表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰か勝手に魔王、倒してくんないかな  作者: 山彦
第二幕 商人時代編
35/38

雨宿りした小屋の中で 4

 クリストフは唖然としていた。理解できない現象を突きつけられたからだ。


「おや、違うのかい? おれはてっきりお仲間だと思ってたんだがね」

「……なんでそう思ったんだよ」


 余裕ありげな相手の様子を見て忌ま忌ましげに内心で舌打ちする。彼の背をそれまでとは違う汗が伝った。さっきまでも十二分に最悪な状況であったが運命はさらに厄介事の追加オーダーをする気まんまんらしい。


「まあ最初は気づかなかったさ。だがお前とあの坊主との話しを聞いていて、もしかしてと思ってな。ちょっとはポーカーフェイスをおぼえたほうがいいぜ。明らかに動揺していたことがまるわかりだ」


「………………」 


 何か言い返そうとしたが言葉が出ない。どうやら自分はここまでらしい、そうクリストフは深い絶望感に飲み込まれ自身の命を半ばあきらめた。


「そうか、それでばれたのか」

「お、否定しないんだな」

「今更否定しても手遅れだろ」


 クリストフは「はーっ」と深くため息をつくと手近にあった棒を杖代わりにしなんとか立ち上がると目の前に来た自分を追ってきた少年に向かい話しかけた。


「……お前も元は日本人だろ。何で盗賊団なんぞに入ってんだよ」


 そんなクリストフに対して冥土の土産に教えてやろうとでも思ったのかクライシェは口の中でモゴモゴといくつか唱えると指の先に火を灯し近くに落ちていた松明に火を付けた。そしてそれを足元に転がした。


「仕方ねえだろ。生まれた村が村ぐるみで盗賊とぐるだったし。何より、俺の親父は盗賊を匿ってる村人じゃなくて村人のふりをしている盗賊だったからな。そら、無関係とはいかないわな」



 クライシェの生まれたのは寂れた寒村だった。村の周囲は短い草ばかりが生えた荒野。鍬で掘り返しても礫ばかり。風が吹けば荒涼と広がる大地に砂が舞い、見ている者の侘しさや寂しさ、もの悲しさといったものをいっそう掻き立てる。そんなところに植え付けられるのは芋ばかりで、土地違いな中で必死に育てた麦のほとんどはお上にむしりとられるという土地だった。


 元々は交易路の間に位置していた村だった。旅人に一夜の宿を与え、食料や飼い葉を売るなどして旅人が落とす路銀で生活する、そんな村だった。


 だが、それも昔のことだった。隣国の滅亡、戦による国境線の移動、街道の整備。それら様々な要因が重なった結果、交易路のルートは移り変わり、村は旅人から受ける恩恵を無くした。村の小さな目抜き通りにいくつか在った宿屋はつぶれ、住む者も絶えた廃屋だけがかつての賑わいを思い起こさせる。村は貧しい寒村になり果てた。クライシェが生まれる少し前には村はすっかり寂れ規模は半減していた。村人は一目見るだけで栄養が足りないと察することができる顔だった。


 そんな村にあるとき盗賊が出入りするようになった。村から逃げ出した村人の一部が盗賊に身をおとし仲間と共にやってきたのだ。その時から旅人が村に落とすのは路銀ではなく命となり多くの血が流れた。まあ正確には落とす場所は村ではなく村周辺の街道なのだが。


 そうして、旅人の代わりに人手を離れた宿には盗賊がはいるようになり、かつての旅人達以上に金を落とすようになった。意外にも盗賊達は食料や水や女をちゃんと金を出して買った。それは自分達を匿ってくれる村は希少であったし、今は交易路から外れてしまっている位置の村ではあるが、それが盗賊にとってはむしろ身を隠して拠点にするには丁度いい位置だったからでもあった。双方は持ちつ持たれつ、そんな言葉がぴったり当てはまる関係だった。


 結果、村の中で盗賊と関わった者は恩恵を受けた。クライシェが生まれ育つ頃には村人もこけた頬も肉付きを取り戻し生活も幾分楽になっていた。盗賊と直接関わっていない者も、需要が発生したことで多少のお零れやお裾分けに与れるようになり、前よりも暮らし向きがよくなった。


