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53 大人になる?って話

 その日から私は、朝と放課後二回、防音室で発声と歌を練習することにした。

 最近発声をサボっていたせいで昨日なかなか思いっきり声が出なかった。

 週の半ばあたりには調子が乗ってきて、大分声が出るようになった。


 久しぶりに歌うことにわくわくしている気がする。

 

「最近ご機嫌だね」


 と、透に言われてしまうほどだ。

 それと対照的に、りーくんはご機嫌斜めだ。

 眉間に皺が寄っている。

 その割には怖い顔で、私の顔を眺めていたりするものだから、よく分からない。

 けど、ドキドキするからやめてほしい。


 そして、りーくんの機嫌は日を追うごとに悪くなっていく。

 

 ちょっと心配で、チョコレートをそっとりーくんの前に置いてみたが、気付いて貰えず、放置されたそれを兄が食べていた。

 怒るというより、切なくなった。


 金曜日の夜にみんなに防音室で一緒に歌おうよ、と提案した。

 でも、りーくんには「疲れてるから」と、断られてしまった。


 りーくんが元気なくて、私の気持ちも萎んでいった。





 土曜日、こうちゃんと学校近くのコンビニで待ち合わせた。

 こうちゃんの愛車は、赤い車高の低い車なので、少し目立つのですぐに分かった。


「学校おつかれー」


 と、こうちゃんが軽く労いの言葉をかけてくれる。


「うん、ありがとう」


 と、普通に返したつもりなのだが、こうちゃんは微妙な顔をして、


「ありゃりゃ?元気ないの?」


 と、顔を覗き込んできた。


「ううん」


 と、答えたが、何となく胸にはモヤモヤが溜まっていた。

 それ以上のことをこうちゃんは聞いてこなかった。

 

 私は話題をそらしたくて、


「どこ行くの?」


 と、聞くと、


「内緒ー」


 と返ってきた。

 ちょっと不満な回答だったが、それからは何でもないような話をして、居心地が良かったし、安心できる時間だった。



 しばらく乗っていた高速を降りて、こうちゃんは、駐車場に車を止めた。


「どこ行くの?」


 と聞くと、


「服屋」


 と、答え、私の手を掴み、スタスタと歩き出した。

 記事にされたら困るのではないかと思ったが、こうちゃんは「大丈夫」と言って、離してくれなさそうだったのでちょっと焦ったが、店内に入ってすぐ離してくれたので、良しとしよう。


「いらっしゃいませ」


 と、ドアを通り抜けると綺麗なお姉さんに言われ、顔をひきつらせながら、店内を見渡す。


 私でも知っているブランドのお店で、こうちゃんはよく来るのか、親しそうに男の人と話してから、店内を周り出したので、私もついて行く。

 あれよ、あれよと、こうちゃんは服と靴をピックアップして、更衣室に連れて行かれ、何点か試着した。


 そして、ネイビーのワンピースにストッキング、先が丸い可愛らしい形のパンプスを着たまま、こうちゃんがお会計をした。


 そして、私の制服がブランドショップ袋に入れられ、こうちゃんがそれを持ってお店を出た。


 心臓バクバクだ。

 何より少し怖かった。

 こうちゃんがいつものこうちゃんとは違う。


 私は車に戻ってからこうちゃんに控えめに


「お金…」


 と言えば、こうちゃんは何でもないように、


「気にすんな」


 と笑った。


 昔コンビニでお菓子を買ってくれた時と同じ調子の言葉。

 でも、重さが違う。


 そして、再び車が止まり今度は美容室に連れて行かれた。

 入る前に、


「今、そんなに髪切りたくないよ」


 と言うと、こうちゃんは毛先だけね、と言った。

 こうちゃんが、こうちゃんじゃなく見えてきた。


 美容室では本当に毛先を揃えただけだった。

 メインは私に化粧をすることだったらしい。

 

 そこからは車に乗らず、こうちゃんと手をつなぎ歩くことになった。


「どこ行くの?」


 さっきと同じ様に問えば、


「内緒ー」


 と、また同じ言葉が返って来た。

 

