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誰か勝手に魔王、倒してくんないかな  作者: 山彦
第二幕 商人時代編
33/38

雨宿りした小屋の中で 2

 こいつはこっちの輸送費が高いと言っていた。

 ならばこの地域とは別に基準となる地域がこいつの中にあるということに他ならない。


 一体、こいつを何を基準に今の話を批評したんだ?


 こことは別に雨量が多くて人糞堆肥を商業利用をしている国が存在しているというのか?


 だが日本のように大々的に商業活動ができるほどの需要が発生する風土を持った国がそうあるものだろうか。狭い範囲で人糞堆肥を融通しあうことはあるかもしれない、だが大抵の地域では買取量と輸送費を賄えるほどの利益を出せるとは思えない。


 人糞堆肥を使う事自体は西洋でも特に問題はない。フランスでも一部地域で使われていた事実がある。だがその需要は商売ができるレベルではなかったし都市の衛生問題が解決されることもなかった。よって西洋世界での衛生対策としての効果は期待できないのではないかと思う。まあ国が損を覚悟で金を出すなら可能やもしれないが。


 まあ特に意味などなくなんとなくあんな表現をした可能性もあるけどね。深い意味などなくこの件につっこんでも揚げ足取りでしかない可能性の方がもっとも高いだろう。


 そもそも村を出て直ぐ同じ転生者に会うなんてご都合主義すぎることなんて起こるはずないだろう。……どこぞの奇妙な冒険のように転生者同士は惹かれあうとかないよな。


「まあとりあえず」

「要注意ってとこですかね。で、もし本当に転生者だったらどうするんですか?」


 ……そうなんだよな。 別に俺はスキルとか目当てに同郷の人間を殺しまくろうとか考えていないんだが、向こうがそれを信じるかどうかは微妙なところなんだよな。つうか俺自身正直ちょっぴり及び腰だったりする。


 うーん、放置すべきか? でもちょっぴり本当に同郷の奴だったのなら会話とかしたい気もするんだよな。なにせ俺以外の奴の状況なんてまったく判らないわけだし。俺以外の奴がいったいどんな半生を過ごしたか正直興味があるんだよな。

 もしもあいつが他のお仲間の状況を知っているならその内容しだいによっては今後の方針が変わるかもだし。俺も含めて皆、大概は農民出身だろうと思っていたが、実は権力階級出身が多数派でしたってこともあるやもしれん。もしそうであれば、少々今後の人生設計を変えねばならぬやもしれんな。


 あと知恵や知識も借りたいんだよな。俺の持っている知識とかはTVやネット、お婆ちゃんの知恵袋の延長程度のもんだし。ぶっちゃけ一人の知識じゃ限界があるわ。別に俺は学者の先生だったわけじゃないのであくまで雑学というレベルなのだ。


 例えば醤油や味噌などの発酵食品の作り方とか。いや俺だってそれらが大豆が原料だというのは判っていますよ? でも醗酵させる触媒としての麹の作り方とか知るわけないのですよ。たとえそれが判ったとしても色々製法が不明なので容易く作れるようなもんでもないけどな。


 まさに状況は『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という状況。


 こう言う風に表現すると危険を恐れずに突き進めという感じに解釈されがちだが、虎の巣に入って虎の子を盗もうというのなら当然親虎に噛み殺されるリスクもあるという事なのですよ。死んでしまっては、元も子もありません。


「いい事思いついた。よしアニス、あいつを監視して俺より弱いかどうか調べてこい」

「なんというヘタレ」


 やかましい。身の安全を確保せずに死地に飛び込むというのは勇気ではなく蛮勇というのですよ。あっちが俺より弱いんなら例え相手が好戦的だったとしても命だけは確保できるのだ。


「いいから監視でも尾行でもして力量を観察してろ」

「まあやれと言うならやりますけど、私には『な、なんて巨大な気だ……』とか『なんだこのプレッシャーは!!』とかいう便利な力はないですからあまり期待しないで欲しいのですよ?」

「それは俺も前世今世問わず感じたことないからそこまでは期待してないよ」


 ああ言う殺気とか気配とかってこっちの世界でなら普通に感じることができるのかと思ったがあんな漫画みたいな感じになったことなかったんだよな。死の恐怖やら戦闘のストレスで胃がキリキリする事とかはあったけど。

 むしろ使えたのは視覚や聴覚、嗅覚そしてその場の経験という糞地味な方法だった。


「というか使い魔は基本、魔力感知スキルを持っているんじゃなかったけ」


 俺はまだ持ってないけど。


「まあ魔力だけなら外から推定可能ですけどね。でもあれってあまり当てにならない上に同じレベルの人間同士でも誤差がかなりあるんですよね」


「当人の魔力技量次第では同じ魔力値でも天と地の差らしいしなぁ……。しかも放出するタイプの人だと日常時はあまり魔力が感じられないとか父さんが言ってたっけ。特にランクが低い人間は魔力ステは基本誰しも低いしな。最悪魔力Fだけど他のステはそれなりってパターンもあるか」


