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誰か勝手に魔王、倒してくんないかな  作者: 山彦
第二幕 商人時代編
31/38

故郷、遠くにありて思うもの 続々々

 その後、俺達はそのまま何事もなく家路につき、家族で夕食を囲んだ。……次に皆で夕食を囲めるのは果たしていつになるだろうか。もしかしたら、これが最後の団欒かもしれないと思うと感慨深いものがある。


 そのせいか、俺はさきほどから何やら普段言わないような湿っぽい台詞を連発しているような気がする。いやはや、やはりいざとなったら今の生活に後ろ髪を引かれるものがあるらしく、俺はさっきから我が家を改めて見渡したり挙動不審な行動をし続けてしまう。


 まったくもってさっきの台詞なんかかなり意味深だったしな。というか、下手したらあれが遺言というか俺の最後の言葉になっちゃったりするのか。うーむ、ならばもう少し発言に気を使ったほうがいいかもしれん。下手したら凄く間抜けな台詞が俺の最後の台詞になってしまいかねん。


 それにしても、家に残していく金の件をどうやって伝えるかが問題だな、どうしたもんか。普通に渡そうにも突っ返されるに決まってるよな、父さんの性格を考えると。まあでも幸いな事にうちの家族は皆、字が読めるので手紙みたいな物を残していけばいいだろう。問題は俺が家を出た後、直ぐには見つからず、それでいて確実に皆が見つけてくれるそんな手紙の隠し場所が必要ということだ。やっぱりあの手でいくか。


 そんなわけで、夕食を終え、家族達が寝付くのを待った。何故なら俺はこっそり一人で村を出るつもりだからだ。父さんは俺が村を出る際に見送ってくれるつもりらしいが、その場合、金が渡せない。たいして物の無い殺風景な我が家においては手紙を普通に置いては俺が村を発つのを待たずして見つかる恐れがある。ならば、人目につかないうちに家を出て、俺の布団の上にでも金袋と手紙を置いたほうが確実だろうと考えたのだ。うん、グッドアイディアだね。


 そうして布団の中で俺は時を待った。そして、草木も眠る丑三つ時、夜空に月が高く昇る深夜、俺は動き出す。かなり早いがカシミロとの合流場所に向うべく、まとめてある荷物を取り出し忘れ物がないよう俺は闇夜でうごめき最終確認を行っていた。


「ついにこの日がやってきたといったところか」


 カビ臭い布団の上で俺は心の奥から浮かび上がってきた感慨に対し自問する。村を出ることを決意してからどれくらい時が経ったろうか。村を出て商人になり家族の居場所を確保する、そう決意し今までやってきたが結局の所、俺はまだスタート地点にさえ到達していない。今までの努力は商人になる為に村を飛び出す為の努力、一人で生きる為の最低限の力を身につけるための努力だ。


 しかし、村を出た後は、今までとは違う努力が必要になる。商人という職種になる為の努力、立派な商人になる為の努力だ。もちろん、努力が実るとは限らない。その場合は、最悪どうしても無理だった場合は父さんみたいに傭兵にでも志願するとしかあるまい。あんまり積極的に人を殺す仕事には就きたくないのだが最終候補としては現状外せまい、村に逃げ帰る選択肢は俺には存在しないのだから。


 さて、出て行く前に皆の寝顔を拝見させていただきますか。


「皆、ごめんな。頑張って出世して帰ってくるから、勘弁してくれ」


 そう思いながらセシルの顔にかぶさっている布団を外した。



「ふーん、何が勘弁してなのでしょうか、お兄様。セシルにはわかんない☆」



「……」

「……」


「……」

「……」


「……」

「……」



 俺はそのまま無言で手で握っていた布団を元に戻した。

 ……見なかったことにしよう。


「戻すなぁっーー!!」

「ちぃっ! ばれてしまっては仕方がない!!」


 何故だ、何故なのだ!! 何故、ジト目でこちらを睨む妹が俺の目の前にいるのだ!!


