52 幼なじみの話
こうちゃんは、所謂、マザコンというやつだった。
私とこうちゃんと知り合ったのは、私が小学校低学年、こうちゃんが高校生の時だった。
私はこうちゃんのお母さんのピアノ教室に通っていて、そこで私達はよく顔を合わせていた。
「おい、チビ!早く帰れ」
こんなことをよく言われていた。
「やだ、ばか、はげ」
私はこんなことを言い返していたような気がする。
私は、ピアノ教室で最年少だったことと、こうちゃんのお母さんと私のお母さんが友達だったことで、こうちゃんのお母さんにとても可愛がってもらっていたため、こうちゃんは私によくそんな感じの嫌なことを言ってきた。
こうちゃんはよくこうちゃんのお母さんのことを気遣っていたり、こうちゃんのお母さんの誕生日に大きいケーキと大きい花束を持って帰ってきたのを私は見た事があったし、恥ずかしげもなく、私達の前で、
「大好きだよ、母さん」
とか言っていたので、こうちゃんがお母さんを大好きなのはみんなが知っていることだった。
初めて冷たいこと言われた時は、かっこいいお兄さんに訳も分からないうちに、冷たくされてショックを受けたが、それだけで終わる私ではなく、二回目からは言い返すようになった。
正直、あの頃私はこうちゃんが怖かったのだと思う。
だから、威嚇するようにこうちゃんに言い返していたのだろう。
こうちゃんと私の関係が変わったのはこうちゃんが高校を卒業してからだ。
こうちゃんの家は元々母子家庭で、こうちゃんのお父さんはこうちゃんの小さい頃に亡くなってしまったらしい。
そんなこうちゃんのお母さんが再婚することにしたのだ。
その頃、私は中学受験に向けてピアノの教室をやめることにした。
最後のレッスンの日、こうちゃんに会った。
今日でこの人の顔を見ることもなくなるのかと思うすごく清々した気持ちになったが、その日のこうちゃんは少しおかしくて、私に嫌なことを言ってこなかったし、顔色も良くなかった。
それがなんだか、物足りなくて、
「ねぇ」
と声をかけると、
「なんだ、お前か」
と溜め息をつかれてしまった。
私の存在に気付いてなかったらしい。
そして、私は、お母さんとこうちゃんのお母さんが再婚するって話をしていたのを思い出す。
「大丈夫?」
珍しいものを見るような気持ちでそんなことを言った。
こうちゃんが落ち込んでいたから心配で…というのは、当時敵認定だったこうちゃんに対して持ちえない感情だったのだから仕方ない。
こうちゃんは沈黙したまま答えなかった。
そんなこうちゃんを見ていたら本格的に可哀想に見えてきて、慰めるつもりでバッグに入っていたチョコのクッキーをあげた。
こうちゃんはそれを微妙な顔で受け取ってから、食べた。
「甘すぎ…」
と文句を言われたが、私はいつものことなので、その言葉を無視した。
すると、隣から、息を詰めたような音がして、視線をやると、こうちゃんが泣いていた。
いつも意地悪なお兄さんが私が無視したことによって泣いてしまったと思った私は、焦って、背中をよしよししたり、「ごめんね」と謝ってみたりしたが、こうちゃんは泣きやまなかった。
しばらくして落ち着いたこうちゃんが、
「お前のせいじゃないよ、俺がガキなだけ」
と初めて優しく、頭をなでてくれたので、少し嬉しかった。
そこで私達の友情が芽生えたのだと思う。
今考えてみれば、こうちゃんは純粋に寂しかったんだろう。
まぁ、母親の再婚なんて複雑な気持ちにもなるよね。
今は普通に再婚した継父さんとも仲良くしてるみたいだけど。
それからは、私のお母さんとこうちゃんのお母さんが仲が良かったから、その経由で、歳も近くて、しかも興味の方向が同じだった兄とこうちゃんの方がどんどん仲良くなって、そのついでのように私とこうちゃんの繋がりも切れることはなかった。
