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誰か勝手に魔王、倒してくんないかな  作者: 山彦
第二幕 商人時代編
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故郷、遠くにありて思うもの 続

 さてさて、近日中に村を出る予定なわけなのですが、どのようにして村から出るかというと、行商人、以前から何度もこの村で商いにやってくるカシミロの荷台に紛れ込む方法をとる予定なのだ。


 今の時期だと農閑期の空いた時間を利用して作られた品物、麻織で織った衣服や狩った毛皮、木材、酒類などがありそれを買い取りに行商人であるカシミロがくる予定なのだが、その際ついでとばかりに俺も商品と一緒に運んでもらい近場の大きな都市へと繰り出させてもらう寸法ってことさ。


 大都市に着いた後は、そこで商売について教えてくれる奇特な方とお知り合いになれれば完璧だね。そういう感じな商売に触れる機会がある職場を探り、潜り込もうと思っているわけだ。


 もっとも、あちらから教えてくれない場合は見て盗むしかないだろう。幸いなことに、こちらにはアニスという便利な偵察役がいるわけなので、盗聴、盗み見は放題である。まあ、魔法なんて非科学的な物が存在する世界なわけだし、大きな商会とかだと対策ぐらいしてあるんじゃないかとは思うが、さして大きな商売をしているわけではない商人ならば、そんな凄い対策はないだろう。なので多分問題ないと考えている。


 というかそんな大きい職場では紹介状無しの身元不明な小僧は雇ってもらえません。


 また、俺が目指すのは大商人の雇われ商人ではなく、独り立ちして自分の店を目指す遍歴の行商人である。現場での細々した商売のやり方を知れるなら好都合だ。


 もっとも、とにもかくにも厳しい道のりであることには違い無いんだけどね。だがしかし、お先真っ暗なのは今に始まった話じゃないしな。暗闇を走り抜けるような度胸も能力もない俺だが、だからこそ毎度のように一歩一歩地道に歩んでいくしかない。


 まあ、というわけで今は、いつもどうり内職、NAISEIでなくNAISYOKUである。やれやれ、自身の境遇は主人公チックなはずだというのに大変地味だね。まあ、百人も同様な境遇な奴等がいれば薄れて当然か。さしずめ俺の物語での立場は脇役Bというところかね。まったくデッドエンドだけは勘弁してもらいたいもんである。というわけで盗ってきた狐の毛皮をなめしましょう。


「ほふぃ、あふぃふ、ほぉほぉひふぁへひふぁひほっへほい」

「口の中の物出してからしゃべれです」


 口に毛皮をくわえて作業中であった為、まともに喋れない俺にアニスから注意がとぶ。仕方ないだろ、皮をなめしてるんだから。しょうがなく俺は「もがもが」と口に含んでいた毛皮を口から離す。


 なんで毛皮なんぞ口にくわえていたかというと、毛皮を噛めば毛皮を「なめす」ことができるからだ。動物の生の皮ってもんは放置しておくと当然腐ってボロボロになるからな。そんな乾燥して硬くなった毛皮なんぞ、まったく売り物にならん。なので「なめす」必要があるわけだ。


 「なめす」というのは皮がいつまでも腐らず、しなやかさを失わないように加工することをいう。もっともさっきみたいに噛んでなめすという方法はかなり原始的ななめし方なんだけどな。


 というわけで、今、俺は毛皮に付いている肉や脂肪を取り除き、生皮を揉んだり噛んだりして柔らかくしているわけである。だけど、これだけじゃあ工程としては足りないんだよね。このままだと雨に濡れたりすると縮んだり硬くなったりするだ。なので、なめし剤を添付する必要があるというわけなんですよ。俺も前世では動物から毛皮を剥げば即、使い物になるなんて思っておりました。ゲームとかでは毛皮を剥ぐだけで済む形式が多いが、まったく現実は非常に面倒である。あ~~、あごが疲れた……。


「いいから、なめし剤を早くもってきてくれ」

「ふぁふぁふ、へほふはひはははひはほへふ」


 お前も口でくわえたもん下ろしてからしゃべれ。……あ~、すまん、猫では口でくわえないと物持てないもんな。だからそんなジト目で俺を見るのはやめれ。


 俺はアニスが持ってきたなめし剤(とある種類の木の皮を煮込んだ物)を毛皮に塗りつける。さてさて、カシミロが来るまでに売り物に仕上ぎなければな。そうこう仕事に励んでいるうちに今日できる内職作業が全て終った。