 盗賊が金を落とし、グルになった村人が使い、距離をとった村人もおこぼれに与った。盗品によって村がまわるのを見てクライシェは感じた。ああ、こんな経済のまわりかたもあるのかと。


 盗賊が村の女との間に作った子であるクライシェの未来は生まれた時から決まっていた。相続する畑がない以上、自らの手で自分の畑を開墾するか盗賊たちについていくかだった。とりあえずクライシェは盗賊達についていくことにした。この地で農奴として暮らすよりは幾らかマシに思えたし自身には前世の恩恵であるスキルが宿っていた。クライシェは盗賊団の中で剣を学び、盗賊がやるであろう”一通り”のことを体験した。


「まあそれなりに巧くやってたんだぜ。官憲に村をアジトにしていることを悟られるまではな。領主の軍が迫ってきた時の村の連中の手のひら返しの早さ、お前にも見せてやりたかったぜ。今までさんざん一緒に甘い汁吸ってやがったのに、状況が悪くなったとたんに見捨てやがった」


 村人は手には鍬や鎌を持ち、今にも襲い掛からんばかりの様相で盗賊たちを村から放逐した。盗賊団といっても彼らの規模は小さかった。破れかぶれになった村人全員を相手に敵うものではない。それにそもそも小規模の盗賊団だからこそ今まで官憲が動くこともなかったのだ。


 ただ流石に少々この地に根を張りすぎたようだった。またはうまく行き過ぎて調子に乗ったのか、少なくともお上の重い腰を動かし動かせる程度にはうざったい存在と認識されてしまったのが彼らの失敗だった。


 そして現在、新たな地へ逃げ延びようとしている最中だとクライシェはクリストフに語った。


「……なあ、同郷のよしみで助けてくれないか?」


 クリストフは狩人に捕まった獲物同然な自身の現状と、この後に来るであろう未来を前に生き残るべくただ一縷の望みに縋るべく必死に訴えかけた。このままでは自身の死は必定だが目の前の彼をなんとか説得できれば生きる望みがでるやもしれない。


 だが、


「別の出会い方をしていれば話は別だったやもしれんが――」


 クライシェはクリストフの目を見ながら腰に下げた剣を抜いた。


「――それは無理だ」



 クリストフは疲労で朦朧となりながらも相手の一撃を迎撃せんと懐から短剣を引き出し構えた。勝負は見えているがそれでも生存本能の赴くままなんとか抵抗せんと立ち向かおうとする。だが手の中の短剣は「かちかちかち」と自身の意思と相反して震えて続けていた。


 そんな時だった。


 一本の投剣が投げ込まれたのは。クライシェがそれに反応できたのは視界の片隅に自身に向けて振り投げる仕草を捕らえたからに他ならなかった。


「くっ!」


 反射的に体をくねらせ自身に向かってくる投剣を避ける。そして自身を攻撃した投擲主を確かめるべく視線をそちらに向ける。小屋の出入り口には自身のそう年恰好の代わらない少年が立っていた。


「誰だ手前?」

「誰だと? 手前等のお仲間だよ、馬鹿野郎」


◆◆◆


――少し時間を遡る



 クリストフ達の様子に少しキナ臭さを感じた俺はアニスに頼んで彼らの様子を見にいかせたのだが、正直ここまで大事になるとは考えもしなかった。


 つうか状況やべえよ! 御伽噺で言うなら森の中で迷ったら魔女の家に辿り着いたとか、山の中で泊まった民家が山姥の家だったとかと同レベルのやばさだよ!! 絶対に表示されてないけど『不運』とか『トラブル体質』とかいう隠しステータスが入ってんだろ、転生者の方にはもれなくセットで付いてきますとかいらん気遣いがされているだろ!!


