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誰か勝手に魔王、倒してくんないかな  作者: 山彦
第二幕 商人時代編
34/38

雨宿りした小屋の中で 3

ちょっと三人称を導入してみた。

 「ちょっとお話をしようか(キリィ)」なんて語ってみてはみたが、あれから当たり障りのない内容を話しただけで話を終えていた。


 いや、俺だって詳しく話がしたいし、さっき出された揚げ足を取ってみたいとは思うよ。だけど防諜的な面を考えるとこんな人が多すぎる場所は駄目だろう。外に出ようにも小屋の外は雨風が吹いている。そんな環境にこっそり相手をさりげなく誘うなんて無理だろう。ならばエリノアに着いた後じっくりお話をすればいいだろうさ。狩りは確実に退路を塞いで一撃でだ。まああせらずやろうと思う。


 そんなふうに内心呟いて俺は今日の一件をとりあえず終わらせて明日の旅路に備えようときつく目を閉じ眠りにおちようとした。まだクリストフを含め横にならずに起きている人間もいたがそもそも本格的な旅など今回が初めてだ、無理はしないほうがいいだろう。


 そうきつく目蓋を閉じているのだが一向に眠れる気配がない。眠れないまま時間を持て余してしまう。 身体は疲れているはずなのに何故か寝付けない。


 眠れない……


 意識は未だ冴えており眠気が襲ってくる気配が一向にない。頭はシャキリとしており眠気に鈍る気配を見せない。すっかり目が冴えてしまった俺は、どうにか眠ろうと固い床の上でごろりと寝返りを打つ。そんな時、



 ――ギィィ……。



 扉が開く音がした。音がした方を覗いてみると外開きの木造の扉が軋んだ音を立てて再び閉まるところだった。見渡すと部屋の中にいたはずのクリストフが居なくなっていた。


 なんだ、小便か? まあ酒も飲んでいたしな。


 そう思い、再び睡魔をおろすべく目蓋を閉じて眠りに入ろうとしたのだが目蓋を閉じていくらもしないうちに床を軋ませる足音が響いた。どうやら例の小間使いの少年と傭兵の男が外に出ようとしているようだ。


 少年は外に出る際に小屋に残っていたクリストフの護衛の男の方を向き何やらニヤリと笑った。なにやら挑発的だ。そのような態度をとられると護衛の方も放置しては置けない。というかそんなことをされなくとも護衛としては彼がクリストフに危害を与えぬようついて行く義務が生じる。護衛の男は小さく溜め息をついたあとクリストフを追って外に出た。


 さてどうしようか。


「アニス、一応後を追ってきてくれ」

「念の為ですね、わかりましたよ」


 話が早くて助かるよ。まあまず問題はないと思うんだけどね。

 思い過ごしだといいんだけどな……。



◆◆◆



 降り続いていた雨はもう止んでいた。

 足元には水溜りができており一歩一歩足を踏み出すたびに泥が靴にこびり付く。彼の目の前には用足しを終えたらしい目当ての人物がこちらに体を向けていた。どうやら小屋に戻ろうとしているらしい。


 そんな彼に近づいてくる男、いや少年が一人。だがその少年は後ろから追ってきた男によって地面へと叩きつけられた。


「おい、あまり怪しいまねをするな。俺の手間を増やすんじゃねえ」


 そう護衛の男が地面へと叩き付けた少年を上から見下ろしながら言った。

 だが、地面に叩きつけられた少年は微動だにせず護衛ににやついた顔を向けていた。


「おい、何か言ったらどう……」

「くくっくくく、あははっははっは」

「馬鹿だねぇ、あんた本当に馬鹿だよ。どうみても護衛としては三流だよ。

 あんた。多少は腕はたつようだけどそれだけだね。いや実に間抜けだねぇ」


 少年はもう堪えきれぬとばかりに護衛の男に対して嘲笑を浮かべた。まったくもって思い通りにいきすぎて失笑すら漏れてきそうだ。こうも考え無しな男とは思いもしなかったと少年は思った。相手をなめて痛い目にあったばかりだからって少々過剰に警戒しすぎだと少年は上司に対して心の中で毒つく。


「もう一度地面に叩けつけられたいか、それとも次は殴られたいのかお前」


 そう護衛の男は威嚇した。だが、少年は「チッチッチ」と指を振りながら舌を鳴らして小馬鹿にするような挑発をする。そして、



――グサァ



 護衛の背中に槍が突き刺さる。闇の中から一人の男が彼らの方に歩んできた。


 男の片手には槍の柄を引っ掛ける突起が付いた棒状の器具があった。それは投槍器である。投槍器とは原始時代にマンモスなどの大型動物の狩猟に使用されていた道具だ。だが、後になって発明された弓矢の登場によって我々世界では新大陸やオーストラリア以外の地域において投槍器は忘れ去られてしまっている。


 しかし、こちらの世界では広く使われていた。なぜなら高い筋力ステイタスを持つ者の力に耐えられる弓が希少だったからだ。普通に使われている弦で筋力が強い者の力に耐えられるように作ると小型のバリスタで扱う物ぐらいの太さになる。その為、腕の筋肉で飛ばす投石器や投槍器がこの世界では今でも現役で使われている。


