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誰か勝手に魔王、倒してくんないかな  作者: 山彦
第二幕 商人時代編
36/38

雨宿りした小屋の中で 5

「仲間だと? 俺を狙ってナイフを投げ込んでおいて何言ってやがる。手前のような奴なんて見たことねえぞ。別口の同業者か?」


 別口の同業者、それは俺が盗賊だと思っているということだろうか。おいおい、俺はこれまでの人生において後ろめたしいことは一切していないぞ。法の抜け道を潜ったり悪玉を懲らしめたりはしてたが人道に背くことはしていない。うん、これからどうなるかは知らんが。


「別に盗賊仲間だなんて一言も言ってないしお前と面識があるわけでもないさ。ただ偶々、同郷出身だったというだけだ。ただしそれは”ここ”ではなく”あちら”だがな」


「………………ああそうかお前もそうなのか。ちっ、何がどうなってんだ。今まで影も形も無かったと思っていたら今になって突然怒涛の如くあらわれてきやがる。お前らちょっとは段階踏んでちょぴちょぴとゆっくり来やがれってんだ」


 それはまったく同感です。でもそれは俺じゃなくて神さんに言っとくれ。


 ぼろい馬車小屋を照らすのは奴の足元に落ちている松明と木窓とオンボロ小屋の隙間から漏れ出す月明かりのみ。今の俺が相手に対して確実に持っているアドバンテージは猫の視覚のみだ。それをより効果的に使うべく俺は片手を剣先を奴に向けたまま、もう片手で扉を閉める。


「それは俺も同感だが俺から言わせてもらえばお前が言うなだな。せっかく意気込んで新天地で頑張っていこうとしていた矢先にこれだ。人様の迷惑になるような事は控えて欲しいもんだね。というわけで争う気はないので彼を解放してもらいたいね。暴力反対、ノー・モア・アメリカ」


 場に満ちる緊張感に居た堪れなくなりつい軽口を言ってしまったが「もっともノー・モアどころかこの世界にゃアメリカなんぞおらんがな」と自分のボケに対して心の中でセルフ突っ込みをいれる冷静な自分が内側にいるのを感じる。そんな自身を半歩後ろから眺めるような奇妙な錯覚を感じながらジリジリと相手と距離を縮める。


 奴はクリストフに剣を向けつつも視線はこちらに向けたままの状態となっている。そのままクリストフに剣を下ろすと俺に対して隙を見せることとなるが、だからといってクリストフを放置するというのも危険な不確定要素を抱えてしまう。対して俺も俺で一応助けに入った以上、なるべくならクリストフを殺さないようにしたいのでこのまま剣先をクリストフに向けている奴に対してうかつに飛び掛かるわけにはいかない。


「どうだい兄さん、ここはいっそ何も見なかったことにして全員回れ右するってのもありだと思うんだがね」

「ついさっき口より先にナイフを使った奴が争う気がないとか冗談抜かすなタコ助」

「ははっは、ですよねー」


 正直に言うと人助けと銘打ってはいるがその動機にほんの少しもやましいことがないかと言われれば言葉を濁さずにはいられない。金は多くて困ることはなく、力も多くて困ることなどない。奴が今まで殺してきたモンスターや人間、それが奴のほんの僅かな油断で俺が横取りにできるかもしれない。その状況から魔がさしたというのが本音であったのやもしれない。


「人助け、正当防衛、相手は盗賊、これだけ揃われると流石に前世の良心ごときじゃ耐えられなかったわ。例えばさ、食うや食わずやの生活を送っていた奴が希望を胸に僅かな路銀を持って新大陸の船に乗ったらそれが転覆してさ、脱出用のボートに向かう途中で故国出身っぽい金持ってそうな人間が強盗に襲われてたとする。さてどうする助ける? 助けない? 助けないかもなあっちの世界の日本人なら。だがこっちの世界の人間なら絶対に助けると断言できるぜ」


