これから、成り上がり作戦会議を始める!
雨もあがり僅かに月が雲から覗くことができるようになってきていた。焚き火の火だけが辺りを確認できる確かな光であり夜空に見える星々は疎ら。焚き火から照らされる狐色の光が辺りを覆う黒い曇りを消しさって周囲は同色のフィルターが塗られていた。
夜の冷気もあいまって火の暖かさがなんとも心地よい。そんなふうに焚き火で暖をとっているさなか、草むらの奥でがさりと何かが蠢く音が響いた。
森の奥に目を向けると闇の中から浮かぶ二つの夜光と目が合った。その後、一拍遅れて蹄の駆ける音が響く。どうやら焚き火から差し込む火の光を反射して輝いていらしきその夜光は踵を返し森の奥へと消えたようだ。
「ふー、どうやらモンスターじゃなかったようですね」
そう言ってクリストフが焚き火に薪を差し込む。その瞬間、焚き火にくべてあった薪がパチリとはぜて空を火の粉が舞った。闇夜の中、火の粉がクルクルと踊りやがて闇へと消えていった。
闇夜を照らすこの炎は野生の獣の脅威から俺たちを守る守護者であると同時に山賊や(滅多にいないとはいえ)一部のモンスターを引き付ける誘い手だった。もっとも幸いなことに今は招かれざる客が誘われ訪れる気配はないようだが。
「早く夜番をせずに済む街に入ってぐっすり眠れるようになりたいですね」
「クリストフ、俺が起きている今は問題ないけど俺が眠ったら焚き火を背にして見張っとけよ。あまり焚き火を見すぎると夜目が効かなくなるぞ」
「ああ、すみません。後、クリストフじゃなくてクリスでいいですよ」
「ではクリス、落ち着いてきた事だし情報交換といこうか」
前から他の奴等が何やってんのか気になっていたのだ。
「ええ、了解です。とりあえずそっちの事情はさらっとアニスからもう聞いてますよ。では次はこっちの生い立ちを話していきましょうか――」
さて、ではクリスから聞いた話を纏めるとしよう。クリスのフルネームはクリストフ・ド・デュパン。生まれは貴族、といっても日本で言うところの世襲最下級である準男爵相当、曰く英国や独国でいうところのジェントリやユンカーといった階層、豪族・地主的なものだったらしい。そしてクリスはそこの三男坊(ただし母は妾)として生まれた。
暮らし向きは一ヶ村の領主でしかないので、日本人が連想するような貴族貴族した暮らしではなかったらしい。それなりに大きな館に住み、小作人を雇い、村の人々に命令をだしながら戦時に備えて剣を振るう、なんとも典型的な田舎の小貴族な暮らしぶりだったとの事。
きっと「貴方の不幸を祈らせてください」とそれを聞いた直後に言った俺は悪くないと思う。ちっ、勝ち組人生かよ、上手いところ引きやがって。俺は混ざりモンの農奴でさっき倒した奴は盗賊だぞ畜生め。
だがしかし、そんなクリスの幸運も長くは続かなかった。
「貴族といっても最下級では後を継ぐ奴以外は平民に落ちるから特に特権とかは殆どないんですよ。なので第二子以下は畑を譲ってもらうか、何処かに婿なり嫁なりするんだけど、僕の場合は僧籍に入ることになりましてね。そんなわけで今まで寺暮らしをしていたわけなんですよ。まあ、寺といっても仏教じゃないですけど」
因みにこの世界、基本的に男女問わず長子が家を相続します。男女差別? こんな魔物を倒せば女性でも、筋肉盛り盛りマチョマンを一蹴できる世界で何を言いますか。男女の差なんて子供を産む側か産ませる側か程度しかございません。
そして俺がなんで寺に入れられる事になったかと聞くと。
「まあなんというか、少し親子兄弟関係というものの構築に失敗しましてね」
そう言ったクリスの顔は自嘲していながらも、どこか寂しげに見えた。
……どうやら下手に余裕がある家庭だった為に現代知識を使って色々やろうとしたが、調子に乗って”やり過ぎてしまった”らしい。その結果、鬼子として寺に入れられた。
「お寺さんだけあって、そこはガッチガチでしてね。あちらでやってたことはこちら流の勉強とか聖句、あとは農業ですか。さらにこっそりとちょっとした実験を少々。もっとも還俗する際に全部破棄してきましたけど」
なお、クリスの馬鹿丁寧な口調は寺時代の教育によって培われたものらしい。クリス曰く、「所詮、育ちが悪いので興奮したりすると鍍金が剥がれる程度のものですけどね」とのことらしいが。
まあ、そんな感じで、なんだかんだとある程度順応して暮らしていたそうなのだったが、最近、流行り病でクリスの父と一番上の兄が死んでしまったらしい。その結果、寺で暮らす援助も切られてしまう。だがクリスは実家に帰されることはなかった。