 「大人になりたい、おこちゃまな咲笑を大人っぽくしてやれる絶好のチャンスがあるんだが、どうだ?」


 と、こうちゃんは言った。

 さっき美容室で見た自分は、自分じゃないみたいで、確かに大人っぽかった。


 こうちゃんは私にそれを見せてくれたのかな、と思った。


 嬉しいと、思わなくもない。

 けど、何となく物足りなかった。


 それに、私の望みは叶った筈なのに、こうちゃんは再び違う場所を目指している。


 しばらく歩いていると、見知った道に出た。

 すぐに目に入ってくる中くらいのビル。


「こうちゃん」


 名前を呼べば、こうちゃんは振り返り、


「大丈夫だから、付いて来い」


 と言う。

 私の手に変な汗をかきながら頷いた。



 ビルには大きなCD宣伝の看板がついている。

 そして、大きく「sing friend」と書いてあった。


 ここは、歌友の本社兼、隣はライブハウスになっている。


 こうちゃんは何でここに来たのか分からなくて、頭が混乱しそうになるが、深く考えることをやめた。

 受付にこうちゃんが行くと、すぐに案内された。


 どこかの会議室のようだ。


「おいー?」


 会議室の一番上手の位置に座っている男の人が、訝しげな声をあげた。


「おい、ライブの打ち合わせだぞ?女連れてくんなや」


 訳が分からなくて困惑したまま、冷たい口調で言い切られた言葉に私は少し胸がちくっとした。



「まぁまぁ、とりあえず座って」


 と、違う人の声に促され、会議室の奥に進んでいく。

 小さめの会議室に十人程度の人がいた。


「三田さん」


 私は先ほど冷たい言葉を発した人物を知っていた。


「あ?」


 彼はじっと私を見つめる。


「え?お前…まさか咲笑か!?」


 彼も私を認識してくれたようだ。


「そうです!咲笑です!」


 と、少し勢い良く声を上げると、彼ー三田聡みたさとしさんは、目を見開いた。


「どうしてここに?」 

「ちょっとだけ、ミーティングの見学して欲しいんだよ」

「幸太…」


 少し困った顔をした三田さんだったが、そのまま口を噤んでしまった。

 私はどうすることも出来ないまま、こうちゃんの隣に座り黙っていることにする。


 どうやら、今度の歌友のライブはこうちゃんのソロライブらしい。

 そして、ゲストを何人か呼ぶようで、次々と上げられる名前は、歌友の中でも有名な人や、最近音楽番組に出演していたアーティストなどが上げられて、改めてこうちゃんは凄いんだと思った。


「ゲストに歌友の、のぞみを指名したい」


 幸ちゃんが突然宣言するように言うと、会議室内は、ざわざわとし始めた。

 会議室内では若そうな男の人が、困った顔で、


「それは難しいですね…。でしたら、ラミカさんはどうでしょう?歌友内でも最近人気上昇中ですし、生歌での評判も良いです」


 と、言う。

 多分ゲストアーティストのオファー担当なのだろう。


「いや、のぞみが良い」


 幸ちゃんはそう言いきった。

 私は隣で幸ちゃんを思い切り睨んだ。

 会議室内にいる人達は私が「のぞみ」だということに気がついていないようだ。

  

「なぁ、咲笑。ちょっと立ってみて」


 突然私の方を向き、そう言った。

 私は理解しないままとりあえず立つ。


「三田さん、さっき一瞬見ただけじゃ、こいつが咲笑だって、気づかなかっただろ?」

「あぁ。最近はずっと会ってなかったし…」


 幸ちゃんの問いに、三田さんは答えた。

 それもその筈だ。

 ほぼ、歌友の会社にいる三田さんと、最近はあまり歌友の活動を活発にしていなかった私では会う機会も少ないのだ。

 あの事件後一度、兄を介して会うことになったのだが、体調を崩してしまい、それ以来お誘いもなく、また自分からも誘えなくてそれきりだ。


「お前でさえ一目見ただけじゃ分からないのだから、ちょっと小細工しちまえば、「れい」が「のぞみ」だってことに気がつくことはほぼない」


 幸ちゃんがそう言った途端、周りからざわめきが起こった。


「幸ちゃん!」


 私はたまらず立ち上がった。


「幸太。やりすぎだ」


 三田さんが呆れたように言い、「咲笑も一回座れ」と優しく促す。

 仕方なく、私はもう一度席に座った。

 が、幸ちゃんはひどい!


