56 大好きなひとって話
それから、ライブ出演の機会が増えていった。
そしてライブのたびにその女の人を見るようになった。必ずりーくんと一緒にいる。
さりげなく、共演者の人に聞いて集めた情報によると、るりかという名前で活動している歌友会員で、23歳、りーくんと同い年だ。
噂によると最近仕事を辞めたらしく、ライブ出演を活発にしているらしい。
意志が強そうな綺麗な女の人だ。
りーくんと女の人を見ていると、嫌な気持ちになる。
イライラ、むかむかで不安定な感じ。
夜ごはんを食べ終わってから、ちょうどリビングにりーくんと二人になった。
「今度のライブは来ないで」
そう言ってみた。
ちょっと乱暴な言い方になってしまったが、とにかく自分の暴れまわる気持ちを抑えるのに必死だった。
「行く」
なのにりーくんはそう言った。
「やだ。来ないで」
「なんで」
りーくんは怒った顔でそう言った。
怒らなくてもいいじゃん。
「嫌だから、来ないで」
「理由になってない。行く」
先生が叱るようにそう言って、自分の部屋に戻ってしまった。
なんでなんて聞かれたって答えられないよ。
りーくんがるりかさんといるのを見るのが嫌。
嫌なものは嫌だから、仕方ないじゃん。
りーくんは言葉通り次のライブに来た。
ライブの後、スタッフさんや、共演者さんへの挨拶を終え、観に来てくれていた兄を待つために人がいなくなったロビーにいると、るりかさんがりーくんの腕をひきながら声をかけてきた。
るりかさん、今度のライブでこの場所を使うみたいだから、見て回っていたのかな。
そんなことが分かるくらいにはるりかさんのことを調べまわってしまった自分が恥ずかしい。
「こんばんは」
そう綺麗に微笑んだるりかさんは大人の女って気がして、居心地が悪い。
「こんばんは」
私もそう返した。
「おい、りか!」
りーくんの焦ったような声が聞こえる。
るりかさんのこと、「りか」って呼んだ。
「りか」が本名なのかな。
特別な関係性が見えた気がした。
「私、るりかって言います。いつもライブ観ていて、かわいいなって思ってたんだけど、この人がうるさいから声かけられなかったの」
るりかさんは困ったようにりーくんを見て、溜息をつきながらそう言った。
りーくんを自分のものみたいな言い方をしているのが気に入らなかった。
「のぞみです。ありがとうございます」
私はそう言って笑った。
それからなるべく明るい声で言った。
「るりかさんってりーくんと仲良しですよね」
私がそう言うと、りーくんはるりかさん手を無理やり引きはがした。
「そうね。仲良し?かなー。んー、恋人だったの。元彼」
なるほど、と納得する気持ちと嫌な気持ち。
りーくんを当たり前に独占しているのがむかつく。
醜い感情。
なんだ、私、嫉妬してたのか。
「こいつに聞かせる話じゃないだろ」
りーくんが不快そうに言った。
なにそれ。お子様にはまだ早いってか。
ずっと溜まっていたいらいらがせりあがってくるのを感じた。
「なにそれ、むかつく」
私は思いっきりりーくんの腕を自分のもとに引き寄せた。
二人で完結している話だからお前には関係ないってことだよね。
「りーくんは私の!」
声に出して、そう言った。
誰に対してではないけど、そう言った。
「りーくん、好き」
私はそう言った。
言ってしまった。
驚いた顔のりーくん。
変な顔。
「ちょ、ちょっと待て」
慌てだしたりーくんは私の手を掴むとドアに向かい歩きだした。
「やっぱり、そーいうことね」
るりかさんの楽し気な声が聞こえた。
暗い道を歩き、駐車場に向かい、車に乗る。
今日、りーくんと兄はりーくんの車で来たようだ。
りーくんは運転席で、ハンドルに突っ伏している。
街灯だけの暗い車内で私は茫然とりーくんを眺めた。
失敗したな。
まぬけ過ぎる光景になんだか笑えてきた。
「ふふ」
私が声を漏らすと、りーくんは顔を上げた。
「なに笑ってんだよ」
怖い顔のりーくん。
それすらも面白い。
「お前、まさかさっきの冗談か?」
声を低くして、りーくんは言った。
「あーあ、馬鹿だなー。冗談なわけないじゃん。にぶちん!」
「好きだよ。りーくん。大好き」
私がまっすぐ見つめて言えば、りーくんはまたハンドルとごっつんこし始めた。