 労働終わりの一杯なんてものはないので、田舎の空気で一杯いれる、……ええ、要するに土の上でのんびり座っているだけですよ。あえて言うなら縁側で猫を抱えて日向ぼっこしているお婆ちゃんのようにアニスを膝の上に乗せてのんびりしております。そんな感じでのんびり休んでいると、ふと気づけばこちらに近づいてきている人影を見つけた。膝の上で寝転んでいるアニスを見てみたが特に俺に対して何か言ってくるということはないようだ。つまりは特に問題ない人物ということだろう。


 まあ、そんな警戒したかのように表現はしてはみたが、まあ十中八九に誰かは見当はついているんだけどね。時間と共に件の人影がだんだんと大きくなっていく、そして目を凝らすとそれが誰だか判るようになってきた。予想どうりにアシルでありました。ほらね、そうじゃないかと予想はしていましたよ。


「よっ!」


 とりあえず、俺はアシルに声をかけた。対してアシルは何か様子がおかしい。アシルは俺の前まで近づいてくると何やら俺に話しかけようとしていた。だが何かを言おうとしては言い掛けた言葉を飲み込み、俺を目の前にしながら何か言葉を探しているようだ。


「なんだ? 何か言い難いことか?」

「いや、そうじゃない。いや、そうなのかもしれんが……」

「なんじゃそら」


 何やらハッキリしない感じである。また厄介ごとでもやらかしたんかね。


「ふむ、金は貸せんぞ」

「ちげーよ! つうか、今までにお前に金借りたことなんてねーよ!」

「わかった、わかった。お前が何を言いたいか定まるまで待っててやるから落ち着いてよく考えてから話せ」


 まあ、こいつの様子を見る限りいつもの厄介ごとではなさそうだ。となると用件は大体予想はできるのだが、まあそれは俺から指摘することではない。第一、照れくさい。


「お前の親父さんからお前が近々、村を飛び出すと聞いたんだよ!」

「あ~、やっぱり伝わったのか」


 たぶん、俺がいつまでもアシルに伝えないことに業を煮やした父さんが、俺が村を出ることをアシルに伝えて、友人との別れというシチュエーションを作ったのだろう。やれやれ、別に教えないつもりはなかったんだけどな。予定ではもう少ししたら伝えに行く予定だったとうのに。


「誰にも話すなよ。勿論、そっちの親御さんにもな」


 俺が村を出ることは大っぴらに言えることではない。何故なら、農奴は領主の所有物なのだから。基本農奴に住んでいる土地から移動する権利など存在しない、もちろん領主もそんなこと認めない、逃げた農奴は見つかったら連れ戻されるだ。


 そしてそれは何故か? その理由はそうしないと農奴が割の良い条件の土地を求めて自身の領地から去って行ってしまうからだ。そんなことを認めては領主の領地は誰も居ない空き地だけとなってしまいかねない。なので俺が村から飛び出すことは出来うる限り伏せておかねばならない。


 もっとも、その状態がずっと続くわけではない。

 逃げた農奴にも救いの道というものはあるのだ。


「判ってるよ。……だが二年も逃げ切れる自信があるのか?」

「伝手とか無いんだから保証とかはないな。だがなんとかするしかないだろ?

 それと、逃げ切るだけじゃなくてちゃんと手に職を付けて自立して帰って来てやるよ」



 『都市の空気は自由にする』(Stadtluft macht frei)というドイツのことわざがある。これは、農奴が、都市や修道院へ逃れて1年と1日を過ごせば、自由身分を得られたことが由来とされる。そして同様なルールがこの世界にもある。その期間は二年。そう、二年間、領主の手から逃れられれば俺は農奴より解放されるのだ。


 この取り決めは都市の側の労働力を欲する動機と領主との折り合い、そして何より都市側としても無制限に農奴を受け入れられる能力がないことから生まれたのではないかと言われている。ようするに、都市としては、きちんと職をついて働いてくれる奴は欲しいが、手に職を得るだけの能力も無く、スラムでたむろって治安を悪くするような奴はとっとと引き取ってくれという事なんだろな。


 まあ、そういうわけで一応ぎりぎりまでこの件は伏せておきたかったんだけどな。別にアシルが信用ならないというわけではないが、別の頼みごともあったので、そっちの件が漏れないようにギリギリまで説明は後にしたかったのだがね。


