54 寂しいからぎゅーってした話
翌日の朝から、声出しを少しずつして、昼頃から歌の録音を始めた。
私は昨日のことがあり、かなりやる気まんまんで、いつも以上によく出来たと思う。
他のみんなと重なり合って歌うとこも、兄にちょいちょい音程を直されながら頑張った。
凄く楽しい録音だった!
後は、兄が上手く編集してくれるはず。
その後、みんなでお昼ご飯を食べ、疲れたからと、透はその後帰ってしまった。
それからしばらくリビングでみんなでぐーたらしている時にやっと気付いた。
りーくんからどす黒いオーラが見えることに。
表面上はいつも通りなのに、私へのりーくんの視線が針のように痛い。
ご機嫌伺いを兼ねて、食べ始めると止められないお菓子を献上してみた。
隣にいた兄がパーティー開きにして、みんなで摘まむことになった。
りーくんの視線は針のままだ。
今日は昨日の話をみんなにしようと思っていた。
こうちゃんとライブに出る。
そして、兄に今まで守ってくれてありがとうって。
言い辛いなー、と思っている内に夕飯時になってしまった。
「あのね」
私は勇気を振り絞って夕飯を食べ終わってゆっくりテレビを見ていたみんなに言った。
大輝にぃが気を利かせてテレビの音量を下げてくれる。
「ありがとう」と言い、大きく息を吸った。
「私、こうちゃんとのライブに出演させてもらうことにした!」
皆が皆、驚いた顔をした。
「昨日、そういう話になったの?」
大輝にぃが少し怖い顔をした。
「そう。最初はいきなりだったし、無理だって思ったの。でもね、歌友のステージを案内してもらって、そこに立ってみて、ここにもう一度立ちたい!って、ここで歌いたいって、思った。だから、こうちゃんのライブに出てみたい!」
こうちゃんの時と違って、なんだか恥ずかしくなってしまい、顔を上げられなかった。
「いいんじゃないか、やってみれば」
そう言ったのは、兄だった。
真面目な顔で、そう言ったのだ。
「お前がしたいと思うなら、やればいい」
兄はそう強くもう一度言った。
「ありがとう!兄!」
「…私、兄が歌友のライブ断ってくれてた話を聞いたの。ずっと守ってくれてたんだね。本当にありがとう」
私がそう言うと兄はいつものように「おう!」と言って、少し泣きそうな顔をした。
それから
「俺も、良いと思うよ。咲笑ちゃんのステージ観てみたいし!」
陸さんも笑顔でそう言ってくれた。
それから大きな溜め息を吐いた大輝にぃが
「咲笑が決めたなら応援する。けど、困ったことがあったらすぐに言って」
と、少し曇った表情だったけど、賛成してくれた。
りーくんは何も言わない。
「りーくん…」
私が小さな声でそう言うとりーくんは私のことをじっと見つめてきた。
それから顔を逸らし、小さく言った。
「俺は反対だ」
…その一言に少し心が揺れた。
りーくんは理由もなしに反対なんかしない。
でも…
「それでも私はやりたい!」
私は反射的にそう返事をした。
ー自分で決めろ。ノリや、周りの人間に守られているだけの自分を肯定するな
子どもだけど、大人になりたいから、自分で決める。
私は私の意志でやるって、やりたいってそう思ったから…
「私はライブに出る!」
私はもう一度りーくんに言った。
りーくんは目を大きく見開いて、目をそらした。
「そう」
冷たく呟かれたその言葉は私の心に刺さった。
それから何も言わずにリビングから出てってしまった。
「涼の気持ちも分かるけどな…。まあ、しばらくほっといてやれ」
兄が優しく私の頭を撫でた。
ちょっと涙が出た。
それから、りーくんに会わない日が続いた。
打ち合わせで夜遅くなることが多く、夜りーくんはリビングに降りてこない。
そして、りーくんは朝も避けるように早く出て行ってしまう。
というか、避けられている。
悲しい。
寂しい。
ライブで歌う曲が決まり、初めての音合わせの日、こうちゃんにものすごくたくさんのだめ出しをされた。
「咲笑らしくない」
「楽しそうじゃない」