 なにせそっちの方が生き抜けそうだからな。


「なにせ、金持ってそうな人間と縁を結べて、強盗が掻き集めた金を横取りできるってんなら、そら後ろから殴り倒したくもなるってもんだ。命のやり取りよりも損得たあ俺ももうこっちの世界の考えに染まっちまってるってことかねぇ。つまりそういうこった。大人しく死んどくれや」


 一般人やっている奴を殺す気はないし、一般人じゃなくても俺に危害を加えなければ特になにもしやしないが、そこに大義名分があるなら話は別だ。俺はこれから初めて人を狩る。


 窓から何か黒い何かが小屋に飛び込む。それと同時に木窓を支えていたつっかえ棒が地に落ちパタンと木枠が閉じられた。部屋がひときわ薄暗くなる。


「恨んでいいぞ、兄弟」

「ぬかせ!!」


 奴の懐目掛けて一気に踏み込み剣突き立てるべく走る。その姿はヤの付く自由業の方が腰だめにドスを構えて「タマ取ったる」と突っ込んでいくが如し。イメージこそ悪いが確実に剣に力を伝える合理的な突進方法だ。

 十分にあったはずの間合いが一瞬で埋まる。元々が狭い掘っ立て小屋だ。全力で駆ければ到着までほとんど時間はかからない。


 そんな俺の行動に対して奴は小さく舌打ちした後、クリストフを思いっきり蹴り飛ばした。呻き声と共にクリストフの体がその瞬間小さく宙に浮く。そしてクリストフに向けていた剣を両手で構え俺の攻撃に対応しようとする。


 迫る俺の剣先に対して奴は片手を添えた刀身を俺の剣の腹に接触させる。「キィィィィンッ!」と金属が擦れる音が響く、俺の剣先は上方向への力が加えられ軌道を逸らされた。奴の剣で受け流された俺の一撃はむなしく奴の肩の上へと煌いた。


「――あめぇんだよ、ドサンピン!」


 俺は真下から胸板に向かって蹴りをくらって吹き飛んだ。体が傾ぐ。俺はよろめきながらも体勢は崩すまいと腰に力を入れ地面を力いっぱい軸足で踏みしめた。


 頬を一筋の汗が流れ落ちた。頬を伝う汗は下顎を伝い地面に落ちる。


「タイマンなら負ける気はしないが助っ人でも雇われたら面倒だ。ここで殺してやる」


 ちっ、やっぱ本職は強ええな。明らかに俺より戦い慣れていやがる。暗闇での戦闘なのでなんとか対応できてはいるがこのままだとやばい。奴はお返しとばかりにこちらに向けて剣を振るう。それに対して俺は必死の形相で避ける。


「やれるもんならやってみろ」


 俺は奴に対して渾身の力を込めた一撃を繰り出す。横殴りに繰り出されたそれを奴は剣の腹を打つことで防ぐ。そう、その動作は俺の一撃に対して片手で刀身を支える奴の剣が防いだだけのように(・・・・・)見えたのだ。奴の狙いに気づかぬまま俺はそのまま連続で奴の体に剣をぶち当てようとする。だが奴の剣の軌道は変化し続ける。


 刀身を掴み剣を自身へと引き寄せ、剣の軌道が横周りから下周りへと変化する。さらに次の瞬間、奴は驚くべきことに柄から手を離し――両手で刀身を(・・・)掴みあげ俺の脳天に剣の柄を叩き付けようとしてきた。


 そう、俺の剣を横払いで防いだ勢いを殺さぬまま奴は自分の剣の刀身を両手で持ち、剣の鍔をハンマーよろしく俺の脳天目掛けて打ちつけてきたのだ。


 俺はたまらずその一撃を剣で防ぐ。



「かかったな、この間抜けがァ!!」



 奴はそう言いながら剣の鍔を俺の剣の刀身に引っ掛け、そのまま引きずり降ろしにかかった。俺の剣は奴の剣に押さえつけられ、されるがままに胸より下の位置まで引きずりおろされる。その次の瞬間、俺の剣をずり降ろしていた奴の剣の柄が跳ね上がり俺の顎に向け突き出された!!