 突然歌友からいなくなった「れい」が「のぞみ」だということは、一部の歌友運営者しか知らない。

 多分ここにいる中では、私と幸ちゃんと、三田さん以外は知らなかったはずだ。

 なのに、幸ちゃんはあっさりとそんなことを言った。


「とにかく、のぞみに出演依頼をして欲しい」


 幸ちゃんはきっぱりとそう言い切った。


「のぞみは、ライブ依頼を一切受けていない。そもそも依頼してもすぐに断られる。これは歌友内では常識です。そしてのぞみのライブを望む声が多い中、運営はそれに良い顔をしないことも知っているでしょう?それでも、出演依頼を?」


 窓際の私達から最も遠い場所に座っていた男性が唐突に立ち上がりそう言った。

 先程のアーティストオファー担当の男性とは別の人だ。

 彼の言葉に棘を感じた。

 それと同時に私の知らないことが一度に耳に入ってきた。


 私のもとにライブ依頼が来たことは一度もない。

 だから、断ったこともないはずなのに。


「あぁ」


 幸ちゃんは私の方を向いてからそう頷いた。

 幸ちゃんと、先程の男の人が睨みあっている。


「古井、幸太、その話は一旦置いとこう。じゃないと話が進まねーよ。のぞみが依頼を受けてくれる受けてくれないは話してみないと分からないだから、な。次はちゃっちゃか衣装と炎の演出のとこの見直しすんぞー」


 幸ちゃんと、古井と呼ばれた人との間に割って入るように三田さんが言う。


 それから、どばーと沢山衣装が運ばれて来たり、よく分からない話が始まったので、私は三田さんのすすめで、会議室を出ることにした。

 幸ちゃんはちょっと渋ったが。


 案内してくれるらしい女の人にライブハウスの見学をさせてもらうことにした。


 ライブハウスの中は以前りーくんと陸さんのライブで来て以来だったので、特に変わった所はなかったが、ステージの裏側を歩かせて貰えて、少しだけ昔のことを思い出した。


「ステージ、立ってみますか?」


 案内の女性にそう言われ、さっきの幸ちゃんの話を思い出して、少しドキっとしたが、頷いた。


 スポットライトに照らされていない、薄暗いステージを女性の案内で歩く。

 ちょうどセンターの位置に立つ。


 心臓が大きく跳ねた。

 懐かしい。


 暗い中、早く照明がついて欲しいような、まだ心の準備が出来ていないような…。

 手汗でマイクが滑りそうで、だから強く握って。

 冷房はかなり効いていて、寒いくらいなのに、下からは熱気を感じる。


 照明がつくと、眩しさに少し目を細めてしまう。

 でもすぐにそれに慣れて、寒かったはずなのに急激に体温が上がる。

 

 くらくらするのに、音に飲まれていく感覚が楽しくて、ずっとここに居たいの思ってしまう。


 覚えてるよ、全部。

 忘れる訳がない。



「あ、あの…」


 案内の女性の困ったような声が聞こえて来て、我に帰る。

 観客席には誰もいなくて、ステージは真っ暗で、私に照明が当たることはない。

 

