34 みるる~の味の話
杉谷先生視点の過去の話です!
大学卒業後、製菓会社に就職した。
そこで、上司の女の人に告白された。
俺より年上なのに、なんだか危なっかしくて、可愛くて、なんとなく付き合い始めた。
付き合っていくうちに、どんどん距離は近くなっていって、1年後には、もう結婚を考えるようになった。
というのは、彼女に強い結婚願望があったからだ。
でも、そんなにうまくいかなかった。
彼女にプロポーズをして、少し経ったころ、彼女の海外異動が決まった。
これは、入社当時からの彼女の夢だったらしい。
どうするか、2人で考えた。
期限は3年。
彼女は、海外に行くことを決めた。
出発直前の空港で、彼女は言った。
「1人で大丈夫?」
俺は頷いた。
大丈夫。
俺は、彼女がいなくても、本当に大丈夫だった。
多少なりとは寂しいかもしれない。
でもそれだけだ。
「そう、じゃあ行ってくるね」
だから、彼女があの時寂しげに笑った理由が分からなかった。
最初の月は頻繁に連絡を取り合っていった。
連絡は決まって彼女からだった。
次の月からは、減っていった。
そして、また次の月には、もっと減って…どんどん減っていった。
なんの連絡もなくなった月、俺は心配になって、初めて自分から彼女に連絡を入れた。
出た彼女は、泣いていた。
そして、一番最初に聞こえてきたのは「ごめんなさい」だった。
彼女の話は、別れ話だった。
彼女のお腹の中には赤ちゃんがいるそうだ。
相手は一緒に海外へ行った同僚。
寂しかったんだ、不安だったんだ、と彼女は言った。
そして最後に、日本には帰らない、と。
今思えば当然だと思う。
電話はいつも彼女から。
俺は寂しいとも会いたいとも思わなかったのだから。
でも、その時はすごく腹が立って彼女を責めた。
その同僚さえいなければ、俺と彼女は結婚していたのに、と。
でも、俺は本当に彼女と結婚したかったのか?
そうでもない気がする。
彼女で良いだけで、彼女じゃなきゃダメだった訳じゃない。
それから、なんとなく仕事を続けていた。
ある企画でお菓子の新しい製品を小学生と考えようという企画があり、俺はその担当をしていた。
面白い内容が出てくる、出てくる。
久しぶりに仕事が楽しいと思った。
そこで思った。
教師になろう、と。
正直、会社をやめれればなんでも良かった。
引き継ぎやなんやらをして、入社2年目にして、俺は無事に仕事をやめ、今の職場にいる。
教師になって結果正解だった。
新しいことが多くて、毎日が楽しい。
「それに、こんなに可愛い生徒に出会えた訳だし」
と、言いながら俺は隣に座わる坂田をみた。
俺がした昔話を、坂田は黙って聞いていた。
「先生って、最初から先生なんじゃないんだー」
と、坂田は驚き混じりに言った。
「おう。ちなみに、みるる~って飴は今話した彼女が企画したやつ」
と、言いながら、車に常にあるみるる~を坂田に渡す。みるる~っていうのは、ミルク味の飴だ。すると、さらに驚く。
「え!こんなに美味しいものを!?てか、なんでいつも持ってるんですか?!」
坂田は受け取りながら言う。
「なんとなくかな?もうなんとも思ってないから。というより、最初からなんとも思ってなかったのかも」
と、言ってから後悔する。
相手は生徒だということを半分忘れていた。
それに、今の発言で坂田に引かれたかもしれない。
「最初からなんも思ってなかったわけないじゃないですか。可愛いって思ったんですよね?プロポーズしたんですよね?心配で電話したんですよね?ほら、ちゃんと彼女のこと好きだったんですよ」
と、坂田はなんでもないように言った。
坂田の言葉にすごく心が軽くなった。
なんだか、どうしていいのか分からず、話を戻す。
「まぁ、本来俺がしたい話は、誰でもそんな気持ちは持っているってことだよ。大したことじゃない」
「はい。なんだか少し気持ちが楽になりました。ありございます」