 冷たい汗が背中を流れるのを感じつつ、置いてある荷物があるところまで走りこみ荷物を掴みとる。こうなったらすたこらさっさと強行突破だぜ。俺はあばぁよぉ、とっつぁん!! とばかりに逃走をはかる。だがしかし、


「「逃がすかぁ!」」


 俺は突然セシルとは別方向から何やら甲高い声と共に迫ってきた何かに突撃されてしまった。その何かとは布団から飛び出してきたユーグだった。横から沸いて出たユーグのタックルをくらい俺はその場にたたら踏んでしまった。そしてその隙をつくように突進してきたセシルの突撃により俺は床に倒れこんでしまう。そしてうつぶせになった俺の背中に何か軽い重さが加えられた。そして、背中に乗っている当の何かは俺の馬の尻尾のように縛った髪をとても楽しそうに引っ張っているようだ。


「わーい、おうまさん、おうまさん♪」

「……アガット?」


「さて、じっとしてろよジャン。急に動いたらアガットが怪我するからな」


 アガットに続いて何やらとっても楽しそうな父さんの声が俺を貫く。……どうやらとっくの昔に囲まれてしまっていたらしい。しっかし、何故か目の前の父さんがめっちゃ笑顔だ。うん、本当、息子の俺でも始めて見るくらい。でも何故でしょう、すっごく怖いんですけど……、目が笑っておられません。


「な、なんで? どうしてこんなことに!?」

「某匿名の猫からの密告だと言っておこう」


 あぁにぃすぅっーーー! 貴様がリークしやがったのか!!


「アニス、手前!!」

「やれやれ、あの納得がいっていない様子を見るにまったく懲りていないようですね。少しお灸をすえられればいいのですよ~☆ (ぼそ)……人に甘えるという事が分からないとは。ジャンになってからまともに子供時代を迎えなかった弊害ですかね。まったくこれだから中身が子供じゃない子は厄介なのですよ」


「お兄ちゃん、アニスに八つ当たりしない!」

「ちょっと、脱線している場合じゃないよ、時間も押してるし」

「そうだな、さっさとお説教を始めるか」

「え~~いいなぁ、アガットも、にーに、おせっきょしたい!」



 さて、そろそろこの件についての俺の話もいいかげん終わらせるべく詰めるとしよう。


 父さん達は徐々に近づいてくる。ミシリ、ミシリと床を鳴らしながら詰め寄ってくる。


 俺はこの場から逃げようにも背の上にアガットがいるために乱暴に動くことが出来ない。


 馬鹿な、何でそんなに、皆、笑顔が怖いんだ! ああ、前に! 前に! ごm……



 ……


 ……


 ……



◆◆◆



 あぁる晴れたぁ昼下がりぃ、市場へ続く道ぃ~、荷馬車がゴトゴト俺を載せてゆくぅ~。


 おはようございます。ジャンです…

 家族の為にと黙って金を置いて去ろうとしたら大目玉をくらったとです。


 上の妹よ、セシルよ、「早く一旗揚げて帰ってこないと勝手に嫁にいく」というのは冗談でも許さんとです。というか、あの村にお前は嫁に出せるような家はありません。これは例えアシルの家だとしても許しません、絶対にです!(父さんも同意)嫁に欲しいなんてふざけた事を言う糞野郎は俺と父さん両方に勝つ実力を備えておくとです(怒)


 弟よ、ユーグよ、兄に向って「兄ちゃんって散々悪事に手を染めて金を貯えたすえに、ふらっと気を許した自称、恋人とか友達とかに騙されるか尻拭いに走らされたあげく全てを奪われそうな感じだよね」とは酷いんじゃないでしょうか。いつから君はそんな毒舌になったのかと兄ちゃん自身の教育方針に自信がなくなったとです。しかも微妙になんかリアルな内容でへこんだとです。


 ごめんな~~アガット~~君だけが俺の味方だよ。だけど、さっきの「いいこにちてまっちぇるから、おみやげもちぇかえってきちぇね」と言って無邪気に期待した目を向けられると兄ちゃん凄く嬉しいんだけど、同時に兄ちゃん罪悪感一杯です。でも俺がお土産持って帰るのはかなり後だと思うんだ。というか、次に会ったときに俺のこと覚えていてくれるかな。


 あ、父さん、後から家で金袋が発掘されたらアガットに家を出た兄はどうしようもない駄目兄貴だったと吹き込むってのはマジ辞めて欲しいとです。そんなことになったら本気で泣きそうとです。


 ごめんとです…ごめんとです…ごめんとです…。


 だから…だから…お願いだから、



 誰か、この簀巻きの状態から俺を解放してください!! お願いしますアニスさん!!