 思い出した感情が一気に萎んでいくのを感じる。

 それと同時に気づいた。

 私はもう一度、この場所に立ちたいと思ったのだ、と。


 それから色々な場所の説明をしてもらったが、全然頭に入って来なかった。

 幸ちゃんと合流してから、すぐに歌友の会社を出て、車に乗った。


「俺、お前に謝りたいことがある」


 唐突に幸ちゃんはそう切り出した。

 先程のことが思い浮かんだが、「四年前のこと」と言われ、心臓が大きく跳ねた。


「お前が誘拐された時、俺すぐにお前のところに行けなかった。売れてなかったけど、ちょっとずっつ旅しながらライブ活動してて、すぐに行ける状況じゃなかった。でも、それだけじゃない」


 幸ちゃんは、緊張したように、深く溜め息をついた。


「咲笑が帰って来ないって聞いた時、どっか友達のところにでも泊まってて、どうせすぐけろっと帰って来るって思ってたんだよ。大したことじゃないって。咲笑が見つかったって聞いてすぐに後悔したよ。俺がいたって結果は変わらなかったけど、すぐにでも帰って皆と咲笑を探せば良かったって、な。ごめん、すぐに探しに行かなくて」


 苦しげな笑顔の幸ちゃんに私も悲しくなった。

 幸ちゃんが苦しそうなのは私のせいなんだ。


「違う、幸ちゃんは何も悪くない」


 と、私は首を横には振ることしか出来なかった。

 幸ちゃんは軽く頷いたが、私の言葉を受け入れるつもりはないようだった。


「帰ってすぐに咲笑に会いに行ったら、お前は抜け殻みたいだった。そして、人前に出て歌うのはもう嫌だ、って言った。そりゃ当たり前だよ。あんなことあったら。だけど咲笑は歌友と離れていくうちにどんどん前みたいに笑うようになっていった。俺はお前の笑顔、好きだからさ、凄く安心したけど、残念にも思った」

「どうして?」


 不安になって、とっさに言葉を発した。


「咲笑が歌を楽しまなくなったから」


 幸ちゃんの声のトーンが少し下がった。

 幸ちゃんの言うことは当たっている。

 「楽しまなくなった」というよりは「楽しむことが怖くなった」。


「咲笑が歌ってるところ、観るの好きなんだよ。お前も歌うの好きだろ?でも、今はそれを抑えてる。怖いから、隠してる」


 本当に、幸ちゃんは私のことをよく分かってるなー、なんて感心してしまう。

 今日真っ暗のステージで感じた気持ちを私は無かったことにしようとしていた。

 幸ちゃんの言うとおり、隠すつもりだった。


 幸ちゃんが会議室で私の名前を出した後、最初は周りの人に私のことをバラされて腹が立ったが、心臓は疼いてた。

 

 やりたい。

 歌いたい。

 もう一度、思いっきりライトを浴びて歌いたい。


「俺はお前にもう一度ライブに出て欲しい。が、お前の気持ちも尊重したい。もうお前は子どもじゃない。が、まだ大人になれとも言わない。でも、自分で決めろ。ノリや、周りの人間に守られているだけの自分を肯定するな」


 幸ちゃんはそう強く言った。

 しばらくの間、私と幸ちゃんは無言だった。

 

「歌いたい」


 高速道路を降りた辺りで私は小さく呟いた。

 幸ちゃんが息を吸い込んだ音が聞こえた。


「本当か!?」


 運転中の幸ちゃんは私の方を向いたので、慌てて「前向いて!前向いて!」と叫び、幸ちゃんは顔を前に戻してくれた。


「本当に、ライブに出てくれるのか!?」


 幸ちゃんはもう一度言った。


「うん。歌いたい。これからのことは分かんないけど、幸ちゃんとのライブは出てみたい。何よりもう一度ステージに上がりたい」


 隠していた本音が意外にもすんなりと出てきた。


「分かった!すぐにでも連絡入れとく」


 幸ちゃんは満面の笑みで笑った。


「楽しみだね」


 と、私はスッキリした気分で幸ちゃんに言った。

 幸ちゃんも上機嫌で、


「だな」


 と同意してくれた。


 家に着くまで、私達はライブの曲の話をしていた。

 

 もやもやした霧が一気に晴れたような清々しい気持ちで、服を着替えたり、化粧をしたときより、大人になったような気分だった。


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