 しかも相手の方が魔力高いと自分より高いとしか分からないんだよな。


「外から観察して駄目だったらそちらから話しかけてさりげなく聞き出してくださいね」


 さりげなく聞き出せればいいけどな。


◆◆◆


 取り留めのない話をする声がする、高いびきをかく音がする。暇つぶしに一時の隣人と語らうもの、孤高を愛し一人時を過ごすもの。そのどちらの胸に浮かぶ思いはこの季節外れの長雨が早く止まないかなというとこだろう。霧雨とまで弱くないがこの小雨は未だに降り注ぎ旅行者達の足を止めていた。


 あれ以来さりげなく様子を窺っているのだが特にめだった進展はない。例の彼は俺と同じくらいの年代の少年傭兵の勧められた酒をちびちびやっているようだ。少年傭兵の方は小屋の中に一緒に入ってきた先輩または上司らしき年配の男の小間使いらしく護衛の売り込みをやらされているようで、年配の男はその様子を遠くから見ていた。


 少年兵に交渉をやらせてはいるものの成功するとは思っていないんだろな。基本護衛は信頼できる仲介がなければ雇ってもらえないらしいし。見ず知らずの人間を護衛に雇うなんて送り狼を受け入れるが如き蛮行だ。相手が山賊、盗賊の類とも限らないのだから。


 世に言う冒険者ギルドというところも新人に護衛依頼をさせることは皆無らしい。当然だ、冒険者のふりをした山賊を護衛に送り出したとなってはギルドの信用問題に差し障る。


 しかしながら、


「ああも無防備に対応されると案外受け入れてしまうんじゃないかと心配になるな」


 まあ流石に今現在雇っている護衛が止めるだろうからそんなことにはならないだろうけどな。あんなあからさまな袖の下を出してまでご機嫌伺いした小間使いの子、かわいそうに。


「案外大物という可能性もあるが、はたから見て鴨まるだしだな」

「魔力も特に感じませんでしたしね」


 見たところ特に武装もしてないというのに無防備に大口開けて笑ってんだよなこいつ。うーむ、本当にこいつ転生者だろうか。本当にこいつが転生者だったとしたら今まで警戒してきた俺って一体……。


 もっとも転生者とはいえ元はあくまで日本人である。むしろある程度平和ボケしてしかるべきかもしれん。いかんせんなんか現地で地元の人に日本人旅行者の醜態を聞くような居た堪れなさを感じてしまうのですが。


 なんというかあいつが転生者であれ現地人であれこの先この世界で生きていけるのか非常に不安です。もっとも見た感じ良い服着ているっぽいので間違いなく良い所の生まれだろうから心配する必要はないのかもしれないがね。


「ジャン、いい加減見てるだけじゃなく行動すべきだと思うんですが」

「俺もそう思うんだがちょっと重大な問題を発見してしまったんだ」

「それは?」

「なんて話そう?」

「…………」


 アニスさん、そんなジト目でこっち見るのやめてください。だってさ、十年以上村八分状態で過ごしてきたんだぜ。カシミロの件は取引だったので何とかなったけど、普通に友好的に接するってちょっと一瞬考えてしまって仕方がないと思うのです。


「そもそも用事も無しにどう話しかけたらいいやら」

「いや、普通理由なしでもとりあえず声をかけて話題を振ったり引き出したりするもんじゃないかと思うんですが。というか前世じゃ普通に話していたでしょうに」

「えー、だって俺ってシャイで内気でナィーブだから」

「『嘘だ!』と言っていいですか。本当に内気な人間はそんな事を言いません。というか、いつまでもグダグダ言い訳をしてないでとっとと話しに行ってこいというのですよ!!」


 おお、何と酷い台詞なんでしょう。別に嘘は吐いてないんだがなー(棒読み)


 まあ、確かにいつまでもぐだぐだ尻込みしていても始まらない。ちょうどかの少年兵が護衛の男に追い払われたとこのようだし、これ以上アニスに尻を蹴られる前にとっとと行動するとしようか。



◆◆◆



 相手は明らかに俺よりいい服を着ていて良い所の出っぽいが旅は俗世と乖離させる効果があるようで旅の間に出会った人間はある程度は対等である。旅路で出会った者はよほど身分差がある相手でもないかぎりある程度は問題なく話が出来る。これがある意味、旅の一番良い所なのかもしれない。


「へー、それで商人になりに街まで」

「ええ、正直このまま故郷にいても先はありませんし、友人もいるエリノアに行こうかと」


 声をかけた後、しばらく話をしてみたがやはり人の良いというか世間知らずな御仁らしい。


 判明した名前はクリストフ・デュパン、自称どこぞの商家の次男坊との話だがその身なりや物腰から見ておそらく嘘は付いていまい。容貌はこの辺りイルムガルト王国民の典型的な容貌である黒髪黒目に褐色の肌という地球でいう中東系によく似た姿形をしている。体格は俺ほどではないが背が高くやや細身。その姿は手足が全体として長めなせいかどことなく蜘蛛のような印象を受けた。