 ……現在、そんな感じで滂沱ぼうだの如く涙を垂れ流している俺ことジャンはドナドナドナと荷馬車に揺れされながらこの辺りで一番大きな都市へ向っていた。もちろん俺は簀巻き状態でな! 荷馬車で御者をしているカシミロは暖かな日差しを浴びて船漕いでいやがります。


 もう十分だろお前等! いい加減、縄を解きやがれ!!


 しかも、手元には両替されたロンド金貨などの通貨が詰まった金袋があり、状況はむしろドナドナとは逆で売られて連れて行かれるというより軍資金持って盛大に送り出された状況、そういう感じで市場ならぬ都市へと向っております。はぁ~、まさか所持金が増えることでこんなモヤモヤした気持ちを味わうことになろうとは思わなかったよ。


 今朝の話の続きですが、あのまま俺は母さんの墓の前まで連行された後、朝まで説教が続行されたとです。カシミロへはあらかじめ寝酒が提供されており、出発時間が延長されているという用意周到さでございました。


 アニスが父さんたちに正座という存在を吹き込みやがったので今でも足の調子がおかしいです。あと、こめかみが痛いとです、聞き分けが悪かったからってアイアンクローは止めてください、お父様! 大変反省しておりますからお止めください! 痛いです! もう少しで頭が割れるところでしたよ。即行でタップしても止めてくんないんだもなー、意味分からなかったからだろうけど。


 うんでもって一通り正座させられた後には村を発つまで悪さをさせないようにとのことで簀巻きですよ、信用なさすぎですよ!


 そんな感じで、昨晩は夜通し家族会議という名の俺に対するお説教が繰り広げられたわけなのです。なんでも俺が家族に対して気をつかいすぎるというか甘えてこないというか信頼してないような気がするとか。子供なんだから親に対して甘えるべきであり、子の面倒をみるのが親の仕事であり断じて子が親に対して遠慮することはないとお叱りをうけてしまったのだよ。


 そもそも、俺が旅立つのはセシル達がもっと暮らしやすい環境を与えてやるためなのなら、家族の方でも応援するのは当然であり、多少の面倒ごとは気にすべきではないと、また残そうとした金は俺が稼いだ金なのだから俺自らの為につかってしかるべき金だそうで。


 うーん、それでいいのかな? こちらとしてはアニスが言うように別に役に立たないと家族に捨てられるとかそんなふうに思っているわけじゃないんだけどな……きっと、たぶん、おそらく、maybe……。前世で人に裏切られて死んだのがトラウマになって、絶対に裏切ることのない家族に依存していたなんてことは……ない……はず?


「黙れです、この隠れ人間不信」


 違わい、違わい、人間不信なわけじゃないやい。例え人間不信だったとしても、それは前世の教訓から思慮深さというものを学習した結果なのですよ。相手を信じる前に裏切られる事に覚悟完了する決意をあらかじめするなどと以前より慎重になってしまっただけなのです。つまり相手を信じられなくなったのではなく、相手が信じられるかどうか吟味するようになった、例え裏切られても自身の責任と受けいれられる相手以外は信頼しなくなったと主張する。ほら人間不信じゃない、多分。


 でも、こちらとしては本物のジャンを父や母から奪ったという罪悪感がいささかあったりするのは否定できなかったりするがな(まあその本物のジャンも俺って言えば俺なのだが、まっさらな彼らの子供として生まれあげれなかったというのは非常に申し訳なく感じたりする事が偶にある)


 はぁー、しっかし金袋を突っ返されたからには村に残った家族の無事を祈って、全力で成り上がらないといけないということだよな。というかもう他の転生者にばれないようにと自重している場合じゃないのかもしれん。まああまりノーガードで突き進むのもなんだが、ある程度危険は覚悟して現代知識を使うことに躊躇しないようにしなければならないやもしれない。


