑うのえ、で咲笑です」
坂田咲笑。
それが、坂田咲笑との初めて話したときの出来事。
思った以上に長くなったので、2つに区切らしてください(・_・;)