昔のことなんて嘘のように今では仲良しだ。
*
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***
****
「でも、なんで「源氏物語」なの?」
話を聞き終えた陸さんが不思議そうに言う。
「それはね、…」
「咲笑!」
突然大きな声で呼ばれ、驚きながら振り返る。
ちょっと、いや、かなり怖い顔のりーくん。
「顔くっつけて何話してるんだ?」
なんて答えようかと、陸さんの顔を見れば陸さんは、にこっと笑って、
「秘密」
と、答える。
りーくんの眉間に皺がよる。
怖い。
大輝にぃと、透が心配そうにこちらを見ている、
そこへ、
「休憩!きゅーけいー」
と、録音ブースからこうちゃん達が出て来た。
それのおかげで、さっきまでの張り詰めた空気が少し和らいだ。
「今日、お前んち行っていいか?」
と兄に聞いた。
「おう!いいぞ!お前らもいいよな?」
と、兄はりーくんたちに確認をとる。
こうちゃんは不思議そうな顔をしたので、
「透以外の人はみんな兄の家に一緒に住んでるんだよ」
と私が言うと、こうちゃんは「なんだよそれ!お前もか?!」と驚いた声を出した。
りーくんは渋々と言った感じだったが、みんなが頷いたので、
「おーし!んじゃ、ちゃっちゃと終わらせて、ノリんち行くぞ!」
こうちゃんはそう言い、寛いでいたメンバーに「再開するぞー!」と声をかけ、演奏ブースに入って行った。
その後の演奏は思った以上にさくさく進み、夕方前には録音は終わった。
演奏の編集は兄がやるらしく、編集まで終われば、音源は完成らしい。
あんな思いつきの提案がこんな多くの人を巻き込んだ大事になるなんて思ってもいなかった。
ちゃんと歌の練習してから歌録りに臨もうと気を引き締めた。
帰りの車に乗る際、こうちゃんが私に
「送ってやるから乗ってけ」
と言うので、透と一緒にこうちゃんの車で帰ることになった。
「咲笑は本当に生意気で…」
なんてよくある口調で昔のことを次々と暴露されていく。
やめてくれ、まじで。
なんだかんだで、透は爆笑しながら聞いてるし。
そろそろ学校の最寄り駅が近付いて来た。
「こうちゃんも家に来るんだから、透もおいでよ!」
と、誘ってみると、透は少し考えるような素振りをしてから、
「いや、今日はやめとくよ。オムライスの歌、練習するから。あんなすごいもの見せられたら、私もしょぼいこと出来ないなって思って」
と、透が真面目な顔で言った。
同じこと考えてたんだなと思うと少し嬉しくて、
「そっか」
と頷いた。
「そんな風に言って貰えるのは嬉しいもんだね」
こうちゃんの明るい声が聞こえた。
透も照れたように笑った。
なんだか、そんな空気がむずかゆくて、心地よいと思った。
透を家まで送り届けてから、私達も家に向かう。
私は、助手席に座り、昔のことを話していた私達だったが、ふとバッグミラー越しにこうちゃんと目があった。
「お前今いくつだっけ?」
と、こうちゃんが唐突に言った。
「16歳だけど…」
なんなんだ、突然。
「生意気なちっこいガキだと思ってたけど、少し綺麗になったな」
と、こうちゃんは真剣な口調で言った。
「えー。まぁ、こうちゃん全然連絡くれないんだもん。一年あればそりゃ、変わるよ」
私は照れ隠しそう言って、窓の外に目線を向けた。
そういえばこうして二人で話すのも久しぶりだ。
「まあ忙しかったからな。なんだ、寂しかったのか?可愛いやつだな」
と、いかにもにやついた口調の声が聞こえて、
「馬鹿、寂しかったよ」
と、素直に答えた。
こうちゃんは確かにこの一年忙しかったのだろう。
人気が出てきて、ライブも数も増えて…。
どんどん有名になっていくこうちゃんをみて、遠くに行ってしまうような気持ちになっていた。
だから、こうちゃんと久しぶりに会えて、本当に嬉しかったんだ。