最終的には、この先にあるエリノアという都市にあるクリスの実家の別邸を譲り受けることになったらしい。要するに強制的な独立である。
「まあ行ったことはないですけど管理は御用商人が行っているそうだしそんなに荒れてないんじゃないですかね。まあもっとも直ぐに売り払う予定だから住む気はないのですが」
そう言い終えたクリスはお手上げとばかりに両手を広げた。どうやらこいつも結局は根無し草だったというわけだ。
「はぁ~~、なんだかなぁ。実はお前さんの金やコネを期待していたんだがな」
「あはは、すみませんね。だがそれは正直僕の責任じゃないですしね。でも顔貸しぐらいはできると思いますよ。一応、これでも身元ははっきりしてる身ですからね。厳密には平民、自由民なんでしょうけど、一応僕も貴族とぎりぎり言えなくもないですし」
「万が一だが兄貴が死んだらお貴族様だしな」
「いや、兄が死んでも僕の知らぬ間に親戚筋が勝手に相続してそうな気もしますけどね。じゃあ、僕も君に聞きたいことがあるんですがよろしいですか? 今回初めて同じ転生者を同化したわけですけれども、どんな感じがしたものでしょうか? 何か違和感とかありました?」
こりゃまた微妙な所をついてくるね。まあ、はたから見ても判るとおり別に全然殺したことを気にしてないけど。俺は腕をぐるぐる回しながら口を開いた。
「別に、そこら辺の魔物とかを倒したのと特に変わらない感じだったな。まあ効果は抜群だったわけだけど」
具体的に言うと筋力、耐久、俊敏が二段階上昇し、魔力の方はギリギリでランクアップを果たしております。もちろんスキル付きだ。
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・ジャン
筋力 D 耐久 D-
敏捷 D+ 魔力 Dー
保有スキル 【使い魔作成】【痛覚緩和】【魔術行使 D】
【痛覚緩和】new!
スキル所持者は痛覚が半減する。
戦闘時はアドレナリン上昇の効果もあり、常人なら行動不能な傷を負っても行動可能。同時に再生能力増強効果もあり、重要器官に重大なダメージを負っても生きてさえすれば治癒可能である。ただし切断された四肢の再生は行えない。
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メシウマです。
「今回の相手は魔力以外は格上でしたからね。かなり上がっている筈ですよー。たぶんもうそこらの兵士相手なら単純な力勝負では負けないです。イケイケGOGOなのですよー」
おお、いつのまにか一般兵レベルを突破しておったわい。
「でも急激にステが変わったわりには体に違和感を感じんな」
「体が軽い、こんな幸せな気持ちを感じるなんてはじめて、もう誰にも負ける気がしないっっ!! とかなんだったら面白かったんですけどねー。いやはや残念なのですよ」
おい、馬鹿止めろ、ふらふら踊るな馬鹿ネコ。後、それは死亡フラグだ。
「幻想を崩すようですが同化といってもそんな特別なものではないのですよ。急激な筋トレしようと成長期に短期間で背が伸びようと体を動かすことを失敗するはずがないことと同じなのです。
訓練で足が速くなろうと歩くのに支障がでるわけないですし、半年で背が十センチ伸びようともそんな大げさに目測を誤ったりはしないのです。同化なんてその程度のものなのですよー」
「そんなもんかねぇ、まあ何度も体験する気はさらさらないが」
別に勇者様になりたいわけじゃないからな。同胞殺しなんてもんにリソースを取る気はさらさらございません。
「そうですね。それに基本、ジャンの場合は非戦をとる転生者相手なら特に敵対関係になる可能性は薄いと思いますよ。基本初対面で印象が悪くなる事は少ないでしょうから」
「え? なんで?」
「いやだってアニスが側にいるじゃないですか。僕のところのアニスは消えてしまったわけですけど、基本、僕たち転生者は幼少期にはアニス、天界の天使アニスのコピーが付いてたわけです。ならそこの猫アニスが間に立てばアニスに情が移っている僕等はそう敵意を向けないと思いますよ」
「あ~、そういやお前等のところにもいたんだったな……」
俺にとってのアニスはこいつ一人だったから、他のアニスが及ぼす影響なんて考えもしなかったわ。
「で、そっちのアニスはどうだった?」
「いや、変わらないですよ。たぶんどのアニスも同じでは。……ただ君のアニスを見てるとちょっと懐かしさを感じてしまいますね。もう会えないと思っていた友達にふいに出会った心境です。そりゃ、警戒も緩むってもんでしょ?」
「……まぁ、そうかもな」
