故郷、遠くにありて思うもの 続々
俺は突如として繰り出された足蹴りによって体を地に叩きつけられ顔を強打した。土の中に顔から突っ込んだことで、口の中に錆びた鉄と土の味が広がった。
「剣先ばかり見て足元を疎かにするな!」
俺の転倒により剣戟が途切れた為、父さんから怒声がとぶ。このように野良仕事の合間に父さんと剣の修行を始めてそろそろ二年、未だにまともに剣で打ち勝つことはできないが、それなりに打ち合う事ができるようになってきた。だがまだまだ隙が多いようで、剣先に集中しすぎると足元がお留守だぞとばかりに膝を、弁慶の泣き所を、蹴りいれられる。
「さあ、早く立て! さっさと構えろ!!」
地面にうずくまり苦痛に唸っている俺に父さんから改めて叱咤がとぶ。俺は悔しさ半分、やけくそ半分に立ち上がり父さんに対して構えをとる。
俺は前世において当然のことながら剣術など習っていなかった。俺が前世で習ったことがある武術といったら、せいぜい義務教育中に必修カリキュラムに入っていた柔道を少し体育の授業中に習った程度である。
そのため当然、俺が使う剣術はこちらの世界の剣術となる。もっともそれは貴族の決闘などで使われていたフェンシングのような華麗なものではなく、傭兵達が使うもっと血生臭く泥臭い剣術だった。いうなれば、あちらの世界でいう西洋剣術といわれるものに近いだろう。
更に言えば、そのようなその場暮らしの傭兵が使い続けてきたものにまともな流派や教えなどがあるはずもない。それは実戦の繰り返しによって生まれ、後進に伝え昇華された、何代もの名も残さず消えた傭兵達の知恵、我流剣法といえるものだ。当然、教え方は実戦あるのみであった。
俺は父さんに対して構えをとる。
剣〔というか剣に見立てた棒切れ〕を相手に対し正眼に、右手で剣を後腰に構え、左手は強く握らず柄にそえるだけ、そして、切先は相手の顔に向くよう構える。
――いざっ!
「おおおおおおおおおおお」
剣を両手に振りかぶって上段から切りつける。だが父さんはそれを易々と弾いてみせた。その後、父さんは俺に向って剣風を打ち付けながら何度も打ちつけ、俺はそれを懸命に防ぐ。そんな感じで防いでいると父さんは大振りな一撃でこちらを打ちつけようと剣を振りかぶった。このように父さんは時折このようにわざと隙を作る。そして、俺がそれに対応できず逃した場合、後ほど罰として容赦のない一撃を俺に向けてお見舞いしてくるのだ。
俺はその一撃を一歩下がることでなんとか避ける。そして、剣を両手持ちから片手持ちに持ち替え、体の向きを相手に対して正対ではなく斜めにする。そして、そのまま体をバネのように伸ばし跳ねつける。遠い間合いから急所の喉に向って一気に剣を突き刺さすべく、全身全霊、全力全開、渾身の力をのせるべく。
だが、その喉に突き付けた俺の渾身の一撃を父さんはあっさりかわした。そして体が伸びきってしまい動けなくなった俺に対し拳を叩き付けた。
「!! ……げふぅ」
ただいま地面、お帰りなさい俺。そうして再び俺は地面の上に寝転ぶこととなりました。
ちくしょう、口の中で再び錆びた鉄と土の味が広がってきやがった……。
「……お前な、勢いつけるのはいいが、失敗したら死ぬような攻撃をするんじゃない。今みたいな避けられたら次がないような突きなんか二度とするな、決死の覚悟なしに使っていいものじゃない」
「……申し訳ございません、今度からもう少し考えてやります」
……要するに、どこぞの自由騎士みたいな突きは俺には不相応だということだな。今後は避けられても次の行動ができるような余裕ある突きをするようにしよう。まあでも今みたいな突きはともかく、さっきの片手を使った一撃みたいなのは今後のことを考えるに使いこなした方がよさそうなんだよな。
なお、さっきみたいに左手を剣の持ち手を握りっぱなしにせず、手を離し要所要所で握ったり離したりして使い分けているのは理由がある。両手持ちは片手持ちに比べて威力は段違いにある。だが片手持ちにも長所があるのだ。それは剣先を相手に当てることに限っていえば圧倒的に片手持ちは両手持ちより優れているということだ。フェンシングの要領で、体を斜めにして剣を突けば体の幅分リーチが伸びることになる。また、体を斜めにして剣を使えば相手に対しての面積が小さくなるので防御も楽になる。
勿論、威力という点では両手持ちに劣る。その為、この突きを使う用途としては、遠い間合いから急所を突き裂すか、遠い間合いから相手にチクチクと小さな傷を付け、相手の戦闘力を落とす長期戦向きの絡め手になるだろう。使用方法としてはね。