「まさか、こんな大技にかかりやがるとはな」


 顎に突き刺さった強烈な一撃はプロボクサーのアッパーの如く俺の脳を揺らし意識を朦朧とさせる。状況は二本足で立つのがやっとな状態。口の中を切ったのか口内からは鉄の味が広がっている。


「おいおいおい、こっちの剣術は初めて、それとも剣道かじったことしかありませんとか舐めたこと吠えてんのかこらァ!? 戦場舐めた真似しくさってんじゃねえぞォッ! チャンバラじゃねえんだよ、剣道みたいに柄握って振り回すだけなんて仕様じゃねえんだよォ! こっちの剣は叩き切るもんなんだよ、つまり”握れんだ”、握れるってことは支点も変えられんだよ! 和風に使っていいもんじゃねえんだよ! 和風に使いたいんだったら最低でも剣術か棒術を習ってから出直してくんだなァ!!」


 追撃が繰り出される。俺はただ縮こまって受けに徹するしかない。一撃、二撃、三撃と俺に向かって剣が振り降ろされ続ける。そして何撃目かの一撃のとき俺は体ごと壁まではじきとばされてしまった。そんな俺に向かって奴がにじり寄って来る。


「これで止めだあぁーーーっ!!!」


 奴は大きく剣を振り上げ止めの一撃を加えようとした。だがその時、小屋の中の明かりの一切がなくなった。残っていた地面に転がっていた松明の火が消えたのだ。奴はこの不意に起こった出来事に一瞬動作が鈍る。そのおかげか俺は横に飛び奴の詰めの一手から辛くも逃れた。


「…………!?」

「ようやく交渉できたか」


 闇を見通す猫の目を借りている俺の目には松明に砂をかけて火を消したアニスの姿と床に残されていたライ麦袋の中身を奴目掛けてぶちまけるクリストフの姿が見えていた。


 ライ麦袋の中身が宙に舞う。辺りはすっかり一面ライ麦色に染まり俺も奴も頭からライ麦粉を浴びてひどい格好になっている。呼吸と共に口の中に入ったライ麦粉が外に飛び出す。だがそれでいい。至極計画道り。俺が格上である奴に勝つ為のたった一つの方策だ。


「火を付けんじゃねえぞ。そしたら皆まとめてお陀仏だ」

「手前!!」

「一応聞いとくが粉塵爆発って知ってるよな?」


 気配を頼りに俺の方に向かって我武者羅に剣を振るう奴を避け俺は投剣を投げ続けた。


 一本目は奴の肩に刺さった。

 二本目は滅茶苦茶に奴が動かした剣に当たって地に落ちた。

 最後の三本目は奴の右太ももにさっくり刺さった。


 森のゴブリン共ならこれで終わり。たとえ戦意が残っていてもここまでいけば、ここまで痛めつけられればもはやまともに戦えずに狩られるがままになる。


 ――だがしかし


「なめんじゃ――」


 奴は肩に刺さった投剣を掴みあげ、


「――ねーよ、この三下がああああぁぁぁ!!!」


 俺に向かって放り投げてきた。


 奴の動きは衰えない。奴はまるで痛みを感じないかの如く俺に向かって突進してくる。そして投剣が刺さっていたはずの肩口の傷からは何か魔法でも使っているのか出血がほとんど出てはいない。さらには徐々にだが奴の俺に対する反応が速くなってきている。先ほどの俺に投げ返された投剣も俺の頬を掠めていった。奴の目が闇に慣れ始めているのだ。時間を掛けては再び俺が不利。


――ならば次で勝負を決める。


 柄を持つ手に力を入れ俺は奴のもとへと駆け出した。


「おおおおぉぉぉ!!」


 奴は近づき駆けて来る俺が振るう剣を受けると前回と同じように刀身を片手で掴み、俺の持つ剣の刀身を軸にして自身の剣の軌道を変えようとした。おそらく俺の首を狙ったのだろう。もしその技がうまく決まっていれば俺は負けていたのかもしれない。