俺が殺したアイツも出会い方が違っていれば、また別の未来があったのかね。
「まあ、しんみりするのは無しにして、お互い今後の方針を話し合わないか?」
「そうですね、前世では三人よれば文殊の知恵と言いますが、二人寄ってもそれなりの知恵が出るやもしれませんし」
別に世界は広いんだし、やり方が被っても他国でそれぞれ使うんなら問題なかろうなのだ。どうせこの世界、著作権などないんだし、知識などいづれ拡散する。なら双方、別々の場所でよりよりスタートを目指せばいいじゃない。
「貸りても出たのがサル知恵だったら残念無念なのですがね」
「ちゃかすな、猫知恵」
「因みに私が貸すのは猫の手ですよー」
「役にたたねぇッ!!」
「効能は息子の保険金が出て金持ちですよー」
「それは、猿の手ーーッ!」
「ああ、懐かしいなぁ、このやり取り」
僕もやりましたよと感慨深げにこちらを見ているクリス。しかしながらこちとらこれが日常である、感慨もクソもない。とっととツッコメ、場を止めろ。
「ともかく、とーもーかーくー、話を戻すぞ。」
「OK、とりあえず僕のほうは問題ないですよ」
うーん、何から話すかね。というかこちらの出す情報に見合う情報をこいつが持ってるかわからんしな。
「じゃー、お互い使えそうな内政ネタを一つずつ出しあわね? 片方が途切れたら情報交換はそれまでって事で」
「うーむ、もしも知ってるネタと被っていたとしたら?」
「お互いどんな事を知ってるか判らないし、最後まで話さないとそれは判別できないからな。そこは仕方ないということで被らないことを祈ろう。ただしあまりにしょぼかったらノーカンで」
「了解です。というかトラブリそうなのでしょぼそうなネタは自重した方がよさそうですね」
うん、うん、弁えてくれてお兄さん助かります。……お兄さんだよな。たぶん、前世では年下だと俺は思っているんだが。あと、敬語使いながらも結構微妙に砕けた表現が混じっているよね。なんというかこいつも口調が変な感じに混ざってな。
「ではとりあえず僕からですね。そうですね、僕からは養蜂というか巣箱の作り方を教えられますね。というか寺では教会よろしく蝋燭を作る為に養蜂していて色々こっそり実験したんですよ。そして実地試験完了済みです」
「養蜂の巣箱なんて木箱作って設置するだけじゃないの?」
「普通の木箱を作るだけじゃ箱の中に蜂の巣ができるだけですよ。それじゃ、結局のところ巣を壊さないと蜂蜜も蜜蝋も取れないじゃないですか。ちゃんとラングストース式にしないと」
……ラングストース式?
「ああ、一般では名前言っても判らないですよね。ようするに蜂の生態に即した巣箱ってことですよ。蜂の為に巣箱を作ろうというのは古今東西何処でやっていまして、昔の人は藁や木、壷なんかの中に入れて養蜂を行っていたというわけで」
お、おう。
「で、そのまま古代から一世紀ちょっと前の19世紀まで巣箱に蜂を入れる、そしてその後に壊して蜜蝋と蜂蜜を回収するという作業を延々と続けていたわけなんです。が、ラングストースと言う人が継続使用可能な巣箱を発明しましてね。蜂の巣を模した構造の巣箱を作ったんですよ。
蜂の巣ってのは上部が蜜を貯める場所で、その下に働きバチなどの幼虫を育てる場所や花粉を貯めて置く場所になっています。そして、それらの下の層に女王蜂が鎮座されているのです。(因みに雄蜂は最下層らしい)
ラングストースとはそんな蜂の巣の構造を模し、巣箱を二種類に分けて作るんですよ。重箱式にね」
…………。後で改めて教えてもらおうかな。
「おおう、ジャンが二匹になったのです(ボソ)」
え、俺って傍から見たらこんな感じなの。まじで!?
「一番下の巣箱、育児箱には女王蜂と働きバチ、働きバチの幼虫が育ち暮らすための場所になります。その巣箱の上に王隔板という働きバチは通れても女王蜂は通れない隙間が開いた網板を取り付ける。
そしてそのさらに上に貯蜜箱というものを載せる。女王蜂は王隔板に遮られて貯蜜箱にはこれないのでこちらには蜜蝋と蜂蜜のみが溜まっていく。巣が成長すればさらに貯蜜箱を追加で上段に積み上げていく。そして時々、その上段に積みあがった貯蜜箱を蜂達が餓死しない程度の量、取り外すのです。
つまりラングストース式とは蜂のコロニーを壊さずに安易に蜜だけ持っていける巣箱なのですよ」
あ~、そのなんだ、申し訳ないのだが。
「ごめん、もう一回説明して。次は図解ありで地面に書いて」
そんな感じで俺は泣きのもう一回を願い出たのだった。
簡単に言うと女王蜂の出入りさえ塞いでおけば、コロニーに卵を産み付けないので、蜜蝋と蜂蜜だけが上層に溜まっていくんだよ!