今度はこうちゃんが黙ってしまった。
照れているようだ。
顔を覗きこむと、
「見んな」
と言われてしまうが、そんなこうちゃんが可愛くて笑ってしまう。
するとこうちゃんも笑い出した。
なんだか、少しだけ懐かしい気がした。
そんなことをしているうちに、こうちゃんの車のナビが私の自宅の付近だということをアナウンスする。
玄関を開け、こうちゃんを中へ案内する。
兄達は先に着いていたようで、リビングには明かりがついていた。
「たっだいまー!」
と、私が声を出すと、一番最初に大輝にぃが、気付いてくれて、
「おかえり」
と優しく迎えてくれた。
それに続いて、他の人たちも「おかえり」と言ってくれる。
こうちゃんは私の後に続き、
「お邪魔します」
と、言いながら奥に進む。
「おー!幸太!透ちゃんはしっかり送り届けたか?」
と兄はエプロン姿で顔を出した。
夕食を作っているようだ。
「おう、ちゃんと送ってきたよ」
「そうか。おつかれ。今日は鍋だから。お前も食うよな?」
「食う。てか、お前、本当に鍋好きだな」
こうちゃんが呆れたように言った。
私もその言葉に同意する。
兄は季節問わず鍋をしたがる。
機嫌の良い私は、こうちゃんを私のお気に入りのソファに座らせた。
「可愛いでしょー」
と、自慢するように、大輝にぃが買ってくれたぬいぐるみを見せると、
「そういう所が子供だな」
と言われてしまった。
「うるさい、ばか」
と、昔と同じ調子で言えば、
「やっぱり全然成長してねーな」
と、また言われてしまった。
確かに今のは子供っぽかったかもしれない。
「大人になりたいな…」
「平安時代で言えばもう大人なんじゃね?咲笑の精神はおこちゃまだけどな」
独り言のつもりが、こうちゃんから言葉が返ってきた。
「今は現代です!成人は二十歳なの!」
「なんだよ。可愛くねーな。昔はめっちゃ可愛く、「こうちゃんのお嫁さんになるー!」なんて言ってたのにな」
と、こうちゃんがからかうように言って、私の頬を引っ張った。
ー私が大人になったら、こうちゃんのお嫁さんになってあげる!
昔、と言っても、こうちゃんと和解して少し経ち仲良くなったころ、落ち込んでいるこうちゃんを励ますために、そんなことを言ったことがあったのだ。
その頃こうちゃんは、
「好きな人が出来ない、告白して付き合っても長続きしないし、人として好感を抱くことはあっても大好きにはなれない」
と悩んでいた。
まだ幼かった私はよく分からなかったが、小さな子供がお父さんに言うようなノリで言ったのだ。
「お嫁さんになってあげる」というのは、幼いからこその傲慢さから来た言葉なのだと思う。
それをその場で聞いていた兄は、
「「源氏物語」みてぇーだな」
と大笑いした。
そこから、私は、私とこうちゃんの関係を「源氏物語」だと言うようになったのだ。
まぁ、大分歳が離れていたし、こうちゃんがお母さんを大好きだったってところが被ってたってだけなんだけどね。
「まぁ、子供の言うことなんか信じちゃいけないよね」
私が若干遠い目をしながら言うと、こうちゃんは笑いながら、
「まだ子供だろ」
と言う。
悔しいけど、確かにまだまだ子供だ。
「あの時よりはって話だよ!」
私がこうちゃんを睨むと、こうちゃんは少しの間考えるような素振りを見せてから、
「お前、来週の日曜は、オムライスのうたの歌録りだよな…。土曜日空いてるか?」
と、聞いてきた。
「土曜日は、午前中学校だけど、その後なら平気だよ!」
「じゃあ午後からでいいか」
こうちゃんは一人小さな声で呟くと、続けて、
「大人になりたい、おこちゃまな咲笑を大人っぽくしてやれる絶好のチャンスがあるんだが、どうだ?」
と、明るい調子で、こうちゃんは言った。
「行く!」
私は即座にそう答えた。