「……うわぁ」

「どうすんですかこれ、見捨てて逃げちゃいます?」


 そういうわけにもいかんだろ。貴重な転生仲間を無駄に散らすわけにはいかんし、盗賊に殺させても俺には何の得にもならんからな。なにはともあれ、現在の危機的状況を解決しなければならないのである。


「とりあえず自分の命を危険にさらさない範囲でアニスの方でなんとかやってみてくれ」

「えーー、難易度高すぎませんかそれって。というかジャン自身は何する気なんですか」

「決まってんだろ、ひとまず逃げるんだよ」

「うわぁ、このブラック上司しばきたいです」


 俺は「だまりんしゃい」とアニスとの念話を閉じる。とりあえず同じ転生仲間であるクリストフの件はアニスに一任するとして、俺は自らが逃げやすくすべく色々やるとしますかね。同時にアニスの仕事もやり易くなるやもしれんし。

 というわけで自身がいる小屋の中にいる面子を起こすとしよう。もしかしたらまだ奴等の仲間が紛れ込んでいるかと少々警戒していたが寝起きの連中も念のため起きていた連中も特にその手の反応をしてこなかったので杞憂に終わった。さてでは事をおっぱじめますか。


 というわけで俺は大声で警告を発した。

「盗賊団が紛れ込んできてるぞ。皆、逃げろォォォォ!!!」


 その言葉を受け、小屋に泊まっていた旅人達は驚愕した表情を顔に貼り付けた。一呼吸の間、辺りの時間が止まったかのように硬直する。しかし次の瞬間、旅人達の硬直がとけ一斉に我先にと出口へと走り出した。その人の流れに乗って俺も彼らと共に外に飛び出す、もちろん辺りに警告を発しながら。


 外に出て少ししたところで集団の先頭を走っていた男に向けて矢が飛んできた。辺りの茂みに忍んでいた盗賊たちだ。先頭の男はその後もう一本、矢を追加で受け倒れ伏した。俺は他の面子を盾にし囮にしながらカシミロの所を目指して駆け続けた。


 他の旅人と一緒に逃げたのは、万一の場合の盾や囮にするためだったのだが、まさか最悪の予想が当たるとは。他にもこの客の騒ぎによって街の衛兵を呼び込めないか、うまくいけば盗賊達も危険を察して逃げ出すやもしれないのではないかと思っての策だった。しかし、


「街の兵士が未だに来ないな。ひょっとして見捨てられたか」


 くそったれめ、街の外での出来事は自己責任ってことなのだろうか。人口千や二千程度の小さな街の自衛団なんかそんなに兵もいない。盗賊団の規模によっては門を開けたら街を危険に晒すやもしれんしな。それにそもそも大商団なら護衛ぐらい存在してしかるべきなので大商人が襲われている可能性はほぼ無い。そこから外で襲われてるのは小物ばかりだと推定できてるだろう。


「なんにせよ、とりあえずカシミロの馬車がいる所まで戻って脱出するか」


 背後では囮となった旅人達の悲鳴が聞こえる。だが俺は気にせず後続の皆を引き離す。全てを振り切って俺は馬車小屋まで足を進めた。


「……冷たいな。見捨てて先に逃げやがった」


 到着してみればカシミロはもう馬車を出した後だった。まあ冷たい云々は自身にも言えた義理ではないわけなのだが、見ず知らずと顔見知りはもうちょっと対応が違うことを期待していたので少しがっかりだ。


「まあ阿鼻叫喚の地獄絵図に留まりたいと思うやつはいないわな」


 どうするかね、この先。一応、金目の物は自身で身につけていたので金銭的には問題はないが目的地まで行くには食料が足りない。これは森の中で朝まで事態をやり過ごして食料を買って徒歩ってとこか。見ず知らずの人間を乗せてくれるような奇特な人間はいないだろうしな。今回みたいに物取りが化けてるやもしれんし。


「……まったく幸先悪いな」


 そういやアニスは今どこにいるんだろう。そう思いアニスの居場所を探るべく意識のチャンネルを合わせてみたのだが、……あれなんか前の方にいないか。


『おいアニス、ひょっとして市壁をぐるっと一周してはいないか』

『ええそうですよ、狂乱状態になった人間に理性的な行動を求めるなってことなのですよ。ほら、あれです。ホラー系のモンスターに追われているのに屋上に上がる的な』


 ……まあ、アホとは言わないがな。経験者として言わせてもらうと悲鳴を挙げながら森の中を突っ切るのは自殺行為だし。モンスターもそうだけど夜の森を明かりなしで突っ切ると木の根に足を引っ掛けて転倒、さらに追加で頭を打つとか坂を転げ落ちて死亡というコンボ発生フラグが立ちます。