そんなわけで俺はいつでも片手突きの動作に入れるように左手を要所要所で使い分けるように構えているわけだ。剣を受け止めたり振るったりする時は剣を両手持ちで振るうが、それ以外の時はいつでも片手突きが出せるよう強く握らないようにしている。端的に言えば戦闘の選択肢を増やす為の予備動作といったところか。
戦闘という面だけ考えると両手持ちの大剣や盾を用意して使えれば楽なのだが、なにぶん旅をするのに持ち運びに不自由な大剣や盾など商売の旅に使えるわけがない。俺は戦士になるわけではない商人になる気なのだ。携帯性を考えた場合そんなもの持ち歩けるわけもないのですよ。その為、空になった左手を有効活用しようと父さんに教えをこうていたらこんな戦法になったわけである。
まあもっとも、ぶっちゃけそんなに強さをもとめてはいないんだけどね。俺はこれから金儲けをしにいきたいのであって武者修行をしにいくわけじゃないんだから。そしてもし仮に、運命のいたずらがそうは問屋が卸さないとばかりに俺を苛めてきたとしても俺はなるべく戦わずに尻尾を巻いて逃げる所存である。
「今日はこれで終わりだ」
「ありがとうございました!」
父さんが剣の訓練の終わりを告げた。それに対して俺は大きな声で返事を返すとともに深々と礼をした。親子の間だとしても師弟の関係となった以上、礼儀は通さねばならないのだ。
あ~~、それにしても散々、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、おまけに突き飛ばされたせいで何度も腰を強く打ちつけられてしまい腰が痛いなぁ。……もうちょっと休んでから移動するか。
そう結論付け俺は父さんにしばらく休んだ後で家に帰ると伝えておいた。そして、草むらにごろんと大の字に寝転がる。空を見上げれば見渡す限りの青空で気温もちょうど良く気持ち良かった。
「当然だけど、全然勝てないなー」
こんなんで独り立ちしてもいいのかね。まあアニスも一緒についてはくるわけだけど、所詮はネコなわけだし、戦闘力という意味ではあまり当てにできんしな。まあでも、全ての行商人が戦技無双なわけでもなし、そんなに強くなくてもやっていけるかね。もっとも皆、ある程度は荒事には強いだろうけどね。総括すると必要なものはある程度の強さと逃げ足、そして何より運ってとこか。
やれやれ、それにしても……
うぅ……横になっていたら疲労のせいか、なんだか……眠くなってきたぁ……。
◆◆◆
「にーちゃん、こんな所で寝てると風邪ひくよ?」
「むにゃ……?」
肩を優しく揺さぶられて半ば意識を取り戻した。しかし、目はまだ眠気を纏って潤み、ぼんやりとしており視界が霞む。だが、時と共にだんだんと視界がクリアになっていく。目の前には日に焼けた金髪を持つ少女と陶器のような白い肌をした少年が見える。俺は小さくあくびを 口の中で噛み殺し、まだはっきりとしない頭でむにゃむにゃと何かを呟いた。そしてそれはとても聞き取れる代物ではなかったし、呟いた俺自身も何を言ったのか憶えていない。
そして、しばらくしてようやく頭がはっきりとし状況を理解した。どうやら俺はあのまま寝てしまったようだ。そして、セシルとユーグはおそらくいつまでも帰ってこない俺を呼んでくるように言われここまで来たのだろう。
俺は返事の代わりとばかりに笑いながら起き上がった。そしてセシルとユーグの方をよく見ると、道程で引っかけてきたのか服や髪に草が付いていたので、何気なく手を伸ばして草を取ってやったら、何やら二人ともくすぐったそうにしていた。
「ほーら、綺麗になったぞ」
「ぶ~、私達の方がお兄ちゃんの世話に来たのに、子供扱いしないでよ」
「だまらっしゃい、特にセシルは女の子なんだから、そろそろ淑やかさというものを身に着けてもいい頃だと兄ちゃんは思います」
「え~~!? そんなの面倒くさいし窮屈だよー」
このお転婆天使めが、爪とかも土で汚しちゃってまあ。そろそろお年頃なんだから、もうちょっとオシャレに気を使ったりしてくれると兄ちゃん的には安心なんだがな。
俺はセシルとユーグの頭をぐりぐりと撫でた
「……お洒落しろと言った兄がぐりぐりと妹の髪が乱すのはいかがなものなの? 」
「あははははは、いいんじゃないかな。僕はいつもどうりのセシルの方が好きだよ」
――ぽかぽかぽ
そう言ったユーグにセシルが無言で殴り続ける。実に遠慮がない。そして殴られ続けているユーグが上目遣いでこっちに助けを求めてきている。うーむ、普段なら助けにいってやるところだが、もう直ぐ俺も居なくなってしまうし、ここは心を鬼にして見捨てるとしよう。これも弟の成長を願う兄からの試練である。
「ふっ、成長したな俺も」
「シスコン、ブラコンLVが100から99になったことを成長というのでしょうか?