「ちょっと待って」
りーくんはうーんとうなりながら何か考えているようだ。
そして、意を決したように顔を上げて、言った。
「あと二年待って」
と。
「私が高校生だから?」
「そう。俺はお前が感じている以上にお前が大切なんだよ」」
りーくんは頷いた。
私はもうあんな風に嫉妬したくない。
「やだ。二年なんて長すぎる。その間にりーくんがとられちゃうかもしれない。そんなの嫌だ」
「馬鹿言え。心配なのは、俺じゃなくてお前だよ。いつ彼氏ができたとか、好きな人ができたって言われるか毎日ハラハラしてんだよ」
「そんなことないし!りーくんなんてイケメンだし!優しいし!りーくんの方が心配だもん」
「…俺は一途だよ」
りーくんの瞳が私に向けられる。
その目にどきどきした。
「ずるい。返事もしてくれないのに。そんな目で見ないでよ」
さっきの言葉でりーくんの気持ちが分からないほど鈍くない。
でも明確な言葉をくれないのはつまらないから、そんなこと言ってしまう。
「あーもー」
りーくんは何かを振り払うように言った。
「俺の負け。完敗だ」
「…好きだよ、咲笑」
心臓が大きく跳ねたのを感じた。
全身が熱い。
恥ずかしいけど、嬉しい。
「やっぱり、ずるい。そんなこと言われたら、何にも言えないじゃん」
もういいや。
うん。
私は大きく息を吸い込んだ。
「二年待つ。りーくんを信じる。だからずっと一緒にいよ」
「当たり前」
りーくんは涼し気にそう答えた。
そこは「お前を離さない」くらい言ってくれてもいいのに。
妙に余裕ぶってて面白くないかも。
あ、いいこと思いついた。
「りーくん、ちょっと耳かして」
「うん?」
座席から体を乗り出して、りーくんの口に自分の口を押し付けた。
ちょっとつたない、幼いキス。
幼稚かな?
あ、でも、りーくんの顔が赤い。
おもしろーい。
「大好きりーくん。早く大人になるから、ちょっと待っててね」
りーくんはなにも言ってくれなかった。
でも、かみつくようにキスされた。
大人って怖い。
*************
こんこん、と車の窓が叩かれた。
兄だ。
ん?いつからいたの?
兄は後部座席に乗り込んだ。しばらく黙って、それから
「お兄ちゃんとしては複雑ですが、可愛い妹のため、友人のため、応援しましょう」
兄はそうにこりとしながら言った。
その言葉にあらかた見られていたことを悟り、二人とも赤面した。
それから、そのまま車を出して、家に帰ることにした。
兄は道中その話を出さなかった。
今日のライブの話とか、いつものくだらない話。
私は家に着くと、すぐに兄に駆け寄り、向き合う。
「おにい!ありがとう」
「俺はお前が幸せなら、なんでもいいよ」
兄は最強の兄だ。
「私、兄の妹で良かった」
最近ずっと思っていたことをそう漏らした。
兄は本当に嬉しそうに笑って、私を抱きしめた。
次の日、ちゃんと大輝にぃと、陸さんにも昨日のことを伝えた。
本当は、大輝にぃには言いづらかったけど、言わないと。
明確な関係が新しく構築されたわけではないが、今まで通りとはなにか違う気がするから。
「りーくんと両想いになった」
私がそう言うと、陸さんと大輝にぃは驚いた顔をした。
「もうちょっと時間かかると思ってた」
「俺も」
「うるせー」
陸さんの言葉に大輝にぃが同意した。
それに対して、りーくんは冷たくそう言った。
多分、私が何もしなかったら、少なくとも二年先まで想いが伝わることはなかったから、凄く正しい。
「はあ、咲笑に恋人かあ」
大輝にぃは苦笑を浮かべながら言った。
「ううん。りーくんには二年待てって言われたから、恋人じゃない」
私がそう説明すると大輝にぃは小さく笑って、
「涼らしい」
と言った。
「お前は大切な友達だ。だが、咲笑は大切な妹だ。俺はノリより厳しいからな」
大輝にぃはりーくんに向けてにやりと笑った。
「分かってるよ」
りーくんは嫌そうに頷いた。
相変わらず仲良しだ。
「はあ、残念。でも、まあ、応援しなくもないよ」
突然ツンデレ発言をした陸さんは、そう言って、私にニコリとほほ笑んだ。
笑顔が天使過ぎた。
「ありがとう」
私は優しいひとたちに囲まれてる。




