45 罪悪感の話
家に帰ると、兄はとても疲れた顔で謝ってくれた。
仕事かな?
「お疲れさま」
と言うと、本当に嬉しそうな顔で私を抱きしめた。
何があったんだ…。
なんだかんだで迎えた文化祭二日目。
兄達は朝から来てくれた。
そして、りーくんも怪しくないくらいの変装?をして来てくれた。
それは少し嬉しかったんだけど…。
学校で、私と透と、兄達と学校を回っている時のこと。
「咲笑ーぇぇええええええー!」
廊下を叫びながら走ってくる人は何故か私の名前を呼んでいる。
目を疑った。
「おかあーさん!?」
そう、母だ。
「もう!驚いた?えへへ」
と無邪気に笑う母。
「なんでここにいるの?てか、お父さんは?」
「分かんない。でも、そのうち来るわよ」
通常運転の母。
「ほら、来たわよ」
と、母が指を指す方向に、優雅に歩いて来る父の姿。
いきなり走り出したりする母には慣れっこなのだ。
母、坂田百合恵と、父、坂田智紀。
「ノリ、ちょっと久しぶり咲笑借りていくわね」
と、母は言い、私の手をとった。
「ちょっと待てよ、母さん」
と、兄は大して驚いた様子もないが、そう言って母を止めた。
「まぁまぁ、お母さんも気が済んだら連絡するから。久しぶりの家族水入らずなんだから、いいだろ」
と父が兄を抑える。
「ちょっと、父さん!?それどういうこと?俺は?仲間に入れてよ!」
兄の主張は最もである。
「ノリとは昨日話したもの。今日は咲笑と話したいわ」
母は私の手をとって歩き始めた。
というか、兄とお母さんはいつ話したんだろう?!
私はなんとか振り返り、透に両手を合わせてごめんなさいのポーズをする。
透の苦笑いと頷きが見えて、私は歩き始めた。
恥ずかしいので、母の手を外し、父に若干支えられながら、今久し振りに両親に挟まれる形で歩いている。
しばらく歩きながら、近況報告をし合った。
主に学校の話で、私の知らないうちに、クラスの出し物のカフェにも来ていたらしく、「楽しそうで良かったわ」と母は言ってくれた。
歩いて、疲れたからと近くのベンチに座った。
母は出版社で働いており、父は機械系 (テレビとかパソコンとか)の会社を経営している。
父の仕事の系統から言って、兄はしっかりと父の血を引き継いだようだ。
母は出張が多く、殆どは国内だが、国外の取材の時の話をしてくれた。
「やっぱり、ヨーロッパの街並みは素敵よねー。今度は咲笑と行きたいなー」
「そうだね。でも、お母さん、仕事が忙しいじゃん」
「そうね。でも、そろそろお母さん仕事辞めようと思っているのよ」
母が言った言葉に驚く。
今まで、仕事後に、「疲れた」だの、「死ぬぅぅー」だの言って、「やめたーい」と言って来た母だが、ここまではっきり言ったのは初めてだ。
それに、なんだかんだで、母は仕事が好きだ。
「本当に?」
一体どういう心境の変化なんだろうか?
「いや、辞めるって言っても、やっぱり完全には辞めないわ。仕事の量を減らしてもらって家で出来るようにするだけよ。出張もなし。今の役職は辞めるけどね」
やはり、きっぱり辞める気はないようだ。
「そろそろ、出張行くのにも疲れてきちゃって。お父さんも、そろそろいいんじゃないかって言ってくれたし。ねっ?」
と母が父に言い、父は頷く。
「そうなんだ。お母さんもやっとゆっくり出来るね」
今までずっと忙しそうにしていた母がやっとゆっくり出来ると聞いて少し嬉しく思う。
「そうなのよね。ずっとお家にいれるのよね…」
母は語尾を濁すように言う。
父は黙っている。
何か言おうと考えていると、母は大きく息を吸った。
そして、言った。
「だから、咲笑。家に帰って来ない?」
今度は咲笑が息を飲む番だった。
周りの音が遠くに聞こえる。
私が父と母の家に戻るとなると、私は祖母の家(現、兄の家)を出なくてはいけなくなる。
それは嫌だ。
正直、父と母の誘いは嬉しい。
ただ、まだ兄と、りーくんと、大輝にぃと、陸さんとの家を出たくない。
「ごめん」
気付いたらそう答えてた。
今答えを貰う気はなかったのだろう、母と父は驚いた顔をしている。
「私、まだしばらく兄達と一緒にいたい」