「聴いてる側も楽しくない」
と。
確かに歌っているのが楽しくなかった。
ー君がいるだけで毎日楽しくて
そんな歌詞歌えないよ。
ー会えるだけで笑顔になっちゃったり
会いたいよ。
「もう今日は終わりで!かえんぞ」
こうちゃんは予定より一時間早い時間にそう言った。
せっかく来てくれたバンドの皆さんに申し訳なくて、恥ずかしくて、悔しかった。
帰りはいつもこうちゃんが家まで送ってくれる。
仕事以外のこうちゃんはいつも通り優しくて、車に乗る前に甘い飲み物を買ってくれた。
「で、原因は?」
車を停車したまま、そっけなくだが、優しい聞かれた。
「寂しい。悲しい」
私は、思ったまま、小さな声で呟いた。
こうちゃんが息をのんだ音が聞こえた。
「…いつまでもがきんちょのままでなんか居てくれねーよな」
「こうちゃん?」
私はこうちゃんの様子を窺うように覗き込んだ。
こうちゃんは静かに車を発車させた。
「ぱっぱか帰って、抱きついてみろよ。んで、今のやつ、言ってみろや。そしたら、全て解決...するんじゃね?」
こうちゃんの視線は真っ直ぐ向いたまま。
私は驚いて何も言えなかったけどこうちゃんが背中を押してくれたのだと分かった。
こうちゃんは私を家の前で降ろすと、
「じゃ、また明日な」
とだけ言っていなくなってしまった。
抱きついてみろよ、とこうちゃんは言った。
そしたら解決だって。
ちょっとだけ怖い。
今まで当たり前に受け入られていたことが、拒絶されてしまうかもしれない。
玄関の前に立って、中から人の声が聞こえてきた時、すごく怖くなった。
だって、りーくんの声が聞こえる。
ええい!女は度胸!!
私は思い切り玄関のドアを引いた。
「あ、咲笑じゃね?」
音に気づいた兄が出てきた。
「おかえり」
いつも通りで少し安心した。
リビングに入るとみんながいた。
りーくんもいる。
え、と、
頭が真っ白になった。
何をすればいいんだっけ?
そうだ!
抱きついて...、
「りーくん」
飛び込むようにりーくんに抱きついた。
「寂しいよ」
りーくんが息を吸い込んだ。
「おま、なに言ってるんだよ」
焦ったりーくんの声。
少し胸がすっとした。
けど、この後のこと考えていなかった。
「寂しい」なんて言って抱きついて、幼稚過ぎた。
どうすればいいのか、分かんない。
「おにーちゃんとしては、大変複雑な心境でござる」
突然妙な口調でそんなことを言った兄。
すると、他の二人も深く頷いた。
「二人で話しなさい」
兄はそう言い、目線をリビングのドアに向けた。
りーくんが大きくため息をついた。
「行くぞ」
それだけ言い、りーくんは私の身体を引き離すと、リビングを出て行ってしまった。
私は驚いて縋るよう兄を見てしまった。
「ちゃんと、話してやって」
兄のその言葉に違和感を覚えながらも頷き、りーくんの後を追った。
話してやって、なんてまるで、りーくんが私に話したいことがあるみたい...。
「ごめん」
りーくんの部屋に入ると、りーくんは開口一番そう言った。
「避けたりして、ごめん」
りーくんは言い直すように言った。
なんだか、安心してしまって、再びりーくんに飛びついてしまう。
「ばかーーー!!!寂しくて、悲しかった!」
今度はもう思い切りそう言ってやった。
「ごめん、ごめんなさい」
りーくんは困ったように抱きついている私の背中をとんとんと叩いてくれた。
「もうしない?」
私がりーくんの顔を覗き込んでそう言うと、困り顔のりーくんが
「しない」
とはっきりと答えてくれた。
「俺、大人気なかったわ。心配だけど、応援する」
私はりーくんのその一言が嬉しくて、思わず泣きそうになった。
「ありがとう」
私は思い切り抱きついてそう言った。
後から聞いた話によると、陸さんと、大輝にぃと、兄が説得してくれていたらしい。
感謝しきれない。
「幸太が関わってなかったらもっとスムーズに進んだかもしんねーけど」
って、兄が言ってた。
よく分からんから、私は当分大人にはなれなさそうだな。