むしろ矯正ではないですかね」
失敬な、シスコン・ブラコン言うな。これはれっきとした家族愛です。そんな悪いことを言う使い魔には少しお仕置きというか犠牲になってもらいます。
「『命令』だ。アニス、そこで止まってるように」
そもそも使い魔は漠然とした命令や恒常的な命令は下せないし、アニスには自由意志が存在するので主人といえど、そう無茶は命令できないのだが、このような単一命令ならある程度は効くのですよ。まあ、それでもアニスは生まれが特殊なので全力で拒否すればなんとかなるかもしれないがな。死ぬほど疲れるだろうけど。
「にゃんですと! ま、まさかジャン、私をユーグの為の犠牲にするというのですか!!」
「ふ、お前はいい使い魔……でもなかったような気もするが、その迂闊な口が悪いのだよ」
「ジャン! 謀りましたね、ジャーン!!」
そんな感じで何やら馬鹿な寸劇を始めた俺達。そしてそれに気づき喧嘩を止めてこちらに注目をはじめたセシルとユーグ。さてさて、ではそういう事でグッバイ、アニス♪
「おーい、今ならアニスが触り放題だぞ」
――ただいまアニス(過剰に)愛でられ中――
「……ふふふ、おぼえているのですよ。この落とし前は必ずつけてやるのです……ぐふぅ」
あ~、聞こえない、聞こえない。だけど流石にそろそろ助け出してやるとするか。
気がつけば辺りは夕闇に包まれようとしていた。日に日に夕闇が押し迫る時間が遠くなり、延びゆく日脚に春を感じた。俺はげっそりと真っ白になって崩れ落ちているアニスを抱き上げながら家路につこうと歩く。俺は今世でやっと得た兄弟達と共に。
――俺のズボンを掴むその紅葉のような手が小さくて
――向日葵の様に笑う、二人の顔があまりに愛しくて
泣きそうになる。
あれほど捨てたかったこの村での日々が愛おしく、この村を出ようという俺の意思を妨げようとする。そんなことは錯覚だというのに。
風に戯れる金色の髪を持つ少女と、白磁のような肌を持つ少年と共に。三者三様に母さんから別々のパーツを受け継いだ似ている様で似ていない兄弟があかね色に染まる道を歩む。
家路への途中にて俺は語りかける。
「いいか、よく聞け。この世界にはどうやっても切れない縁というものがある。その一つが血の絆だ。俺はお前の兄貴だ、お前等は俺の弟と妹だ。ここに居ないアガットも含めてな。心配するな、お前等の今も未来も俺が守ってやる」
俺の言葉にセシルとユーグはくすぐったそうに笑う。
セシル達には俺が村を出ることは話していない。話せば出発前に計画がばれるかもしれないし、余計な負担をセシル達に負わせることになるからだ。なので、俺がこれから何をしようとしているのか知らないのだ。俺が村を出てから、その事実を知ったら彼等は怒るだろうか、悲しむだろうか。
明日にはこの村をたつ予定だというのに、今更そんなことを思った。
さっさと村を発たないか、読者が痺れをきらしてもしらんぞー!
と、王子が申しておりました。
……御免なさい、今回で村を発つ予定だったのですが思ったより文章量が多くなったので分けました。……昔は一タイトル7,8000字ぐらいだったのに、今は下手したら一話でそれだけあるもんなぁー、だんだん文字数が多くなってきております。