それが、明確な私の意志だった。
「なんでって聞いても良い?」
今までずっと黙っていた父が言う。
「楽しいの。兄達との暮らしが。もちろん、お父さん達とも一緒にいたいけど」
私が言うと、お父さんは少し固い表情で、言った。
「でも、それがずっと続く訳じゃない。家族じゃないんだから」
と。
「ずっと続く訳じゃない、そんなの分かっている。だからこそ、今、一緒に居たいんだよ。それに、本当の家族じゃないかもしれないけど、私はみんなを家族だって思ってる」
言っているうちに少し泣きそうになる。
ずっと続く訳じゃないのなんてずっとどこかで分かってた。
でも、改めて突きつけられてみると、怖くなってくる。
みんなと離れるのが。
いつ、この関係が終わってしまうのか。
「ごめんごめん。そんな顔しないで。咲笑が大切にしてるってことは分かったから。仕方ないから諦めるよ。でも、いつでも帰って来ていいんだからな」
と、父は背中をトントンと叩いた。
母も頷いていた。
自分がどんな顔をしているか分からないが決して良い顔をしてはいないだろう。
「ありがとう」
久しぶりに会った両親は、兄や、りーくん達とは違う優しさがあった。
それから、しばらく兄達との共同生活の話をし、そこで、兄が昨日迎えに来なかったのは、父と母にこの話をされていたのだということを知った。
それにしてもなんであんなに疲れてたんだろう。
「じゃあ、娘の楽しそうな姿も見れたし、そろそろ帰るわね」
と、母は言い、父と母と別れた。
天使の像の制作の話をするのを忘れていたが、母は絶対に天使の像にリボンをかけるだろうし、後でメールでもしてみよう。
兄達と連絡をとり、合流するために歩いている途中で校内BGMが大輝にぃの歌だということに気が付いた。
大輝にぃの初めてのCDだ。
放送委員の誰かに大輝にぃのファンがいるようだ。
ふと、大輝にぃにりーくんが好きだってこと話さなきゃなーと思いつく。
ずっと続く訳じゃない。
さっきの言葉が頭をよぎる。
私はりーくんが好き。
だから、ちゃんと大輝にぃに話をしなきゃいけないし、りーくんにもちゃんと告白したい。
今までずっと、優しくしてもらってきた。
だからもう甘えちゃいけない。
でも、もし、私がりーくんと大輝にぃに想いを告げたら?
それこそ、気まずくなって、バラバラになってしまう。
みんなと一緒に居たい。
みんなとお鍋を囲って、歌を歌って、ゲームをして…。
まだ終わるのは嫌だ。
どうすればいい?
分かんないよ。
ただ、まだ誰にも話したくない。
大輝にぃは話してくれたのに、私は隠す。
ごめんなさい、大輝にぃ。
でももう少しだけ秘密にさせて。
「大輝にぃ!」
考えてた人の姿が見えて、思わず名前を呼んだ。
「咲笑、おかえり」
おかえりという言葉が心地良くて、抱きついてしまいたくなるが、ここが学校だということを思い出し抑える。
「どうした、咲笑」
大輝にぃはそう言いながら頭を撫でてくれた。
流石大輝にぃだ。
なんだか、色々バレてしまいそうで、もう一度無理に笑顔を作った。
「何変な顔してるのよ。後で何があったか話してもらうからね」
透は私に聞こえるだけの小さな声で言った。
え?透にもバレてる?
それから透の提案で、天使の像に行くことになった。
「お兄さん!私とリボンを結んで下さい!」
透は突然兄にリボンを差し出した。
透が結びたいって言ってた相手って兄なの!?
「おっ!結ぼう!結ぼう!」
兄はなんでもないように透のリボンを受け取った。
透は私を見て、困った顔をしている。
まあ、そうなるだろうね…。
多分、兄は天使のついての紙をみていないのだ。
だから、よく分かっていないがとりあえず、受け取った、という感じだろう。
「兄…」
私は我が兄ながら、見ていられなくてそっと天使の紙を兄に渡した。
「なんだよ」
と言いながら兄はその紙に目をとおしはじめる。
深森学園には天使がいる。
天使は神様のお使いでここに降りてきたが、途中で天使の輪をなくして、神様の元に帰れなくなってしまう。
そ・こ・で!
みんなで天使のリボンで輪を作って、天使を帰してあげよう!