 もちろん同じ人間が使うとすれば弓矢が使えるのなら弓矢を使ったほうがいい。弓矢の方が当然投槍器より威力は上なのだから。


「露骨すぎだぞクライシェ。遊んでないで真面目におとりをやれ」

「あははっは、すみません。警戒してはみたものの案外安い相手だとさっき気づいてしまったものでちょっと茶目っ気が。それにちゃんと注意を俺に向けさせて先輩が背中を狙えるように誘導したでしょ」

「護衛は素人だろうが腕は確かなようだがな。まだ生きてるぞ、そいつ」


 地面に倒れ伏していた護衛の男がクライシェに向って切りかかっていき、男がそれを持っていた槍で防ぐ。胸から槍を生やし半死半生の様相になっている護衛だったがその目には闘志がみなぎっていた。少なくとも当分は死にそうにない。


 心の臓を狙って投げられていた槍だが男は踏み込みの時に生じた足音から機敏に反応し、体をずらして狙いを逸らしていたのだ。槍は胸の辺り肺を貫いてはいるがそれは致命傷ではない。


「……一応急所をねらったんだがな。おいクライシェ、俺が相手をしている間に後ろで腰抜かしている金持ちの坊ちゃんを捕まえとけ」


 男に指差された先をクライシェが視線を向けるとそこには事態の変化についていけず、ただ、呆然と立ち尽くしているクリストフがいた。


 クリストフは混乱していた。


 今まで平穏に暮らしてきたクリストフにとって今、自分に襲い掛かってきているこの現状はまさに彼の運命を終わらせる大津波だった。


 それは心身ともにクリストフを害そうとさざなみのように迫りながら徐々に大きくなり遂には彼を飲み込むほどの大きさとなって襲い掛かった。恐怖という津波は時間をかければかけるほど彼の心を蝕み、凶手という名の大津波は目の前の彼にじりじりと距離を狭め自身の命すらも飲み込み奪い去ろうとしていた。


 口から意識しないうちに低い籠ったような悲鳴が漏れ出る。それは彼にとってまるで別世界の出来事のようだった。何も考えられない、考えられるはずもないクリストフは今の今まで荒事とは無縁の生活を送ってきたのだから。


 そんな恐怖で固まってしまっていたクリストフを動かしたのは、遠くから響いた次の叫びだった。


「盗賊団が紛れ込んできてるぞ。皆、逃げろォォォォ!!!」


 どこかで聞いたことのあるような声だとクリストフは思った。だが今のクリストフは考える余裕はなかったのでそれ以上考察することはなかった。


 そして、彼は混乱したまま何も考えずに逃げ出した。



◆◆◆



 勿論、そんな行動を相手が黙って許してくれるはずもない。クライシェは当然のごとくクリストフを捕まえにかかる。上品な言動、上等な衣装。明らかに裕福な家の出であることは見て取れている。そして何より彼がここに来た道程は自分たちがこれから向かおうと、逃げようとしている方向と同じなのだ。行きがけの駄賃に彼の実家から金をせびるのも悪くあるまいというのが上の考えだった。


 もっとも実家等の金蔓になりそうな話を聞き出した後なら耳か指を切り取ってから殺してしまっても問題ないので必ずしも彼が生き残れる保証はない。そしてクライシェもまた彼を生かして帰すつもりはなかったのだ。


 クライシェの足は当然クリストフよりも速かった。だんだんと両者の距離が近づいていく。クライシェの手がクリストフの背にかかろうとする。クライシェの指がクライシェの肩に手がかかろうとしたその時、物陰から小さな獣の影が飛びついてきた。


「ぐわあッ!!」


 襲い掛かってきた獣はクライシェの顔面に襲い掛かった。不意を突かれ動転したクライシェは的確に行動できず尻餅をついた。クライシェが状況を理解する間もなく獣は続けざまにクライシェに襲い掛かる。たまらずクライシェは自身の顔を腕でかばいにかかる。いかに小動物とはいえ眼球を攻撃されてはまずい。混乱が収まらぬままにクライシェは腕をがむしゃらに振るった。


 そして、腕が偶然にも獣に当たった。獣が跳ね飛ばされる。少し冷静になったクライシェは剣を抜き、件の獣に叩きつける。だが剣は獣に当たることはなく獣は近くの茂みへと逃げ出していった。


 興奮で荒くなった息を調えながらクライシェは視線を前に向ける。だが、先ほどまでいたはずのクリストフは当然だがもうそこにはいなかった。耳を澄ませば地を駆ける音が聞こえる。まだそう遠くまで逃げてはいないようだ。


「手間を掛けさせやがって」


 ようやく混乱から立ち直ったクライシェは自分に襲い掛かってきた獣がなんだったのか疑問に思った。なにしろ自身にはあのような獣に襲われる謂れなど微塵もなかったのだ。



「ちっ、黒くて素早かったのでよく判らなかったが猫だったのか……?」



 そうクライシェは忌々しそうに舌打ちした。そう、まったくもって忌々しくて仕方がなかった。なぜなら、あの獣がいなければとっくにクライシェはクリストフを捕まえていただろうから。