バックミラー越しに坂田と目が合った。
「先生、早く幸せになってくださいね。みるる~買わなくてすむように」
と、坂田はいつもの元気を取り戻したようだった。
「幸せにって?結婚か?」
「そうですよ!結婚!」
「相手がいないんだよ。でも、もし結婚しても、嫁さんが、みるる~が好きだったらどうするんだよ」
「いないんですか、先生なら2、3人すぐできそうなのに。もし、お嫁さんがみるる~を好きならそれはもう諦めるしかないですね」
と、坂田は言った。
2、3人できるってどういうことだよ。
坂田には俺がどう見えているのか本当に気になるな。
「諦めろって、なんの解決策にもなってないだろ」
と、俺が言うと坂田は笑った。
保健室で泣いていたのが嘘のようだ。
なんで泣いていたのか、聞かなかった。
本当は、すごく知りたい。
どうして、泣いていたか。
どうして、そんな「嫌な感情」を抱いたのか。
でも、聞いたら、自分がどうするのか、分からなかったから。
坂田に対する気持ちが他と少し違うのには気付いている。
だから、俺が教師である以上、これ以上はダメだ。
分かっているけど、この生徒を可愛く思ってしまうんだ。
とはいえ、階段から落ちた時の状況については聞かなければいけないが、それはまた、緑青の浪川さんも一緒の時でいいだろう、と思うことにした。
今は、2人でなんでもないような話をしていたいから。
病院に着くと、坂田は俺に身体を預けながら歩く。
ここぞとばかり密着しとく。
坂田は気にもしていない。
坂田は、人に触れられることをあまり嫌がらないのだ。
無事に待合室まで着き、受付を済ませ、2人でソファに座った。
診察の結果、坂田の足にはひびが入っていたようだ。
坂田が処置を受けている間、坂田の家に電話する。
連絡先は兄になっていたので、そこに電話する。
事情を話すと、心底焦った様子で、「すぐ行きます」と電話を切られた。
良いお兄さんそうだ。
松葉杖で診察室から出てきた坂田をソファに座らせ、お兄さんに電話したこと、迎えに来てくれることを伝える。
「ありがとうございます」
と、坂田は言い、少し複雑そうな顔をした。
会計を待っている間に坂田のお兄さんは来た。
坂田の姿を見つけると、走って来て、
「大丈夫か!?」
と、抱きしめながら聞く。
坂田の複雑そうな顔の意味が分かった。
「大丈夫だから、離して」
いつもより、冷たい坂田。
助けてくれと、俺の方を見てくる。
坂田の視線につられてか、お兄さんも、今まで坂田しか見ていなかった目を俺の方へ向けた。
「こんにちは、先生。すいません、ご迷惑をお掛けして。ありがとうございました」
と、お兄さんは頭を下げる。
「いえいえ。お大事になさってください」
「はい」
と、お兄さんは言った。
そこで、お会計に呼ばれ、お兄さんが会計をしにいく。
「暑苦しい兄で、すいません」
と、坂田は言った。
「良いお兄さんじゃん。すごく大事にされてて」
と、思ったままのことを伝えると、恥ずかしそうに笑いながら、
「まぁ、良い兄ですよね」
と、笑った。
坂田の兄は鍛えていそうな身体つきでいて、それなりに整った顔立ちだった。
それなりにモテるだろう。
「咲笑ちゃんと、私、どっちが大切なの?!」
とか、言われたことありそうだな、なんて考えて笑ってしまう。
「先生どうしたの?」
と、坂田に聞かれ、なんでもないと一生懸命真顔を作って答えた。
それから、お兄さんが戻ってきて、坂田が車に乗る所を見届けて、俺も車に乗り、また学校へ向かう。
「ちゃんと、 彼女のこと好きだったんですよ」
と、坂田は言葉が耳に残る。
そうだといいな、と思いながら、みるる~を口に放り込んだ。
みるる~って前にも少しでてるんですよね(笑)
06 担任の先生は大切にしましょうって話と、
08 悩みが解消されましたよーって話で、少し出てきます!