リボンは一人分の長さでは天使の胴体に通りません。
お世話になったひと、これから仲良くなっていきたいひと、大切なひと、好きなひと、恋人…
そんな特別なひと一緒にリボンを結び合わせて、天使に通して下さい。
そのとってつけたような天使の話の紙を読み終え、顔をあげた兄。
「えーっと」
どうしたものか、という顔の兄。
「あ、あの!」
緊張気味の透の声。
「私、マチさんの大ファンなんです!だ、だから…もし良かったら…お友達に、なってくれませんか?」
透はどもりながらもそう言った。
「えーーー?マジで!?ありがとう!」
と兄は嬉しそうに透の手を握った。
透は驚いて手を引っ込めようとするが兄の筋肉でそれはできない。
「嬉しいよ!友達!うん!友達になろう!いいな、兄妹共通の友達って」
兄は楽しそうに握った手をふった。
そして、リボンを透を結びあわせて、天使に通した。
それにしても透、予告してくれても良かったのに。
驚くじゃん。
「咲笑のリボンは?」
大輝にぃが突然後ろから話し掛けてきた。
昨日のことを思い出して、どう答えようか考える。
「なくしたんだろ?」
代わりに答えるようにりーくんが言った。
「うん、なくなっちゃった」
そう答えて、罪悪感で胸が痛くなった。
「そう、じゃあ、リボンいらないし、咲笑にあげる」
大輝にぃはそう言って、私にリボンを押し付けた。
さらに胸が痛くなる。
「ごめんなさい、大輝にぃ」
大輝にぃが私にリボンを渡した意図が分かるからこそ、泣きそうになって、たまらなくて、謝ってしまう。
「なんだよ。大したことじゃないだろ」
と大輝にぃはそう言ってくれたが、胸の痛みはとれなかった。
それなのにりーくんのリボンの行方が気になってる自分が腹立たしかった。
それから私達はまだクラスの出し物の手伝いが残っていたので、兄達と別れ、教室に戻った。
教室に戻ると、約束通り、杉谷先生がエプロン姿で裏方の手伝いをしてくれていた。
なんだか妙にエプロンが様になっていて、みんながかっこいいと言っているが、一緒に騒ぐ気にはなれなかった。
そんなもやもやした気持ちのまま、時間は過ぎて、不完全燃焼のまま、文化祭は終わってしまった。
片付けが終わり、ホームルーム後、打ち上げの日などを決めてからクラスのみんなと別れた。
私は兄を待ちながら、相良先輩と座った外のベンチに座っていた。
思った以上の人が輪を通してくれ、役目を終えた天使が校庭の隅に置かれていた。
それを見て、感じたのはやっぱり、達成感じゃなくて寂しさだった。
そして、ポケットに入れていた、昨日相良先輩から貰って、なんとなくポケットに入れて持ってきてしまったリボンと、今日大輝にぃからのリボンを握った。
泣きそうだった。
でも、私が泣くのは違うから、泣けなかった。
しばらくして、メールが届いた。
りーくんからだ。
「もうすぐ着くから」
今日もりーくんがお迎えらしい。
学校の駐車場に車をとめ、降りてきたりーくん。
「出せ」
突然そう言って、私に掌を上に向けて出しながら言った。
「え?何を?」
私は驚きながらそう言ったが、りーくんは淡々と答える。
「大輝と、相良のリボンだよ。どうせ相良の分も持って来てるんだろ?」
りーくんの言うとおりだ。
そろそろと、私はリボンをとり出した。
そして、りーくんの掌に置く。
りーくんはそれを握ると、
「行くぞ」
と、私の手をとって、私の足がついて行けるスピードで歩いて行く。
たどり着いたのはもちろん天使の像の前。
りーくんは相良先輩と大輝にぃのリボンを結びあわせた。
そして、もう一本リボンを取り出し、三本目として結びあわた。
多分、りーくんの分のリボンだろう。
「お前の分のリボン、出せよ」
りーくんの表情は暗闇のせいでよく見えない。
ただ、なんとなくりーくんには、リボンをなくしたっていう嘘はバレてると思ってた。
だからなにも言わずに、文化祭が始まってからずっと胸ポケットに入りっぱなしだったリボンを取り出した。
そして、四本目として私のリボンを結びあわせて、長い輪にして、天使に通した。
最初はりーくんがなにをしたいのかよく分からなかったが、しばらくしてから理解した。
りーくんは私のついた嘘を塗り替えようとしてくれているんだ、と。
りーくんは私が嘘を吐いた理由を知らない。
でもきっと聞かないんだろう。
だったらー
「私ね、りーくんと結びたかったから、なくしたって嘘をついたの」
私の言葉に、りーくんが息を飲んだ気配がした。
「咲笑っ?!それって、どういうい…みっ?」
りーくんが最後まで言い終わる前に、私はりーくんの胸に飛び込んだ。
ふわっと優しい香り。
もう、無理。
我慢してた涙が頬を伝って流れて行く。
私がりーくんの胸に顔を押し付けているせいで、りーくんは私が泣いているのに気が付いたのだろう。
ただ優しく、私の背中を撫でてくれた。
しばらくして泣き止んだ私は、りーくんに促され、車に乗り、家に帰った。
その後、私の嘘の理由について、りーくんは聞いて来なかった。
春休みが終わってしまいました。
春休みぼけは直りそうにありません。
学校行きたくない病(難病)にかかりそうです。
どうでもいい話ですが、
咲笑の両親は幼なじみ設定です。
きっとお父さんはお母さんに苦労させられたことでしょう。