 だが結果は奴の思い道りにはならなかった。


 何故なら俺は奴が俺の剣を軸に動かそうとしたその瞬間に下から奴の剣の刀身を殴りつけたからだ。その攻撃の結果、奴の剣は俺の剣から離れ少し上に浮いた。


「なに!?」


 そして俺はその隙間を利用して剣の角度を変えた。俺の剣は奴の剣とすり合い金切り声を上げながら奴に向かって吸い込まれていく。そのままの勢いで俺は奴の左腕を切り裂いた。

「ぐおおぉぉぉ!!」


 辺りに奴の絶叫が木霊した。左腕を切り裂かれその場に崩れかける。俺はそれを好機とばかりに崩れ落ちつつある奴に向かって止めと剣を振り上げた。しかしその剣が振り下ろされるより早く俺の腹に痛打が加えられる。奴の蹴りにより少し後退してしまう。


 再び距離が離れる。だがもはやお終いだ。流石に奴の詰み。片腕ではもはやさっきまでのような変幻自在な軌道は作れない。俺の負けはまず無い。奴もそれは判っている。切り裂かれた左腕を押さえながら歯軋りしながら俺を睨み付け叫ぶ。


「爆発なんてしるか。一緒に吹き飛びやがれ!!」


 俺の目の前でこれ見よがしに指を突き出す。それは自身の勝ちが無くなったことを悟ったゆえの悪あがきだった。勝利という二文字を乗せた天秤が俺の方に傾きつつある今だからこそ行うちゃぶ台返し。わざわざ宣言した後に行動したのは全てをご破算とすることを俺に見せ付けたいが為だろう。


 奴は口の中で数語もごもごと唱える。それはごく初歩的な発火の呪文。焚き火や蝋燭を灯すのに使う本来は害がないはずのただの種火の魔法。


 俺は剣を突き出しながら奴の下に走る。しかし俺が奴のところに辿り着く前に奴の詠唱は終えられた。



――『発火』



 指先から炎が飛び出した。


 それは薄暗い室内をかぼそかに照らした。


 辺りはぶちまけられたライ麦で真っ白に染まっている。



――だがそれだけだった。



「ッッッ!?」

「いい事を教えてやろう。テレビや漫画なんかで出てくる粉塵爆発ってのは基本的に過大表現だ」



 現実ではアニメや漫画みたいな大爆発は簡単には起こせない。まず密閉された空間で、呼吸するのもつらいレベルにまで粉塵が充満している必要があり、その粉塵の濃度が薄くても濃くても爆発しない。薄かったら粉塵が連鎖適に火がつかないし、濃かったら酸素が足りないので爆発しないのだ。つまり特定の濃度に調整した粉塵を撒いて火をつけないと発生しない現象なのだ。そしてその威力自体も火が一瞬で燃え上がる程度なので当然ながら案外しょぼかったりする。さらに言えば今は雨上がりである。周りは湿気が充満している。



「それに所詮は小麦粉。火薬だって湿気れば火がつかないのに小麦粉が燃えるかよ」


 剣の柄を握る俺の手を何か生温かいものが伝い、雫となって地面に落ちていくのを感じた。小麦粉まみれの白い床に血の赤が加わる。


「恨んでいいぞ、兄弟」


 心の臓に刺さっていた剣を引き抜くと奴の体が地面へと倒れる。


 俺が剣についた血を振り払うと、小麦粉だらけの白い地面の上に血の線が一筋描かれた。


連続投稿終了です。次回投稿はもうしばらくお待ちください。


追伸;

剣の柄で顔を打ち付ける動作は実際の西洋剣術に実在します。

以下、YouTubeにあった動画紹介(0:37~) ……講師の爺さんカッケー。

ttp://www.youtube.com/watch?v=k6BBq9zE2pY&feature=related

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