「それはそれは家族思いなことですね。僕は家族とは疎遠なので正直羨ましいですよ」


 家族とは疎遠というのは気になる話だ。もしもトラブルになった際の脅威度が違うのだから。だがあまり根掘り葉掘り聞くのもなんだしもう少し遠まわしに探っていくか。


「そんな大した事でもありませんよ。結局最終的には自分の為になることですから」

「いやいや、俗世と言うのは中々に厳しい場所だと僕も聞いていますし。実は私もこれから独り立ちする為にエリノアまで向っている所なんですよ。目的地が同じと言うのなら同年代ですし心強いですよ」

「……へぇ、ご家族は心配していらっしゃったりはしていないのですか」

「いや、何と言いますか。どうやら僕は兄に嫌われているようですから……」


 そんなふうに彼は寂しげにそう答えた。どうやら色々家庭の事情があるらしい。しかしながら彼には申し訳ないが俺にとっては好都合だ。実質、今そばにいる護衛以外の脅威は存在しないということなのだから。


 しかしながら、初対面の人間にこうも自分の内実を吐露するとは、案外平気そうに見えて彼も内心不安で一杯なのかもしれない。偶々これから自分が暮らすやもしれない場所に行く予定であった同世代というだけの自分に心情を告白しているのだ。精神が弱っている証拠と言えよう。

 もっとも彼がその風体に見合った仕事に就いたのならたかだか旅先でであった出稼ぎ少年程度の縁など直ぐ切れてしまうのだが。おそらく俺が一張羅を着て、さらにそれなりに弁えた礼儀作法を修めていたせいで何か勘違いをしているのだろう。実際は生前に母から厳しく礼儀作法を学ばされた結果なんだけどね。


 旅先で俺が村にいた時よりまともな格好をしているのはあまりに質素な格好をしていると逆に危険だからだ。社会的保護から逸脱した層だと思われ面白半分にちょっかいをかけられてはたまらない。明らかに金持ちと思われるのは不味いが見るからに逃げた農奴または奴隷と判る格好もまずいのである。


 もっともいくら身格好を上等な物にしたとしても目端の利く者が見れば直ぐにばれるんだがね。いくら見栄えをよくしても、あかぎれの跡が残る手足や鍬を握ってできたマメは早々消えたりはしないのだから。



「いやいや私のような無学な者と比べて博識でいらっしゃると思いますので新天地でもつつがなく生活できるのではと思いますよ。そういえば先ほど遠方の貴族様のお遊びについて何やら詳しく考察をなさっておいででしたね。いやー、雨量の多い地域だったら河川が多い。言われてみれば確かにそのとおりだ。そんなこと考えても見ませんでしたよ。やはり学のある方というのは違う」

「あはっは、そんなことないですよ」


「いえいえ、私はかの件が異国で使われている農法だということはエリノアに行った友人から聞いて知っておりましたが正直、その成否は判断できませんでしたから貴方様の考察には感服いたしましたよ」

「……異国の農法?」


「おや、あの件が別の国で使われている農法であるとご存知だったのではないのですか。なにせ例の貴族の若様の話はここより南の国の話だそうです。ならばそれよりも雨量の多い国を知っていなければかの国に対して雨が少ないとは表現しないでしょう。違ったでしょうか?」

「え……、ああ! その通りです。恐らく何処かでそんな感じの本を読んだと思います!」

「ああやっぱり! いやぁよかった、よかった。なら旅人が言っていた話は法螺話ではなかったんですね。ではその本に書かれていたはひょっとしてやはり東にあるというトゴレザという国の話では?」

「ええ、そうだったと思います」

「……へぇ」


 選択を間違えたなクリストフ。君はただいい間違えたと言い張ればよかったんだ。

 トゴレザなんて国はない。トゴレザの逆さ読みはザレゴト、つまり嘘だということ。

 なんでトゴレザなんて国を知っていると嘘をついたんだい?


「そういえば、エリノアにて縁故の方を御頼りになるとのことですが、その方のお名前を聞いてもよろしいですか。共に新天地へと足を踏み出すもの同士連絡先を交換といきたいところですがエリノアの友人の伝手と言ってもこちらから連絡なしに乗り込む予定で住処もどうなるか未定ですので、こちらの連絡先はお伝えできないのですが」

「そうですかわかりました。こちらの連絡先を教えるのは構わないです。ただ先ほどから話題にしているエリノアの友人と言う方をいずれご紹介いただけないでしょうか」

「ええ、いいですよ」


 退路は塞いだ。さあクリストフ、これから同郷の者同士でちょっとお話をしようか。



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