 あ、そう言えば大事な出来事があったことを忘れていた。俺は村を出る前に(簀巻きから出してもらって)母の墓前に行ったと言ったけど、その際、村を出る報告や無事を祈る以外にも母さんにお願いしたことがあったのだ。それは姓を貰い受けることだ。


 村を出てから姓が必要になるやもしれないので、俺は母さんがかつて使っていた姓を貰いうけ、今後は使っていく予定だ。家を出る前に父さんから聞かされたのだが、父さんと結婚する前の母さんの正式な名はイルマ・カートラといったらしい。


 母さんは、ここイルムガルト王国の北方に存在するアクロイド公国の騎士爵家の妾腹の娘であったらしいが、仕える主家が没落し実家は爵位を喪失。そして、そうなくとも元々、騎士なんて家業はそんなに裕福な家業ではないので大して貯蓄があるわけでもなかった。結果、妾腹だった母さんは実家から奴隷商人に売り飛ばされてしまったらしい。その後、実家がどうなったかわからないが、おそらく存在しないだろう。母さんも、もはや自分の実家はなく、寄る辺もないと言い切っていたそうだし、既に滅んだ家の家名と考えていいだろう。ならば多少の縁のある俺が貰い受けても問題あるまい。


 よって今後、俺は自らの名をジャン・カートラと名乗ろう。


 家を飛び出した農奴の少年というより没落し爵位を失った騎士家の血を引く傍流の少年としたほうが対外的に耳障りが色々がいいだろう。もっとも今の今までそんな由来など知らなかったし、実質的には生まれも育ちも農奴と言ったほうが正しいわけなんだがね。まあでも王族の血を引いていると主張した筵を織っていたヤクザよりかは大それた事はしていないだろうし、そもそも嘘は言ってない、問題あるまい。


 もっとも、母さんが生きていた場合、俺が母さんの実家の姓を名乗るといったら、どんな反応があったんだろね。自分を売った家の名を名乗ることを嫌がるか、売られた自分の息子が売った家の姓を奪ったことを痛快に感じるか。まあ、もしご不満だったとしてもかつての実家が霞むほどの成功と引き換えにお許し願うということで。……できるかな……できたらいいなぁ、うん(遠い目)


 なんにせよ、俺の立志出世への旅はこれからだ。もちろん、必ず成功するとは限らない、生きて帰れるかも定かではない。前世でもアメリカンドリームなどたいがいは夢物語だ。恐らく前世の世界において同じ状況に放り込まれても俺は旅立ちなどできまい。だが、この世界の俺は旅に出る。何故か? それは今の俺はジャン・カートラだからだ。


 俺が、ジャンが物語の主役だなんてそんな大それた事は考えない。だが今世の俺、ジャンは良くも悪くもその他大勢ではないのだ。恐らく俺の器ではこの世界での役割は脇役がせいぜいといったところだろうが、だからといって決して俺が端役の器であると卑下出来る存在でもないことぐらいは自覚している。


 スキルという才能を保障され、常人より成長が早く、病気にならず、未来の技術と概念を知っている、これで世界という大海原に出るのが怖いと言ったらそれ以下の条件で大海を渡ってきた諸兄諸姉に申し訳がたたない。勝ち取る力を持っていながら勝ちを取りに行かないのは罪悪であるといえよう。


 さあ世界へと航海を始めようではないか、そして、幸運の女神よ、時の神よ、首を洗って待っているがいい。お前らのその前髪、俺が貰い受けてやる。そうとも、世界全体から見たら俺は脇役だ、俺が主役な物語など三流も三流のよもやま話もいいとこだ、だが俺の世界の主役はあくまで俺だ、俺しかない。さあ、俺による俺の為の三文芝居さんもんしばいを開幕しよう。



 荷馬車は村を見下ろす位置にある丘を昇りきり頂上へと進む。その頃にはカシミロも流石に頭をしゃんとしおわったようで俺に気を利かせてくれたのかようやく俺を縛り付けていた縄を解いてくれた。そして丘の上から俺は今まで暮らしてきた村を見下ろした。ここからは俺の家や駆け回った森、そして母さんの墓がある村の丘が見える。俺はそれらに対して思わずペコリと頭を下げる。



――いってきます。


……ジャンは犠牲になれなかったのだ。犠牲(父さん)の犠牲にな


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