 でも、なんだかなぁと釈然としないものを感じながらアニスがいる方向に向かって駆けるとしばらくして馬車が猛スピードで俺の前を横切っていった。あぶねえな、人に当たったらどうなると思ってんだ。まあ状況的に焦るのもわからなくはないけどな。


 そんなふうに走り去っていった馬車に注意を割かれていると小屋近くの藪の中から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。藪を払いながら中を進むと視界にアニスが入ってきた。


「何を隠れているんだアニス」

「シィー!! 黙って隠れるですよ。そして聴覚強化して小屋の中の会話を聞く!」

「何がなんだかな」


 何がなんだか説明してくれてもいいと思うんだが。ちなみにこの聴覚強化と暗視の魔法は実は(偽)が隣に付けたほうがいいような使い魔持ち特有の魔法だったりする。自身の能力を魔力で引き上げるのではなく自身の五感の一部を使い魔の五感の能力と同等にするという魔法で仮に使い魔が犬だったら嗅覚強化、鳥だったら視覚強化(望遠)が使えるようになるわけだ。強化というより借用と言ったほうが近いかもしれない。


 訳も分からずとりあえず言うとおりにし聞き耳をたててみるか。王様の耳はロバの耳、そして私は猫の耳なんてな。どれどれどんな会話をしているのか……あれ?


「あれ、なあアニスこれってまさか」

「はい、昔、偉い人は言いました。転生者を見かけたら近くに三十人はいると思えと」


 そんなふざけたことを言った偉い人などおらんわ!

 そもそも三十人っていったら全体の1/3近くじゃねーか。


「世間は狭いどころじゃねえだろ。例えこの世界が地球より狭いとしても俺が旅に出るなり偶々ばったり他の面子に、しかも一人じゃなくて二人なんて人数に出会うなんて明らかに乱数がおかしいだろ」

「そんなこと私にいわれても知らないですよ。本来そもそも私は使い捨てアイテムだったわけですし本体のほうも下っ端ですし。まあでもちょっと疑問には思ってはいましたけどね」

「疑問というと?」

「わざわざ同化能力なんて付けたところで世界に100人程度じゃそうそう巡り会わないんじゃないかなってことですよ。ですけどこれが答えなんでしょうね。きっと転生者って某漫画のキャラ達みたいに惹かれあうんじゃないですかね」

「何それ怖い」


 まじで怖いわ。それって権力握るか強くならないと、格上の相手に遭遇したらまな板の鯉状態になるってことじゃねえか。自分の運命が見ず知らずの相手の胸三寸とか嫌過ぎる。

 しかし、そうすると今回の一件って偶々近くに盗賊団所属の転生者がいたのでそれに引き込まれた結果というわけなのだろうか。


「で、どうするのですか?」

「決まってるだろ。変更は無しだ」


 見捨てるなんて選択肢あるわけないだろ夢見の悪い。第一、盗賊の方の奴はこのまま放っておくと下手したらステータス的にヤバイことになりそうだからな。しかも性格はアウトローなんて野放しにしておいたら俺の首が危ないわ。


 立ち向かう前に出来るだけの準備は整えておく。【暗視】の呪文を自身にかけて夜目を利くようにし【技能取得】で平衡感覚を猫並みにする。


 よし、準備は整った。


 さてさて、では立ち向かおう。人助けと洒落込もう。


 もっとも内心をぶっちゃけるとケツまくって逃げ出したい気持ちで一杯だったりしますが、それはちょっと横に置いといて開戦の狼煙をあげるとしよう。


 ベルトのホルダーから投剣を抜き出し構える。狙うは相手の眉間。勿論、胴体を狙うより難易度は高いが、残念ながら人間様は動物とは違い心臓や内臓が詰まっている胴体を守るために鎧を着けるという知恵があるのだ。


 俺は口から漏れ出しそうになった声を飲み込みながら意思を投剣に込めながら大きく振りかぶって渾身の力でもって投げる。投剣の軌道はドンピシャのストライクに奴の頭一直線。


 当たれッ!


 ……だがしかし、奴は体をくねらせて自身に向かってくる投剣を避けた。そして当然、奴は自身を攻撃した存在へと視線を向ける


「誰だ手前?」

「誰だと? 手前等のお仲間だよ、馬鹿野郎」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