「まあ、折角来てくれたわけだしな。せっかくだからちょっと頼みたい事があるんだが、聞いてもらえないかな。正直、お前くらいにしか頼めない事なんだ」


 「ちょっと待ってろよ」とばかりに、俺はアシルをその場に待たせ、渡すべき物を取りに向った。まあ、念の為に幾つか複数に分けて隠しているんだが念には念をいれるべきだろう。お、あったあった。


「すまん、待たせた。これを渡しておきたかったんだ」

「……別に俺お前の頼みを聞きにきたんじゃないんだがな。

 あ、勿論、別にお前を心配してきたわけでもないからな」


 何を言っているんだお前は、何それ男ツンデレ? いや、こいつの年齢を考えれば、こんな反応はこの年頃の少年としてはそう珍しくもないか。男の体面とか気にする年頃だしな。まあ、それはともかく、いいから受け取れっての。


「……何だよこれ」

「買収金。申し訳ないんだけど、俺が居なくなることで周りや上が騒いだら、これを使ってなんとかしてもらえないかな。うちの家族から出す形式だと根こそぎ奪われそうだし……」


 俺はそう言いながら、中身を見て絶句しているアシルの前に更に二袋を追加で置いた。


 なにぶん、権力者なんて連中は立場や身分をかさに着て上限知らずな要求をしそうだしな。あと、身近な例で村の長老連中とか。袖の下を渡すにもそれ相応の順序というものを通さないと根こそぎ取ってかれないのですよ。その点では村の法の外にいる粉挽きという立場であるアシルの家ならば村側も無茶は言えないし領主側にも顔がきく。この金は彼らからの仲介という形で出した方が最適だろう。正直、この話はもっと後からしたかったんだけどな。アシルから、俺の家族にこの件で俺が金を出していることがばれるかもしれないので。


「……頼むよ。引き受けてくれたら生きて戻ってきた時この恩は必ず返すから、だから、だからアシル頼むよ……、アシルからも、そっちの両親に頼んでもらえないかな」


 お前だけが頼りだと、俺はひたすら頭を下げるしかすることはない。俺が居なくなった後で、どんな事が起こったとしても俺は手を出すことができない。もちろん俺など居なくとも父さんがいるんだから俺などいなくても問題はないはずだ。だが、もちろん絶対ではないし、不測の事態というものはいつだって起こりえる。最悪、全てが終わった後でどうしようも無い現実を俺は聞かされることになるやもしれないのだ。


「頼む」


 頼む、アシル。どうか、俺の我が侭を聞いてくれ。



「……」


「……」


「……」


「あっ~~! 分かったよ! 分かったから、頭上げろよ!」

「!! ハハッハ、そうか! ありがとう、ありがとな、アシル!」


 気を張っていた反動か胸の奥から笑いがこみあげてくる。俺は思わずアシルの両肩をバンバンと叩いた。何やらアシルが痛いと抗議をしているが止まらない。あはは、笑いすぎて目から涙でてきた。ん、なんだいアニス、人が感動に打ち震えている時に。


「……本当にジャンは涙腺がゆるいですねぇ」

「何を言っているんですか、アニスさん。これは笑い泣きですことよ」

「笑い泣きと、泣き笑いは、似ているようでまるで違うと思いますけど?」


 やかましい。変な横槍入れてくんな。まったく妖精から黒猫になっても横からちゃちゃを入れてくるのは変わらない奴である。泣いてないよ、本当だよ?


「しかし、色々無茶やって軍資金を貯めていると思っていたが、実際、随分貯め込んでいたんだな。いったいどうやってそんなに蓄えたんだ。外に持ち出す金がここにある金より少ないってことはないだろうし」

「いや? 外に持ち出す金はほとんどないぞ。残りは大体家に置いていくつもりだし」

「「はぁ!?」」


 いや、そもそも俺は我が一家の明るい未来をつくる為に村を飛び出そうとしているわけなのですよ。その俺が自分が村から飛び出したせいで家族に苦しい生活をさせたら本末転倒ではあるまいか。だからなるべく資金は残していく所存なのですよ。まあ一割ぐらいは持って行くかな。


「……ったくこれだから」


 あれ、アニスも含めて何で皆さんそんな目で俺を見るのでしょうか? あれ、アニスには言ってなかったけ、というかそもそも、俺は稼いだ金を旅費とか生活費とか表現したことはあっても軍資金とかそういう表現をしたことありませんよ?