◆◆◆


 ……逃げなければ、絶対に逃げ切らなければ命は無い。今度逃げ切れなければ、確実に殺されるだろう。恐らくもう命を落としているだろう護衛の男のように。


 遠くから何者か断末魔の声が聞こえた。同時に何者かのいきりたつ怒声も。先ほどまで静かだったはずの闇夜は地獄へと様変わりしていた。


 何者かだと? そんなの決まっている。夜盗とその獲物となった旅人だ。さきほど聞こえてきた「盗賊団が紛れ込んできてるぞ」という声に反応し逃げようとした旅人とそれを逃がさんと襲い掛かった盗賊との争いが随所で起こっているのだろう。


 冗談じゃない、こんなところに居られるか。畜生、さっきのあいつまだ追いかけてきやがるのか。クリストフは後ろから迫り来る足音から逃れるべく必死に足を動かした。だがその足音はどんどん近付いており言いようもない悪寒が全身を這う。


 今まで、前世も今世もこんなに必死に走ったことは無い。辺りは鬱蒼とした森と街を囲む市壁が広がって見える。森ならば入り込めば振り切れたやもしれない。だが恐怖に怯えた彼はただただ自身を隠してくれる場所、または自身を救ってくれる者を探していた。今の彼に広々とした屋外で一人たたずむといった選択肢はとれなかった。今のクリストフの心境、立場はまさに小動物と同じだ。誰の目にも留まらない狭い場所に隠れたいのだ。


 ぬかるみに足を取られそうになりながらも必死で逃げる。走りながら枝を掻き分け、落ち葉を踏みしめる。走って走って走り続けた。怒りと悲しみの感情を抱えて。


「……ま……糞が、俺から………れると……って………え……」


 はっとして振り返った。随分と走った筈なのに奴の叫ぶ声がかなり近い。クリストフの足の速さは常人並みである。またそれは体力も同様だ。段々と走る速度が落ちてきていた。呼吸がぜいぜいする、眩暈が酷い、足が鉛のように重たい。


 走っても走っても背後から迫る足音が振り切れない。それどころか逆に近づいて来ている。


――くそッ、こんなところで死ねない、

  此処まで走ってきたんだ絶対に逃げ切ってやる!!


 進行方向にある小屋に商人らしき男がいた。何やら小屋の中で慌しく作業をしている。


「あ、あの……た、助けて下さい。追われているんです!!」

「はァ? ふざけんな糞餓鬼、厄介事呼び込みやがって。つまり何か、手前を追って盗賊がここに来るってことじゃねえか。そんなの付き合ってられっか、俺は逃げるぞ」

「ちょっと待ってくれ、置いていかないでく…うゎっ!?」


 男に追い縋ろうとしたクリストフは足元の何かに躓いてよろめく。 その何かは「がらん」と地面を転がる音を立てクリストフの足をすくった。体勢を立て直す間も無く倒れる。


「痛てて、何だよこんな真っ暗なところに転ぶようなもの置いとくなよ…」


 クリストフは何が自分を転ばせたのかを確かめるべく足元に目を向けた。そこにあったのはただの割れた酒の空瓶だった。だがクリストフはその奥に「ある」ものまで見てしまう。床に広がった血の海に横たわる頭が陥没した人型の物体。クリストフはそこに無残に転がっている死体が”ある”のを見た。


「あっ、あんたが殺したのか……」

「ちっ、見ちまったかますます忌々しい餓鬼だ。

 俺のせいじゃねえよ。盗賊が来たのとあいつが俺を馬鹿にしたのが悪いんだ」


 男は他の馬車から自分の馬車に荷を移す手を止めた。今まで殺した相手の荷台から金になりそうな荷を盗んでいたらしい。その後、男を警戒するクリストフをよそに男は黙って荷台に飛び乗り手綱を握った。


「お、おいっ」

「あばよ、精々頑張って逃げ回ってくれ」


 男も流石に「その方が俺の安全につながるからな」という胸の内を明かすことはなかった。そして唖然としているクリストフを置いて男は去っていった。


「……」


 絶望している暇は無い。立ち上がらなければ立ち上がって逃げなければ。


 だがあまりに疲労が溜まりすぎて力が思うように入らない。見れば足はぷるぷると震えていた。頭では逃げなければと思うのに体がいう事をきかず立ち上がることができない。震える足に叱咤して何とかその場から立ち上がろうとしたその時、 




――妙に近くから声が聞こえた。




「そう急ぐなよ、もう逃げる必要はないんだからさ」

「…………」


 振り返ると、唇の端を吊り上げて皮肉げな笑みを浮かべた顔のクライシェが直ぐ傍に立っていた。


「わりィ、無防備な背中を見たんで、ついな」

「……ついな、じゃねえよ。くそっ!」

 

「あははっは、いいねいいね。そっちの口調の方が好きだぜ。さっきまでのは上品さが鼻についていけねぇ。同郷同士なんだから遠慮はなしといこうや」


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