「ジャン」

「はい?」

「これ全部は受け取れないわ」


 そう言って袋を一つ俺に押し返すアシル。へ? いや返してくださるというのならこちらも助かるけど、大丈夫なのか。こちらとしてはアシルの家からの仲裁がないとかなり拙いことになると思う……って、というか無表情で怖いよ君ら!!


「つうかさ、つうかさ、なに考えてんだお前?」

「へ?」

「結構あっさり他人を騙したりして冷淡かと思えば、あっさり自分を犠牲にしたりして、お前ぶれすぎだろう。お前はいったいどっちのつもりなんだ、人情派なのか、それとも薄情派なのか!?」

「あ、……いや、えっ?」

「その上、あんだけ危ない橋を渡って貯えた金を自分の為に使わないとかアホかああぁあ! 貴様はあほだあぁぁぁぁぁっーーー!!」


 アシルが吼えた! 何やら猛り狂ってるよ! しかも対象は俺だよ!!


「そもそも、お前んちが無くなったら、家は明日は我が身なんだよ!

 そんな事しなくても、粉挽きは粉挽き代とか色々あるから金はあるんだよ!

 偶に粉をちょろまかしたりできるし!」

「いや! それこんな所で暴露しちゃ駄目だろ! 

 鍬持った村人に袋叩きにされっぞ!!」


 つうかやっぱりやってたのかよ!


「盗っても盗らなくても盗んだと言われるなら盗っちまったほうがいいだろうがよぉぉぉっーーー!」


 いいから落ち着けえええぇぇぇぇっーーーー!!!!



 ……


 …………



「……どうしてこうなった」


 アシルをなんとか落ち着かせ、なんだかんだと話し合った結果、何故か手元に帰ってきた袋が2つに増えてしまった。あるぇ~、おかしいな、本当にどうしてこうなった。


 俺が居なくなった後での我が家への仲裁はアシルがあちらの親御さんを説得してくれると確約してくれた。そんでもって渡すはずだった金は当初の1/3に減らされてしまった。そして、その代わりに俺が外で成功したらアシルを雇う約束だ。


 粉挽きは裕福といっても全ての子供に粉引きの権利が相続されるというわけじゃないからな。跡を継げなかった奴は普通の農民になるか伝手を見つけて町で奉公に出て職人とかになるかしなければならない。そしてアシルは跡取りではない。このままだと普通に農民になる道を歩むことになるのだ。


 まあ、そんな契約を結ばなくても俺が大成できれば誘う気だったけどな。何を言っているんだかあいつは、お前はとっくに俺の中では身内だっての。それにしても精神的に年下な親友に気を使わせるとはなんとも情けない。一応普段は年上としてそれなりに気を張って手助けするようにしてきたのだがな。


 それにしても別に俺だって聖人君子ってわけじゃないんだぞ。自身の身を捨て人の為に行動するなんてできるような奴じゃありませんよ。アシルは俺が自分を犠牲にしているかのように言っていたがそんなことはない。ただ自身の行動によって家族に不利益をもたらさないようにしようとしただけである。


 そもそも、俺が村を飛び出したとして、確実に成功して帰ってこれると決まっているわけでなし、可能性としては男手が減った上にいたずらに村での立場を悪くするだけに終わるかもしれないではないか。第一、村を出ること自体が俺自身の我が侭だ。ならば、俺が村を出る際に生じる不利益を、またまた俺が居なくなった際に生ずる収入の減りをこちらからなんとか補填する用意をあらかじめしておくべきじゃなかろうか。


 ……まあ、その準備にいささか苦労と時間が掛かってしまったが、だからといって単に家族や友人に迷惑が掛からないように行動しようとしているぐらいでそんな良い人みたいに言われても……ねえ? 


 さて、返されてしまったこの金袋だがどうしよう。う~ん、とりあえず元の隠し場所に戻して後でゆっくり考えるか。


「アニス、誰か見知らぬ誰かが近づいて来たら教えてくれよ」

「……わかったのですよ」


 アニスはだらしなく日向に寝転びながら了解の意思を伝えた。こちらに手を振るかのようにしっぽを動かしているあたり何ともやる気が感じられないが、まあ一応ちゃんと仕事はしてくれるだろう。はてさて、どうするかね。


 ……ん? あれ、なんかアニスの奴、こっちを見て睨んでるな。まだ俺にたいして怒っているんだろうか。うーん、後から少しお話しておかなきゃならないかね。


親の心子知らず。

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